二十六話め.あれから
あれから一週間。
俺は病院の前にいた。
大きな硝子のドアを前に俺は只、立ち尽くしているだけ。
硝子戸の先、看護婦達は俺の事は見て見ぬ振りをする。
病院の人達とは顔見知りだ。
アゲハに会う為に病院に通い、沢山の人と仲良くしてもらっていた。
そんな人達が俺から業と目線を外す。
もうここには入れない。
問題を起こした人物として危険人物扱いか……多分無理やり入ったら警備員でも呼ばれるだろう。
笑わせたいだけでこんな事になるもんなのか?
いや、一時の感情で動いた俺が悪いのか。
もう俺は近づけない。
あのクソ野郎がいるにも関わらず、アイツの行動を知っているにも関わらず。
助けられないのかよ。
気持ちには……気づいてんだ。
俺は、俺は……!
とっても笑わせたいんだろうな!! そういう事だろ!!
いい感じの雰囲気を出している時、頭にすざまじい衝撃が走った。
「ウベルホァァァァァァ!?」
自分でもわけのわからない叫び声を挙げながら見事に吹っ飛んで行った。
おおおお! 痛いィィィィ! カッコイイ感じで決めてたのにコンクリートで大根おろしする羽目になってるよ!?
痛いよ痛いよ! 病院が目の前なのに痛みを消し去る所に行けないとはコレいかにににに!!
「なーにを病院の前で突っ立ってんだテメーは」
ぶっ倒れている俺にそういった言葉を吐き出したのは俺に蹴りを加えたであろう筋肉バカ。
その横でやれやれ、といった具合が似合うイケメン。
「呼んどいて勝手にたそがれてんじゃネーよ」
その二人を見て俺はニヤリと笑う。
出禁になったぐらいで俺が諦めると思ったか? 戦いはここからだ!
悲しむ? 凹んでる? しらねーよ!
十分マイナスに走ったら。
次はプラスにまっしぐら。
待ってろバカ女! 後クソ医者は死ね!
―――――――――
窓の外を見つめる。
いつもと変わらない風景。
あの日割ったガラスはとうに付け替えられている。
それでもあの時の事は忘れようが無いけど。
あれから一週間。
河合君は凄く怒ってくれていた。
私の為に。
……。
……あの人は何故私をほっといてくれないのだろう。
なんで私なんかの為に怒れるのだろう。
そんなことをされても嬉しい感情なんて出ないのに。
あ、でも。
あの時の河合君。
怒るというよりきっと。
『悲しい』って感情だったのかな。
何となく、そんな気がする。
私は幽霊で、感情なんて無い。
だから考えてから、でないとどういった感情なのかすらも解らない。
もし感情があれば。悲しい、と感じれたのだろうけれど。
ドアが開く音に視線を向けた。
そこにはあのお年の先生がいた。
昔からこの病院に居る人で、昔の私の事も良く知っている。
「……やぁ、調子はどうだい」
そう優しく話しかける先生は、小さな丸い椅子に腰かけた。
幽霊に調子も何も無いと思うけど。
とりあえず私は「別に」と適当に答えておく。
「そうかい?」
短く答えて先生は優しく微笑む。
この人も昔から私を気に掛けてくる。
「……あの子がこれなくなってもう一週間だね」
あの子。
河合君の事だ。
この先生は河合君が気に入っているらしい。
笑い上戸のせいで結構死にかけてたけどね……。
「寂しいかい?」
……何を言い出す。
「寧ろせいせいしました」
私の言葉に先生は小さく笑い声を挙げる。
……? 面白い事を言っただろうか?
「フフ……あの若造にさえそんな事を言わない君が、笑わせようとするだけでそこまで毛嫌いするとはね……」
何が言いたいのだろう。
「君は無心病というかなり珍しい病気だが……無心病は決して感情が0になるわけではない、感情が薄れるだけだ。そんな小さな感情の上下は、どうやらあの少年にだけ向けられているようだね?」
その言葉の意味は理解出来た。
まるで私が、河合君に興味を持っているかのような言い方。
確かに、あの先生だと私の感情は揺るがない。
何をされても。
河合君は……どうなんだろう。
何も答えない私に先生は続けて口を開く。
私が黙り続けて、先生が話し続けるのなんて今に始まった事じゃない。
私が昔ココに居た時も、そんな感じだった。
「君が自分を幽霊だと言い出したのは……ご両親が亡くなった時から、だね?」
「……」
そうだっただろうか、無心病という病気は、感情の薄れにより過去すら思い出さなくなると言われたことがある。
私の言葉で言えば……幽霊という存在は過去があるから幽霊という存在が出来るのだけれど。
そう考えれば、先生の言葉は合っている。
ああ、そう。
私は『あの日死んだのだ』
両親と一緒に。




