7 一限目は『魔剣の扱い方』です
――『魔剣の扱い方』――
俺がこの講義をすると決めたとき、その予定を聞いた八割は難色を示した。
そんなの誰が興味あります? とか、生徒が一人も集まらないんじゃないですか? とか言われたのだ。
だが、実際はどうだ。ちゃんと定員の十人いっぱい、集まっているではないか。
ただ、予想と違ったのは、参加者が全員、大人だったってことだ。あ、いや……ケルヴィスをのぞいて、だが。
その上、半数は女性だった。
もっとも、魔剣好きに男女の区別はないのだが。
「おお、これが魔剣……!」
いやほんと、性別は関係ないな。
大半は、魔剣が好きという理由での参加ではなかったにせよ、それでも一人いた。ケルヴィス以外にも、魔剣を好むがために参加した、といわんばかりの人物が。
「早速さわってもいいですか、教官!」
座学室で全員に一本ずつ、我が大公城所有の魔剣を配ったところ、鼻息も荒く、そう手をあげてきた女性がいたのだった。
その態度をみていれば、魔剣に興味津々なのがよくわかる。
「ああ、魔力さえ込めなければ、好きに触ってかまわない。今日はこれをみんなにふるってもらうつもりで、ここまで持ってきたんだからな」
そうだとも。召喚で呼び寄せたわけではなく、実際に10本、持ち運んできたのだった。
ケルヴィスは、授業が授業だからだろう。今日はロギダームを佩していない。
だから彼にも魔剣を配っていた。
魔剣好きの彼が興奮しているのはその瞳がキラキラと輝いていることからもわかったし、満面の笑みからも察せられた。
だが、彼は静かだった。
けれどその女性は「いひひ」だの、「うっひょお」だの、毛深い手で剣を撫でながら、奇声をあげているのだった。
おかげでケルヴィスを除く周囲の受講者たちから、白い目で見られている。
「いや、ほんと……あたしみたいな無爵じゃ、こういう機会でもないと、魔剣なんて触ることはおろか、見ることすらできませんからね――! ありがたいこってすわ!」
今にも犬歯の生えた口元から、涎をたらさんばかりだ。
「それにしても格好いいっすねー! 炎の魔剣ヴァルファレかぁ! あ、あなたのは氷の魔剣ヒュノスダートっすね! お、あっちはもしや、魔剣グラキライトス?」
え、ちょっと待って……見ただけで、どの魔剣が何か、名前までわかるだと?
ホントに本気で詳しいな!
「僕のは魔剣ムートリンガーですね!」
つられたように、ケルヴィスが声をあげる。
そりゃあ彼だって魔剣の名前を言い当てられないわけはない。魔王大祭でも展示していたしな。
それにしても、ちょっと待って……まさか、本気の魔剣好きが二人も!?
「えっと、君は……」
「あ、あたし、トムギっていいます! 今日この授業を受けるためだけに、ウィストベル大公領からやってきました!」
彼女はつぶらな黒い瞳を輝かせている。
やはり、一限目の授業内容を公開しておいて、正解だった!
もっともそうしたのは、『魔剣の扱い方』だなんて、当日の募集では受講者が一人も集まらないかもしれませんよ、とか脅されたからなのだが……。
ケルヴィスは事前には知らなかったようだが、知っていれば、彼だって俺が教官でなくともきっと参加を決めてくれたことだろう。
そしてトムギは予定を知ったうえで、わざわざ遠くから来てくれたのだ。
他の者は――ああ、もしかすると俺が授業を担当することが、漏れていたのかもしれない。そう思える雰囲気だった。
なにせ、彼女以外は全員がデーモン族であり、彼女だけがデヴィル族だったのだから。
もちろん、種族の別だけでそう思ったわけではない。
だが、彼女以外の残りの女性と男性の一部は、俺にハッキリと色目を向けてきていたし、残りの男性は媚びるわけではないとしても、魔剣への興味のなさは透けて見えていたからだ。
そんな中、心底の魔剣好きを見つけて、俺のテンションがあがったとして、仕方ないのではなかろうか。
「本当は、もうちょっと各魔剣について学んでから、実践場でふるってもらおうと思っていたんだが……なんなら早速扱ってみるか!?」
「えっ」
「はい!」
「いいっすね!」
ケルヴィスとトムギが元気に賛成する。
「よし、じゃあ各自配られた魔剣を持って、隣に移動だ!」
「いや、閣下――」
オットゥスのとまどう声が聞こえた気もしたが、とにかく俺はウキウキと、隣の実践場に移動したのだった。
座学では、とりあえず触れてもらうだけのつもりだったので、一旦はすべての魔剣を用意した机に集める。
「閣下、手本をみせてほしいです!」
「そうだな! いきなり扱えと言うのでは、危険な場合もあるから、俺が一振りずつふるってみよう! それを見た上で、みんなで試していこうな! まずは炎の魔剣ヴァルファレから」
俺は刃紋がメラメラと、まるで炎のように揺れ動く、赤い剣身の一振りを手に取った。
「かっこいいっすねぇ!!!」
トムギの感嘆が心地いい。
「これは魔力を込めてふるうだけで炎を吐き出すという、一番わかりやすい効果をみせてくれる魔剣だ。有名だから、知っている者もいるだろう。炎の魔術が苦手な者でも、これを使えば」
俺は剣に、少しばかりの魔力を込める。その途端、鍔元から切っ先に至る剣身が炎に包まれ、それを軽くふるうや、ほとばしった炎の鞭が、遙か先に造形魔術で造った鉄壁を舐めたのだ。
「うおおおお!」
「さすがです、閣下!」
途端にあがる、興奮気味な二つの歓声と大きな拍手。それにつられるようにパラパラと、遠慮がちな音が後に続いた。
「一方、氷の魔剣ヒュノスダートは」
俺は右手に炎の魔剣を握ったまま、左手に氷の魔剣をとる。こちらも炎の魔剣同様、その効果が見た目に反映されているタイプのもの――その剣身は凍てつく氷そのもののよう、向こうが透けて見え、触れれば氷点下の冷たさを備えている。
そいつに魔力を流し込むと、あっという間に氷の穂先が伸びた。
「どちらも、流し込む魔力の量によって、その効果は攻撃力を変える。さて、それではこの二つを戦わせると、どうなるか」
俺はヒュノスダートを、ケルヴィスに投げてよこす。
何度も手合わせをしているだけあって、少年は何も指示せずとも剣を構え――そして、打ち込んできた。
その出力に合わせ、俺もヴァルファレに魔力を流し込む。
ところが双方とも、今度は炎の鞭と氷の槍を、出現させはしなかったのだ。
代わりに、打ち合うその瞬間、すさまじい熱風と寒風がぶつかりあう。
「ちょ……」
「おお!」
争剣の起こした衝撃波が、実践場を壁の端まで駆け抜けた。
「このように……ん?」
どうしたことだ……周囲を見回してみると、そこにいたはずの生徒たちの姿が、一人をのぞいて全員見えなくなっているではないか。
ただ一人いたのは、トムギ――彼女はまるで甲羅を背負った亀のように、地面に身を伏せて縮こまっていたのだった。その顔だけは俺たちの方を見上げており、しかも、興奮に鼻を膨らませていたが。
けれどそれ以外の受講者はといえば――
「閣下、ひとまず落ち着いてください」
オットゥスが両手に四人ほど抱えた状態で、近づいてくる。
残りの者は……ごめん。今の衝撃波で、向こうまで飛ばされてしまっていたらしい……。
いや、ほんと、ごめんっ!!
まさか耐えられないと思っていなかったんだ。知っていて、わかっていて、わざとやったわけじゃない。本当に!
だって、うちのマーミルだってあのくらいなら耐えるんだぞ?
なのに大人の魔族が飛ばされるなんて、思ってもみないじゃないか!
結果、授業は一時中断となった。
オットゥスが庇いきれなかった数人に、医療班の診察を受けさせる必要があったからだ。
治療を受けた後、手や足に湿布みたいなものが貼られていて……なんか、申し訳なくなった。
「閣下、次からは魔剣を戦わせるのはおやめください。誰もいない空間に向かってふるうだけにしましょう」
「そうだな………………ごめん」
俺はそれ以後、オットゥスの忠告に従って、魔剣を戦わせるのはやめることにした。
残った魔剣については能力を説明し、実際に飛ばせるものは前に飛ばすだけとし、それ以外の効果のあるものは造形魔術を使った的で実践し、とにかく十本すべての説明を終えたのだった。
治療を終えての講義再開後、明らかに受講者たちのテンションは下がっていた。色目を使ってきていた男女でさえ、再開後は死んだ魚のような目で講義を受けるに留まったのだ。
そんな中、最後までケルヴィスとトムギが興味を失わずにいてくれたことだけが、俺の救いだった。