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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
家令不在編
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12 副司令官の要望・希望

「なるほど。だいたい理解できました」

 ヤティーンがうんうんと頷く。

「とにかく、閣下はアリネーゼ閣下の味方だって覚えておけばいいってことっすね」

 なんか……質問したい! って態度だった割に、おおざっぱな捉え方だな、ヤティーン。まあ、詳しく語れもしないんだから、これくらいで納得してくれるのはありがたいといえばありがたいが。

 それに強引な納得には、若干私的な感情が交じっているような気がしなくもない。

 アリネーゼにではなく、メイヴェルに対する、だが。


「じゃあ、その話は終わりってことで。大演習会、いつやります?」

 ……は?

 え、何言ってるのヤティーンの奴。

 え? 今、まさか大演習会とか言った?

 まさか……まさかね!


「聞いてます? 閣下、大演習会――」

「いやいやいや……やらないだろう。魔王大祭が終わった後だぞ? 結局百一日もあんな行事やってたんだぞ? その間に大演習会の時期なんて過ぎてるし、もうやらないだろ、ふつう」

 そうとも。三年目の後半は、大祭で過ぎ去ったのだ。だがそれで十分じゃないか?


 領民もみんな、疲れきってると思うんだけど!

 しかも、今は……よく状況を考えて欲しい。エンディオンがいないんだぞ!

 これ以上、面倒なことは増やしたくないじゃないか!!


「でも閣下、閣下が大公になって丸三年経ったのに、その間に大演習会やったのって、たったの一回ですよ、一回! 今すぐやりましょうよ!」

 ヤティーンは、なぜかノリノリで押してくる。

 そりゃあ毎年やってる行事を、一年目は俺が慣れていないから様子をみてくれたわけで、二年目だけやって、三年目はやっぱり開催せず、四年目になし崩し的に突入して、では、なんか気持ち悪いってのはわからないでもない。

 それを、ヤティーン。お前が言ったんじゃなければな!

 俺は覚えている。いるとも。お前が前回の会議で、ものすごくメンドクサそうにしてたその姿をな!

 あまつさえ、大演習会の日程を短縮しろと言ったこともだ!


「どうしたんだ、ヤティーン。お前、以前はそんなに大演習会に興味なんてもっていなかっただろう?」

 同僚とて怪訝に思ったようだ。ウォクナンが不思議そうに尋ねる。

「とはいえ、結局当日にはノリノリだったが」

 当日だけ張り切るヤティーン。前回もだったが、今までもそうだったらしい。想像が容易だ。

「じゃあ聞くが、お前等は以前と一緒だったってのか? ヴォーグリム大公の下でやるのと、閣下を頂いての開催と」

 うん?

「一緒な訳がないだろう! 雲泥の差だ!」

 ジブライールさんが、強い口調で断言してくれる。

「だろ? そういうことだよ」


「確かに……閣下の後ろで立っていると始終おなかが減って……おかげで最近、めっきり太ってしまいましてな。じゅる」

 おい、リス! 食欲を抑えられないのを、俺のせいにするな!

「つまりヤティーンは、ジャーイル閣下開催の第一回全軍大演習会『百棘の薔薇』のが楽しくて仕方なかった、ということだな」

 なんだろう。一番年下のはずのフェオレスから溢れる、この年長感。

 ただ、その恥ずかしいコードネームを言うのは勘弁してほしかった。


「そういうことをいちいちハッキリ言うなよ。照れるだろ!」

 ……やばい。俺、今、ちょっとキュンときちゃった。

 確かにヤティーンの奴、いつも楽しそうに役目を果たしてくれてるな、とは思ってたけども。

 でも文句は多いし、時々不穏なことを言うから、奪爵のスキを狙ってるだけとばかり思っていたのに。

 それがちょっとは俺のこと、いい上司として認めてくれてただなんて!


「だいたいもともと俺は、ああいう行事自体、好きなんだ!」

「ヤティーン」

 俺は嬉しさからわき上がる笑みを隠さず、ヤティーンを見つめる。

「やってくれるんすか!?」

「やらない」

 俺は即答した。


「えぇ……その笑顔で、それはないでしょ……」

「今すぐはやらないが、四年目のうちにはちゃんと開催する。そうふてくされないでくれ」

「絶対っすよ!」

「約束するよ。あと、君のことを今までずっと誤解してたみたいだ。今更こんなことを言うのもなんだけど、ありがとう」

「……なんすか、それ。気持ち悪いからやめてください」

 なんだよ。人がせっかく、感謝の気持ちを素直に表したのに!


「まあとにかく、今回はアリネーゼとの関係について説明するのが目的で、諸君には集まってもらった。その件について、特に異論はないだろうから」

「アリネーゼ閣下のご様子を、つぶさにお伺いしたく――じゅる」

「質問もないと思うから、これで閉会とする。では解散!」

 これ以上のことは、突っ込まれてもどうせ話せない――そう思った俺は、リスの言葉は無視して会議を締めることにした。


「あ、そうだ」

 俺が何気なく、ふとそう口にした途端、残念そうに席を立ちかけた副司令官たちがもう一度着席する。

「あ、いや――なんでもない。独り言だ」

 四人全員が反応するとは思わなかった。ヤティーンにだけ、声をかけようと思っていたのに。


 昨日、治療の終わったアリネーゼは、あらかじめ用意してあった離れの屋敷に、家族ともどもその身を移した。

 だが、一度切断された脚をつなぐという処置は、角をつなぐのとは違って簡単ではなかったらしい。彼女は時々意識は取り戻したものの、話せるような容態ではないとのことだった。

 それが医療班たちの、つきっきりでの治療のかいあって、今朝ようやく少し落ち着いたと報告が入ったのだ。

 俺はわずかな時間だけ、という条件付きで、彼女と対面してきたのだった。


 起きあがることもできず、寝台に横たわるアリネーゼは、見たこともないほど憔悴し、気弱になっていた。この俺でも、確かにやつれたようだと見て取れたのだから、よほどだと思う。

 彼女は俺に迷惑をかけて申し訳ないと、ただそれを口にするばかりで、まだ他のことに意識を向ける余裕はなさそうだった。だから俺も今はそっとしておこうと、とにかく同盟者としての保護を約束し、病床を辞したのだ。

 今後のことを話し合うにも、やはり当人の気力がまず回復しないことには――そう思った俺は、ヤティーンに見舞いでも勧めてみようかと思いついたんだが、そんなことをこの場で言い出すと、とても面倒なことになりそうな予感がしたので止めた。


「閣下。このような立て込んでいる時に恐縮ですが、できれば少しお時間をいただけないでしょうか」

 席を立ったフェオレスから、そう申し出られた。

「ああ……なら、執務室にいこう」

 そうして物言いたげなジブライールが気になりながらも、俺はフェオレスと執務室に移動したのだった。


 フェオレスからの折り入っての話といえば、内容はいくらか予想できた。

 なぜって、実際に立て込んでいるこの時期に、それでもフェオレスがどうしても話しておきたいと思う用件だなんて、たった一つに違いないじゃないか。


「申し訳ありません、このようなお忙しい時期に」

「いや、気にするな。魔族の日常に騒動はつきものだ――それに、そんなことより実際に一番痛いのは……」

「エンディオンの不在ですね」

「そう! その通りだ」

 別に不測の事態が起こるのはかまわない。問題には、その都度対処すればいいだけのこと。

 だが、そのときに我が優秀なる家令がいないのが、一番手痛い――


「それより、アディリーゼとはうまくいってるようだな?」

「はい。ありがとうございます。実は先日、アディリーゼに求婚をし、本人とスメルスフォにその許可をいただきました」

 ああ、当然その話だと思っていたよ。


「アディリーゼの成人は、後少しとも聞いていたが……」

 だからこそ、彼女とシーナリーゼはサーリスヴォルフの双子のお誕生日会にも呼ばれたのだし。

「はい、来年になります」

「そうか、もうそんな迫ってるのか! ならそろそろ、成人の儀式のことも考えないとな」

 俺の実子という訳ではないし、サーリスヴォルフのところのように結婚相手も探してないから、大規模な式は考えてもいない。さらにアディリーゼの性格上、家族間でのささやかなものでもいいと思うのだが……。


「実は……婚約のご報告も含め、その件でもご相談がございまして」

「うん?」

 なんだろう。一生に一度の式――とは限らないが、フェオレスとアディリーゼならそうだろう――だから、派手にやりたいとか、そういうことだろうか?

「結婚式と、彼女の成人式を、同時に――つまり、どちらも我が城で行い、むしろ閣下をご招待申し上げたいのですが」

「フェオレスの城で成人式も?」

「はい」


 もちろん、フェオレスのことだ。独断ということはあるまい。本人もスメルスフォも、承知の上なのだろう。

 ならば俺に否やのあろうはずがない。

「承知した。そのつもりでいよう。計画にあたっては、詳細な報告などは不要だ。本人とよく話し合って、君たちが思う最上の式を披露してくれ。愉しみにしているよ」

「ありがとうございます」

 ようやくほっとしたように、フェオレスは微笑んだ。


「話はそれだけか?」

「はい」

「じゃあ、いい機会だから俺からも一つ、質問させてくれ。ヤティーンのことなんだが……」

「彼がどうかしましたか?」

 フェオレスは同僚を心配してか、表情を曇らせた。


「いや、大したことじゃないんだが……その……ヤティーンって、今、親しくつきあってる相手とか……いるのかな?」

「つまり……私にとってのアディリーゼのような存在がいるか、ということでしょうか?」

「そこまでじゃなくても――」

「そうですね……彼は割と女性に人気があるようでもありますし、自由恋愛の人なので、遊び相手に事欠いた様子はないように見受けられます」

 なんだって! ヤティーンってもてるのか!? 意外だ!

「ですが真剣につきあっている相手となると、どうでしょう……。少なくとも、私は把握しておりません。あまりお役にたてず、申し訳ありません」

「いや、もてるのがわかっただけでも十分だよ」

 しかもまさかあのヤティーンが遊び人だったなんて!


「しかし、今のご質問は……アディリーゼの妹たちの誰かのためなのでしょうか?」

「え? いや、違う、けど……」

 逆に妹たちの誰かのためって、どういうこと?

 マストレーナの中に、ヤティーンのことを想う娘がいるってことか?

 まさか、そんな……ヤティーンを巡って女の戦いが始まるとか、まさかそれに巻き込まれるとか、そんなことはないよな!?


「違うのであれば、私の勘ぐりすぎというものでしょう。いらぬことを申しました」

「え、ほんとに?」

「はい。深い意味はございません」

 まあ……フェオレスがそういうなら、信じることにするけど……。

 それから彼は、俺の返答の報告がてら、アディリーゼのところにでもいくのだろう。執務室から退室していった。

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