宛先不明便箋――1
知らずにこれを開いてしまった君に、警告。
これは遺書だ。
おもしろフィクション・アクション・スリル・ラブコメ要素皆無の遺書だ。もちろんエロ要素も皆無だ。フハハハハハハ残念だったな! 多分ホラーは入ってるけどな。
もしそうと知らずに開いてしまったのなら、すぐに閉じて、三秒以内に綺麗サッパリ忘れることをお勧めする。
もともと一人に宛てて書くつもりだったものだから、本当ならそいつ以外に読んでほしくねえんだ。
それでもいいなら、是非見届けて欲しいと思う。
俺は今、病院なんて辛気臭い場所で、遺書なんて辛気臭いもんを書いている。
何でかって? ほら、よく言うだろ? 書くことで頭が整理されて、考えがまとまるだとかなんだとか……。
そういうわけだ。俺のアイディアだ。すげえだろ? 高校一年なんて死ぬことが頭の片隅にも上らないような年齢で、よく思いついただろ?
褒めてくれ。是非褒めてくれ。俺は褒められて伸びるタイプだ。
さあ!!
……。
つめてえ反応だなぁ。まあいいや。
さて、きっかけから語ろうか。
もちろん、こんな事態になったきっかけだ。こんな事態とはつまり、病院のベッドの上で遺書を書くような事態だ。辛気臭くて悪いが、俺はここから整理したい。あと三ヵ月後、神様(?)仏様(?)に逢ったとき、文句をたっぷり言ってやるためだ。もちろんたっぷりの感謝もな。
それともう一つ。
我ながら柄じゃないとは思うが、心残りがある。その心残りに結論を出して、何とか昇華したい。しばしお付き合い願おう。
名探偵シャーロック・ホームズですらワトスンが必要なんだ。俺にだって相棒がいて欲しい。さあ、綺麗なおねえさん! こちらへ! 出来れば黒髪巨(以下便箋三枚分略)
どろどろヘッドスライディング上等、ユニフォーム汚すぎて洗濯機故障上等の野球部の俺が、こんな清潔で白い服を着て、安全だけど退屈な部屋にいるのは、俺の中の『時限爆弾』が作動しちまったからだ。
さっき『高校一年なんて死ぬことが頭の片隅にも上らないような年齢で』と書いただろ?
謝る。俺の場合、それは嘘だ。
十年間も時限爆弾を抱えてきたんだ。死ぬことが頭の片隅に上らない日なんて、一日も無かったんだ。
だからこそ明日死んでもいいように、今日出来ることを全力でできた。努力を惜しんでいる暇なんて無かったし、そっちの方が人生楽しいと思っていた。いまでもその考えは変わらない。
短い分、濃縮120%野菜ジュース並みに濃い時間を生きられたんだ。本当に楽しかった。
だからこそ、もっと生きたいと思ったさ。悔しかったしな。
こんないいところで終わるのか、と思った。時限爆弾が作動した日、俺は楽しさの絶頂期だったんだ。
高校球児の夢、甲子園。その予選の、決勝の前日だった。
俺は一年生だから、もちろんレギュラーなんて夢のまた夢だったけど、他校には凄い奴もいっぱいいて、見ているだけで勉強になった。来年、再来年まで死に物狂いで努力したら、あの土の上に立って、全日本のレベルに触れられるんだ……。そう思ったら嬉しくて、心臓の裏が炙られているようにちりちりした。
準々決勝、準決勝でも声が枯れたのだ。予選における最終決戦であり、頂上決戦である決勝がどれだけ凄いのか、もう想像も出来なかった。薄い液晶画面の向こうで見るのと、将来自分がそこに立つんだという興奮の中で直に見るのとじゃあ全然違う。
決勝ともなれば、両校共にレベルがものすごく高い。まさかこの日を見逃すことになろうとはね。
俺の学校は強豪高だから、先輩もびっくりするくらい上手くてカッコよくて、監督も厳しいけど指導が的確で、自分がめきめき上達するのが分かるくらいだった。
そんな中、夢の大舞台に至る最後のステップの前日に、俺の時限爆弾は作動した。
俺の人生の中で最大最高の『夢』を見させて、そのまま突き落としたんだ。
こんなところで終わるのか。
悔しかった。
ここは文句ポイントだな。うん。めちゃくちゃ言ってやろ。
もっと生きたいと叫びたかった。思えば「もっと生きたい」と泣きながら死なずに済むように全力を尽くしてきたのに、結局は死にたくないと思うんだ。今は……そんなでもない。そこもちょっと不思議だな。
ともあれ俺は、あと三ヶ月でさよならだ。甲子園には届かない。諦めるしかない。
延命を望む気は無いんだ。望んでも無理だって知ってるけどな。
真剣に時限爆弾を恨んだね。でも、時限爆弾が俺に残した時間は思っていたより長かった。
三ヶ月。
この時間をめいっぱい使って、俺は――。