3 みんなで協力し、修練所を仕上げましょう
今回の我が領の修練所業務従事者は、軍団長から大隊長までの有爵者十五名と、無爵者十八名、その全員が十二日間毎日休みなく、修練所で勤務する予定だ。
とはいえ子供じゃないんだから、毎日一緒に宿舎を出ていくわけではない。
だが、今日は設置日なわけだし、一同そろって出勤することになっていた。
なぜかって? 現地集合にすると、絶対に遅刻者が出ると思ったからだ。
こういうのははじめが肝心だ。初日のうちに、遅刻は許さない、という空気を行き届かせる必要がある。
そのため、食堂で朝食をとりながら点呼と朝礼をしたのだが、案の定、迎えにいかないとやってこない者が、ほんの数名いた。
まぁ、仕方ないよな。なにせ人員の約半数は、普段から自分の領地で好き勝手に振る舞っている有爵者なんだから。むしろ、来ないのがたった数人であることこそ驚きだった。
とはいえ、その態度に理解を示せるからといって、許すつもりはない。俺自ら部屋まで迎えにいって、寝ている者は乱暴に叩き起こし、起きているのに来ない者には脅しを加えておいた。
そうしてあらためて点呼を終え、全員そろって修練所に出勤だ!
運営が定期的に代わるとはいえ、修練所は魔王城の施設。ゆえに、年間を通して管理にあたる魔王様の配下、つまり現地係員が常駐している。
そもそもが、一区画30~48階まで、好きなように分割できる修練所の内部を、実際に構築するのは彼ら修練所管理部の職員たちなのだ。こちらの要望を図面に落とし込んでくれる建築士をはじめ、それを造作する大工や石工に配管工、内装工、などなどである。
そんな彼らとの顔合わせもあり、俺たちはまず、修練所三区画の上部に設けられた、管理区画内の広間へと向かったのだった。
「閣下! お久しぶりです!」
入り口に『集会室』との表示板がかけられたその広間に入るや、イタチと黒豹が駆け寄ってきた。おなじみ、ニールセンとカセルムだ。
魔王領所属建築士である彼らは、どうやら二人そろって修練所管理部に属しているらしい。
一応、今回はうちの方にも建築士のフェンダーフューがいるが、彼はその技能のためというより、男爵位区画の担当者の一人として、参加しているのだった。
しかし、フェンダーフューとニールセン、カセルムの三名は、この魔王城を新築した時の仲間だったから、顔を合わせるなり、「久しぶりだなぁ」「元気だったか」などと、早速わいわい盛り上がっている。
三名とも地位も同じ男爵とあって、気兼ねなくつき合えるのだろう。
一方で俺は、そこで思ってもみなかった相手と再会することになったのだった。
「魔王陛下より、修練所所長を拝命しております」
つまり、修練所管理部の最高責任者である。それが、ついこの間、顔を合わせたばかりの相手だったのだ。
「確か、ラディーリア……侯爵、だよな」
「はい、よろしくお願いいたします」
そう――褐色の肌をした、ウィストベルと同じくらいの巨にゅ……ごほっ、ごほっ、魔王様の愛じ……ごほっ、げほっ! ……いや、結界を操作する特殊魔術の使い手である、ラディーリア侯爵であったのだ。
「しばらくの間、よろしく頼むよ……」
えええ……いいのか、魔王様! そりゃあ彼女は優秀なのだろう。侯爵だし、実力もあるのだろう。
だが、いいんですか、魔王様! いずれウィストベルの番が回ってくるんですよ!? なのに彼女が所長で、なんの問題もないんですか?
魔王様が今は八秘宝にも数えられている、通信の魔道具を与えていた女性の名を、残らず丁寧に読み上げていたウィストベルを思いだし、背筋を冷たいものが走ったのだった。
しかし、待てよ。確か、魔王様が担当の設置日に顔を出したが、あのときの所長はデヴィル族の男性だったぞ。
考えてみればそうだよな。いくらなんでも、一人が一年中ずっと修練所の管理をするなんて、大変ではすまない。ラディーリアには結界を管理構築する、という別の任務もあるのだし。
修練所管理部も、交代で任にあたっていえるのだろう。
なら、ウィストベルの時にはきっと、ほかの者が所長を担当するに違いない。
俺はその推測に、ホッと胸をなで下ろした。
「顔合わせもすんだことですし、各自、持ち場に分かれて作業いたしましょう」
「そうだな」
大工や石工などの現場作業員たちは、ラディーリアがてきぱきと図面や指示書を見ながら指示を出すや、張り切って広間を飛び出していった。
参加者が怪我をした際に治療に当たる医療班は、俺の領民が中心で、今回はタコ手のウヲリンダと小声のファクトニーが随行してくれていたが、彼らは管理部医療員によって、医療室へ案内されてゆく。
「では、私たちは総司令室に参りましょう」
現場にでる時以外は、俺と所長たるラディーリアは総司令室に、公爵位層担当者は公爵位管理室、伯爵位層担当者は伯爵位管理室という風に、各階層担当者は各位層管理室に在室することとなる。
各管理室では管理下の階層における現場の映像が、転写板で監視できるようになっている。
そして総司令室のみ階層に関係なく、全体から好きな箇所の映像を、全面の36枚に映し出すことができるのだった。
故に、まずは全体の進歩具合を指示し、見守るため、有爵者一同揃って総司令室に向かう。
そうして転写板を通してみんなでわいのわいの、現場作業員に細かい指示や希望を伝えたりしながら、我らが修練所の階層ができあがっていったのだった。
修練所はもともと、左右三区画に分割されており、今回はその一区画をさらに上下二分割にしている。つまり、左上部に公爵位、左下部に侯爵位、中央上部に伯爵位、中央下部に子爵位、右上部に男爵位、右下部に子供を含めた無爵位、という形で挑戦棟をわけているのだ。
その一位層につき、15階ずつ。つまり、俺の管理下では一区画につき30階までを構築してもらっていることになる。
結構な広範囲であるにもかかわらず、修練所管理部職人の仕事の速いことには驚きだった。すべての箇所での造作が終了するのに要した時間は、わずか2時間ほどだったのだ。
さて、そこからが我が領有爵者の出番だ。
できあがった現場に足を運び、内装に魔術効果を付与する、いわば魔装工というべき仕事が待っているのである。
これまで会議に会議をかさね、細部まで詳細を詰めていたかいあってだろう、その作業も順調に進み、なんと昼前にはざっくりとはいえ、全体の形を整えることができたのだった。
この作業の一段落には、夕方頃までかかると見込んでいたため、これは嬉しい誤算だった。
しかし魔装工というものは、好きなだけこだわることができるものなのだ。時間に余裕があることも手伝って、あちこちでもう少しああしよう、やっぱりこの方がいいかも? という意見が出てくる。
なにせ、前乗りなんて必要だったのか、昼に間に合えば大丈夫だったのではないか、と言っていたあのティムレ伯までノリノリになっているのだから。
もちろん、早々に持ち場の作業を終了した者もいる。だからといって、そこの仕掛けが不十分であるということは、決してない。
故に全体としては、一旦、昼休憩をとることとし、各階層のさらなる打ち合わせや、こだわりの作業などは、各現場担当者に任せることとしたのだった。
正直、俺もものすごく参加したかったし、みんなの意見をきいていてウズウズしっぱなしだった。
しかし、だがしかし!
俺は他の大公を見ていて、最近、自戒していることがあるのだった。なんでも自分でやりすぎる嫌いがあるのではないか? ってな。
さすがに開所中、一度も足を運ばないとかはあり得ないが、もう少し、実務作業は配下に任せるべきではないのだろうか、と。
だから最低限、場が整った後は、口出しを我慢することに決めていた。
初日に無爵位層を担当することになっている俺は、他の担当者たちと、夕方に現場で打ちあわせをする予定があった。
逆に言うと、それまでは予定がないのだった。
しかし、現場にいてはついつい手を出しそうになる。
それで俺は、管理区画にもちゃんと食堂があったにもかかわらず、そこにはとどまらず、後ろ髪を引かれつつも、外出することにしたのだった。