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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
125/181

79 火傷しない、火傷しない、火傷しないって唱えるとしないのです!

 かすかな違和感がわきあがった。

 ベイルフォウスが、それまでは一時も怠らず本気をみせていたからかもしれない。

 だが、気が逸れた、というか、抜けた、といってもいい、そんな反応が、二度ほど続いたのだった。


「?」

 違和感がなければ「しめた! スキあり」とでも攻めたろう。

 誘いだとすると、いくらなんでもわかりにくい。俺だから気づけたレベルだし……ってことは、誘われてるのではない?

 俺との対戦中、ベイルフォウスの集中が途切れたことなんて、かつて一度としてなかった。それで違和感があるだけ、か?

 んんんー? 食いついたら、逆にしてやられるパターンか?

 どうしよう……誘いとしても、乗ってみるか? それとも――


 逡巡を悟られてか、強烈な一打が放たれる。

「ちょ……」

 横っ面を叩かれる直前、レイブレイズを差し込んだ。

 蒼い刃と黒い柄の間で、あり得ない量の火花が散る。

「っつ!」

 ちょ――これ、俺の頬、火傷してない!?


「俺との戦いで、気ぃ抜いてるんじゃねーよ!」

 なんだと!? そもそも、先に気を抜いたのはお前のくせに!

 俺は一時、湾刀を宙に投げてレイブレイズを両手で持ち、剣身を平らに当てて力任せに押す。すかさず蹴りを加えて、ヴェストリプスを弾いた。

 軽く跳んで落ちてきた湾刀の柄を受け止め、勢いに乗せてベイルフォウスに――


「は?」

 俺は当然のように、その凶刃を魔槍が受け止めると信じて疑わなかった。反応できる時間は、十二分にあったはずだ。

 しかし、その異様に鋭い刃を、阻むものはなかったのだ。

 さして力を入れずとも、触れた瞬間に抵抗なく物質を一刀両断にする湾刀――レイブレイズとはまた違った意味で、〈切れぬものはない〉と讃えてしかるべき鋭利な刃。

 そいつが断ち切ったのは、目に痛い赤毛だったのである。


「……!!」

 切ったという手応えもなく、はらりと落ちた長い髪。その先にあるのは、当然――

 俺はとっさに腕を引く。だが、つけた勢いのすべてがそれで相殺できるわけはなく、肉を断った感触が、手に伝わってきた。


「ばっ!」

 俺は拳を開き、両手に持った剣をどちらも手放す。

 派手な音を立てて地に落ちる二本の剣。その一方――湾刀にべっとりと絡みつく、赤い液体。


「どういうつもりだ、ベイルフォウス!」

 本来俺の斬撃を受け止めるはずだった大槍は、今は地面に突き立てられ、所有者が右半身を預けてなんとか立っていられる、といった具合だ。

 左半身は、腕にさえ力が入らないのか、だらりと下がっていた。

 服の前身頃は、流れ出る血で真っ赤に染まっている。

 大公ベイルフォウスが膝をつきかねない一打が、左肩に入ったのだった。


「どういうも、なにも……お前の、実力……」

「ふざけるな! 俺にわからないと思うのか? お前がわざと、防御を怠ったことが――」

 いくらなんでも、今の結果が自分の実力だけでもたらされたものだと、自惚れはしない。

 そうだとも――ベイルフォウスはわざと、俺の剣をその身に受けたのだ。


「死ぬつもりか? 大公ともあろうものが、なんだってこんなことを……」

 さっきの違和感は、わざと気を抜いたからだったのか?

 俺の隙を誘うのではなく、本当に攻撃を受けるつもりで?

 だが、今のはいくらなんでも……俺が故意にそらさなければ、斬撃はベイルフォウスの肩ではなく、首に届いていたろう。


「俺に殺されるつもりだった、とでもいうのか? それとも致命傷は避けられると思ってのことか?」

「……」

 いや、なんか言えって。

「とにかく――」

 俺が中止を宣言しようとしたときだった。


「きゃああああああ! ベイルフォウス様!」

 大階段の上から、女性の甲高い悲鳴があがったのである。

 弟と同じ、柑子色のくせっ毛を揺らしながら、イムレイアが一足飛びで前地に飛び降り、ベイルフォウスに駆け寄る。

 そして彼女は、震える手を伸ばし――


「ベ……ベイルフォウス様の御髪(おぐし)があっ……! きれいな御髪が……!」

 え……? いや、え?

 髪?

 いや、髪より肩がざっくりいってるんだけども???

 え? 伸ばした手が肩じゃなくて、短くなった髪に触れてるから、俺の聞き違いじゃないよね?


 髪なんかより、ほら、ベイルフォウス本人の様子は気にならないのかな?

 肩からドバドバ出血してるよ!?

 いつも偉そうなベイルフォウスが、ほんとにやっと立ってますって感じだし、顔色もほら、ものすごく悪いよ!? 口をきくのも辛そうだよ??


 だが、彼女が気にしているのは、本当に毛髪の方らしい。

 なぜって、イムレイアの手はベイルフォウスの肩には向かわず、切り落とされた赤い髪を拾おうとしたのだから。

 もっとも彼女が赤い髪の束に触れる前に、ベイルフォウス本人が、得意の炎で全部灰にしてしまったが――


「ああっ、そんな! もったいない……」

 泣き声のような弱々しい声が漏れた。さすがにその反応はどうなのだろうか……。

 イムレイアって、こんな感じだったのか。

 なんていうか、もっとこう……あのボヤッとしたロムレイドが怖がるくらいなのだから、残酷で残虐で冷酷、とでもいうか……ついでにつけ加えると、塔での仕掛けも考慮するに、妖艶な感じなのだろうと思っていたのに。

 ものすごい髪フェチ、とかなのだろうか?

 いや、他人(ひと)の性的嗜好とか、どうでもいいけども!


「…………」

「…………」

 俺はベイルフォウスの様子を観察した。眉根に刻まれた深いしわは、痛みのせいばかりではないと思う。


「……とにかく、対戦は終わりだ。とっとと医療員に診てもらえ」

 俺は傷ついた肩口を凍らせた。

 ベイルフォウスは自身の状態に頓着しないままだし、イムレイアもこの調子じゃ、いかに頑丈な魔族とはいえ、ほっといたら失血死しかねない。

 なにせ、足下をみてみるがいい。それはもう、えらい量の血だまりができているのだから。


「……そうだな」

 えぇ……なにその素直な態度。気持ち悪い。

「おい、まさかと思うが……もしも、お前が自分のしでかしたことを気にしてるってんでも、こういうのはもうやめろよ。反省してるなら、二度と同じことしなきゃいいだけのことだろ。殊勝なベイルフォウスとか、らしくない」


 ベイルフォウスが俺に、最悪、命を差し出そう、というほどの理由――思い当たることとしては、魔王様の魔力を取り戻すために、俺を()()()意識を奪い、魔力を奪おうとしたこと、くらいしかない。

 確かに騙し討ちは、魔族にとって唾棄すべきことだ。

 殊に、お互いの強さをぶつけ合うのが信条の魔族の強者にとって、ベイルフォウスがしでかしたことは、そうと発覚した後、無条件に命を奪われてもおかしくない手ではあったのだ。

 だがそうすべきだと思うなら、目が覚めた後にとっくにやっていた。


 ぶっちゃけ、俺にとっては害なく終わったことだし、ちゃんと殴ったし、そもそも何があっても暫く同盟は結ばない、親友とも名乗るな、という宣言で決着をつけたつもりでいる。

 それなのに、まさかベイルフォウスが、そこまで気に病んでいるとは思ってもいなかった。

 しかし、その推測は当たりだったらしい。ベイルフォウスの奴ときたら、言い当てられた、とでも言わんばかりのバツの悪そうな表情を浮かべたのだから。


「すまない」

「だから、そういうのをやめろ」

 普段は「大公ベイルフォウス様」とか、恥ずかしいことを鼻高々と自称するくせに。


「こうざんばらだと、いったん切りそろえないとですね。また以前の長さになるまで、かなり時間がかかってしまいそう……でも、ベイルフォウス様ならすぐかしら」

 ……うん、イムレイア。空気を読もうか。

 っていうか、ほんとに髪しか気にならないのか?


「もういい……俺は帰る。どっと疲れた」

 せっかくの疲労回復薬の効果も、どこかに飛んでいってしまったようだった。むしろ、飲む前より疲れた気がする。

 主に精神的に。


「ジャーイル大公閣下は、医療班にかからなくともよろしいので?」

「は? 俺が、どこを……」

 イムレイアが自身の右の頬骨を指さすので、俺は自分のそこに触れてみた。

 ああ……やっぱりか。ブニブニした感触――これ、水ぶくれになってるなぁ。くそ、あんな火花が散ったくらいで……。

 火傷したかもと思ってしまったのが失敗だった。


「このくらい、たいしたことはない。帰って自領の医療班に診てもらえばすむことだ」

 俺は、イムレイアにそう答えた。

 だがその判断は、早計だったと言わざるを得ない。

 火傷など一瞬で治してもらえるのだから、診てもらうべきだったのだ。


 なぜって、〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉では、ジブライールが俺の帰りを待ち構えていたのだから――

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ気にしてたのか……ワンパンで十分だろ被害がなかったら。何なら坊主にしてやれw ジ「ああっ! 閣下のお顔に火傷が!!」 どこも似たようなのがいるw
[一言] 火傷しないと思うと火傷しないのかww さすがジャーイル。
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