十七話め.やったら
「あ、え、いぃぃぃぃぃ!?」
動揺している俺は慌てて手を退かそうとする。
しかしアゲハが必死で手を止める。
本気になれば無理矢理ひっぺがせるが、その必死な様子が俺をたじろがせる。
「な、何やってんだよ!?」
や、柔らかい! ど、どうなってんだこれ?! おおおおお乳ちちち突け!!! いや今お乳突いてんのは俺なんだけど……って違う違う違う違う!!!!! 落ち着け!!! 状況を冷静に分析するんだ!!! ……やっぱアゲハは着痩せするのか結構大き……ってバカバカバカ!! そういやこの家、俺とアゲハしか居な…………ってバカバカバカバカバカバカバカバカ!! ちっげーだろ!! な、なんだよこの状況ななななんなんなんだ!?
心臓が高鳴る。
顔が熱い!!
「……落ち着いてよ」
「お、おおおお乳ちちちつけるかよ……!!」
動揺しまっくてる俺に、アゲハは上目遣いでジッと見てくる。
「……お願い。落ち着いて」
酷く澄んだ声でアゲハは優しく溢す。
不思議と気持ちが落ち着いていく。
コイツ変な空気持ってるからな。
いや手にある柔らかさは変わらないんだけど。
「……聞こえる?」
俺の爆音心臓なら今も五月蝿く鳴ってるぞ、っていうかそれは流石に聞こえないか。
「な、何がだよ」
「……解らないの?」
その言葉で少し耳を澄ませてみる。
いや、何も聞こえない。
……ッいや! そうだ!! 何も!!
『聞こえない』
唖然としている俺にアゲハは小さく溢す。
「気づいた? 何も、聞こえないでしょう? 」
聞こえない。
何も。
聞こえない。
心臓の音が! 一切! 聞こえない!
俺の頭の中が真っ白になる。
今手をついている胸の部分からも。
小さな鼓動の振動すら、無い。
いや。そんな筈は無いんだ。
アゲハは生きてるんだ。
聞こえる筈なんだ。
聞こえなかったら。
まるで。
まるで、死体のよう、に。
し、死体の……。
突然持たれている手が恐ろしく見えた。
アゲハを見る目が変わっている事に自分でも気づく。
「ねェ、心臓が動いていないのに……何で私は動けるの? 何で私は喋れるの? 死んでるのに意思があるって……それって幽霊だよね……? ねェ」
「あ、……え、あ」
アゲハの言葉の一つ一つが怖いと感じてしまう。
笑えねェ。
笑えねェよ!!
怖いと感じていた。
証明が俺の心に響いていた。
合わせる様なアゲハの声までも、信じてしまう。
俺の目の前にいるのは。
人間か?
本当に。
幽霊なのか?
「……解ってくれたみたいね」
アゲハは小さく耳元で零す。
「こんな化け物に……もう関わらないで」
そう言ったアゲハの言葉が胸に刺さる。
そして。
俺は見逃さなかった。
アゲハが目を逸らしたとき、少し……本当に良く見ないと気づか無いくらいに一瞬だけ。
俺が嫌いな色に変わった。
寂しそうな色。
俺が大嫌いなクソつまんねー、瞳だ。
無意識に、俺は声を溢す。
「……わかんねーよ」