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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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1 魔武具に詳しい者といえば

 先日、手に入れたウルムドを持って、俺は図書館のミディリースを訪れていた。

 ケルヴィスのことも考えないではなかったが、少年の興味の対象は魔剣に限られていたからだ。

 司書と図書館一階の中央を占める、六人掛けの読書机の一つに差し向かいで座り、机上に実物を置く。

「どう思う? 魔武具なのは間違いないと思うんだ。ミディリースはこれについて何か知らないか?」

「うーん……ウルムド、かぁ……」


 わかっている。多分彼女は、武器そのものに対する興味は全くない。わかってはいるが、本はたくさん読んでいるはずで、その本の中には魔武具について書かれたものもあるはずで、しかも内容もよく覚えているはずなのだ。

 案の定、ミディリースは、椅子から立ち上がると書棚に移動した。記述に心当たりのある本が、その脳裏に浮かんだのだろう。

 俺も荷物係として、随行する。


「魔武具についての本は基本として」

 一階にある最初の書棚で、まずは四冊、遠慮もなく渡してくる。

「次に歴史書……あ、そういえば、確かここにも一行だけ」

 少し移動して、五冊。

「事実を基にした創作話もあるから」

 二階に上がって、さらに四冊。

「そうそう、そういえば人間たちの間で、ウルムドが流行った時期があるらしくって」

 流行りすぎて同一シリーズだけで三十冊。

 あっという間に両手が塞がった。


「そういえば、なぜかお料理本にも」

 ちょっと待て! なぜ三冊も!?

 この時点で四十七冊なんだけど。


「あ、ちょっと待って、そういえば……」

「うん、ちょっと待とう、ミディリース。とりあえず、ここまでのものを整理しよう」

 そういえば、はもう聞きたくない!

 俺は別の書棚を目指しかけた司書の首根っこを、不自由な右手でひっ捕まえ、なんとか一旦、一階の読書机へ帰還することに成功した。


「これ、ホントに全部、魔輪が載ってるのか?」

 ちなみに魔輪とは、ウルムドに限らず円形の投擲武器全般を指す。

「え? ううん……普通のウルムドも載ってるです、よ?」

 おい、ミディリース!

 俺が山と積んだ本を前に、脱力しかけた時だった。

 セルクがやってきたのである。


「閣下、司書殿、お邪魔をして申し訳ありません」

 ミディリースが慌てて俺の後ろに隠れる。

 家令も筆頭侍従も、彼女が極端な人見知りであることは知っている。だから俺が図書館にいるときは、たいてい二人とも来館を遠慮してくれているのだが。

 もっとも、エンディオンはともかく、セルクは読書自体に興味がなさそうだ。


「急ぎの用件か?」

「ウィストベル閣下より速達が届きました」

 筆頭侍従が差し出す手紙を盆の上から受け取る。

 ウィストベルの紋章が焼き付けられた小さな封筒。そこから取り出したカードには、ただ簡潔な一行のみが記載されていた。


『何を差し置いても、至急来られたし』


 何を差し置いても……。

 ウィストベルが俺を手紙で呼びつけることはあっても、こんな一文だけというのは珍しい。よほどの急ぎか。


「悪い、ミディリース。急いで出かけなきゃならなくなった。このウルムドは置いていく。調べておいてくれないか?」

「いいです、けど……」


 ミディリースは武器自体が苦手なのか、それともその錆だらけの姿が気に入らないのか、眉を顰めてウルムドを見る。

 しかし、いくらミディリースが弱いとはいえ、別に持っただけで魔力を吸い取るというものでなし、乱暴に扱いさえしなければ大丈夫だろう。

 そんな風に、そのウルムドのことを簡単に考えていたことを、俺は後でちょっぴり後悔することになる。


 とにかく俺は図書館を後にし、ウィストベルの居城へと急いだのだった。


 ***


 〈暁に血濡れた地獄城〉の竜の着地場は屋上だ。

 初めて訪れて以降、いつ来ても家令を始めとする大勢の家臣団に出迎えられる。

 だが今日はいつもに比べても、特別数が多かった。

 それもそのはずだ。その屋上で俺は、ウィストベルのもう一人の同盟者と顔を合わせることになったのだから。


「ベイルフォウス。お前も呼ばれたのか?」

「なんだよ、お前もかよ」

 竜から降りるなり親友は、わざとらしいため息をついて頭をかいた。

「ウィストベルもいよいよその気になったかと思ったのに、お前と一緒じゃなぁ」

 いや、そのつもりならあんな愛想のない手紙で呼びつけないだろ。

 っていうか、そろそろ諦めろよ!


「しかしまさか、あいつも呼ばれてるんじゃないだろうな」

「あいつって?」

「俺とお前はウィストベルの同盟者だ。とくれば、いちいち言わなくともわかるだろ?」

 ああ、ロムレイドのことか。


「さあどうだろう……かなり急ぎの用らしいが、お前、心当たりは?」

「寝る誘い以外はないな」

 またお兄さんに殴られるぞ、ベイルフォウス!

 っていうか、殴られろ、ベイルフォウス!


「ご希望が叶うかどうかは存じませんが」

 あまり見慣れない、有爵者であろう女性が、クスクスと笑いながら家臣団の中から一歩、進み出てくる。

「今日は本棟ではなく、居住棟にご案内させていただきます」

「居住棟へ?」

 俺とベイルフォウスは顔を見合わせる。

「俺が先な」

 まだいうか、ベイルフォウス!

 ……いや、でも、居住棟だし……。

 ……まさか……まさか、な。


 居住棟。

 そう、そこは腹心の部下であっても、同位の大公であっても、同盟者であっても、なんなら魔王様であっても、おいそれとは踏み込めない城主のごくごく私的な空間。それが居住棟――

 デーモン族一の美女、絶世の美女と謳われるウィストベルの、その私的な空間に招待されたのだ。

 ドキドキしちゃったとしても、仕方ないと思わないか? しない方がどうかしているだろう!


 とはいえここ、〈暁に血濡れた地獄城〉は俺の城とは違って、本棟と居住棟は完全に別れているのではないようだ。複雑で長大な城は、長い廊下によって上下左右と、様々につながっているようだった。


「私がご案内できるのは、ここまでです」

 渡り廊下につながる扉を開け、女性がそこで頭を下げる。

「どうぞ奥へ。次の案内の者がおりますので」

 五メートルほどのやや下った廊下をベイルフォウスと二人で渡っていくと、突き当たりの扉が開き、さっき案内してくれた女性にうり二つの女性が出迎えてくれた。


「ようこそおいで下さいました、大公ベイルフォウス閣下、大公ジャーイル閣下。どうぞこちらへ」

 そうして彼女は、開けた場所から階段を上がり……あろうことか俺とベイルフォウスを、ウィストベルの自室の前へと案内したのだ!

「私がご案内できるのは、ここまでです」

 先の女性と同じことを言って、彼女はいなくなった。

 似てたし、双子なのかなぁ。


 それにしても、居住棟の中でもさらに城主の自室に案内されるとは……。

「よし、やっぱ俺が先な」

 ベイルフォウスの軽口が、冗談に聞こえなくなってきた。

「ウィストベル? 入るぞ」

 ベイルフォウスがノックをし、ドアノブに手をかける。

「おい、返事がないのに勝手に開けるなって!」

「お前なぁ……」

 ベイルフォウスが呆れたようにため息をつく。だが、自室だぞ!?


「何をしておる。とっとと入ってこぬか」

 中からやや苛立ったような声が響き、ベイルフォウスがほら見ろ、というような視線を寄越してきた。

 今度は俺も、ベイルフォウスがドアを開くのを止めなかった。

 だが親友は扉を開けるなり、ドアノブを掴んだままのその姿勢で、固まってしまったのだ。


「え、何」

 よっぽど奇妙な部屋なのだろうか? それとも、愛人と裸で抱き合っているとか?

 俺は恐る恐る中を覗いてみたが、果たして、ウィストベルの自室はごく普通だった。

 どこもそうであるように、ただの居室が広がっているだけだ。

 むしろ、ウィストベルのイメージからは想像もしていなかった、オフワイトと浅葱色を基調とした、落ち着いた雰囲気の部屋が広がっていたのだ。


 ウィストベル自身もいつも通りだった。

 確かに露出度は高い。谷間も細い足も、いつも通り惜しげも無くさらされている。

 けれど別に誰かと抱き合っているとか、全裸でいるとか、そんなことは全くなく、よくそうしているように、長椅子にだらりと腰掛けているだけだった。


 ただ、確かに一つだけ、違和感の元があった。

 それが――


「二人とも、ぼうっと突っ立っていないで、さっさと入ってこい」

 正面の椅子に堂々と腰掛け、偉そうにそう述べた、一人の子供だったのだ。

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