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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
128/181

82 ジブライールさんの雰囲気がいつもと違う気がするのは、気のせいでしょうか?

「あの、はい……それは、閣下がそう仰るのであれば」

 ジブライールが戸惑いながらも頷いてくれたので、俺はホッとした。

 それは困ります、何がなんでも今から報告します、聞いてください、とか言われたら、俺もこんな時間まで待っていてもらった手前、嫌とはいえない。


「今日はもう遅い。よければ泊まっていってくれ。すぐに部屋を用意させるよ」

 エンディオンって今日はいてくれてるかな? もしくはセルクが?

 まぁどちらもいなくても、侍女頭に頼めばなんとかしてもらえるだろう。

 全員、就寝中なら申し訳ないけども……。


「あ、いえ、実は……」

 ん?

「エンディオンとセルクがそろって滞在を促してくれまして……ですので、実は閣下のお帰りを、ただじっと待っていたというわけではないのです」

「そうなのか。ウォクナンとリシャーナの件があった直後だし、二人ともまだ警戒して、ジブライールに警護を頼んだのか」

 とはいえ、ジブライールにとっては迷惑な話だったろうに。


「昨日は俺が哨戒を頼んでしまっていたし、連日、無理矢理泊まらせて悪かった」

「あの、そうではなく……」

 ジブライールは困惑の表情を浮かべ、ふるふると顔を左右にふる。

「本日は客分としての待遇で……実は迎賓館を用意していただいておりまして……。過ぎた処遇に甘んじまして、申し訳ありません」

 ジブライールはいつものように、勢いよく頭を振りかぶって最敬礼した。


「なんだ、そういうことか。いや、それならかえってよかった。たまには遠慮せず、ゆっくり泊まっていってくれればいいよ」

 迎賓館は本来ならば、魔王様やウィストベルやベイルフォウスやらが泊まっていくところだが、副司令官なら分不相応ともなるまい。

 さすが、よく気のつく家令と筆頭侍従ではないか。

「ありがとうございます」

 ジブライールはホッとしたように顔を上げた。


「ああ、でも、もしかしてそれでか……」

「はい?」

「なんか、いつもとジブライールの雰囲気が違うと思っていたんだよな。寝支度をした後だったからか」

「はっ!」

 俺の指摘にジブライールは自らの両手で真っ赤になった頬を挟み込んだ。


「これは、その……いつもは私、こんな寝るときにお化粧とかしないんですけど……! 私が客分として泊まるというのを知って、マーミル様が、夕方頃に先日のお礼だといらっしゃって、髪も結っていただいた上、道具とか夜着とかを色々揃えてくださって……その、アレスディアも含めて、ちょっと色々と……寝化粧を……」


 三つ編みはマーミルが結んだのか。だからちょっと結びが緩いのかな?

 それに、寝化粧とは……。マーミルの奴、子供のくせに、またそんなこましゃくれたことを。それを手伝った侍女がユリアーナでなくて、そこだけは本当によかった!

 化粧の感じがいつもと違うから、雰囲気が違って見えたんだな。

 なるほど、俺がいつもと違うんじゃなくて、ジブライールがいつもとちょっと違うということか!


「そういうことなら寝かけてたところを、わざわざここまで迎えに出て来てくれたってことだろ? ジブライールも疲れているだろうに、重ね重ね悪かった」

 家令か筆頭侍従には、俺が自領に入った時点で間を置かず、連絡が入っているはずだ。それを聞いて、ジブライールは迎えに出てくれたのだろう。

「とんでもないです! それにあの、寝かけていたとかそんな……」

「といいつつ、コートの下は実は寝間着だったりして」

「!!」

 どうしたことか、ジブライールは急にそわそわとし出したではないか。

 冗談のつもりだったのに、その反応は……図星、とでもいうのか?


「き、着替えている時間がなくて……すみません……。でも、本当にまだ、ベッドに入ってはいなかったのです……」

 どうやら本当に、コートの下に寝間着を着ているらしい。季節外れにも長いのを、きっちり前をしめきっているものだから、おかしいなとは思っていたんだ。


「いや、別に謝るようなことでは……そういうことなら余計、話は明日にしよう。ジブライールも今日はゆっくり休んでくれ」

 俺はそう言って、居住棟に戻ろうとした。

 ところが足を踏み出させたものの、数歩で止まる。

 ジブライールが俺の服の裾をつまんで、立ち去るのを阻んだためだ。


「ジブライール?」

「あ、あの……み、みみみ……」

 み? 耳?

「みて、いかれませんか?」

「はい? なにを?」

 俺はジブライールを振り返った。


「その……マーミル様が、寝化粧に合うようにと」

 ……え、ちょっと待って、ジブライールさん。

「か……可愛らしい夜着を持ってきてくださったので! せっかくなので、ご覧になりませんか」

 耳まで真っ赤にしておきながら、なぜか急にコートのベルトをいそいそと解きだしたのだが!?


「か、可愛くないですか!? どうでしょうかっ!?」

 は? どうでしょうかって、なにその質問!

 ちょ……なんでそんな、どこかの露出狂みたいな感じでバッと前を開くの!?

 時々、ジブライールの態度と勢いが解せない!

 しかし、今、一番解せないのは俺自身の反応だ。

 疲労回復薬って、ナニが元気になるんだっけ!?


 でも仕方ないじゃないか!

 だってほら……寝間着なんて、総じて薄いものだし!

 デザインがいくら可愛い方に振り切っていたって、華奢な肩は丸出しだし、なんなら谷間がこんにちはだし、生地はうっすら透け気味で下着の線が見えてるし、裾なんて太ももの上半分で終わってしまっているのだ! なのになぜ、短いとはいえ足下はしっかりブーツをはいている!

 もっと長くて露出の少ない寝間着だってあっただろうに、よりによってなぜ、これを選んだ、マーミル!

 そしてその格好と、全身真っ赤になりながら、プルプルしている態度とのギャップが……ちょっと待って! 疲労回復薬!?


「ジブ」

「わ、私! ゆ……ゆ…………ゆ、ゆ…………」

 ゆ……湯? 油? 結?

「誘惑、してます!」


 ……は?

 いや、なんですか、それ。

 なんでそんな、声も震わせて恥じらいの境地みたいな表情をするくせに、行動だけ大胆に振り切るの!?

 もうどうしたらいいのか、俺にはとんとわからないよ!


 しかし、ここは竜舎の入り口だ。そんなところで騒ぎすぎたのだろう。

「あれ、旦那様?」

 竜番が、気配を感じて様子を見にきたに違いなかった。

 俺はとっさに、ジブライールを抱き寄せる。


 だって仕方ないじゃないか! こんなあっちもこっちもはみ出している格好のジブライールを、他の男の視線にさらすわけにはいかないのだから!

「!!!!」

 腕の中でジブライールの身体が硬直したのが感じられた。


「お忘れ物でも……………………」

 入り口から顔をのぞかせたスナネコ顔の竜番は、俺と目が合うと、再びゆっくりと、竜舎の中に引っ込んでいった。

 そうして聞こえてきた小声は……。

「なにもなかったなぁ……気のせいだったか……」

 なんて空気の読める男だ。


「ジブライール、とりあえず前は閉めようか」

 俺はジブライールを放した。

「ジブライール?」

 ところが彼女は眼を見開いたまま、石化でもしたかのようにピクリとも動かないではないか。


「……」

 俺はジブライールを抱き上げる。

「ひゃっ!」

 するとようやく、我に返ってくれた。


「誘惑したってことは、覚悟はできてるってことだよな?」

「はい! ……え? あの……?」

 ジブライールは自分が何に答えたのかわからない、とでも言わんばかりの怪訝な表情を浮かべたと思うや、急に顔色を赤青させて焦り出し、そうしてやっと、開いたコートの前を勢いよく閉めてくれたのだった。

 俺は内心、ホッと胸をなで下ろす。

 しかし、それはそれだ。こんな時間に誘惑などしてくるということがどういうことか、思い知ってもらおうではないか。


「あ、あの、私……閣下、あの……」

 あたふたと、とまどいをみせるジブライールに、俺は敢えて反応を示さなかった。横抱きにしたまま、黙ってぐんぐん歩を進める。

 ようやく状況を把握したのだろう。胸の上で白くなるほどぎゅっと両手を握りあわせ、黙りこくる。

 やたら瞬きの回数だけが、多い。


 とはいえ、ジブライールの行動が、本当に覚悟をしてのことかどうか、わからない。

 だから俺は、そこから遠く離れて建っている居住棟にも迎賓館にも、向かわなかった。

 その代わり、竜舎から一番近い離れ――大公城にやってきた領民なんかが宿泊するための、小屋敷にジブライールを連れていったのだ。

 そこは小屋敷というだけあって、寝室も十五あるかどうかという程度の、3階建ての小さな屋敷。


 今は魔王様の一件に加えてウォクナンが侵入した件もあって、厳戒態勢を敷いているので、宿泊客はいないはずだ。毎日、掃除には入ってくれているが、常駐の家人もいないから、そこまでの道中ですら、誰ともすれ違わなかった。

 その最上階の一番奥の部屋に、ジブライールを抱えて入る。前室さえないその寝室に――

 そうして普段に比べれば、俺にとってもジブライールにとっても、とても広いとはいえないだろう寝台に、彼女をそっと下ろしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっちゃえ!〇産!!
[良い点] ヒュー!ヒュー!! ジブさんの本懐か!? ლ(´ ❥ `ლ) って月光じゃないから無理かー (・o・;)
[一言] 昨夜はお楽しみでしたね
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