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秋の亡霊  作者: 山口遊子


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第4話 シリーン、イスファハーンへ


 兄、ハサンの言いつけに従って、わずかな荷物を持ち、家宰のアキールとともに家を出たシリーンは、どうやってイスファハーンに行けばいいかアキールに尋ねた。


「バザールの近くにサライがあります。そこでイスファハーン行きのキャラバンに声をかけて同行させてもらいましょう」

「簡単に同行させてくれるかな?」

「そこは交渉次第です。お任せください」

「お金がいるんじゃない? 兄さんからもらったお金があるから使って」

「それには及びません。私も多少は持っていますゆえ」

「いいのかな? もううちでは働けないのよ」

「そうであるからこそでございます」

「そうかもしれないけれど、兄さんから預かったお金はわたしが持っているのは心配だからアキールが持っててくれる?」

「分かりました」

 シリーンはハサンから預かった100ディナール入りの小袋をアキールに預けた。



 二人はバザールの人ごみに紛れて、その先のサライまで歩いていった。

 そこでアキールがサライの主を見つけて、イスファハーンに明日にでも出発するキャラバンはないかと尋ねたところ、ちょうど明朝イスファハーンに出発するキャラバンがあることを教えてもらった。


 アキールはそのキャラバンの隊長を探し出して同行を頼んだところ、あっさり同行を許された。野営地での飲食は有料で提供を受けることができるが、移動は歩きになるとのことだった。


 その日、アキールはシリーンを連れてサライの中の売店で旅に必要なものを買い揃えていった。そして、最初に買った背負い袋に荷物を詰めていった。


 翌朝早くキャラバンは荷物をロバに載せ、カシュマールのサライを出発してイスファハーンを目指して街道を南西に向かって進み始めた。


 シリーンとアキールは荷物で膨らんだ背負い袋を背負いキャラバンの中ほどを歩いている。行く手にはカビール山地の山並みが見える。初日は20キロほど先の野営地で野営する。翌日も20キロほど歩くとキャラバンサライがあるのでそこで一泊する。それを4回繰り返すと、何事もなければ10日目の夕方前にイスファハーンに到着できる。



 10日後。キャラバンは途中盗賊に遭うこともなくイスファハーンのイマーム広場に隣接するバザールの一角にあるサライに到着した。


 二人はキャラバンの隊長に礼を言って彼らと別れ、その日はサライに一泊した。

 サライの食堂で夕食を食べながら、翌朝から当面の住処となる部屋を探そうという話をして、シリーンとアキールはそれぞれの部屋に引き上げた。



 翌朝。シリーンがサライの2階の個室で目覚め、身支度をして背負い袋を背負い、隣の部屋で休んでいるはずのアキールを起こそう廊下に出て隣の部屋を見たところ、扉は開いたままで、中にアキールはいなかった。


「アキール?」


 しばらく部屋の中で待っていたが、アキールは現れなかった。

「置いていかれた?」


 兄から預かった金はアキールに渡しており、シリーンの手持ちは10ディナールもない。確かに10ディナールあれば、直ちに生活に困ることはないが、何かしら稼がなければ、すぐになくなってしまうのも確かだ。手元に残った品のうち換金できるものといえば指輪が何点かと、母の形見のブローチとイアリングだ。そういったものは目立つので身には着けておらず背負い袋の中に布に包んで入れている。それらを売れば、それはそれでなにがしかの金にはなるだろう。母の形見までは売りたくはないが、背に腹は代えられない。亡き母もそのことについては目をつむってくれるだろうとシリーンは自分に言い聞かせた。


 彼女はアキールに対して失望はしたが、恨みには思わなかった。おそらくサルヴァザール家は兄とともにすでに滅びていると感じていたからだ。そんな家の娘をイスファハーンまで連れてきてくれたのは確かにアキールだった。


 アキールのことはすっぱりと諦めたシリーンは、サライの食堂で一人で朝食を摂った後、まずは土地勘を養おうと背負い袋を背負いサライを出て、バザールの中を巡り始めた。


 彼女の服装は下は白い長ズボンで幅広の黒い腰帯を締めて護身用のナイフを腰帯に差している。上は白いシャツの上に紺色のチョッキ。肩まである黒髪は後ろで一つに束ねている。

 彼女のナイフの鞘には象嵌で装飾が施されているためかなり目立つが、売ればそれなりの金になる。彼女はバザールでその鞘を売り、普通の見た目の鞘と取り替えようと考えている。


 そういった目でバザールを見て歩いていたら、ナイフや短剣、それに各種の鞘を売っている露店があった。


「おじさん、このナイフの鞘なんだけど、買ってくれない?」

 シリーンは腰に差したナイフを外して、鞘だけ店の主人に渡した。

「うーん。なかなかのものだ。とはいえ、うちも商売だからねー。2ディナールでどうだい?」

「3ディナールじゃだめ?」

「あんたのかわいい顔を立てて、3ディナールで手を打とう」

 そう言って主人はディナール金貨を3枚シリーンに手渡した。

 嫌にあっさり主人が買い取ってくれたことで、しまった、と思ったが後の祭り。ナイフを裸で持ち歩くわけにもいかないので、店先に並んでいた何の装飾もない革製の鞘を指さし、

「おじさん、いい買い物したんだから、そこの鞘をくれない」

「仕方ないな。ほら、持っていきな」

 そう言って主人はその鞘をシリーンに手渡した。

「ありがとう」


 鞘を受け取ったシリーンは、ナイフを鞘に収め腰帯に差し、店を後にしてまたバザールの中を見て回りはじめた。


 次に見つけたのは、装飾品を扱っている露店だった。

 そこでシリーンは指輪を売ろうか迷ったが、今現在金に困っているわけでもないし、もう少し店での売り買いに慣れてからでも遅くないと思い直してその店から離れていった。


 とにかく、持ち物を売れば、ある程度の金が手に入ることが分かったのだが、売り切ってしまえばそれまでだ。そういう意味で職を探す必要がある。


 とはいえ、箱入りというわけでもなかったが、お嬢さまであるシリーンにできる仕事などほとんどない。彼女にできることは飲食店での給仕くらいだ。それでも住み込みで働けるならありがたい。

 今度は、そのつもりでバザールの中を見て回り始めた。

 食べ物を売っている屋台はたくさんあったが、ちゃんとした飲食店が見当たらない。


 おかしいなー、とか思いながら歩いていたら、バザールの外れまでやってきてしまった。その先はもうイマーム広場だ。

 それで、シリーンは回れ右してまたバザールの中に戻っていった。

 やはり、バザールの中には、ちゃんと店を構えた飲食店はなかった。

 それで思いついたのが、今朝あとにしたサライだ。あそこには立派な食堂があった。


  さっそく、そのサライにとって返したシリーンは、サライの主がどこにいるのか、サライの中庭で馬の世話や荷物運びをしている男に尋ねた。

 男は黙って、サライの2階の一室を指さした。

 シリーンは男に礼を言って、その部屋に向かった。


「済みません」

 扉の前で部屋の中に向かってシリーンが声をかけた。

『だれだい?』

「シリーンといいます。ここの食堂で雇ってもらえないかと思ってやってきました」

『扉は開いてるから、とにかく入りな』


 扉を押し開いて部屋の中に入ったところ、部屋の中に隻眼の老婆が椅子に座って丸テーブルの上に置いた水パイプでハシーシュ(大麻)を吸っていた。


「ふー。まあ、そこに座りな」

 老婆が口をすぼめて煙を吐き出し、丸テーブルを挟んだ向かいの席を勧めてくれたので、シリーンは背負い袋を下ろしてそこに座った。


「それで?」

「住み込みで、ここの食堂で働かせてもらえないでしょうか?」

「ふん。それであんたのようなお嬢さまが何ができるんだい?」

「皿洗いとか、掃除とか」

「さすがに料理は無理か」

「無理だと思います」

「嫌に正直だね」

「それだけが取り柄ですから」

「ずいぶん面白い子だね」

「済みません」

「済まながることはないさね。荷物がたくさん入っていそうな背負い袋だけど、どっから来たんだい?」

 シリーンは正直に答えようか、それとも適当にごまかそうか、と考えたが、正直が取り柄といった以上嘘もつけないと思って、

「カシュマールからです」と正直に答えた。

「それは奇遇だね。わたしもカシュマール出身なんだ。若いころカシュマールで傭兵団の団長をしてたんだ。これでも、腕は確かだったんだ。

 それはそれとして、あんたを雇ってやるからついてきな。わたしの名はガザル。あんたの名前は?」

 ここでも名前を偽ろうかと一瞬考えたが正直に「シリーンです」と答えた。ただ、家名は出さなかった。


 椅子から立ちあがったガザルはシリーンに「ついてきな」そう言って部屋から出ていき、そのあとをシリーンが追った。


 ガザルの部屋からすぐ右隣の部屋に案内されて「あんたみたいなお嬢さまが下で雑魚寝ってわけにはいかないから、この部屋を使いな。外から鍵がかかるわけじゃないから大事なものは肌身離さず持っておくんだね。部屋の中からは扉が開かないようにできるから、安心しな」

「はい」

「それじゃあ、食堂に行って、えーと、……、なんて言ったっけ?」

「シリーンです」

「そうそう。シリーン。物覚えが悪くてすまないね。シリーンをみんなに紹介しよう」

「お願いします」

 

 1階に下りて食堂の裏口に回ったガザルは扉を開けて中に入っていった。そこは食堂に隣接した厨房だった。

「おーい、オシム。手が空いたらこっちにきてくれ」

「へーい」

 紺色の前掛けをして少し黄ばんだターバンを巻いた小太りの男が、ガザルの前に小走りでやってきた。

「オシム。この子が今日からここで働くことになった。名前はシリーンだ。食堂全般の雑役に使ってやってくれ」

「へい」

「ほかのみんなもよろしくな。仲良くやってくれよ」

「「はい!」」

 みんなの返事にシリーンは「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。


「それじゃあ、シリーン、荷物を部屋に置いたらさっそく働いておくれ」

「はい」

 シリーンは厨房から出ていき駆け足で2階の部屋に戻ってそこに背負い袋を置いて、また駆けて1階の厨房に戻った。ガザルは厨房から引き上げたようでそこにはいなかった。


「シリーン、さっそくだが食堂の掃除をしてくれ。掃除道具は食堂の奥の小部屋に入っている」

 オシムの命令に勢いよく「はい!」と答えて、厨房から食堂に回って、その先の小部屋の扉を見つけて中からほうきとちり取りを取り出した。


 そうしたら、厨房からオシムが「シリーン。床掃除は済んでるから、テーブルと椅子を拭いてくれ」と声がかかった。


「はい」と返事をしてほうきとちり取りを戻して、桶と雑巾を取り出した。

 それから、食堂から直接中庭に出て、中央の水場から桶に水を掬ってそれを持って食堂に戻り、濡れ雑巾でテーブルと椅子を丁寧に拭き始めた。




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