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前編

 友人の家は、静かな街の外れにあった。すぐ裏手が鬱蒼と茂る森のような場所で、彼は一人暮らしをしていた。私とその友人はよくお互いの家を行き来し、世間話をするような仲であった。

 彼には双子の兄がいた。聞くとことによると、私も長旅で一度通ったことがあるくらいの遠くの街で、医術について学んでいるのだそうだ。友人はその兄と非常に仲が良いようであった。その証拠に、友人の家には、兄から送られてきた手紙が大量に保管されていた。医術に触れていることから、その手に関する専門的な文通も多いのだとか。今までの人生で私は、何組かの双子を見てきたが、ここまで仲睦まじい双子に出会ったのは(もちろんこれまでに二人が一緒にいるところを、見たことがあるわけではないのだが)初めてであった。

 

 ある日のこと、私とその友人が街のとある喫茶店で話をしていた時、彼が、

「実は、明後日から数日間、内に兄貴が遊びに来るんだ」と言った。

「本当かい?」

 話によれば、お兄さんはこちらの方に用事ができたとかで、それで折角なので弟の家に泊まろうということになったのだそうだ。

 以前からその友人のお兄さんに興味のあった私は、

「是非お兄さんにお会いしたいんだが」と友人に申し出てみた。彼はやや驚いていたが、

「まあ、兄貴が来たら聞いてみるよ。と、一応は否定されなかった。


 数日後、友人から、「兄が君に会ってもよい」という旨の手紙が届いた。会う日にちも指定されていた。私は、双子が揃っているところを見ることができる、という嬉しさの一方で、初対面のお兄さんと一体どんな話をすれば良いのだろうという、まあ当たり前と言えばその通りの不安を抱えることとなった。


 当日の昼前、私は友人の住む街の駅前広場で、双子を待っている。十分ほどベンチに座っていると、駅と反対側方向の道から、同じくらいの背丈の男性二人が歩いてくる。一人は間違いなく私の友人だ。そしてもう一人は、恐らく、彼のお兄さんだ。

 三人が集う。私とお兄さんは、

「はじめまして」

 と、お互いに挨拶を交わす。

 以前から聞かされてはいたのだが、この二人は、兄弟だと言われれば顔立ちが似ているが、双子だと言われると微妙に似ていない、少し変わった双子だった。これまで出会ってきた双子は、どれも見分けがつかないくらいそっくりな人々ばかりだったので、私は今回不思議な感覚を抱くことになった。それに加えて、弟は黒髪であったが、兄は染めているのか、白髪だった。こうも双子で違いがはっきりしていると、間違える心配はないので、私としてはある意味ありがたかった。

 簡単な挨拶の後、早速、

「さて、この後はどうしよう」となる。

 会う約束はしていたのだが、何をするかは特に決めていなかった。まあ、時間も時間なので、とりあえず、

「昼食をとろう」ということになった。

 駅近くにある適当なレストランに、三人は入る。テーブル席で、双子が隣同士に座り、私は彼らの向かいの席に腰を下ろす。

 双子は一つのメニュー表を一緒に見ている。やはり仲良さげだ。ただ、弟の方が兄のことを何故か「お前」呼ばわりするので、私は(どっちが兄だっけ)と錯覚させられることになる。いくら仲が良い双子とは言え、こんなことあるだろうか。

「お前、何食べる?」

 メニューが決まり、食事が運ばれて来る前も後も、話題の中心はお兄さんの学んでいる医術についてであった。私は医術に関連した分野の学問について勉強していたこともあり、お兄さんの話のなんとなくは理解できた。

 お兄さんは時折、私の方を見て、あれがこうでこうなってと、初めて会ったばかりの私に、親切に説明してくれた。私も自然な相槌を返した。気が利く人だ、と思った。このお兄さんに好印象を抱いた。

 ただ、豚の解剖をしただの、ネズミの首を機械でへし折っただのという会話も持ち上がり、今思えばこれは流石に他の食事中の客に迷惑となったであろう。

 店を出て、我々は列車に乗って、数駅先のもっと大きな街に出ることにした。列車に乗りこむとお兄さんが、

「少し寝たい」と言い出し、兄が空いている席に座り、弟と私はそのすぐ近くで立っていることになった。お兄さんは席に着くとすぐに目を閉じた。

「兄貴、昨日も遅かったからな」弟は言う。

「なるほど、にしても、お兄さん優しくて良かったよ。話しやすいし」

「そうかい」

 その後私と弟である友人は、目的地に着くまでいつも通りの世間話を交わす。


 都会は人で溢れている。母体の数が増えるほど、変わった人のいる割合も高くなる。わけのわからない奇抜な服を着ている人、みすぼらしい格好をした乞食、どこか遠くの国から来たのであろう、我々とは明らかに顔立ちの異なる人も多くいる。双子と私はそのような人々とすれ違いながら、通りを歩いていく。

 我々は街の中心から少し外れたところに建つ、由緒のある寺院に向かっている。この街のちょっとした観光名所だ。到着して、早速三人は、趣のある立派な本堂の前で、お参りをすませる。寺院は周辺の建物と比べると、なかなか異彩を放っている。境内の端にある柵の中に、一頭の小さな白馬が入れられている。所謂、神に仕える馬だ。双子の弟の方が、

「今日はいるんだ」

と言って柵の近くに寄り、その馬の名前を呼ぶ。弟はこの場所がお気に入りでよく来ており、この白馬のこともよく知っていた。

 寺院を出て中心街に戻る。大通りを歩く。とある雑貨屋の前を通った時、お兄さんがその店先に吊るされていた鞄に目を止めて、

「この鞄いいなあ」とつぶやいた。

「丁度鞄が欲しかったんだ。ちょっと、買ってきてもいいかな」

「別に、構いませんよ」

 狭い店舗だったので、お兄さんだけが店外の鞄を持って中に入り、弟と私は屋外で待機していた。お兄さんが気に入った鞄は、肌色の布製で、男物のいかしたものではなく、女の人が使っていてもおかしくはないような代物であった。

 待っている間、私は弟である友人に、

「君たち二人はああいうのが好きなんだね」と言った。

「まあ、うちの家族皆がそうだから」

 弟も、兄とは微妙に趣向が違うが、同じような鞄をいくつか持っていた。

 兄が店から出てくる。その後も我々三人は街の散策を続ける。街には川が流れており、そこに架かる橋を渡ったり、川沿いを歩いたりして、のんびりと過ごす。

 その間も、三人の間で何気ない会話が交わされていた。ただその会話の中で、奇妙なことが起こった。実を言うと、この双子は私より歳が一つ上であった。弟とはもう長い付き合いなので、すっかり敬語がいらなくなったのだが、見ての通りお兄さんと会うのは初めてで、年上ということがわかっているため、敬語で話す必要があった。よって、双子なのに、兄には敬語、弟にはタメ口という、おかしな構図になってしまっていた。もちろんそのことを、会話の中で二人に指摘されることはなかったのだが。

 それはともかくとして、ふと気が付くと、夕方になっていた。私は、他の知り合いからちょっとした書類の制作依頼されており、それを仕上げるために、夜には家に帰らなければならなかった。双子も夜にこの街近くで用事があるということで、我々はその場で解散となった。


 帰りの列車の中で、私は今日のことを振り返る。お兄さんは私にとても好意的に接してくれたし、弟も私と自分の兄との間を上手く取りまとめてくれた。今後、お兄さんと会うことはそうそうないだろう。それは少し寂しくはある。しかし、良い出会いであった、と私は思う。


 ところが、数日後、思いもよらぬ出来事が起こる。


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