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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
修練所運営編
170/181

1 実際の作業は明日からなのですが

 〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉の折、俺が音頭をとって新築した魔王城は、小高い人工台地となっており、その東西南北それぞれの土台部分には異なる機能が割り振られている。


 東は魔王城飼育の竜や来客の騎竜を収容するため、自然の丘を模した〈竜舎〉。

 西は潜流瀑(せんりゅうばく)が奏でる大瀑布の裏に、役所機能や魔王城勤務者の住まいを集約した〈官僚区〉。

 南は頂上の〈御殿〉まで、まっすぐ千を数える圧巻の〈大階段〉。

 そして、残る北を占めるのが左中右と三区画に分かれた、魔術訓練所たる〈修練所〉、俺の暫くの仕事場だ。


 修練所の運営は、魔王・七大大公がそれぞれ六十日ごと、序列順に担うことになっており、魔王様、大公第一位プートの番を終えた今、とうとう大公第二位である俺、ジャーイルの番が回ってきていたのだった。


 そもそも、修練所の発案者こそ、この俺だ。他の大公たちはどうだか知らないが、運営にはやはり自分でも関わりたい。せめてこの初回のことだけでも。

 それで全六十日のうち、我が領では俺と副司令官で期間を五等分にして、十二日ずつ運営を担当することとしていた。


 その順番も、俺に続いては副司令官になった順、つまり、ウォクナン、ジブライール、ヤティーン、フェオレスと、勤める予定だったが、なにせ周知の通り、ウォクナンは廃し、今はアリネーゼがその役に就いている。

 元は大公であった彼女のことだ。副司令官としての立場や仕事には不慣れだろうと、いきなり最後を任せるのもどうかとの配慮から、逆にアリネーゼ、フェオレス、ヤティーン、ジブライールという順番で責任者を担当することになったのだった。

 どちらにせよ、一番手は俺だ。


 修練所運営業務従事者は、西の官僚区第三層に建てられた12階建ての宿舎で寝泊まりすることになる。

 〈官僚区〉は上中下の三層に分かれており、下から第一層、第二層、第三層と区分されていて、最上部に位置する第三層は、半径約4km、中心角約120度、天井高約50mの、扇形をした広大な空間だ。


 大地から魔王城の頂上までを貫く、木に模した支柱を中心として、魔王城勤務人の住居等の建物がゆったりとした距離を保って建てられている。

 そこへ、建物同士をつなぐ石の路を敷き、周囲に様々な草花を植え、天井には当日の空をそのまま転写してあるおかげで、実際は閉鎖空間だというのに、地上にいるのかと錯覚する、開放感ある風景が広がっていた。


 そんな中、宿舎は魔王城・大公城の実際の配置を反映し、一棟ずつ建てられていたのだった。

 かつ、各居城を反映した配色と、愛称がつけられているおかげで、俺に割り当てられた宿舎は、白壁に青い屋根のさわやかな外観だというのに、『断末魔寮』などという、滞在を遠慮したくなるような名称で呼ばれている。

 ……今度、城名を変更できないか、魔王様に相談してみようかな。


 とにかく、その一階には大食堂があって、このとき俺は、ティムレ伯ほか二名の運営業務従事者と、真四角のテーブル一つを占めて、夕食をとっていたのだった。

 もっとも、四人とも料理はもうあらかた食べつくして、食卓の上には飲み物とデザートが乗っているばかりだったが。


「そもそもさ、来るの、明日でよかっただろ」

 ティムレ伯が、ぽつりと漏らした。

「ジャーイル君、魔王様のときに意見出しとかしてたんだろ。なら多少慣れてるんだしさ、設置だってそんな時間、かからないでできたんじゃないの」


 俺が大公になってからというもの、公の場では俺に対する態度を改めていたティムレ伯だが、今、周囲とは距離をとり、かつ、卓を囲んでいるのがそこら辺の事情を含む同僚であるからか、以前のような軽快な口調が混ざるようだった。


「明日の昼に間に合えば、大丈夫だったでしょ」

 食前にスケジュール確認をした上でのこの感想だ。


「全く同意だなぁ……」

 ティムレ伯の意見に暗い声で同意したのは、リンドングだった。

 彼は〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉の際、大祭主たる俺の元で大祭運営委員を勤めていた伯爵だが、その働きがよかったので、ちょうど空いた第四十八軍団軍団長の座をあてがっていたのだ。


「いや、こういうのってほら、お祭りみたいなものじゃないか。お祭りっていえば、大演習会みたいなものだろ? 逆に、楽しくならないか?」

「俺は閣下の言ってること、わかるなぁ。ワクワクして、ちょっとでも早く現地入りしたくなる気持ち」


 一方で俺に同意したのは、ティムレ伯と仲のよい伯爵、第十四軍団軍団長のノーランだ。

 今回、俺の担当時期には、十名の軍団長と六名の旅・師団長および大隊長で、六つの区画の管理と爵位挑戦者の対応を、手分けすることになっていた。


「それに、突然トラブルが起こって、準備が滞る可能性だってある。時間には余裕があったほうが安心だろ。なんたって魔王様のお膝元での大事なお役目、それも初回のことでもあるんだし!」

「まぁ、それはそうですけども……」

 リンドングは同意するものの、果物のコンポートをツンツンつつきながら、浮かない表情だ。


「ま、ティムレはともかく、リンドングの方がそんな態度になるのは、多少わかりますがね。なにせ新しい城に、新妻を残してきてるんだもんな」

 ノーランが、ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべながら、リンドングの細い肩を叩く。


 軍団長に就任したといっても、地位は伯爵のまま変わらない。だが、軍団長の城は固定されていたから、リンドングは引っ越しを余儀なくされたのだった。その上、ノーランがいった通り、大祭で同じく委員を勤めていたツミレという女性を、妻に迎えたばかりだ。

 彼女はプート領で子爵の地位にあったが、遠距離恋愛が耐えられないといって、爵位を放棄してリンドングの元へ嫁いできていたのだった。


 移領の際には所属する大公の許可、つまり俺の許可が必要だったこともあって、リンドングは軍団長打診を嫌とはいえなかったのかもしれない。……と、この態度を見ていると、今更ながら察せられた。

 まぁ、ようやくそうと気づいたからといって、任官をなかったことにはしないが。なにせ、空気の読める配下というのは、貴重なのである。


「結婚って言えば――」

「待て、やめろ!」

 俺の方を見ながら口を開いたノーランを、ティムレ伯が制止する。それも、とても焦った様子で――まさか。


「え、なに……まさか、ティムレ伯に結婚の予定が? 相手といい感じだから、リンドング同様、ここに来るのを一日でも遅らせたかった、とか――」

 疑問を口にし、複雑な心境がわいてきた。もちろん、ティムレ伯には幸せになってほしいに違いないのだが……。


 そう。これは見ず知らずの男に、姉を取られるかもしれないという焦り……いや、俺、姉とかいないからよくわからんけども。

「もしそうなら、結婚式には呼んでください……」

 大丈夫だろうか。声は沈んでいなかっただろうか。


「……いやいやいや、君ね……」

 ティムレ伯は俺をあきれたように見ながら、深いため息をついた。

「なんであたしのことなんだよ。こっちはこれでも結構気を使ってるってのに……一日でも遅くってのも、この一泊で、下手な疑いを抱かれたくないからだっていうのに」

「なんです、下手な疑いって?」

「いや、いい……でも、やっぱりご飯は一緒に食うんじゃなかったかな」


 つれない態度に、ショックを受ける。飯も一緒に食べたくないだなんて、俺はなにか嫌われることをしたというのだろうか。

 ……いや、待てよ。


「もしかして――ティムレ伯、ジブライールに気を使って?」

 俺のその言葉に、ティムレ伯の瞳が信じがたいものを見るように見開かれ、俺を射抜いた。


「どうしてそう思ったの?」

「あー。実は以前、ジブライールが俺とティムレ伯の仲を疑っていたことがあって……思い起こしてみれば、ティムレ伯もよく周りを気にしていたようだし、あれってジブライールに遠慮してのことだったのかなぁって」

「やっと……やっと君も、そういうことがわかるように……?」

 黒目が潤んで見えるのは、気のせいだろうか。


「いや、まぁ……こうなってみると、そういうことなのかなぁと思って」

 ジブライールとの仲に進展があった今となって思い返してみると、これまでのティムレ伯の態度がストンと腑に落ちたのだった。


「つまり……改めて確認するんだけど、今後、あたしはいらない気を使わなくていいってこと、なん、だよね?」

「そりゃあいいですよ。実際に、俺とティムレ伯は男女の仲ってわけじゃないんだから。今後はジブライールもそんな誤解はしないだろうし」

「本当に? 本当に大丈夫? 君、彼女がいらぬ心配しないように、ちゃんとフォローしてよね?」

「大丈夫、以前の轍は踏みませんて」

「だと、いいけどね……君ってばかなり、女性の気持ちに鈍感だからなぁ……いまいち、信用しきれないかも……」


 えぇ……ひどいな。

 とはいえ、おそらくティムレ伯は家族を除いて、もっとも俺の女性遍歴を把握している人物だ。いや、むしろ家族より把握しているかもしれない。

 成人したての頃のこととはいえ、そのせいで迷惑をかけたことは一度や二度ではない。だから、不当な評価とは言い切れないのがつらいところだった。


「てことは、やっぱり閣下、ようやくジブライール公爵とくっついたんですね!」

 空気を読まないノーランの大声が、食堂に響きわたった。


 その瞬間、空気が一変し、あちこちの食卓で賑やかに盛り上がっていた集団が、どこもかしこも水を打ったように静まりかえる。全員がぴたりと会話を止めてこちらに注目しているのが、見回さなくても理解できた。


「あー、オホン。まぁ、察してはいるだろうが、そういうことだ」

 静かすぎるせいか、俺の声はいやに響いて聞こえた。


「おめでとうございます!」

 ノーランが立ち上ったのを合図に、あちこちから拍手があがる。口笛を吹く者、祝いの言葉を口にする者、それに混じって落胆のため息も聞こえた気がする。

 どういう訳だか今回のメンバーに女性は、ティムレ伯ただ一人。その中で落胆が聞かれたとすると、もしやジブライールに懸想していた者の表明か?


「やっとかぁ」

「ジブライール閣下、ようやく思いが通じたんだな!」

「閣下にちゃんとその気があってよかったよ!」


 いや、えぇ……なにこれ……。ちょっと……いや、かなり、恥ずかしいんだけども。大公が誰かと付き合ったからといって、こんな盛り上がるもの? それともなにか、あまりにも俺が女性に縁がなさすぎて、みんなに心配されていたってことなのだろうか。

 だとしたら、悲しすぎないか?

 いや、これは俺が、配下から嫌われていないからこそだと、前向きに考えることにしよう。


久々すぎて、ジャーイルがめっちゃ地の文で魔王城について喋るのを、少なくとも1,000文字は削りました……長くてすみません。

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― 新着の感想 ―
まぁジャーイルの芸術愛は止まるところを知らないから神(作者)直々にキンクリされても文句言えないんだよね 知らぬは自分ばかりなりで、これは朴念仁だの唐変木だの抜け作だの言われてもしょうがないね!
ついついニヤニヤしてしまいますねぇ!これでみんなジャーイルジブライールカップルをからかったり、いじったりできますね! もっともジブライールをいじったら絶対黙らせられる(物理)なのでいじるならジャーイル…
みんな知ってた。
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