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秋の亡霊  作者: 山口遊子


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第6話 シャリアール、イスファハーンに2


 キャラバンに同行を許されたシャリアールは、キャラバンの後方を進んだ。


 その日は西に進む4つのキャラバンが連なってサライを出発し、1時間ごとに小休止し、その日の午後3時ごろに野営地に到着した。


 道中、誰からも話しかけられることもなかったことが、少し不思議ではあったが、シャリアールにとってはありがたかった。

 キャラバンの面々はキャラバンリーダーの号令の下、野営の準備を始めた。シャリアールは特に何もすることがなかったので、水場で水袋の中の水を入れ替え、邪魔にならないよう彼らから少し離れたところに座って、荷物の中から取り出した干し肉をかじり、夕食とした。


 日がすっかり暮れて、夜の帳で辺りが包まれたころ、シャリアールは毛布を巻いた上にマントを羽織り、それで地面に横になって休んだ。


 翌日。朝の支度を終え朝食を終えたキャラバンは、ロバに荷物を載せてイスファハーンのある西に向けて出発した。シャリアールも遅れないよう彼らの後をついて歩いていった。


 その日はキャラバンサライでの宿泊だったため、シャリアールはサライの売店で食料を買い足し、雑魚寝ではあるが、屋根の下で眠ることができた。


 翌朝。キャラバンが出発する前。

 キャラバンリーダーが、配下を集めた。

「ここまででカシュマールの領域を抜ける。この先のアルボルズ山地では盗賊の待ち伏せが何度も起きている。気をつけろ!」と声をかけた。


 それまで、ある程度気を緩めていたシャリアールも気を引き締め周囲を警戒したが、彼の護衛隊長だったハサンならまだしも、そういう意味では素人のシャリアールは何をどう気を付けるのか見当もつかなかった。


 この日はシャリアールが付いて歩いているキャラバンを含めて3つのキャラバンが連なって西を目指した。シャリアールのキャラバンは3つのキャラバンの中で一番後ろを進んだ。従って、シャリアールは10アシュル(注1)ほどに伸びた集団の最後部を歩いていることになる。


 そうして、太陽が中点を過ぎ、キャラバンはアルボルズ山地の谷あいに沿った道をゆっくり進んでいた。進行方向左手がわずかに草の生えるだけの山肌で、右手が谷底だ。


 その左手の山肌から、小石が転がって落ちてきた。見上げると、10人ほどの黒装束の男たちが斜面を駆け下りてくるところだった。


「左手から盗賊だ!」


 シャリアールは警戒の声を上げ、腰の短剣を引き抜き、戦いに備えた。

 シャリアールのキャラバンが雇っている護衛の数は4名。決して多くはない。それに加えて、キャラバンの人夫が6人とキャラバンリーダーが正規のキャラバンの人数だ。

 三つのキャラバンの護衛の数は全部で11名。数だけなら何とか対抗はできそうだが楽勝ではない。

 キャラバンの隊列の中からも警戒の声が各所で上がった。盗賊たちの狙いは最後部のシャリアールたちのキャラバンだったようだ。

 その盗賊たちに向かって、4人の護衛が立ち向かっていった。

 前方を行くキャラバンの護衛たちも刀を抜いて駆けつけ始めたが、こちらの護衛のうちの一人があっという間に盗賊に切り伏せられてしまった。


 劣勢の味方の中に突っ込んでいくことは危険だったが、そんなことを言っていられないので、シャリアールは右手に短剣を持って、戦いが繰り広げられているところに駆けつけた。


 すぐに盗賊の一人が、近づいてくるシャリアールに気づき、手にした剣を大きく振り回しながらシャリアールに斬りかかってきた。

 シャリアールにとって初めての実戦だったため、その斬撃を避けきれず、冷たい刃先が左頬に傷を残して通り過ぎていった。


 シャリアールは左頬が切られたことは気づいたが、慌てて剣を戻そうとする盗賊の胸に向けて短剣を突き出した。短剣は吸い込まれるように盗賊の胸を貫き、その盗賊は血を吹き出しながらその場に倒れた。


 次にシャリアールは、味方の護衛を囲んでいた一人に後ろから近づいていき、短剣を両手に持ってその盗賊の首を刈ろうと思いっきり振った。


 シャリアールが狙った盗賊は盗賊仲間の声で彼の気配を察してとっさに身を逸らしたが、間に合わなかった。その結果シャリアールの短剣は半端に避けた盗賊のこめかみに食い込んだ。シャリアールの短剣はその拍子に折れてしまった。


 盗賊が取り落とした剣を素早く拾ったシャリアールは、一歩引いて息を整えた。


 そのころには前を行くキャラバンの護衛たちが駆けつけてきて、形勢不利と悟った盗賊たちは道に倒れた仲間を放って逃げていった。


 味方の被害は、最初に切り伏せられた護衛が一名と、二名が浅い傷を負った。

 護衛の一人が、シャリアールが倒した二名の盗賊の息の根を止めて、武器を回収した上で死体を谷に蹴落とした。シャリアールのキャラバンの残った3人の護衛は亡くなった味方の死体を道端に浅い穴を掘ってそこに横たえ、その上に道端の石を重ねて覆った。その作業にシャリアールも加わった。


 そこにキャラバンリーダーがやってきて、護衛のリーダーに、

「よく戦ってくれた。これは、わしからの手向けだ。受け取ってくれ」

 そう言ってキャラバンリーダーが護衛のリーダーに金貨を数枚渡した。

「済まない」

 護衛のリーダーは礼を言ってその金を受け取った。

 そのあと、シャリアールに向き直ったキャラバンリーダーが、

「あまり腕が立つようには見えなかったが、儂の目は節穴だったようだ。

 ありがとう」

 頭を下げた。

「頬が切れてるぞ。これで血を止めろ。傷薬があるから儂についてこい」

 そう言って懐からハンカチを出してシャリアールに手渡した。

 それで、シャリアールは自分の頬が切られたことを思い出し、その布を頬に当てた。


 キャラバンリーダーの後についていき、ロバに載せた荷物の中から小さな壺と陶器の酒瓶を1本取り出した。

「傷を見せてみろ」

 頬に当てた布を取って傷を見せたら、

「左頬を上に向けて顔を横にしろ」

 言われた通りにしたら、キャラバンリーダーが酒瓶の蓋を取り、シャリアールの傷の上に垂らした。

 焼けつくような痛みが傷口に走った。

 そのあと、キャラバンリーダーは壺から何かを掬ってそれをシャリアールの傷口に塗った。

「傷跡は残るだろうが、膿むことはないはずだ。その傷跡はいい勲章になる」

「ありがとう」

「それは儂の方の言葉だ。あらためてありがとう」


 キャラバンが移動を再開し、シャリアールも定位置に戻って歩き始めた。ただ、盗賊から奪った剣はシャリアールの鞘に入らなかった。抜き身で持って歩いていたら、護衛のリーダーがこれを使えといって鞘を渡してくれた。亡くなった護衛の持ち物だったということだった。


 その日、キャラバンは山を越えた先の野営地で野営したが、そのときシャリアールはキャラバンの連中の夕食に呼ばれ、焚火を囲んで暖かい食事をとることになった。




 キャラバンに同行して8日目の午後。キャラバンはイスファハーンのイマーム広場の隅にあるサライに到着した。そこで、シャリアールはキャラバンリーダーに礼を言って別れた。

 左頬の傷は痛みは引いていたが、キャラバンリーダーに言われた通りはっきりとした傷跡になってしまっていた。シャリアールはその傷のおかげではっきりと人相が変わったことを心の中で喜んでいた。


 その日、シャリアールはサライで一泊した。

 このサライは道中のサライのような寄進で運営された公設のサライではなく私設のサライだったため、食事代は有料だった。それでもかなり良心的な値段設定だった。


 旅の途中もこれから先のことを考えてはいたがいい考えは浮かんでいない。ホルシード帝国の都イスファハーンではカシュマールの官憲が勝手なことなど何もできないわけだから、この地で溶け込んでいこうと考えた。そして、自分がこのような境遇に陥った原因を考えていこうと心に決めた。結果から考えれば、兄のバフラームに嵌められたと考えるのが妥当だが、証拠が何もない。公子でも何でもないただの逃亡者の自分が下手に手を出せば、そのまま消されることは目に見えている。証拠をなんとしても集めそれを持って皇帝に直訴する。それが最も確実な方法だろう。とはいえ、証拠があったとしても、皇帝への謁見など簡単に許されるはずはない。


 ハサンが持たせてくれた金はそれなりにあるが、それだけに頼っていくわけにもいかない。とにかく今は先のことを考える前に、生活の基盤を作ることだ。

 




注1:アシュル

測量用の縄を語源とする単位で、一般的に60ディラアとされます。1ディラアを約54cm(黒ディラア)とすると、1アシュル ≒ 約32.4メートルとなります。

黒ディラア:約54cm前後、 通常の「法的なディラア(約49.8cm)」よりも数センチ長く、約54.04㎝とされています。


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