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秋の亡霊  作者: 山口遊子


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第13話 手紙


 バザールの奥のひっそりした薬屋で毒薬を調達することができた上に、カシュマールの御用商人ミーサークがその店で、同じ毒薬を購入したことを突き止めた。

 ただ、シャリアールは父親の死にざまを知らないので、手に入れた毒薬『秋の亡霊』が父大公に使われた確証はない。


――父は1年以上も体調がすぐれなかった。そのことを考えると、父に使われていた毒薬は『秋の亡霊』のような即効性の毒薬などではなく、遅効性の毒薬が毎日のように(******)盛られていた、と考えられる。そして最期の日。止めを刺すため、そして罪を自分に着せるために『秋の亡霊』を使った。


――そういったことを実行できる人物は、カスレ・サルヴ館の専属薬師だけだ。そして、それらを仕組んだのはわたしの兄バフラーム。今の大公だ。確かあの専属薬師の名はバハディン。

 彼はバフラームから利益を約束されていたに違いない。現に、御用商人ミーサークは筆頭の御用商人になっている。おそらく、バハディンはバフラームから金を貰っているのだろう。

 完璧に辻褄が合ってしまった。


――ミーサークはわたしを陥れるための罠を作っただけだが、バハディンは実行犯だ。バフラームから見れば、煙たい存在。つまり、消していい人間ではないだろうか?

 もう死んでいるかもしれないが、まだ生きて専属薬師として館で働いているなら、そのあたりに付け込む隙があるような気がする。


――なんであれ、バハディンに接触しないことには始まらない。

 いや待てよ。手紙を出すのも手じゃないか? バハディンに、バフラームが『裏切り』を疑っている。と手紙を出せば、少なくとも動揺するだろう。


――このサルヴ・エ・ゼリンにやってきたキャラバンでカシュマールに行くキャラバンを見つけて手紙を託すか。バハディンの家がどこにあるのか分からないから、届け先はカスレ・サルヴ館になってしまう。そうすると、最悪、バフラームに手紙が読まれてしまうだろうし、差出人についた詮議が始まることも大いにあり得る。


――となると、誰かを雇って手紙をバハディンに届けさせることになるか。はたしてカシュマールにいるバハディンを見つけ出して直接手紙を手渡してくれるような人間がいるのだろうか? これもガザルに聞いてみるか。とにかく、手足となって働いてくれる者がいないと、これほど物事が進まないとは知らなかった。


 サライの雑貨屋で紙を1枚と封筒を購入してからガザルの部屋に戻ったシャリアールは帳簿などを膝の上のラウフの上に置き、その日の仕事に備えた。そして、部屋の奥で水パイプをくわえているガザルに、

「ガザルさん、手紙を出したいんですが、どうすればいいでしょうか?」

 ガザルは水パイプから口を離して、

「普通は、いくらかの金を渡してキャラバンに頼む。普通ならな」と意味ありげに答えた。

「普通じゃないとなると?」

「人を雇うことになる」

「手紙を渡す相手が勤めているところと、名前しか分からず、相手の家がどこだかは分からないんですが、手渡せるでしょうか?」

「そこは金次第だろう」

「頼んだ相手が金だけ持って逃げるってことはないでしょうか?」

「あり得るが、そうではない男なら知っているから紹介してやろうか?」

「ぜひお願いします」

「ところで、毒は見つかったのかい?」

「見つかりました」

「毒のことといい、あまり危ない橋は渡るんじゃないよ」

「はい。ですが、毒を使うとしてもまだまだ先の話ですから」

「まさか、その手紙は脅迫とかそんなものじゃないだろうね?」

 そこまでガザルに言われたが、これまで教えてもらったことを考えれば、ガザルが『それ』を気にするような人間でないことは理解できる。

「正直に言いますと、脅迫に類するものだと思いますが、相手に『注意』を促すような内容です。具体的には『怪しまれているから、身を隠したほうがいい』といった内容になります」

「なるほど。よく分かったわけじゃないけれど、やるならしっかりやることだね。

 ナシール、下に下りて、雑務頭のラシッドを呼んできてくれるかい?」

「はい」


 シャリアールはガザルの部屋を出て下に下りていき、サライの建物の中に入っていき、サライの使用人たちにラシッドの居場所を尋ねて歩いて、やっと見つけた。

「ラシッドさん、ガザルさんがお呼びです」

「はいよ」

 ラシッドはその場から駆けだしたので、シャリアールもそのあとを追って駆けていった。



「ガザルさん、お呼びだそうで」

「ラシッド、悪いが配達人のハルールを見つけてここに連れてきてくれないか? 見つからなけりゃ仕方ないけどな」

「この時間、仕事に出かけていなければ、ねぐらで寝てるでしょうから、今から行ってみます」

「頼んだよ」

「へい」


 ラシッドは駆け足でガザルの部屋から出ていった。

「ありがとうございます」

「ラシッドも、最近腹が出てきてるからいい運動になるだろうよ」


 ラシッドが出ていったところで、シャリアールは先ほど購入した紙を取り出して、そこに手紙の内容をしたためた。


『秘密を知っているお前は彼から「疑われている」。逃げるならイスファハーンのサルヴ・エ・ゼリンを尋ねろ』


 手紙を折りたたんだところで、ガザルがノリを渡してくれた。

「ありがとうございます」

 シャリアールは封筒の中に手紙を入れて、ノリで封をした。

 この手紙が無事届いて、うまくすればバハディンが釣れる。


 手紙の用意が終って10分ほどして、ラシッドが、痩せた男を連れて戻ってきた。

「ラシッド、ご苦労さん。行っていいよ」

「へい」

 ラシッドが部屋から出ていったあと、

「ガザルさん、あっしに用だとか?」

「用事があるのは、そこに座っているナシールって男なんだ。今わたしのところの帳簿係をやらしている」

「ハルールさん、ナシールです。よろしく」

「こちらこそ。それで?」

「この手紙を、カシュマールのカスレ・サルヴ館で専属薬師をしているバハディンという男に手渡してもらいたいんです」

「カシュマールとなると、片道10日。値段は10ディナールってところだ」

「ナシール、金が足りないようなら、立て替えてやろうか?」とガザル。

「いえ、何とか払えます」

 そう言って、シャリアールは懐から財布代わりの小袋を取り出して、その中から金貨を10枚数えて、手紙と一緒にハルールに手渡した。

「金と手紙は確かに受け取った。そのバハディンという男から受け取りを貰ってくるんだな?」

「出来れば」

「手紙にあんたの名前がないということは、あんたのことはバハディンに告げないほうがいいんだな?」

「それでお願いします」

「了解。出発は明日の朝になる。行き来に20日かかるから22日見ておいてくれ。相手がカシュマールにいるならそれで戻ってこられる。もしいなければどうしようもないが、そこは俺を信じてくれ」

「はい。よろしくお願いします」

「任せてくれ。それじゃあ」

 ハルールは手紙を懐に入れ、金貨はそのまま上着のポケットに突っ込んでガザルの部屋から駆けて出ていった。

「ガザルさん、ありがとうございました」

「そう思うなら、しっかり働いておくれ」

「はい」


 シャリアールはその日から、ハルールが帰ってくるのを待ちながら、サルヴ・エ・ゼリンの仕事をきっちりとこなしていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハルールはねぐら戻らず、バザール内のサライを回り、明日の朝カシュマールに出発するキャラバンを見つけて、同行を頼んだ。

 そのあと、旅に必要なものを適当にバザールで購入してねぐらに戻った。


 翌朝。カシュマールに行くキャラバンに同行してイスファハーンを後にしてカシュマールに向かったハルールは、盗賊に遭遇することもなく、無事10日後カシュマールに到着した。

 その足で、カスレ・サルヴ館に向かい、番兵に話しかけたところ専属薬師のバハディンは館にいることが分かった。そこでハルールは番兵に小銭を渡し、バハディンが館から出てきたら教えてもらう手はずを整えた。


 館の門から少し離れて、バハディンが館から出てくるのを待っていたら、それほど待つことなく、番兵から合図があった。


「バハディンさん、あなたに手紙を届けに来ました。これです」

 そう言ってハルールは懐に入れていた手紙をバハディンに渡した。

「申し訳ありませんが、受け取りをいただきてぇんで、この紙に何かお願いしやす」

 そう言ってハルールは再度懐に手を入れて、小さな紙とインク箱(スタンプ台)を取り出し、バハディンに渡した。バハディンはインク箱に右手に嵌めた印章指輪を押し当てて紙切れに押し当てた。

「これでいいだろ?」

 インク箱と押印された紙切れを受け取ったハルールはそれらを懐にしまって、

「ありがとうございます。それじゃあ、あっしは失礼しやす」

 そう言ってその場から駆けていき、館前の広場を過ぎ雑踏の中に消えていった。


 手紙を受け取ったバハディンは不審に思いながらも、道すがら手紙を開けることなく自宅に戻り、家人に帰宅を告げて、そこで初めて手紙を開いた。

 バハディンの家には年老いた母親と、召し使いが2名。それに10歳の娘と5歳になる息子がいる。バハディンの妻、つまり子どもの母親は3年前に亡くなっている。



 手紙には差出人の名は書かれていなかったが、手紙に書かれていた内容は十分あり得ることだ。問題は、手紙を書いてまでわざわざ自分に知らせた『彼』は、真相を知っているということだ。『彼』がその気になれば、方法は分からないが自分を消すことができるということだ。そして、『彼』は自分と話がしたい=交渉したいと考えている。

 なぜ交渉するかといえば、おそらく脅迫だろう。

 バハディンにとってその『交渉』を無視する選択肢はない。

 バハディンはわずかに震える手で手紙に火をつけて、かまどに放り込んだ。

 そして、寝室の開き戸の中に隠してあった金貨の入った革袋を旅行用の背負い袋に詰め、そのほか、イスファハーンへの移動に必要なものを背負い袋に詰めていった。


 翌日。家人に『イスファハーンに急用ができたから20日ほど出仕できない、とカスレ・サルヴ館に伝えてくれ』と言い残し、バハディンは家人を誰も連れずサライに向かい、そこでイスファハーン行のキャラバンと交渉し同行を許された。



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