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四十三話め.そんな、わけがなきにしにあらずなのだよ。

 ゼーゼーと荒い息を繰り返しながら俺は顔を挙げる。

 や、やはり笑っていない。

 俺の運動神経に物言わせた凄い動きはもう、すんごいわけで、人間じゃないようなダイレクトな動きなわけで。

 ネタの為に動き続けてどれぐらい経ったのか。


 ……こいつ笑わねェー!恐ろしいまでに笑わねェー!いや解っていた事だったがこれ程とは!!

 クスリ所か、機械みたいに拍手送る以外に代わり映えが無い! 完全に! 変わらない!  シンバル叩いてるサルかテメーは!!!


「お、お前な! いい加減にしろよテメー! こっちのネタのストックも切れそうだっての!」


 俺の悲痛の叫びに、彼女は首を傾げる。


「終わり、なの?」


 そんな風に言われて、終われるわけがない。


「嫌、終わらねーよ? でもちょっと待て! お前鬼か!」

 どんだけ動き回ったと思ってんだコイツは! もう心臓バクバクなんだよ!!

 叫ぶ俺に幽霊娘は無表情で無言なまま首を傾げる。

 何も言わない変わりにパンパンと二回手を叩いてみせる。


 謎の行動に俺はガクッと肩を落とす。


「どういう事だよ……恐ろしい程に意味が解らないなお前は……」

 そう言って、苦笑する俺に、無感情なままのお前。


 始めて会った時も、こんな感じだった。


 でも、最初に比べたら変わった方。

 俺の目を見るようになった。

 喋る量も増えた。


「本当、お前なんか変わったよな」


 俺の言葉に幽霊娘はいつもの片眉を上げる素振り。


「そうかな」


 始まりはふざけた罰ゲームから。

 まさかここまで付き合いが長くなるとは微塵も思っていなかった。


「そうだったも糞もねーよ! おんまっ……最初に俺の股間に大ダメージ与える程に敵意あったじゃねーか!」


「あれは……怖かったの」


 出会いは最悪だった。

 こいつの変わらない無表情には。

 胸糞悪いとさえ感じた。



「感情無い癖に怖いわけねーじゃん! そいやあん時もそんな事言ってやがったな……後キモって言ったのも覚えてっからな!」


「……でもその後、私の事追い掛け回したし、ストーカーって言うんでしょそういうの」

 ストーカーだからキモと言われても仕方無いと言うのか!


「は? 馬鹿そんな事言ったら俺がお前の事好きみたいじゃ……」


 ただの言い合い。

 なのに俺はそこで止まってしまった。

 意識するように、そんな風に止めてしまえば、その部分を強調してしまうかのように。

 なってしまうと、言うのに。


「ねーかよ……」

 慌てて繋げて言ってしまう。

 これじゃあ更に更に更に、強調してしまっているだけじゃねーかよ。


 そんな、つもりはねぇよ。

 そんな、そんなつもりはねぇ筈だ。

 そんな、わけないのであるよ。

 そんな、わけがなきにしにあらずなのだよ。


 あれ、解んなくなってきた。


 解んなくなって来たって言うのに、こんの幽霊娘は更にわけが解らなくなる事を言う。



「そうなの?」



 視線を逸らす。

 この俺が。

 笑えねえよボッケー。

 面白くねぇよアッホー。


 なのに。

 何で面と向かって言えないんだろう。

 俺そんな感じじゃないのに。


「ねぇ、私の事、好きなの?」


 声が先程より近い。

 不意に顔を上げる、いつの間に立ち上がったのか目の前に彼女の顔があった。


「うぉぉ!?」

 変な声が出たゼ。

 面白いぜ俺流石だぜ。

 だがそんな事考えたのは一瞬。

 恥ずかしさを紛わせようとしても、脳が停止してしまっては何も考えられない。


 だって近いんだもの。


 無表情の癖しやがって。


 無感情の癖しやがって!


 二回心の中で復唱。

 それは自身に訴えるように、寧ろ確認するように。


 幽霊娘の癖に。


 ずるい。


 俺は再び目を逸らし一歩下がる。


 何も言えていない俺に、彼女は勝手に話しを続ける。


「ねぇ、それって。そういう事なの?」


 俺が喋れない時に限ってこいつは好き勝手に喋りやがる。


 更に一歩下がる。

 アイツは一歩近づく。


 ……ステージには上がらないで下さいましお客さま。


「もし、貴方が私を好きなら私はね」


 その言葉に俺は顔を向けてしまう。


 ついつい、反射的に。


 彼女はぎゅっと自分の胸を握り締め、俺の目を見据える。


 無感情な筈の、冷たい筈の、その瞳。


 見つめるその瞳は俺を、真っ直ぐに。


「私は」


 その言葉が続く前に、プレハブのドアが大きな音を立てて開く。

 蹴破った風に感じる乱暴な音に、俺とアゲハはそちらを向いた。


 そこにはボロボロになった大人達。

 あの二人が頑張ってくれたのか数は、見た時より大分減っていた。

 警察らしき大人の姿も見えない。


 しかし、あまり知らない数人の大人達よりも俺達の良く知る一人の大人がその中には混じっていた。


 顔を真っ赤にして怒り狂っている鬼畜医者の姿。


 その姿を見て、俺は驚きより、苦笑を零してしまう。


「……ダメだったかよ」

 解っていたと言うように、諦めたように。







 計画はこうだった。

 元々、見つかる計画。

 笑わせればこっちのもんなんだ。

 だが、病院では邪魔される。


 じゃあ、どうする。

 簡単だ、病院以外の所で笑わせればいい。


 連れて行った事にすれば嫌でも追いかけてくる。

 手術が出来る状態にして、そのまま見つかったら病院まで運んで貰う。

 そこまで遠いわけでもなく、且つ時間稼ぎが出来る所。


 これが簡単な計画だった。


 計画と言うにはあまりにも粗く。

 計画と言うよりは、賭けに近く。

 計画というよりは唯の焦りと思いつきによるものでしかない。


 彼女の命が掛かっているというのに。

 運を頼る部分が多いこの計画。


 それでも、これしか無いと思った。

 いつ笑うかも解らない。

 笑わないかもしれない。笑ったとして、奴等が来るのが遅く彼女を結果的に救えないかもしれない。

 最後の、挑戦は……結果的には前者で。

 1ヶ月の準備も無駄に終わり、彼女は手の届かない所に行く。



 喋り過ぎちまったな。

 やっぱり。

 コイツと喋るのが。

 楽しくて。


 ……。



 負けだってのか。


 俺の。






 …。




 ……。




 ………。




 ………………。


 ……負け?

 誰が?

 負けて……ねぇよ。


 元々継ぎ接ぎだらけの作戦だ。

 俺が何かをして、上手く行かない事なんざ今に始まった事では無い。


 だから、俺が成功させるまで。

 笑わせるまで負けなんて、ねェーーーんだよ!



 あの夜に彼女が。

 俺に、俺に、助けてって、言ったんだ。

 あのバカ幽霊娘が、無感情で無愛想で無機質で不器用なアイツが。


 助けてって…!


 救いを求めている奴が居るのに。

 諦めて。

 何が、ヒーローだ。



 大人達は俺とアゲハを確認した瞬間、俺に飛び掛ってくる。

 乱暴に掴みかかって来る大人達に抵抗しながら、必死に叫ぶ。


「待て! 待ってくれ! 頼む! 10分、5分でも良い! 笑わせる! 絶対に笑わせる!」

 大人達は必死な俺を、バカなガキの戯言を嘲笑うかの様に、地面に押さえつける。

 それでも俺は叫ぶ。

 無駄だと思っても、必死に、必死に。


「お願いだよ! 笑わせれるんだよ! 頼む! 本当に時間は少しだけで良いん」

 言葉はそこで止まった。

 俺の頭に突然衝撃が走る。

 床に頭を強く打ち付けられたのだ。

 鼻を強く強打した。

 鉄の味が口に広がる。

 鼻から赤いものが滴る。

 憎憎しげに、頭の衝撃は俺の頭をぐりぐりと更に押し付けて来た。

 視線だけ何とか上に挙げた先には。

 感情剥き出しの表情の、あの医者が居た。

 俺の大嫌いな医者は血走った瞳で、俺を見下すように睨む。



 縫い付けられている俺に向けて、医者は嘲笑う。


「ざまぁないなあああああああああああ!! クソガキがァァァ!!」

 医者は叫びながら俺の顔を更に思いっきり踏んだ。

 顔に衝撃が走る。

 再び頭を強く地面に打ち付けられた。

 ひ弱な医者と言っていたが、大人が全力で子供の頭を踏めば。

 その衝撃は、文字通り頭が割れるように響く。


 脳が揺れる。

 目の前がゆらゆらと揺れる。


 地面に滴り落ちる俺の血も、ボタボタと零れながら揺れる。


 それでも、医者の声は真上から。

 吐き捨てるように叫ぶ声はハッキリと聞こえる。


「最後までイラつかせてくれたなガキィィィ!」

 医者は続ける。

 抵抗の出来ない俺に、今迄の恨みをぶつけるつもりかよ。

 見下す様に、自分が勝利者だと叫ぶように。


「結局お前は何も出来ないんだよ!! お前には何も出来ないんだよ!! 何も知らないガキがァ!!」


 揺れる頭を必死に抑えながら、俺は何とか言い返そうと言葉を搾り出す。


「ウ、ウルセーバカ医」

 言い切る前に顔を蹴られた。

 サッカーボールの様に思いっきり。

 顔が弾けると共に鼻血が飛び散る。


 再び頭が揺れた。

 一瞬気を失いそうになるが、必死に堪える。


 この男にだけは弱みを見せたく無い。


 それでも先程のように言葉を絞り出す事が出来ない。

 他の事に気を回せば、一瞬で意識が飛びそうになる程に視界が揺れていたからだ。

 鼻血は止まらずに床を赤く染めていく。 

 失いそうになる意識を堪えながらも、俺は空ろな瞳を医者に向けていた。

 どちらかと言えば睨んでいるつもりだったが、流石に大の大人に二回も頭を蹴られれば俺の気力も意味を成さないらしい。


 そんな俺の様子を見て、興奮したように医者は不気味な笑みを零す。

 今迄好き放題していた俺はやはり気に食わなかったようで。

 今はいい様に出来る事が、そんなに嬉しいかよ。


 しかし、俺の表情を見て医者の笑顔はッフ、と消える。

 面白くない、という風に。


「オイ。おいおいおいおいおいおい寝るなよ? 寝るなよ? 今寝たら面白く無いだろ? おい、おい」

 髪の毛を掴んで頭を揺らされる。

 ムカつくこいつの声はハッキリと耳に残る。

 医者は何かが目に止まったのか、ゆらりと動く。


 わざと、俺から見えるように近くに転がっていた小道具箱を蹴りやがった。

 飛び散る三角帽子やグラサン。

 ださいカツラやふざけたTシャツ。

 他にも色々な子供じみたような物まで。

 沢山のそれらは、派手に飛び出す


 ガキみたいなそんな玩具共は。

 全てあの女の為に準備した物。


「こんな、こんなふざけた物作りやがって!!!」

 怒りをぶつけるように、八つ当たりをする様に。

 医者は、それを踏み潰す。

 何度も何度も。

 その瞬間意識がはっきりとする。

 状況が頭を覚まさせる。

 この医者に踊らされていると解っていても。


「お、おい……。 おい! 止めろ! テメェ! 止めろって!!」

 俺は慌てて叫ぶ。

 俺が叫べば叫ぶ程、それを楽しむように、医者は力強く踏み続ける。


 ふざけた帽子はひしゃげ、紙で作った小道具は紙くずに変貌する。

 破片が飛び散り、形を変え。小道具達は唯のゴミへ。


「クソ餓鬼が!! クソ餓鬼がァァ! 大人を舐めるからこういう事になるんだよォォ!」

 俺の努力を全て否定するように。

 無駄だったと、言わせるように。

 踏み続ける。


 あいつ等と準備したそれらが。

 一ヶ月の準備が。

 アイツの為に。

 用意した、それらが。


 言っても逆効果と解っていても、叫ばずには居られなくて。

 それが喜ばせることだと、止まる筈が無いと解っていても。


 この男の行動は、十分俺の心に強く突き刺さる。

 今迄の自分を否定されているようで。 


 あァ、あァ、あァ。ああ………。


 悔しさで、歯を食い縛る。


 ちきしょう。ちきしょう。


 酷い事しやがって。

 俺は只アイツを助けたかっただけなのに。

 結局俺には何も出来ないのかよ。

 この大人の言う通りの、無駄な行動だったのかよ。

 それでも、それでも。

 助けたいという気持ちは健在で。

 でも、何も出来なくて、結局何も出来なくて。



 ……何も。



 真っ白な頭は自己嫌悪で真っ黒になる。



 もう何も見たくなかった。


 見たくも無い物を見ない為に、伏せようとした瞳は。





 止まった。



 声が。


 聞こえた。



 叫び声。


 高い叫び声。

 まるで自らの体を引きちぎられている様な、悲痛の叫び。


 聞き覚えはある。

 聞き覚えはあるのに、初めて聞いたような声。


 彼女が、そんな声を出すのを聞いた事が無いから。



 医者の足を退かせようと、彼女は医者の足にすがり付く。


 涙を流しながら彼女は必死に、今迄見た事が無いように泣き叫ぶ。


「止めてぇぇぇぇぇ!」

 悲鳴から、第一声の言葉は震えていた。

 その声には、強い感情を感じ。

 力強く、悲しさを込めて。


 叫んでいた。

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