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三十八話め.可能性が100%に0なら


 

 そんな私が。

 そんな私の筈が、何故助けてと。

 言ったのだろう……。

 河合君に近づかないでと言っていたのは、単純に人に関わっても意味が無いと考えていたからで。

 感情で言っているわけではない。

 結局関わってきたけど……。


 あの時、冗談と言って放った言葉は。


 何だか、あの時少し苦しくて……良く覚えて居ない。

 やっぱり私が……解らない。



 先生が以前置いていった資料がそのままになっていた。

 その中に手術に関しての書類もあった。

 手術の同意書。

 ……。

 署名の所に簡単に丸がしてあり、それがサインをするようにと言っているように思える。

 感情が出ない私は決断という部分も鈍い。

 だからこそ先生はこういう風に解り易くしてくれる。


 診察ついでに書類を今日取りに来ると言っていた。

 私は何も考えずにサインをする。

 このサインで何かが変わるとは思えない。

 いつもの社交辞令でしか無いサイン。


 だって手術何て出来る事にすらならないのだから。 


 私は幽霊だから。


「君の病気……いや、君風に言えば逝き返りたいとは思わないのかい?」


 先生の不思議な質問に、私は理解出来ず首を傾げる。


「逝き返りたい? それは非現実的ですね」


「幽霊だと自負する君が何を今更」

 先生は苦笑して見せる。

 そんな先生を他所に私は少し考えて見る。

 しかし答えは出ない様子。


「そうですね……そんな風に考える事は無かったですからね」

 寧ろそんな事はあり得ないと思っていたから考える事すらしなかったという方が正しい。


「で、どうなんだい」

 何故先生がそんな事を聞いてくるのか解らないけれど。

 私は即答する。


「解らない……としか言えません」

 私の言葉に、先生は表情を崩す事は無い。

 まるで、私の答えが解っていたかのように。


「そんなのは逝き返らないと」

 どうなるか何て、解らない。

 予想が全く出来ない。

 私は幽霊だから。

 生きたいと、逝き返りたいと、考えた事が無いから。


「そうかい」

 私の言葉に先生は簡単に答える。

 聞いてきた割に酷くアッサリとしているような気もする。


「それじゃあ今日の夜、星を見に行かないかね?」

 少し、予想外。

 ……突然話がズレたようにさえ思える。



 話の脈絡的に言えば。

 星を見に行けば逝き返る、という風に聞こえる。



「逝き返る事が何で星を見に行く事に?」


「手術を行う可能性すら無い君だ、幽霊だと言い張る君に非現実的にお祈りなんて、どうかと思ったんだがね」


 そんな先生の言葉に私は眼を細める。

 感情があればきっと馬鹿らしいという感情が浮かび上がるだろう。

「医者だとは思えない発言ですね」


 私の言葉なぞ知らず先生は続ける。

「丁度今日は流れ星の日だ、夜も晴々で星も良く見えるだろう。最後に逝き返りたい、と願い事をしてみたらどうだね」


 ……先生は少しおかしくなってしまったのかな。

「そういうの世間一般からバカバカしいって言うんですよ?」


 私の言葉に先生は眉を挙げて見せる。


「手厳しいね……離れ離れになる老いぼれの最後のお願いだよ? もしかしたら、逝き返るかも知れないだろう?」

 そういう風に言えば私が動くと思っているのだろうか。

 というか先生そういうの汚いですよ。


「可能性が100%に0なら必要は無いと思いますけど……」

 私の言葉に先生は一瞬眼を丸くすると噴出すように笑う。


「100%に0……だなんて、君も訳の解らない表現をするようになったね」

 そう言いながら、ククっと優しく笑う。

 ええ、そうね。

 誰の影響か知らないけれど。


「そうだ、だったらこう言う考えはどうだね?」

 思いついたのかのように先生は言葉を零す。


「今君が居れるこの世界で、一番高い所に行けば……逝き返らなくても、成仏出来るかもしれないよ?」

 適当に思いついた事をそのままに言ったであろう台詞。


 私は結局逝き返りたいとは言ってないのだけれど……。

 そして、成仏したいとも。


 …………。


 ああ……感情が動かなくて、記憶が薄れ易い私にも。

 一つだけ。

 一つだけ想える事。 成仏すれば。

 お父さんと、お母さんに。


 会えるのだろうか。


 会いたいという強い想いでは無い。

 感情は動かないから。


 ただ、何故か、何故か。


 少し苦しい、気がする。

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