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白い林檎  作者: ilhan
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出会い

その町は、奇妙な二つの顔を持っていた。

1980年代の乾いた風が吹き抜けるその場所では、同じ空の下でありながら、北と南でまったく違う時間が流れている。


北の町は、富と静寂に包まれていた。きれいに舗装された道路を外国製の車が走り、白亜の邸宅の庭では噴水が水しぶきを上げている。そこに暮らす者たちは、南の町をどこか見下し、埃と貧しさに満ちたあそこを「汚らわしい場所」として忌み嫌っていた。


一方の南の町は、生活の匂いに満ちていた。トタン屋根が重なり合う古い家並み、喧騒に包まれたスーク(市場)、乾いた土の匂い。

それなのに、北の裕福な街並みも、南の貧しい路地も、統治しているのは同じ市長だった。どちらの町の広場にも、あの男の誇らしげな肖像画が掲げられている。


そして、ふたつのエリアのあいだには、一本の「境界線」があった。

そこに物理的な柵や警備員はいない。跨ごうと思えば、わずか一歩で反対側の世界へ行ける。それなのに、北の人間は南へ行かず、南の人間も北へ足を踏み入れない。まるで目に見えない不可視の壁が、住民たちの足を縛り付けているかのように、誰もその線を越えようとはしない。

南の町の、ひときわ煤けた裏路地。

その冷たい泥壁に背中を預け、ジャンは静かに息を潜めていた。


十四歳。だが、その体は飢えと疲弊によって実年齢よりもずっと小さく見えた。

黒い髪は埃にまみれ、元々白かったはずの肌は青白く透き通っている。そして、何よりも虚ろなのは、その真っ黒な目だった。


(……もう、動けないな)


あの日から、すべてが狂ってしまった。

四年前、十歳の夏。あの謎の警備員たちがやってきて、父と母、そして最愛の妹を無理やり連れ去っていった。何の説明もなく、ただ闇夜に消えていった家族。それからの四年間、ジャンはたった一人で、この南の町の泥水をすするような生活を耐え抜いてきた。


だが、それも今日で終わるらしかった。

腹の底は空っぽで、熱と寒気が交互に体を襲う。指一本動かす力すらない。

――今日こそは、ここで死ぬんだ。


遠くで、スークのざわめきや、北のほうから風に乗って聞こえる豊かな音楽が微かに響いてくる。世界は相変わらず何事もなかったかのように回っているというのに、ジャンの意識は、まるで底なし沼に沈むように、ゆっくりと、しかし確実に闇へと落ちていこうとしていた。

(意識が闇に沈みかけた、その時――)


乾いた路地の風のなかに、微かな足音が混じった。

カサリ、と泥を踏む音。それが確実に自分へと近づいてくることに、ジャンはぼんやりとした意識の中で気づいた。


(……誰だ?)


もう見開くのも億劫だったが、ジャンは最後の力を振り絞るように、ゆっくりと重い瞼を持ち上げた。


視界の端に映ったのは、異様な影だった。

そこに立っていたのは、人間ではない。

それは、スマートに尖った長い鼻づらと、ぴんと立った大きな耳を持つ、犬によく似た頭部をしていた。体はジャンよりも一回り大きく、まるで人間のように二足で立ち、背中を不気味に丸めた猫背のシルエットをしている。全身を覆う毛並みは、煤けた深い茶色だった。


ジャンは心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けたが、恐怖よりも先に、妙に冷めた納得感が頭をよぎる。


(――ああ、迎えが来たんだ)


もう頭が正常に働かないのだ。きっとこれは、死を間近にした人間が見る幻覚。いや、この腐った南の町が、自分の小さな命をいよいよ刈り取りに寄こした――「死神」に違いなかった。

煤けた茶色の毛並みを揺らし、猫背の怪物はじっとジャンを見下ろしていた。

やがて、その裂けたような口が動く。


「――イキル、カ?」


聞こえてきたのは、地底から響くような、おぞましく低い声だった。言葉の端々がたどたどしく、カタコトだったが、不思議とジャンの脳に直接突き刺さるように響いた。


(生きる……?)


問いの意味を、虚ろな頭で反芻する。

もう何もかも諦めていたはずだった。あんな父親も母親もいない、冷たくて不条理なこの町で、四年間泥水をすってきた。生きる意味なんて、もうとうの昔に消え失せていたはずだ。

それなのに――死神のような化け物に「生きるか」と問われた瞬間、ジャンの胸の奥で、小さく萎びていたはずの何かが激しく脈打った。


バカバカしい幻聴だと思いながらも、乾ききった喉から、掠れた本音が勝手に漏れ出した。


「……ああ、生きたいさ」


自嘲と、わずかな執着が混じった震える声を聞くと、犬のような異形の影は、微かに鼻を鳴らした。


「ワカッタ」

そう言うと犬は、自分の大きく裂けた口に、太い右腕をねじ込んだ。

(――なっ……何を……?)


瀕死のジャンが目を疑う。怪物はそこで止まらず、腕を肘まで、さらには肩の関節まで、おぞましい音を立てながら次々と口の中へと突っ込んでいく。やがて肩の位置までがすっぽりと口のなかに飲み込まれ、まるで自分の胃袋の底から直接何かを探り当てているかのような、見る者の正気を疑う光景だった。


そして――次の瞬間。

怪物は、その腕を一気に引き抜いた。


グチュ、と生々しい水音が裏路地に響く。

怪物の手から滴っていたのは、透明でねっとりとした、おぞましいまでの大量の唾液だった。

そのネチョとした粘液の糸を引きながら、大きな手のひらに握られていたもの。それは、この世のものとは思えない奇妙な果実だった。


それは、真っ白な――「白いりんご」だった。

青白く不気味な光を帯びたその果実は、ねっとりとした唾液にまみれ、不気味にぬらついていた。

怪物はそれを掴んだまま、ぐいとジャンへ――その顔のすぐ目の前まで突きつけた。


そして、裂けた口をわずかに歪め、地底から響くような声で命じた。


「――クエ」


真っ白なりんごから漂う、ねっとりとした生々しい匂い。


(こんなもの、食えるわけがない……っ)


本能が猛烈な拒絶反応を示していた。だが、それ以上にジャンの体を支配していたのは、四年間蓄積された凄まじい飢餓感だった。ここで死ぬくらいなら、たとえどんな毒であっても、どんな化け物の粘液まみれであっても、いまの空腹を満たせるなら何でもいい――。


ジャンは震える手で、鉛のように重い腕をゆっくりと持ち上げた。

そして、その冷たくぬらついた白い果実に、指先でそっと触れた。


――瞬間。


奇妙な現象が起きた。

ジャンが触れたその一点から、まるで透明な水の中に一滴の赤い絵の具が落ちたかのように、鮮やかな赤色がじわり、じわりと輪郭を広げていったのだ。


純白だったはずのりんごの表面が、まるで血管を走る血の色に染まるように、みるみるうちに深紅の色に侵されていく。

不気味な粘液にまみれていたはずのそれは、赤く染まった瞬間、見違えるほどに鮮やかで――息を呑むほどに美しい果実へと変貌を遂げていた。


毒々しいほどの美しさに魅入られるように、ジャンはもう迷っていなかった。飢えに狂った頭では、これが罠かどうかなんて考える余裕すらなかった。


ジャンは差し出されたりんごに手をかけ、そのままガブリとかじりついた。


サクリ、と瑞々しい音が静かな路地に響く。

口の中に広がったのは、これまでの人生で一度も味わったことのない、圧倒的な芳醇さと濃厚な甘みだった。死にかけていた乾いた細胞の隅々まで、その果汁が染み渡っていくような、心地よい充足感。


あまりの美味しさに、ジャンは貪るようにそれを咀嚼し、一気に喉の奥へと飲み込んだ。


だが――飲み込んだ次の瞬間。


(……っ!?)


全身の血が沸騰し、一気に逆流するような強烈な痺れが走った。

心臓が狂ったようにバクバクと暴れ出し、脳の奥が焼き切れるような熱量に襲われる。あまりの衝撃と激痛に、ジャンは声すらかすかに漏らすのが精一杯で、そのまま糸が切れた操り人形のように、冷たい泥の地面へと崩れ落ちた。


視界が真っ黒に塗りつぶされていく。

意識は急速に引き剥がされ、ジャンは底知れない深い闇の中へと、真っ逆様に落ちていった――。


どれくらい時間が経ったのだろう。


次にジャンが意識を取り戻したとき、そこは冷たい泥壁の裏路地ではなく、自分がいつも寝泊まりしているボロボロのテントの中だった。


(……あれ……? ここは……)


ジャンは混乱しながらも、ゆっくりと上半身を起こした。

驚いたことに、昨日まで全身を蝕んでいた激しい飢餓感も、鉛のように重かった疲労も、骨の髄まで染み込んでいた寒気も、嘘のように綺麗に消え去っていた。


それどころか、体の底から信じられないほどの活力がみなぎり、全身の細胞が奇妙な熱を帯びて満たされている。


(――もしかして、昨日の夜のことは……飢えが見せた、ただの悪夢だったのか……?)


窓の隙間から差し込む光の具合で、ジャンはハッと気づく。

空の色は、昨日倒れたときのものとは違う。日はすでに高く昇っており、どうやらあれから丸一日が経ち、次の日の朝を迎えていたのだ。


(俺は……あの極限状態から、どうやってここまで戻ってきたんだ……?)


ジャンは混乱しながら自分の両手を広げ、呆然と見つめた。

夢だと思いたい。しかし、その手のひらには、これまでの人生で一度も感じたことのない、底知れない力が確かに宿っていた。

テントから這い出たジャンは、まず足早に南の町の外れへと向かった。目指す場所は、この地区の住民たちが「廃棄物の丘」と呼ぶ広大な空き地だった。


そこは、富める北の町と、貧しい南の町の双方から出るすべての廃棄物が集積される場所だった。北の白亜の邸宅で食べ残された高級な食料の残骸から、南の壊れた家具やトタン板まで、あらゆる不要品が山のように積み上げられている。普段なら、まともな食料などほとんど残っておらず、ハイエナのように群がる野良犬や他の浮浪者との奪い合いになる過酷な場所だった。


だが、今のジャンには、不思議と恐怖も焦りもなかった。

それどころか、地面を蹴る足取りは驚くほど軽く、普段なら息が切れるはずの距離を、まるで別の肉体になったかのようにスイスイと進んでいく。


(昨日の夜のことは……本当に夢だったのか……?)


脳裏にあの不気味な犬の姿と、鮮烈な赤い果実の感触がフラッシュバックする。しかし、腹の底から湧き上がるこの熱量と、嘘のように消え去った飢餓感だけは現実だった。


やがて、異様な臭気が立ち込める「廃棄物の丘」の巨大な山が、視界の奥に姿を現した。

積み上げられた廃棄物の山からは、昨日までの絶望が嘘のように、いまのジャンを呼ぶかのような奇妙な気配が漂っていた。

異様な臭気が立ち込める「廃棄物の丘」の巨大な山。

ジャンはその裾野を静かにさまよいながら、何か使えそうなものや、飢えをしのげる食料がないかを探していた。


ふと、廃棄物の山と山の間に、見慣れない人影を見つけてジャンは足を止める。


そこにいたのは、一人の少年だった。

ジャンとほぼ同年代か、あるいは少し年上くらいに見えるが、異様なほど背が高かった。そして何より目を引くのは、その容姿だった。鮮やかな金髪の髪は埃まみれになりながらも薄暗い空の下でかすかに光を弾き、ふと顔を上げたときに覗いた青い目は、底知れない静けさと鋭さをたたえている。


南の町の荒んだ泥臭さとは似ても似つかない、まるで北の裕福な絵画から抜け出してきたかのような、女性と見紛うほどに整った美しい顔立ちをしていた。


だが、彼がやっていることはその容姿とはひどく不釣り合いだった。

少年は汚れも構わず、廃棄物の中に素手で手を突っ込み、ページが破れかけた古びた本や雑誌の束を夢中でかき集め、ボロボロの布袋に次々と詰め込んでいるのだ。この南の町で、ゴミの中からわざわざ価値のない古本ばかりを漁る人間など見たことがない。

ジャンの視線に気づいたのか、少年がパッと顔を上げた。薄暗い空の下で、彼の鮮やかな金髪がかすかに光を弾く。

「……何か用か?」

少年は警戒する風でもなく、鈴の音のように澄んだ声でそう言った。

ジャンは、彼が大事そうに抱えているボロボロの布袋と、そこからのぞく古びた本の束に目をやった。この飢えと貧しさに満ちた南の町で、腹の足しにもならないゴミを必死に集める人間など見たことがない。

ジャンは、乾いた喉を震わせて、ずっと疑問に思ったことを静かに問いかけた。

「……お前、何をしてるんだ? なぜ、そんなゴミの中から、わざわざそんな古い本ばかりを集めている?」

少年は、ジャンの問いかけに少し意外そうな顔をしたが、すぐにその整った唇の端をわずかに上げ、誇らしげに微笑んだ。

「僕の名前はハカン。これは趣味さ」

「趣味……?」

聞き慣れない言葉に、ジャンは眉をひそめた。今日を生きるスークの人間たちにとって、趣味などという余裕のある概念は存在しない。

「そう、趣味だ」

ハカンは布袋の口を優しく閉じると、真っ直ぐな青い瞳でジャンを見つめ、何でもないことのように、しかしはっきりと言い放った。

「読むためさ。僕は、この本たちを読むために集めているんだ」

ハカンのその言葉を聞いた瞬間、ジャンは息を呑み、言葉を失った。

南の町では、文字を読める人間なんてほぼいない。その日暮らしの過酷な生活の中で、子供たちは生きるために泥水をすすり、大人たちは生きるために這い回る。教育などという言葉は存在せず、文字は「北の町の特権階級のもの」と相場が決まっていた。

それなのに、目の前の少年は、この南の町のゴミの山から拾い集めた本を「読んでいる」というのだ。

「お前……文字が読めるのか……?」

驚きのあまり呆然とするジャンを見て、ハカンは楽しそうにクスクスと笑った。そして、泥のついた布袋を肩に担ぎ直すと、ジャンに向かって親しみを込めた声をかけた。

「そんなに不思議なら、僕の家へ来なよ。温かい紅茶を出すからさ」

紅茶。それもまた、この南の町では到底口にできない贅沢品だった。

昨夜から体の中で暴れる奇妙な活力の謎、そしてハカンという底の知れない少年への興味に引かれるように、ジャンは「……行くよ」と静かに頷いた。

ハカンが連れて行ってくれた彼の家は、南の町の路地の奥に佇む、異様なほどでかいテントだった。

「さあ、入って」

促されて中に入ったジャンは、再び目を見張った。

広々としたテントの空間には、南の町ではお目にかかれないような、しかしどこか壊れて動かなくなった使えない電化製品が所狭しと並んでいた。そして壁際や床の隅々には、彼がこれまで集めてきたのであろう本が山のようにいっぱい積み上げられている。

ここはゴミの集積所のようでありながら、どこかハカンの知性と執着が作り上げた、奇妙な秘密基地のようだった。

ハカンは使えない電化製品の合間を器用に通り抜け、小さな火鉢のようなものに火をかけると、本当に紅茶の準備を始めた。

ハカンが淹れてくれた温かい紅茶は、南の町に漂う泥やカビの匂いを忘れさせるほど、優しく豊かな香りがした。

でかいテントの、古本や動かない電化製品に囲まれた薄暗い空間。二人は壊れた古い機械を椅子の代わりにしながら、ぽつり、ぽつりといろいろな話を始めた。

お互いに十四歳。この荒みきった南の町では、同世代の子供は誰もが「生き残るためのライバル」であり、奪い合う敵でしかなかった。心を開いて対等に話せる同い年の友達なんて、二人ともこれが初めてだった。だからだろうか、驚くほど不思議と二人の息はぴったりと合った。

ジャンは、昨夜の怪物のことはまだ胸に秘めながらも、自分が四年間一人で泥水をすするように生きてきたこと、そして四年前の夏に家族が謎の警備員に連れ去られたことを、静かに打ち明けた。

それを静かに聞いていたハカンは、カップを見つめながら、自分の過去を話し始めた。

「家族、か……。僕には、そういう記憶さえないんだ。物心ついたときには、もう親はいなかったからね」

ハカンの寂しげな、だけどどこか吹っ切れたような横顔を、ジャンはじっと見つめた。

「気づいた時にはこの南の町に一人で、文字の読み方も、ゴミの山にあった破れた絵本を見ながら自分でおぼえたんだ。この動かない電気製品たちもね、北の町ではこれが光ったり、動いたりして、人間を豊かにするらしい。それがどんな世界なのか、本を読みながら想像するのが楽しくてさ……。だから、僕にとってはこれが『趣味』であり、生きる理由なんだ」

親の顔も知らずに一人で生き、独学で文字を身につけ、動かない機械に囲まれて世界の広さを想像する。ハカンの持つその圧倒的な孤独と、それに負けない強い知性に、ジャンは深い敬意と、同時に心地よい親近感を抱いていた。

「……お前、すごいな」

ジャンの口から、飾らない本音が漏れる。ハカンは少し照れくさそうに笑う。

「ねえ、ジャン。君のこと、すごく気に入ったよ。……もしよかったら、僕たちの初めての『趣味』として、友達にならないかい?」

「友達……」

ジャンはその言葉を口の中で繰り返した。南の町でそんな言葉を向けられたのは、四年前、家族を失ってから初めてのことだった。

胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、ジャンは静かに、しかししっかりと頷いた。

「ああ。俺も、お前と友達になりたい」

ジャンが応じると、ハカンはパッと顔を輝かせた。そして、立ち上がって広々としたテントの中を見回すと、悪戯っぽく微笑んでこう続けた。

「決まりだね。それじゃあさ、ここで一緒に暮らそうよ。どうせ帰る場所がないなら、ここにいなよ。ほら、見ての通り僕一人には、このテントは広すぎるからさ」

ハカンは山積みの古本や、動かない電化製品を指差して笑った。

一人には広すぎるテント。

それは、ハカンがずっと一人で抱えてきた孤独の大きさそのものだったのかもしれない。

ジャンにとって、自分の家と呼べる場所は、あの冷たい泥壁の裏路地にあるボロボロの小さな布きれ一枚だった。そこに帰る理由なんて、どこにもない。

「……いいのか?」

「もちろん。その代わり、明日からも本集めを手伝ってよね」

ハカンの言葉に、ジャンはこれまでの緊張が嘘のように解き放たれ、心の底から小さく笑った。こうして、南の町の奇妙なでかいテントで、十四歳の二人の少年たちの奇妙な共同生活が始まった。

それから、ゆっくりと月日が流れていきました。

二人が暮らすあの「でかいテント」は、ジャンが廃棄物の丘から頑丈なトタン板や太い支柱をハカンと一緒に運び出したことで、さらに回りへと継ぎ足され、二倍以上の大きさにまで頑丈にでかくなっていました。

さらに、テントの前にはハカンが本で読んだ知識を活かし、小さな畑までもが作られていました。

南の町の乾いた土を何度も耕し、生ゴミを肥料にして、今では青々とした葉を茂らせた簡単な野菜が実を結ぶようになっています。スーク(市場)で高い金を払わなくても、自分たちの手で飢えをしのげる食料が手に入るようになったのです。

二人は本当に仲が良く、固い絆で結ばれていました。

毎日、ハカンが廃棄物の丘から集めてきた古本を広げ、ジャンに文字を教えるのが二人の夜の日課になっていました。

「ジャン、これは『あ』。こっちは『い』だよ」

「……こうか? ハカン、この線の曲がり方、これで合ってるか?」

ハカンが根気強く、そして楽しそうに教え続けたおかげで、かつて泥水をすするだけだったジャンも、今ではちょっとだけど自分で文字の読み書きができるようになっていました。

自分で本に書かれた言葉の意味が少しずつ理解できるようになるたび、ジャンの真っ黒で虚ろだった目には、生き生きとした知性の光が宿るようになっていきました。

そして何より、あの「白いりんご」を食べてからジャンの体に宿った底知れない活力は、この何気ない、しかし温かい日常の労働(畑仕事や本集め)のなかで、静かに、より強固にジャンの肉体へと馴染んでいっていたのです。

ある朝、ハカンが廃棄物の丘から持ち帰ったのは、インクの匂いがかすかに残る新聞の切れ端だった。

まだらに汚れた紙面を、二人は並んで見つめる。ジャンは覚えたての文字を一つずつ指でなぞりながら、ハカンと共にその意味を頭の中で繋ぎ合わせていった。

そこには、北の町に新しく設立される学校のことが書かれていた。

門をくぐることが許されるのは、厳しい選抜試験を勝ち抜いた「優秀な頭脳を持つ者」だけ。だが、ジャンはその条件のどこを見ても、自分たちを拒絶する言葉が見当たらないことに気づいた。

「南の町の人間は受けられない」とは、どこにも書かれていない。

南の人間など最初から文字も読めず、受けるはずがないと切り捨てられているからこその空白だった。だが、それは境界線に縛り付けられていた二人にとって、世界に開いた唯一の小さな隙間のように見えた。

「……ジャン。僕たちの頭がどれだけ通用するか、試してみたくないか?」

ハカンはいつものように、静かに、少し悪戯っぽく微笑みながら呟いた。その青い瞳には、純粋な好奇心が宿っている。

ジャンは、自分の手を見つめた。あの泥壁の裏路地で死にかけていた自分が、今ではハカンの隣で文字を読んでいる。

「ああ、受けてみよう」

南の町の片隅にある、でかいテント。畑には青々とした野菜が育ち、手元にはたくさんの古本がある。このささやかで温かい日常の延長線上で、二人の少年は、静かに北の町の試験へと、その一歩を踏み出すことにした。

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