表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
家内安全編
39/181

37 いつになく、平和な日々が続きそうです

 平和だ……気を抜くとついボーッとしてしまうくらい平和だ。

 ちょっと前のごたごたが、嘘のように平和だ。


 家令は通いとはいえ、ちゃんと必要な時にそばにいてくれるし、筆頭侍従も元気になったし、屋敷中がなんかソワソワザワついているということもなくなった。

 奪爵を仕掛けてくる者もいないし、誰からも同盟を申し込まれることもないし、ベイルフォウスがちょっかいだしにくることもない。

 ただ普通に雑務をこなしていればいいだけの毎日――ずっとこうならいいのに……。


「お兄さま、お兄さま!」

 静寂を打ち破る大声をあげ、妹がいきなり執務室に飛び込んできた。

「こら、マーミル。せめてノックをしなさい、ノックを」

「あ、ごめんなさい……」

 ただ妹の不作法に注意をすればいいだけの日常。本当になんて平和なんだ……。


「で、どうした?」

 俺は書類に紋章を焼き付けながら、妹に尋ねる。

「私〈修練所〉に行きたいですわっ!」

「え? 修練所?」

 ……ああ、修練所。一瞬、なんのことかわからなかった。

 さすがに気を抜きすぎだな。気をつけよう。


「最近ベイルフォウス様もあんまり来てくれなくって、剣はまだいいですけど、魔術のお勉強の方が……えっと……言いにくいんですけど……」

 マーミルは少し遠慮がちに、それでもこう続けた。

「物足りないんですの」


 確かにマーミルも最初の頃に比べると、随分魔力も増えてきた。今の教師はどんな奴だっけ……あんまり覚えてないが、無爵だったのは間違いないし、そうなると魔術のバリエーションも少ないだろうから、そろそろ交代させた方がいいのかもなぁ。

 だがしかし、有爵者で教師を探すとなると……誰か請け負ってくれる者がいるだろうか?

 俺が男爵時代の知り合いなら、少しはいるが……それはそれで、この間のクリスみたいなことになっても困るし……頼む相手は慎重に選ばないと。

 ――そうだ、たとえばダァルリースとかどうなのだろう。娘を鍛えるのと一緒に、うちの子らの面倒もみてくれないだろうか?

 まあ、それは後で考えるとして。


「わかった。別の教師を探してやろう」

「えっと……それはもちろん、嬉しいのだけれど、お兄さま。さっきも言いましたけど、修練所に行きたいですわ」

 今、修練所の運営担当はプートのはずだ。ということは、次は俺の番ではないか。


「もう少し後でな。そうすればお兄さまの番になるから、その時にしなさい」

「えー。明日行きたいたのに……」

 えらく具体的だな。

「なぜ、明日なんだ?」

「だって……」


 マーミルは頬を赤らめさせ、もじもじと手を組み替えし始めた。

 まさか……この反応……。

 俺はちらりと今日も妹に張り付いてくれている、アレスディアに視線を送る。侍女はその意図を理解し、説明のために口を開いてくれた。


「明日、宝物庫のお手伝いがお休みのケルヴィスくんが、修練所に鍛錬しに行くそうです」

 やっぱり!

 やっぱりそうか! それか!

「ちょ、アレスディア!」

 妹は真っ赤になりながら、侍女を責めるように振り返る。

 そうか……マーミル、まだケルヴィスのこと……。やっぱり宝物庫で働いているのも、知ってたんだな。

 そっか……時々二人で話してたりもするんだ……だが、そりゃあそうだよな。二人は友達同士なのだ。何を不思議なことがあろうか!


「友達と一緒に行きたい、という思いはよくわかる。ああ、友達と一緒に出かけるのは、さぞ楽しいだろうしな!」

 俺はほとんど経験したことないけど!!

「え、ええ、そうなのよ! お、お友達ってほんと、いいものですわ!」

 なぜどもる。

「なんでも修練所って、子供は数人で協力して挑戦してもいいんですってね。それでケルヴィスが、私に付き合ってくれるっていうから……」

 なんだと、付き合う!?


「しかしケルヴィスだってせっかくの休みなんだろう? だったら修練所なんかより、ピクニックにしたらどうだ? マストレーナも誘って、みんなで近くの山にでも行けばきっと楽しいぞ? そういえば彼の妹を招待して、お茶会を開きたいとか言ってたじゃないか。あれはどうなったんだ?」

 いや、わかってる。ケルヴィスはいい子だ。初恋があの子なら安心と、警戒心の強そうなミディリースでさえお墨付きを与えた位だ。しかもマーミルは別に二人きりで行きたいだなんて、一言も言ってもいない。協力して挑戦すると言ったって、マストレーナとかも一緒かもしれないじゃないか!

 でも、わかるだろう? 不安要素なんてないはずでも、なんとなく心配だったり、焦ったりしてしまう俺の気持ちも!


「お兄さま……今更ですの? お茶会なんてとっくにやりましたわ……それも何度も!」

 ああ、そうなのか……そういえば野いちご館の使用許可を与えた気もするし、誰かからそんな報告を聞いた気もする……。

「アリネーゼ閣下のお子さまも招待して、よ! それを知らないだなんて……!」

「あ、いや、知らない訳ではもちろんないが――」

 俺はごほん、と一つ咳をしてみせた。


「とにかく、明日は駄目だ。俺の担当になってから、それからなら……ケルヴィスと……マストレーナたちも一緒なら、護衛をつけての上で行ってもいい。だが、明日は駄目だ」

 そうだとも。明日が悪いのでも、ケルヴィスが悪いのでもない。俺の運営担当でない日に行くというのが悪いのだ。

 それが理由で拒否しているにすぎない。そうだとも!


「マーミル様。お兄さまがこうおっしゃっておいでなのですから」

 アレスディアに促されて、マーミルはぷっくりととんがらせた唇をほどいた。

「わかりましたわ……残念だけど、明日はあきらめますわ」

 妹はしょんぼり気味だ。ちょっとだけ罪悪感が浮かぶ。いや、俺の反対理由は正当だけれども!


「で、術式はどこまでできるようになったって?」

「えっと……二層三十五式……」

「そうか、二層三十五……」

 うん?

「随分前に、そこまでできるようになったって言ってなかったか?」

 確かそこまでは、とんとんと成長も早かった気もするのに。

「だから……今教えてくれている教師が、そこまでしか術式を展開できないのですわ……それで、基礎的な魔術ばかり……」

 なんと……そういうことか!

 なら、本当に早く教師は替えてやらないとな。


「複合魔術は習ったか?」

「ちょっとだけ……たぶん、単純なもの……」

 妹は別に自分が悪いわけではないのに、どこかばつが悪そうだ。

「造形魔術は?」

「えっと、まだ……」

「そうか。なら、明日は造形魔術を混ぜた術式を教えてやろう」

「……え……?」

 一瞬マーミルは、俺の言った言葉の意味がわからないようだった。


「俺が明日、魔術の練習につき合ってやろう。どうだ?」

「えっ」

 不機嫌さを一転させて、マーミルが瞳を輝かせる。

 よしよし。妹はまだ、ケルヴィスとより俺と過ごす時間の方が嬉しいらしい。

「ホントに!? お兄さま!」

「ああ、ホントだ」

 それで俺の罪悪感も少しは消えるし。最近は割と暇だし。


「だったらいっそ、ケルヴィスも誘っていい? 一緒にお兄さまから魔術を習いませんって!」

 ……え?

「ケルヴィスったら、本当にお兄さまのこと尊敬しているんだもの! たまにイライラするくらい……。だからお兄さまが誘ってるって言ったら、明日は修練所じゃなくて、こちらに来ると思うわ!」

 ……えぇ……なにこの展開……。

 マーミルお前、そうまでして……。


「あー、ごほん」

 アレスディアが咳払いをする。

「旦那様、マーミル様がこうおっしゃっておいでなのですから」

 えぇ……アレスディアまで……。俺の味方だと思ったのに……わかったよ……。

「……いいだろう。ケルヴィスを誘っておいで。ただ、もちろんネネネセも誘うんだぞ……」

 そう条件をつけるのが、精一杯だった。もっともマーミルは、条件とも思っていないだろうが。

「当然ですわっ! そんなの、二人きりだなんて……恥ずかしい……」

 マーミルはまたもじもじし始めた。


 だがちょっと待て、妹よ!

 仮にネネネセがいなくたって、お兄さまもいるからね!

 二人きりじゃないからね!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ