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夕立と雷鳴

 食欲は全然なかったのに、食べ始めると腹の底から体温が戻ってくるようだった。結局ワンホール全て平らげてしまう。いつの間にか櫻井さんと美玖さんの姿は見えなくなっていた。

 落ち着いた雰囲気の店内に、一人。いくら考えようとしても上滑りするばかりで進まなかった思考が、徐々に溶け出して回りはじめる。

 鈴原さんの依頼、亡くなった恋人、茜崎さんや京子さんの意味不明な呟きや忠告。それらがぐるぐると駆け回っては、ああでもない、こうでもないと盛んに喚きたてる。

 斜め上を見るともなく眺めながら、それらの声を聞いていたけれど、はっきりとした結論は出せなかった。

 ふと思いついて鞄からメモ帳を取り出し、愛用している銀色のシャープペンシルで思いついた疑問を片っ端から書き連ねていく。



 ――危険なナニカとは、一体何なのか。それは、鈴原さんと何か関係があるのだろうか。


 ――鈴原さんの依頼の真意は何なのか。


 ――鈴原さんは何故、調べればすぐに分かってしまうような嘘をついたりしたのか。


 ――フランが茜崎さんに調べてもらった事柄は、鈴原さんの恋人、野上恭平さんのことだけなのだろうか。もし他にもあるのだとしたら、何を。



 そこまで一気に書き込んでから、大きく息をついた。何やってるんだろう。僕はもう、死繋執行人の助手じゃないんだ。メモ帳に書かれた文字を見返すうちに、知らず知らず苦い笑みが浮かんできていた。

 すっかり冷めてしまったココアを一口含み、シャープペンシルを握りなおす。クーラーが程よくきいた店内で、手は汗で粘っていた。

 出来るだけ書き記したくない、目に見える形になんてしたくない――それでも一番知りたい疑問。



 解雇は、何故このタイミングだったのか。



 もう一度大きく息をつく。汗がふきだした。

 自分が突然の解雇にこれほどこだわっていたのかと思うと眩暈がした。自分にどれほど言い聞かせても、嘘を突き通すことは出来ないんだ。

 認めてしまうと、喉の奥のあたりをちろちろと灼いていた白い焔が少しだけ遠ざかった気がした。

 僕は幽霊に対して、何もすることが出来ない。空虚で何にもならない慰めを口にするのが精一杯だった。そんな無力な僕に、『繋ぐ』という力と手段を与えてくれたのがこのアルバイトであり、フランだったのだ。

 解雇を理不尽だとは思わない。今まで助手らしいことはほとんど出来なかったし、逆に迷惑をかけたことは数え切れないほどある。本当に甘い。いつ解雇されてもおかしくない状態だったのだ。

 ただ、タイミングが悪い。

 依頼が完遂した後ならまだしも、受けた直後に解雇するのは間が悪い……気がする。

 これ以上行くと戻れないから?

 覚悟がないまま仕事を続けさせるわけにはいかないから?

 そんなの、いつだってそうだったじゃないか。

 鈴原さんが抱える先の見えない秘密と、病院にいるはずのナニカ。この二つの間に、一体何があるっていうんだろう。

 無意識に手に力をこめていたのだろうか。シャープペンシルの芯が砕ける感触で、僕は我に返った。そうして急に春を迎えてしまったアナグマみたいにきょろきょろと店内を見回し、レースのカーテンがかけられた窓を大粒の雨が叩いていることに気がついた。ついさっきまで晴れ渡っていた空は不穏な灰色に変わり、風が気まぐれに雨弾の標的を変えていく。

 夕立だ。

 激しくてどこか浮き立つような雨音に引っ張られるようにして、僕の脳裏に白銀の髪が、豪奢で美しい黒衣が翻る。そのあまりの鮮烈さに息が詰まった。

 凄まじいまでの笑みを浮かべた口元と、刃物のように傷つけることだけを考え磨きぬかれた言葉たちの明確な拒絶。対して、それらが必死に繰り返す主張を完全に裏切っていた濡れた眼差しや、縋りつくようにゴシックロリータの裾を握り締めた指先、何か問いたそうにしては言葉を呑み込む白い喉。

 ――「莫迦」

 ほの紅い目元が、真っ白な頬が、滑り落ちる涙が。

 そして、小さく動いた花びらの唇が。

 ――も、う、わ、た、し、に、ち、か、よ、る、な

 ――す、ま、な、い

 遠くで雷鳴が轟いた。


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