初恋かっさらって蒸発した幼なじみをようやく見つけたので、生涯かけて監禁したいと思います
幼なじみの女を保護した。広くて住み良いマイホーム、しかし1人では持て余していた一室に閉じ込めた。犯罪っぽいなと思う。まぁこいつの命のためだし保護と言えるだろう。
コンビニで買ってきた、クレンジングシートだかなんだかを棒立ちする女に向かって投げつけた。虚ろな目のまま機械的な動きでメイクを落としていくのを眺める。生気の無さが、顕になった素顔の端々から読み取れてなんとなく居た堪れない。シャワー、とだけ言って部屋を出る。
リビングで時間を潰して戻ると、女はすっかり寝入っていた。電池が切れたようにぐったりとしていて、そこら辺に転がっていたのだろう俺のTシャツをパクって着ている。あぁ、着替え用意すんの忘れてたな。
彼女がさっきまで着ていた黒のドレスを拾い上げて、一応ハンガーに掛けた。まぁもう着る機会ないと思うけど。
ようやく女ひとりが眠るまでの過程が終わって一息。ベッドに腰掛ける。思ったよりもスプリングが軋んだがぴくりともしない。
――それにしても、よくこいつだってわかったよな。最後に会ったのはもう十数年前になるし、外見だって随分変わった。グレーともブラウンともつかない、よく分からない色に染められた髪を掬って指に絡める。
古賀小羽。中二の別離以来行方不明になった幼なじみ。それが、同僚に無理やり連れ出された繁華街で見つけたときは冗談じゃなく息が止まった。
何かの揉め事に巻き込まれたのかびしょ濡れで、足元には酒の缶。明らかに異常な様子に人集りができていたが、渦中の本人はアスファルトの上に座り込んだまま動かない。
近くに寄って呼びかけてもなんの反応も寄越さなかった。ひとまず場を収めてタクシーに乗せて連れてきたが、その間ずっと人形のような瞳はどこにも焦点が合わない。酔ってると言う訳でもなさそうだけど。
色々考えること、聞き出さなければいけないことがある。だが一先ずは休ませた方がいいだろうと判断した。多分疲れてるだろうし。現に今はぐっすり。
なんとなしに、眠る女の頬を指先で触れる。青白くて滑らかな皮膚。目尻が光っているのに気づいた。拭うようになぞると、湿った感触。
――目は閉じたまま、薄く唇が開いた。
「……動けないで、……お相手、できなく、……申し訳……ありません」
途切れ途切れに紡がれた声を反芻して、意味を認識する。認識すると同時に、こみ上げてきた苛立ちをどうにか腹の中に沈めた。落ち着いてから言葉を返す。
「いらねーよ。ゆっくり寝てろ、小羽」
閉じた瞼を手のひらで覆ってそう言えば、息を呑んだ気配がうっすら伝わる。しばらくして、か細い声で名前を呼ばれた気がした。
驚いて手を退かすと、小羽は完全に寝たらしい。聞き返しても返答がない。なんだか肩透かしを食らった気分で、もう今夜は俺も寝ようと思った。
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「うわあああああああ!!!」
目を開いてからしばらく混乱している様子だったので一旦様子見していたら叫び出した。耳の奥まできぃんと響く感じの高い絶叫。
「うるせぇ」
思わず頭を叩いてしまった。やば、と一瞬焦ったが、見上げてくる丸い目がしっかりこっちを見つめているのに気づいた。寝て落ち着いたのか?
二言三言言葉を交わして分かったこと。俺のことを忘れたなんてことはないということ。フルネームで呼んでしっかり確認を取ってきた。
それにうっすら気を良くしてペットボトルの水を渡す。めちゃくちゃ警戒しているので一応目の前でキャップを開けてやった。なんも入れてねぇからな。
「あ、ありがと」
ほっそい指が伸びてきて、そのまま喉を鳴らして水を飲んでいくのを見る。飯も食わせよう。
「なぁ、お前今日は――」
飲み口から離れて、顔が上を向く。問いかけた俺に正常な反応。やっぱり変だ、と思ったけどやめた。余計なことはしない方がいい。
「いや、なんでもない」
「えぇ」
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俺の名前をしっかり呼んだあの日から、小羽は正常に戻ったように見えた。かつてと変わらない態度で俺に接する。
1日家に閉じ込めていたってそれなりに自由に過ごしているようで、今では家事すら請け負おうとする。一番悪い状態は、もう抜けたのだろうか。
拾ってから数日の彼女の様子は酷いものだった。虚ろな目で最低限の生命活動しか行わない。古賀小羽らしさどうこう以前に、同居していて人間らしさを感じなかった。
その時に比べればよっほどましで、だから安心はしているのだが。
「ご、ごめん起こした?」
眠れないらしい小羽がリビングでゲーム。ブルーライトが出るのはやめろよという小言は飲み込んで、頭から被っていた布団を剥いでやる。クソデカい溜息でも吐きたい気分だった。俺を起こせよ。
多分、眠れないのは今日が初めてではないのだろう。耐えがたくなってゲームまでし出したのが今夜だっただけで。目の下にくっきりいった青いクマが不憫で頭に手を置いて掻き回す。
いよいよ寝ようとしない彼女に、重症なんだろうなぁと思う。だから、もっと早く俺を起こせって。ムカついてぼさぼさになった頭を布団に沈めてやった。
それでも寝れない寝れないと喚くうるさいのに今度こそ溜息。しょうがないし、外行って気分転換でもしてみるか。
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今は比較的安定して見えるが、不眠なのを見るに絶好調という訳では絶対にない。保護したばかりのあれが衝撃的すぎて、正直外に出したくない気持ちが強かった。だって何しようとするかわかんないし。
「うふふふふ」
まぁちょっと気持ち悪いくらいのハイテンションで喜んでいるから、外の空気を吸わせるというのも必要なのだろう。逃げるなと釘を刺すだけ刺して、好きにさせることにした。
イカれたテンションのまま遊具でひとしきり遊んだ女。遊具が少なくて狭いこんなシケた公園、今時小学生だって10分と楽しめないだろう。汗だくになって戻ってきた彼女に少し呆れて、同時に嬉しいような安堵しているような気持ちになっている自分がいるのがよくわからない。
にこにこ俺に話しかけてきて、始終楽しそう。楽しそうな声のトーンのまま、下からじっと試すような視線を送ってくる。目を合わせようとしたら首が痛いから、背伸びてくんねぇかな。お前も首痛そうだけど、距離を取るというのは無し。
「もし私が今からダッシュで逃げたら、ダッシュで追いかけてきてくれる?」
逃げようとしたら、すぐ捕まえられる範囲にいなくてはならないから。手首をガッチリ掴んで絶対逃がさないとアピール。トラウマなんだって、勘弁してくれよ。
そのまま言葉を重ねていれば、何を思ったのかぐずぐず泣き出す小羽。「はなさいで、逃がさないでね」。試し行動も大概にしろよと思う。心臓に悪い。
元々寝不足だった上に遊び狂い、泣き疲れて遂に眠り込んだ傍迷惑な女を背負い、深夜の公道を歩く。やっぱり犯罪っぽいなと思った。
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物心ついた時には俺の人生に登場していた幼なじみ。人間的相性も超えて、常にそばにいるのが当たり前。仲がいいとか一緒に遊ぶと楽しいとか、友だちのような解釈をするには違和感を覚えるくらい。家族ともまた違う、まさしく幼なじみとしか言えない女。
自覚は無いが他人から聞くと相当難儀な子供だったらしい俺の世話を焼き続けた物好き。たぶん根っこの情が深いんだろうと、今では思う。
数ヶ月の差が結構デカい低学年くらいまで、ガタイの良い同級生にやたら突っかかられていた。それを救出するのはきっと面倒臭くて怖いことだ。でも小羽は律儀に大人を連れて生傷だらけの俺に駆け寄ってきた。
泣きじゃくる女子の肩を借りながら歩くってのもなかなかダサい。ボコられるのは今すぐには解決不能だからとりあえず泣くのをやめて欲しい。見慣れてくるだろ、そろそろ。
でも毎度毎度、伊月くんと呼びながら泣くのは、ちょっと可愛い。好きな女子に肩借りて、というのは尚更俺がダサくなるけど、でも可愛いと思ってしまっていた。
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しっとりと胸元が濡れている感触で意識が浮上する。ぼーっとしたまま手繰り寄せるように手を動かして、何も探り当てられないことに一気に鼓動が早まった。あいつ、何処行った?
跳ね起きて押し破るように扉を開けて、外に出る。確信があった。情の深い女。あいつはきっと俺の部屋で死ぬことは選ばない。少し離れた、でも俺の手がまだ届くところ。
「この、っクソ馬鹿……!!」
フェンスからつま先が離れる寸前掴んだ頼りない肩を、折れるくらいに強く引き寄せた。
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協調性のなかった俺とは違い、人当たりは良かったはずのあいつが俺とだけ居続けたのは、十中八九あいつの家庭環境が原因だった。
行事に一切参加せず、たまに見かける度派手な格好をした小羽の『母親』。全く母親らしくない外見だったが、顔立ちはよく似ていたから一目で母娘と分かった。
男誑しだのなんだの、近所のおばさん達がよく噂していたのを思い出す。そして、「古賀さん家の子と仲良くするのはやめなさい」。クソ喰らえだ。
歯がゆくて、でもガキの俺には何も出来ない。精々家に帰りたがらないあいつの放課後の時間つぶしに付き合うくらい。
そんな俺の無能は、あいつの『父親』の登場で決定的になる。
中学に入る頃、突然現れたその男について俺が知っていることはほとんどない。その時期から小羽が俺を遠ざけ始めたからだ。知られたくなかったんだろう、たぶん。
完全に時間を持て余した俺は部活に入って、クラスも離れて。あれだけ一緒にいたのが嘘のように、小羽と会わなくなった。
あの時、無理にでも干渉すればよかった。うざがられても役立たずでも、何かしていれば最悪は避けられたのではないか。まぁ何も変わらなかったかもしれないけど。
しばらくぶりに会った小羽は、明らかに異常な様子だった。あれだけボロボロに傷ついた人間は未だに見たことがない。
いつの間にか下になった視線が、怯えたように俺を見上げる。青あざだらけの腕が大きすぎる荷物を支えているのを見て混乱した。
なんだか今にでも消えてしまいそうに思えて、変に焦った。手を掴んで、何があったのかどうしたのか、今から何をするつもりなのかと問い詰めた。怯えている女子に向かって完全に悪手。
触らないでと振り払われた。当たり前だけど。でも拒絶されたことに驚いて手を離してしまった。
『も、きたないから、さわらないで。今すぐ消える、消えるから、わたしに関わろうとしないで』
追い討ちのように投げつけられた言葉。言うだけ言って走り出した彼女の背中を見送る。俺が何をしたって無駄に終わる気がした。自分の無能さに吐き気がして、俺は立っているのをやめた。
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体のあちこちを強かにぶつけたが、痛覚が全く働いていないので問題は無い。それよりも、腕の中の小さな体を必死になって掻き抱く。居る、生きている、此処に。あのときとは違う。
「小羽」
「なぁに」
なぁ、今ならわかるよ。俺は何にも出来なさすぎたこと、お前は俺がなんにもしないことを望んだこと。お前が知られたくなかったこと、なんとなく。
小羽が行方不明になってすぐ、母親と父親も街から消えた。男の方に多額の借金がどーのこーので、つまり夜逃げ。一家で夜逃げしたと判断されて、小羽は誰にも探されなかった。
俺だけがあいつがひとりで先に逃げ出していたことを知っていた。そして結局、それを誰にも言わなかった。俺だけが、あいつの秘密を抱えていたかった。
――口さがない田舎で、徐々にあいつを取り巻いていたものがわかってくる。でも小羽は、俺に知られるのを嫌がっていた。だから、点として受け取った情報たちを、線で繋げていくことはしない。しないけど。言いたいことが一つだけ。
お前、汚くなんかなってないって。
「もうどこにも行くな」
「うん、どこにも行かないよ」
「嘘つくな」
馬鹿だなぁと思う。ダサかった俺をお前が受け入れたように、俺だってお前を受け入れたかったのに。試したって信じ難いんだろうけど、でも信じてみてほしかった。
「うそじゃないよ、だってもうわたし、伊月くんのことしか見なくていいんでしょ」
胸元に頭を引き寄せられて、かたちを確かめるように抱きしめられる。
――なぁ、お前は可愛くて綺麗で、たぶん誰よりも優しいよ。あまり他を知らないからわからないけど。でもそれは他の誰に何されたって揺るがない、お前だけの価値だ。
「離さないでくれてありがとう」
違う、違うよ。俺が傍に留め置きたかったんだ。何もかもを捨てて逃げ出したお前にみっともなく縋り付いている。あれだけボロボロに傷ついた小羽を見て、今もその傷が塞がっていないことを知っているのに。癒せないまま、生かそうとしている。
「これからも、傍に縛って。おねがい」
肩を掴んで、体を離す。顔を見たかった。
「もっと上手くお前を生きさせたかった」
癒し方を、知りたかった。やっぱりボロボロのまま優しく微笑んだ小羽に、髪を梳くように撫でられてなんだか泣きそうになる。お前が泣いてんのに、甘やかそうとすんじゃねぇよ。
数回くりかえした後、今度は小羽が胸板に額をぶつけてきた。それを震える指先で抱きしめる。
「でももう俺にはこれしか出来ない。絶対に手を離さないことしか」
どんな奴と関わって生きてたか知らねぇけどさ、お前がこれ以上壊れないように大事にする。根本的に向いてなくても、でも誰より大切にしてみせるから。
「もっと普通に、愛せなくてごめん」
あまりに悔恨に塗れた不格好な感情だけど、これはきっと俺なりの愛情なんだと思う。この期に及んで上手く表現できないこれを、俺は持て余すけど。情の深いこいつならきっと受け入れてくれるんだろう。
「ううん、こちらこそ」
ようやく少し涙が落ち着いた小羽が、こつんと額を合わせてくる。その優しい力加減に、やっぱり上手いなぁと少し笑った。




