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秋の亡霊  作者: 山口遊子


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18/18

第18話 復讐2(完)

2026年4月1日、グーグルジェミニで30秒だけですが音楽ができるようになりました。

https://youtube.com/shorts/p6L-H_S_GIE


 シリーンは兄ハサンの部下だったケマルから、兄がシャリアールを助けた時の思いを聞かされた。兄には兄なりの思いがあったのだろう。それは分かる。しかしそれが、兄を見捨てたシャリアールの免罪になるとはとても思えなかった。そして、思いたくなかった。とはいえ、シャリアールの行方が分からない以上、こうしてサルヴ・エ・ゼリンで、雑用係としてシャリアールの行方に繋がる情報を待つしかなかった。

 そのことがまたシリーンをイラつかせた。また、ただ一人の話し相手だったナシールが何も告げずいなくなったこともシリーンを不機嫌にさせた。




 ケマルから兄の話を聞いて10日ほど経った日の夕方、シリーンはその日の給金を貰うためガザルの部屋に入っていった。

「ご苦労さん」

「どうも」

 ガザルから給金を貰ったところで、部屋から出ていこうとしたシリーンを、ガザルが呼び止めた。

「お待ち! シリーン。話がある」

「はい?」

「ナシールのことだ」

「ナシールが何か?」

「ナシールは実はカシュマールの先代の大公の息子だった」

「えっ!」

「事実だ。話はまだ続くから落ち着いて聞いてくれ」

「はい」

「ナシール、本名シャリアール公子は今の大公、実の兄である今の大公によって父殺しの冤罪を着せられていたんだが、見事に父の仇を討って、そして今ではカシュマールの大公に収まった」

 シリーンはナシールがシャリアールだったことでショックを受けてそのあとのガザルの言葉はほとんど耳に入っていなかった。

「それで、シリーン。お前さんはシャリアール公子の護衛隊長の妹だったんだな? それで大事の前にイスファハーンに逃れてきた」

「えっ?」

「だから、お前さんはシャリアール公子の護衛隊長の妹だったんだな?」

「はい」

「それで、今のカシュマールの大公であるシャリアールから、お前さんにカシュマールに帰ってくるようわたしに言付けの手紙が来たんだ。おそらく悪いようにはならないだろう。あいつはちゃんとした男だ。シリーン、出来るだけ早くカシュマールに帰るんだ。今日の夜からの仕事はいいからな」

「はい」


 シリーンは部屋から出て自室に戻り、明かりを点けて旅支度を始めた。


 翌朝。ガザルと厨房頭のオシムに挨拶したシリーンは、カシュマール行きのキャラバンを見つけ、彼らに同行してサルヴ・エ・ゼリンを後にした。



 シリーンがカシュマールに向けてサルヴ・エ・ゼリンを発ったその日。カシュマールから二人の男がサルヴ・エ・ゼリンに到着して、サルヴ・エ・ゼリンに投宿中の老婆と子ども二人を殺害して行方をくらました。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 シャリアールのカシュマールへの帰り道では、カシュマール領に入ってからのキャラバンサライは有料だったが、シリーンの時は無料だった。シリーンは食堂で耳にした噂話で、数日前に無料に戻ったことは知っていた。

 

 シリーンが同行したキャラバンは途中何事もなく旅程をこなして、イスファハーンを発って10日後の午後4時ごろ、カシュマールのキャラバンサライに到着した。


 シリーンはサライで1日だけ部屋を取り、荷物をサライに置き、サライの風呂に入った。

 そのあと、サライの中の衣装屋でガウンを購入した。


 翌朝。朝の支度を終えたシリーンは背負い袋からナイフだけを取り出し、それを腰布に挟んだ。そしてその上から昨日購入したガウンを羽織った。


 部屋に背負い袋を置いたまま、朝食も取らずサライを出たシリーンは、数カ月前まで自分と兄が住んでいた家の前まで歩いていった。家は空き家ではなく、シリーンの知らない女が前庭の手入れをしていた。


 それだけ確かめたところでシリーンは踵を返し、カスレ・サルヴ館に向かって歩いていった。彼女の右手は、ガウン越しに腰のナイフに添えられていた。


 シリーンがカスレ・サルヴ館の門番に名前を告げ、大公に招かれて訪れたことを告げたところ、すぐに館の中に案内された。玄関ホールで門番がシリーンのことを侍女に告げたところ、門番に代わってその侍女がシリーンを奥に案内した。


 シリーンが案内された部屋は豪華な絨毯が敷かれた部屋で、クッションが置かれていた。


「こちらでしばらくお待ち下さい」


 侍女はそう言い残して部屋を出ていき、シリーンは絨毯の上に腰を下ろし、足を崩した。

 しばらくしてトレイにお茶を載せて侍女が戻ってきて、お茶をシリーンの前に置いてから部屋を出ていった。


 シリーンはお茶を飲まないまま、5分ほどじっと待っていたら、ナシール、今はシャリアールが部屋に入ってきた。そのシャリールの後ろには護衛が二名付き添っていた。


 シャリアールはシリーンの向かいに胡坐をかいて座り、その左右に護衛の二名が佇立した。

「シリーン。いままで隠していて済まなかった。そして君のお兄さん、ハサンのことは済まなかった」そう言ってシャリアールはシリーンに頭を下げた。

 シリーンは何も言わず、ただシャリアールを眺めていた。


「それで、シリーンの家だが今は他人の手に渡っているらしい。そこに住んでいる者を追い出すことはできるが、新たに屋敷を建てることもできる。ほかには、この館に住んで女官として働いてもらってもいい。シリーン、望みがあれば何でも聞こう」

 シリーンは相変わらず何も言わず、ただじっとシャリアールを眺めていた。


「シリーン、どうした?」

「……。わたしの望みは兄、ハサンを返してもらいたいだけです。兄さんを返して」

 そうつぶやいて、シリーンは立ち上がり、ふらふらとシャリアールの前まで歩いていき、そこで腰のナイフを抜き放ち、振り上げた。

 シリーンの動きを目で追っていたシャリアールの護衛がすぐに彼女の動きを止めて、絨毯の上に組み伏せた。シリーンが握っていたナイフはその拍子に絨毯の上に転がった。

 シリーンはそうされても「兄さんを返して、兄さんを返して、……」とつぶやいていた。

 シャリアールはシリーンの言葉にどうすることもできなかった。


「手を緩めてやれ」


 シャリアールのその言葉で、護衛が力を緩めたところで、シリーンは目の前に転がっていたナイフに手を伸ばし、そのナイフで自ら喉を突き、絨毯の上に勢いよく血が広がっていった。


 驚いたシャリアールはその場からシリーンの方に乗り出したところを、シリーンは最後の力を振り絞りナイフを持った右手をわずかに上げたが、そこでこと切れ右手はナイフを握ったまま絨毯の上に投げ出された。


 シャリアールは護衛に、

「手厚く葬ってやれ」と言い残して部屋から出ていった。



 その日の夜。

 シャリアールは一人館の中庭に出て、空を見上げた。空には数えきれないほどの星が瞬いていたが、月だけが雲に隠れて見えなかった。



[完]




付録:用語

ガフヴェ・ハーネ(コーヒーハウス)

ギャッベ(敷物、厚手の絨毯)

サライ、キャラバンサライ(キャラバン用の旅籠。)

サイダラ(薬学)

ハシーシュ(大麻)

ハンマーム(風呂、蒸し風呂)

フィンジャーン(取っ手のない小さなカップ)

ラウフ(筆記板、書き物用の板)



ファルサフ:

1ファルサフは人やラクダが平地を1時間に進む距離である。1ファルサフ=約5.4キロとしている。なお、1ファルサフ=3ミール。1ミール=約1.8キロ。


アシュル:

測量用の縄を語源とする単位で、一般的に60ディラアとされます。1ディラアを約54cm(黒ディラア)とすると、1アシュル ≒ 約32.4メートルとなります。

黒ディラア:約54cm前後、 通常の「法的なディラア(約49.8cm)」よりも数センチ長く、約54.04㎝とされています。



最後までお読みくださりありがとうございました。ちょっとだけ長めの歴史ものでした。

最初タイトルは『イスファハーン』で書いていたんですが、書き終わってみてイスファハーン全然関係なかったので、今のタイトルに改題しました。復讐は何も生まないのか? 生んだような、生まないような。


歴史もの:

『皇国2436』(全2話、6000字)https://ncode.syosetu.com/n8401ik/

『堀口明日香の仮想戦記その1、実験潜水艦』(全1話、3000字)https://ncode.syosetu.com/n6856hm/

『堀口明日香の仮想戦記その2、ミッドウェー海戦』(全4話、10000字)https://ncode.syosetu.com/n9382hm/

『堀口明日香の仮想戦記その3、ハワイ封鎖』(全13話、34000字)https://ncode.syosetu.com/n1644im/

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