二十七話め.お笑いオブザデッド
アゲハが居る病室の直ぐ外には大きな木がある。
腹にロープを巻き、その長いロープの先を高い木に垂らす。
上に引っ掛かけて、逆側から引っ張るという具合。
エレベーター式で体が上がっていくわけだ。
病院には入れなくなったわけだが、窓の外なら……。
入ってませんから。
アゲハに関わるな、とは言われてませんから!!
この俺が、諦める! わけが無い!
入らなくとも、やりようは幾らでもある。
あのアホ医者は、俺という存在を舐めた。
入らなければ俺が何も出来ないと思っている。
ガキはガキでもしつこさなら誰にも負けないのが、俺だ。
空中で不適な笑みを浮かべている俺はズンズンと上がっていく。
……あれちょっとペース速すぎませんかね。
「おーい! ゆっくり! ゆっくりあげろよー!」
下から引っ張ってるのは悪友二人。
「おいなんか聞こえなかったか?」
「俺の筋肉の脈道を聞いちまったか…?」
あいつら全く聞いてないんですけど!!
窓から突然! ワービックリ☆みたいな事したいからもっとゆっくりご所望なんですけど!
自分で前みたいに上ればいいのだが、同じ芸を二度もやる程俺は落ちぶれては居ないのだ。
一発屋で終わるつもり等無いのだ!
「って! 行き過ぎ! 行き過ぎ!」
幽霊娘の部屋を余裕で通り過ぎて更に上の階に行ってしまった。
アゲハとバッチリ視線が合いながら、冷たい視線を受けつつ俺は上がっていく。
驚く事もないのかよアイツは。
その事に俺がびっくりだよ! 更に上の階、病室のお爺さんと鉢合わせ。
口をあんぐりと開けてお爺さんの口から入れ歯が落ちた。
「ふ、ふぎゃああああ! 地獄からの使者じゃああああ!! ワシはもう死ぬんじゃあああ!!!!」
うおおお!? そんなに騒がれたらナースさん達にバレちゃうでしょーよ!
「おおおおお落ち着いてお爺さん! 迎えはもうちょい先ですって!」
「なんと幸薄そうな顔をしているんじゃあ! 地獄とはおおおお恐ろしい所じゃあああああ!」
「こんなイケメン捕まえて幸薄そうって何!? 寧ろ今のこの感じ天使じゃない!? イケてる素敵な天使様ですよ!!」
何て空中で言い合いをしていると、下から何やら話し声が耳に入ってくる。
「おい、あの馬鹿なに上で騒いでんだ?」
「あ、ヤベー行き過ぎてんじゃねーか、てめーがバカみたいに力任せに引っ張るからだろーが、それで騒いでんじゃね?」
「なに? おいどうする?」
「どうするって……そら下ろさなきゃな」
「んじゃ離すか」
「そうだな」
下からのそんな会話から、俺の背筋が一気に寒くなる。
「ちょ、お前ら! 待っ……!!!!」
いい終わる前に体は突然の無重力に襲われる。
と言うか本来の重量の通りに従う。
ヒューっとギャグっぽい音と共に俺は頭から落下した。
ガン! っという音が左耳から右耳に突っ切るようなすざまじい音。
そして目の前に星が散る。
一瞬の後、一気に痛みが襲う。
しかし痛みを苦しいと思うよりも、妙な眠気の様な物を感じる。
あ、あれ? こんなギャグっぽい感じなんだから大丈夫なんじゃないの?
「おいバカー? 大丈夫かー?」
ペチペチと顔を叩く筋肉バカの顔が横に、ぐにゃりとぼやける。
誰がバカだお前の方がバカみたいな顔してんじゃねーか……っていうかお前その顔の歪み方はバカっていうか化物ですな。
なんてぼーっと考えてしまう。
「……おいコイツ目の焦点合ってないぞ?」
イケメンが俺の顔を見た瞬間顔を青ざめた。
ふわふわとする感覚に襲われる中、俺は寝ぼけたような声を漏らす。
「……笑点? 大好きさ……推しメンは歌丸……師匠……」
「おおおおおい! 某アイドルグループみたいに言ってんじゃねーよ! 言ってる事がいつも以上にバカになってるぞ!?」
青ざめた表情でイケメンは俺の肩をガクガクと揺らす。
あ、ちょ、痛い痛い痛い痛い……頭揺らさないで……。
「ちなみに俺は喜久蔵推しだ! ラーメン最高!」
「ちょっと黙ってくんないかな!?」
珍しくイケメンが焦った表情で素敵なツッコミをしている。
っていうか……目の前で大声叫んでる君に殺されそうなんですけど頭に響くんですけど唾飛んでんですけど。
「っ血!? このバカ血出てるぞ!? このバカ血出るんかァァァァァ!?」
「イヤ突っ込むとこそこかよ!」
筋肉が良い感じで右手の甲をイケメンに当てている。
何やら楽しそうにしていやがる。
「黙れ筋肉!! ヤバイ!! めっちゃ血出てる! アレ!? これ俺等が殺した事になんの!?」
普段冷静なイケメンがここまで焦っているとか貴重なシーン。
薄れてゆく意識の中そんな事を考えていた。
「ちょ! 目閉じンじゃねーって! 死ぬな! 主に俺の犯罪歴的な意味合いで!!」
「お前……地味に糞野郎だな……」
「なんでお前そんな冷静なの!? 頭の中まで筋肉なの!?」
「照れるなぁ……」
「褒めてねーよ!!」
あの……二人共言い合いしてる暇あったらいい加減……人を呼んで……。
意識が遠のく。
二人の言い合いも、離れていっているように遠のいていく。
そんな俺の耳に最後に聞こえたのは二人のバカな言い合いと。
他の何人かの近づいてくる音だった。
大人達の近づく靴の音と、靴とは違う布の擦れた音というか……ぺったんぺったんといったふざけた音。
「これはー……スリッパ……?」
まさか俺の最後の言葉がスリッパになるとはな。
我が生涯に一片の悔い有りまくりである。
「―河合君っ」
聞き覚えのある声が聞こえた。
ダメだ、眠い、限界だ。
誰の声だっけなー。
えーっと。
もっと無機質な感情篭ってない声なら覚えがあるんだけど。
似てるけど、こんな焦った声出さないだろうからなーアイツは。
そこで俺の意識はぷっつりと、切れた。




