プロローグ代わりの独り言
自己紹介代わりに、しがない十六歳の呟きを。
衣替え直後の六月、記録的な暑さの中で自殺志願者(に見える)女の子を説得してから、僕の人生は色々狂ってしまった。
歯車は半ば強制的に外されて転がり、他の歯車の間を駆け抜け、ネジの螺旋階段をすべり落ち、すっぽりと――偶然と言うよりはむしろ奇跡のようにすっぽりと、違う機械の中に納まってしまった。
それは歯車としてちゃんと機能しているのか、他者と噛み合って回っているのか、これからもちゃんと噛み合って回り続けるのか、そもそもその機械はきちんと何かを製造しているのか。過去も現在も未来も、何一つ分からないまま、晩秋の蚊のようにふらふらと不安定な駆動を続けている。
難しいたとえ使ったら自分の頭もこんがらがってきた。ごめんなさい。でも、僕の感覚から言ったらそんな感じだ。
簡単に一言でまとめると、あまりにも唐突に巻き込まれすぎて頭がついていかないって事だ。ついていかないまま引きずられて、少々変人な同業者と一緒にバタバタしながらいくつかの依頼を完遂し、今に至る。
死繋執行人の仕事内容は、簡単に言ってしまえば『亡くなった人と遺された人を間接的に繋ぐこと』。
死者と遺者を繋ぐときは、必ず間接的でなくてはならない――等々、死者・遺者間接繋権で定められたルールに従い、もうこの世にはいないはずの死者から伝言を受け取り、指定された相手に伝える。
難しいし辛いし、一人しかいない上司は横暴だし口が悪いし勘定僕持ちでクリームソーダばっかり飲むし、この職業に足を踏み入れなかったらどうなっていただろうと思ったことも一万九千五百八十九回ほどあるんだけれど、辞めたいと思ったことは無い。
ともあれ、僕がそんなアルバイトを始めることになったのは、日本の一地方都市にある何の変哲もない橋の上で、豪奢なゴシックロシータを纏い、彼女を取り巻く時間軸からずれた長く透き通る白い髪をなびかせ、北国の冬空のような蒼い目をした綺麗な少女――『伝言サービス』の主、死繋執行人フランシスに声をかけてしまったせいだった。
さて、この物語の主人公は僕じゃない。上司でもなければ、変人同業者でもない。依頼主の女の子でもない。
これから僕が語る物語の主人公は、呆れるほどタフで、一生懸命で明るくて、ギャグがすべってばかりで、エロくて強がりで野球が大好きでちょっぴりロマンチストな、高校一年生の男の子だ。
僕は彼と話したことが無い。同じ学校に通う同級生だったのだから、顔くらいは合わせたことがあったかもしれないけど、何しろ生徒数の多い学校だ。一年生だけで十クラスもある。
早い話、僕は彼を知らなかった。彼に関する情報のほとんどは依頼主や高校の先生等からの伝聞である。齟齬だっていくつもあるかもしれない。にもかかわらず、これから僕が語る物語の主人公は彼なのだ。
僕らは夏本番の暑い中を、汗をだらだらかきながら走り回ったり、怒られたりするんだけど、結局最後まで、この物語の主人公を見誤ったままだった。
まったく大した策略家だ。全てが終わってようやく気付いたとき、びっくりするより先に呆れて、笑いが止まらなくなって困った。
一本とられたってこういうときに使うんだろう。ずっと踊らされていたんだ、彼の手の上で。しかもほぼ全員、気付いていたのは一人だけ。きっと今頃向こうで高笑いをしているだろう。
めちゃくちゃ悔しい。でも悪い気分じゃない。
――野上恭平。
偉大な策略家であり、この物語の主人公の名前だ。