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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君。

作者: haruka

僕の名前は宮原翔琉。

顔も名前も華やかだとよく言われるけど、中身は結構地味だったりする。

もう大学二年生になるのにお酒の味もあまりよくわからない。




「こんにちわ」


今日も僕はいつも通り君に挨拶をして、小さなテーブルにスケッチブック二枚と色鉛筆を並べる。

すると君は静かに座って絵を描き始める。


「アメ食べる?」


僕がキャンディーを差し出した時だけ、君は固く結んだ唇を開く。


「おいしい?」


藍色の瞳を一瞬ちらりと動かす君。

僕もスケッチブックを手に取ってキャンディーを口に入れる。

それから夜までずっと僕らは絵を描き続ける。

何も言わずに。肩を並べて。

それが僕と君の日課。



初めて君と会ったのは大学に入って間もない頃。

ボランティアでやって来た児童心理療育施設だった。

ここには心を閉ざしてしまった10代の子達が沢山入院している。

不登校、引きこもり、緘黙、小心、乱暴、夜尿、吃音、チック、爪かみ、拒食、偏食...ets

人に寄って原因や症状は様々だけど。

みんな傷つき疲れ果て人を信じられなくなった子供たち。


君もその一人だった。

小学四年生の時に合った酷いイジメ。

こんなに綺麗な子がイジメに合うなんて信じられなかった。

ハーフだったからなのか。転校生だったからなのか。それとも特に理由なんてなかったのか。

毎日の様に言葉が変だと罵られ、臭い汚いと蔑まれて。身体には沢山のあざを付けられて。

傷ついた君はやがて学校に行かなくなり。口を利かなくなり。ご飯を食べなくなり。部屋から出てこなくなって。リストカットを繰り返して。

そしてここに来た。六年前の話だ。



「綺麗な絵だね―」


最初の頃は振り向いてもくれなかった君は、今ではちゃんと僕の言葉を聞いてくれる。

君は絵がとても上手だ。

スケッチブックの中ではイルカが気持ち良さそうに泳いでいる。

周りには濃いブルーの海が広がっている。

まるで君の藍色の瞳みたいな綺麗な海。

僕はその絵を貰って帰ると部屋の壁に飾った。



ある日いつもの様に君に会いに行くと、君は施設の入り口に立っていた。

ミルクティー色の髪が風にそよそよ揺れている。


「もしかして...待っててくれたの?」


君は大きな瞳で僕をじいっと見上げて、一瞬だけ瞬きをした。


「今日は天気もいいからお庭で絵を描こうか」


浮かれた僕がそう言って歩き出すと、君は少しふらつきながら着いてきた。

袖の裾を掴むその手をそっと繋いだら、君もそっと握り返してきた。

君の身体はガラス細工の様に細い。

ご飯を食べないからかも知れない。

君が摂取するのは僕のあげたキャンディーと点滴だけ。

その日君は大きなひまわりの絵を描いた。

僕はその絵を貰って帰ると部屋の壁に飾った。



大学三年生になり、僕には彼女ができた。

初めての彼女だ。

とても可愛くて優しいからみんなに羨ましがられた。

付き合って半年が経った頃、僕は君に紹介しようと彼女を連れて行った。

でも君は彼女を見た途端ベッドに潜って出てこなくなってしまった。

僕はバカだ。

突然知らない人を連れて行って君が戸惑わないはずがないのに。

そんなことも判断がつかないほど僕は恋に浮かれていたのだろうか。


「ボランティアって大変なのね。私にはとても無理」


帰り道に彼女はそう苦笑いしていた。

あんなに眩しかった彼女がその時は少しくすんで見えた。



その年の冬、彼女にフラれた。

再三止めろと言われたボランティアを止めなかったせいかも知れない。

他に好きな人ができたからかも知れない。

確かなのはもう二人の間に愛はないのだということだけ。


「僕には女の子を幸せにする才能はないのかも知れないね―」


君は落ち込む僕にそっとスケッチブックを渡してきた。

重なりあった大きな鈴の絵を見て僕は笑った。


「そういえばもうすぐクリスマスなんだね―」


君は僕の肩にそっと小さな頭を乗せてくる。

まるで重なりあった鈴のように。

微かな温もりに慰められて少しだけ泣いた。

僕はその絵を貰って帰ると部屋の壁に飾った。



年が明けて、就職活動が始まった。

周りがピリピリしてる中、僕はようやく無難な会社の内定を貰って。

そして卒論の時期がきた。

毎日が目まぐるしく忙しくて、君に会えない日々が続いた。



そんな中、君が酷く手首を切って病院に搬送されたと連絡がきた。

僕はすぐに病院に向かった。

どうやら一命は取り止めたと聞いて看護婦さんの前だというのに泣いてしまった僕は、痛々しく包帯を巻かれて眠る君に対面してまた泣いた。


施設の人が君のスケッチブックを見せてくれた。

それは使いきってしまわれていた。

中身は全て僕の似顔絵。

そして最後のページには『I feel lonely without you.』


あなたがいなくてわたしは寂しい―


あぁ。もしかしたら僕は君がいないと生きていけないのかも知れない。

そう思った。



卒業式の翌日―

君のお父さんとお母さんに会いに行った僕は、その足で君のいる病院に向かった。

病室にいない君は広い庭のベンチに座ってやっぱり絵を描いていた。


「こんにちわ」


声をかけると君は立ち上がって、藍色の瞳で僕をじいっと見上げてくる。


「これあげる」


僕のスケッチブック。

1度も君に見せたことのないスケッチブック。

もう四年間ずっと描いてたから10冊以上も溜まってしまった。

君はおずおずとその一冊を開くと瞬きを繰り返す。

中身は全て君の似顔絵。

君に出会ってから君しか描きたくなくなってしまった。

他に何も描けなくなってしまった。

それなのに今まで自分の本当の気持ちに気がつかなかった僕はなんてバカだったんだろう。



「昨日大学を卒業したんだ。これから社会人になる。だからボランティアはもう出来ないんだ」


僕はぎゅっとスケッチブックを握りしめてうつ向く君をそっと抱き寄せた。


「だから―一緒に暮らそう。二人でずうっと。僕は君に側にいてほしい―」


スケッチブックが落ちた。

一瞬だけ唇を重ねたあと。

君は涙を一粒こぼしてから、とてもとても可愛らしく微笑ったんだ―




END

















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