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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
家令不在編
32/181

31 今日が最後の三日目です

 最終日である三日目。ジブライールはマーミルと侍女を伴って、謁見室にやってきた。

「お兄さまあのね、副司令官とはいえ、やっぱりジブライール公爵だって女性なんですもの。それに今は副司令官としてのお役目でこのお城にいるんじゃないんですもの。私的な用件に近いことで、お泊まりなさっているんですもの。だから、やっぱり未婚の女性として、侍女くらいはつけた方がいいと思ったの!」


 妹が矢継ぎ早にまくし立てる。

 確かに相手が未成年、その上その保護者が有爵者というならなおのこと、侍女や侍従をつけて寄越すことはままありうる。成人していても、未婚であれば同伴者がいたほうが好ましいという、礼儀作法じみた意見が魔族社会の片隅――特に、下位の間に根強く存在していることも知ってはいる。

 だが実際には我ら魔族は実力主義なのだし、強者であればあるほど、単独で行動することを好むものだ。それには男女の区別もない。

 ジブライールだって初日に俺が侍女をつけようか、なんて言い出しても断ったとは思うが、それでも礼儀上確認すべきだったといわれれば、反論するほどでもない。


「勝手をしてごめんなさい。でも、お兄さまはやっぱり男の人だから、そういう些細なところ、気がつかないでしょう? 今は黙っててもなんでもちゃんとしてくれるエンディオンもいないし、その分私が家内的なことには気をつけるべきだって思ったの!」

 マーミル……今、お前はこの場にいる二人の男性の心をえぐったかもしれない。

 それでも俺は妹を、よく気がついてくれたと手放しで褒めたことだろう。連れてきた侍女がユリアーナでなければ!


「チェンジ」

「え?」

 妹は小首を傾げた。

「いや、なんでもない」


 まあいい。俺も昨日のことを省みると、ジブライールとは二人きりにならない方がいいと思う。もちろん妹は昨日のことなど知るはずもないが、間に入るのがユリアーナだというなら、いっそ誰よりも歯止めとなってくれることだろう。俺はだいぶイライラしそうだとしても。

「わかった。お前の意見も尤もだ――配慮には感謝する」

 固い言い方だったが、妹はそれでも安心したらしい。ホッとしたような表情を浮かべつつ、謁見室から出て行った。


「では、今日もよろしくお願いします」

 ジブライールの挨拶は、初日・二日目に比べると、消え入りそうな元気のないものだった。まだ俺に怯えているとか……そういうこと……ではないと思うが……。

「さて――じゃ、やりますか」

 一方、ドヤ顔で、侍女が紙の束の表紙をめくる。

「ちょっと待て。なぜ、君がスケッチブックを……」

「これはクロッキー帳です、旦那様。ジブライール閣下の持っている方が、スケッチブック」

 いや、そんな些細なことはいいんだよ!


「つまり――君も俺を描くのか」

「ちょ……誤解は困ります! 私は、旦那様のことなんて、好きとかほんとにそういう気持ちは一切ないので――」

 確か、ジブライールからも以前同じような台詞を聞いたことがあるはずだが、なんだろう……言われた相手で感じるこの印象の違い――

 かつての俺が、鈍い鈍いと言われたことも、今なら素直に受け入れられる気がするではないか。


「あとで書いた絵を見せてもらうぞ」

「えっ!」

 ユリアーナに言ったのに、驚いたのはジブライールだった。

「あ、いや……ジブライールの方は別にいい」

「あ……はい、ありがとうございます」

 ジブライールはあからさまにホッとしてみせた。


 マーミルからもあんな必死にスケッチブックを取り上げたのだ。正直な気持ちをいうと見たいが、本人が嫌がるのを無理にまでとは思わない。

 だが、ユリアーナの方は――自身やマーミルだけがそう言うのならいいが、あのランヌスにまであの才能と言われたその実力を、ここらでハッキリ俺も確認しておきたいじゃないか。あと、悪意をもって変な風に描かれていても困るし……だってユリアーナの奴、絶対俺のこと嫌いだろ!

 なのにこの流れだと、絶対にユリアーナの描いた絵が実際の奉仕の絵として扱われることになるのだろうし!


「構いませんよ。もとより私に拒否権はございませんし」

 珍しく、ユリアーナの聞き分けがいいではないか。

 まあとにかく、そういうことに落ち着いて、俺はその日の謁見を始めたのだった。

 その最後の相手が――


「娘が閣下にご迷惑をおかけしていないかと、心配になりまして」

 俺の前に現れたのは――そう、誰あろう、ジブライールの父だったのだ。


 だが――


「え? ちょっと待て。ジブライールの父親って……」

「はい。私がジブライールの父で、侯爵ドレンディオと申します。以後、娘や妻ともども、お見知りおきを――」

 お見知りおきっていうか――

 ジブライールの父親だとは知らなかっただけで、その紫がかった銀髪にも、露草色の双眸にも、すでに見覚えがあるんだけど! なぜって――


「……軍団長?」

「あ、はい。顔くらいは覚えていただいておりましたか。第五軍団軍団長に就位しております」

 名前と一致していなかったとしても、もちろん顔は覚えているとも。何度も会議で会ってるからね!

 俺の衣装を決めるときに「しーろ!」とか「あーお!」とかノリノリで騒いでいた一人であることだって、ちゃんと認知している。その軍団長が穏やかな笑みを浮かべながら、俺の前に立っているのだった。


「父上! 軍団長が謁見に来るなんて、聞いたことがありません!」

 ジブライールはそんな己が父を咎めるように、厳しい視線を向けている。とはいえ、家族がおいたして恥ずかしい、というようなそんな表情だ。

「それはそうだろう。軍団長としてやってくるのなら、謁見ではなく正式な面会の手続を踏んでやってくるからな。しかし私は今日、軍団長としてやってきたのではないのだ。大事な可愛い一人娘の行く末を見守る、ただの一個の父親として――」

「止めてください!」

 ジブライールが顔を真っ赤にしながら、悲鳴のような叫びをあげた。

「私は子供じゃないんです。母上も父上も、いい加減にしてください!」


 俺はジブライールに同情した。

 だが、同時に親なんてそんなもんだよな、とどこかで納得する。だってうちの父親だって、存命の時には俺が成人した後でも、ちょっと過保護すぎてうざいくらいだったからな。

「私だけならまだいいです。でも、そんなことで、閣下にまでご迷惑を――」

「いや、まあ――ドレンディオ侯爵の気持ちもわからないではない。迷惑とまでは言わないよ」

 さすがに父母から何度も何度も干渉してくるようなことを繰り返されれば、辟易として対処するかもしれないが。


「ほら、閣下もこうおっしゃっている」

「閣下の寛大さにつけこまないでください!」

「そうは言うが娘よ――母親に似てとても美人に生まれついた一人娘が、なぜだか子供のころから六百年以上も色恋にまったく興味を示さなくて、親としてどれだけ心配したことか――その父さんの気持ちがわかるか? ヤティーンに娘はどうなのだろう、と、意見を聞いたことだってあったんだぞ」

「はぁ!?」

「最近はもう、母上と半ばあきらめてだっていたんだ。それがお前、そんな娘がこのたび目出度くも閣下にぞっこん――」

「もう止めてください!!」


 ジブライールの叫びには、羞恥と怒りが多分に含まれていた。

 それはそうだろう。こんな謁見の席で、他に侍従や――なぜかクロッキー帳を持った侍女もいる中で、何より俺がいる前でこんな話をされたら――俺ならしばらく親とは口もきかないわ。

 しかも、よりによってヤティーンに相談してたって……。


「もう、いいでしょう……帰ってください」

 ジブライールの声は震えていた。可哀想に。

「……そうだな、他に用件がないなら、帰ってもらおうか」

 俺はジブライールに同情し、彼女の意見を後押しすることにした。


「ところが、ご相談があるのです。閣下の一領民として、ささやかな問題が発生しておりまして――」

 ドレンディオ侯爵は、人差し指を立てて勝ち誇ったように笑う。

 なんだろう、ささやかな問題って。

「では、聞こうか――」

「実は私には、たった一人のいい年をした可愛い可愛い愛すべき娘がいるのですが――」

 いや、知ってるし。

「その娘がなんというか、こう、とても絵が下手で……いや、あれは下手というレベルではなく、ええ、いっそ目にするのもおぞましい――」


 ドレンディオは、その可愛い娘自身の手によって、謁見室から追い出されたのだった。

 娘も一緒に出て行ったのは、きっと父親に懇々と言い聞かすつもりからに違いない。


 うーん……なんか……。

 想像していたお父さん像とは全く違った。リリアニースタだって嫉妬深いように言っていたから、心配していたんだが。もっとこう、ゾノみたいな変態とまではいかなくとも、愛妻家と親ばかを盛大に発揮して――いや、親ばかは発揮してたが――俺に敵意をもって威嚇でもしてくるかと思ってたのに。

 存外紳士的で、穏やかというか、爽やかというか、そんな雰囲気の男性だったではないか。ジブライールの姿勢の良さはあの母に似たのかと思っていたら、彼も板が入っているかのように姿勢正しかったし。それにジブライールの父だと納得のできる、シュッとした男前だったじゃないか。

 そう、ひとしきり感心していたところ――


「ああ、なんて素敵なお方――」

 熱を帯びた呟きが、俺の耳に届いた。

 え? 今の声って……。

 振り向くと、今し方父娘を見送った扉の向こうに、熱い視線を送る侍女――ユリアーナの姿があったのだ。

「ああ、どうしよう……キュンキュンしちゃう……」

 あろうことか侍女は、顔を真っ赤にして小刻みに震えながら、胸を押さえているではないか。


「……妻帯者だぞ」

 俺はボソリと呟いた。

「しかも、愛妻家らしい……」

「ああ、誠実な愛妻家……いかにもだわ! そんなところも素敵……」

 どうしよう、侍女がおかしい。

 こんなことってあるだろうか。よりによって、あのユリアーナがジブライールの父に一目惚れをするだなんて……。相手は普通の男前だってのに!

 俺はセルクを見たが、彼も常ならぬ侍女の様子に困惑しているようだった。


「旦那様……大変申し訳ないのですが……」

 ユリアーナはせっぱ詰まったような声で、そう呼びかけてきた。

「私、あんな素敵な方を目にしてしまった後では、彼に対する創作意欲で心が満たされ……旦那様のお姿を、紙に写し取るなどと言う苦行を続けられそうにありません!」

 おい! 苦行って!

「はぁ……なんだか、熱も出てきたみたいだわ……」

 いらっ。

「遠慮しないでいいぞ、苦行はいますぐ止めてかまわない。なんなら俺が、しばらくベッドから起きあがれない状態にしてやろうか?」

 そうとも、そこに立っていろ。今すぐ頭蓋骨が粉砕するほど、こめかみをグリグリしてやる。


「やめてください! 最初から言っているはずです! 私は旦那様のものにはなりませんから! いくら旦那様がその気でも! 困ります!!」

 ケダモノ、とでも言いたげにこちらを睨みつける侍女を認め、プチプチッという何本か線の切れるような音が、脳裏で響いた気がした。

 まだ大丈夫。かろうじて、大丈夫。太いのがまだ、一本残っている。だが、一本だけだ。


「……セルク……俺、そろそろ限界かもしれない」

「……ユリアーナ、いつもの仕事に戻ろうか」

 セルクは俺の言わんとすることを正確に察し、ユリアーナを強引に謁見室から連れ出してくれた。


 今日の謁見……最後にとても、疲れた。


 結局、ジブライールの三日間は父親を連れて帰るという決意のために、その時点で終了を迎えた。

 なんやかんやありすぎて、もうホント訳がわからない三日間だった。

 心配していたようなことにも……未遂はあったが、ならなかったし。

 それにしたって反省が必要ではないだろうか。なんやかんや、グズグズ言っていた割に、結局己の欲望に押し負けてしまうところだったなんて――

 だが三日間のあれやこれやの総反省は、まとめてまた、今日の夜寝る前にでもしよう。

 なんだか気が抜けたような、ホッとしたような気持ちで、俺はため息をついたのだった。


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