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再会、再開

 殺し屋。

 昼下がりの喫茶店には似合わない、物騒な言葉。僕は思わずオウムみたいに同じ言葉を繰り返してしまう。

「そう。殺し屋。この業界のなかで一番数が少なくて、一番忌み嫌われてる職業だね」

 危ないし、職務中に死ぬなんてザラだから。

 紅い唇がうわごとのように言葉を紡いでいく。僕は身じろぎ一つ出来ずに、そのどこか熱っぽい怯えを含んだ声を聞いていた。

「モノに触れるようになった幽霊が危険だっていうのは、今のでわかってもらえたと思う。こちらを殺せるんだからね。でも、幽霊だけが生者を殺せるわけじゃない。こっちにも、対抗できる奴がいるんだよ」

 対抗、とは、殺すということ。頭ではわかっても、心が理解を拒む。

 殺すのか。殺すのかよ。もともと同じ人間だぞ? それにもう、彼らは一度死んでいる。これ以上どうしようというのだろう。痛みも苦しみも恐怖も寂しさも、もう十分すぎるくらいに味わったじゃないか。

 僕の表情に何を見たのだろうか。京子さんは小さく息を呑んだけれど、すぐに話を再開した。意識して感情を殺しているのがわかる。

「それが殺し屋だ。自身の命をかけて死者をもう一度殺す」

「殺された幽霊は、どうなるんですか」

 なんだか矛盾した言葉だ。京子さんはかすかに首を横に振る。それが、わからない、という仕草なのか、それとももっと別の意味を含んでいるのかは判断できない。けれど、やっぱり穏やかな最期が待っているわけじゃないことは痛いほどわかった。

 それでも、不思議と『殺し屋』に嫌悪感は抱かなかった。何もできない僕と違って、彼らが何かをなしていることが、はっきりわかっているからだと思う。忌み嫌われながらも、必要とされる人たち。

 これ以上のことは京子さんも知らないようだ。しばらく重たい沈黙が降りた。空調のほどよく効いた室内がひどく寒く感じる。

 時計の針が時を刻んでいく音だけが、やけに大きく響いていた。

「……イツキは、優しいから」

 やがて、ぽつりと言葉がこぼれる。僕は京子さんの細い指あたりに目を向けた。コーヒーカップを手にした京子さんが、黒い水面に視線を落としたままで言う。

「お前が壊れると思ったんだろう。壊れてほしくなくて、どうしようもない現実に失望してほしくなくて、自分の仕事の残酷さに気づかれたくなくて――それで、イツキを遠ざけた。そうだろ」

 後半はあきらかに僕に向けられた言葉じゃなかった。僕は弾かれたように立ち上がって、厨房の奥に目を凝らす。

 大きなオーブンの影、僕の死角になっていたところに、黒と白の塊がうずくまっていた。見慣れた黒い布地と繊細な白のレース。銀色のヘッドドレスでとめられた髪は新雪の色。

 それはゆっくりと背を伸ばすと、カウンターの方へ歩き出した。

「フラン……?」

 驚きよりも疑問の方が強い。どうしてここにいるんだ。

「あとで櫻井に礼を言っとかないとな」

 京子さんの声がやけに遠く聞こえる。かすかな笑い声は男性のもの。

「イツキ」

 百年を生きた老婆のような、ようやく言葉を覚えたばかりの男の子のような、年齢も性別も曖昧な声。間違いない。間違いようがない。

 かたい革靴の足音が目の前で止まった。僕は半ば呆然と、ビスクドールみたいに綺麗な少女を見つめる。

「イツキ、すまなかった」

「な、なんでここにいるのっ?」

「櫻井に頼んだ。本当は盗み聞きするつもりはなかったんだが」

 フランはもともと、僕に用があったらしく、昨日からここに来ていたらしい。我ながら行動パターンを読まれている。

「いやでも、だったら出てくればよかったんじゃ」

 フランが何とも言えない表情で京子さんに視線を送る。が、京子さんはわざとらしくつーんと顔を背けた。いつの間にか出てきていた櫻井さんも真似して顔を背ける。腕まで組んでいた。あんたら子供か。

 援軍を期待できないと悟ったフランは、どこか泣きそうな表情で僕を見た。深い海の色をした瞳がちょっと潤んでいて、何というか、こう、目が離せない。

「もともと、イツキには私から話すつもりだった」

 しかし、僕は京子さんと一緒にやってきて話し始めてしまったから、予定が狂って出るに出られず、櫻井さんにかくまってもらっていたのだそうだ。

「そりゃ悪かったね」

 京子さんが口を挟む。それだけじゃないだろ、と言外ににおわせるような言い方だ。

「それに」

 居心地悪そうに肩をすくめるフラン。細い肩から、白銀の髪が一筋、はらりと落ちる。

「イツキにひどいことを言った。謝りたかった」

 すまなかった。

 突然頭を下げられた僕は混乱して、京子さんと櫻井さんに助けを求める。つーん。つーん。

 ……なんなのこの人たち。

「え、ええと」

 僕は慎重に言葉を選ぶ。言葉ひとつ間違えたら、伝わらないような気がして。

「フランには感謝してるんだ。何も知らなかったし、覚悟、みたいなものも甘かったから、このままいったらどこかで取り返しのつかないことになってたと思う」

 フランが止めてくれて、現実を教えてくれて良かった。

「京子さんに色々教えてもらって、まだ一人じゃ何にもできないし、知らないことも多いし、役には立たないと思うけど、あー、えっと、つまり」

 ぐしゃぐしゃと髪をかき回す。照れくさいような、怖いような。

 それでも伝えなきゃならない。大切なことだから。

「またフランを支えることは、できないかな」


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