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秋の亡霊  作者: 山口遊子


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第11話 目途


 シリーンの毒薬が欲しいという望みはシャリアールにとって意外だったが、自分にも役立つ話だったので、シャリアールはまじめに探してみる気になった。


 とはいうものの、雇われの身では長時間街に出るほどの時間的余裕があるわけでもない。


 薬屋は薬師の指図で薬剤を調合することがままあるので、ガザルに薬屋がどこにあるか聞いてみることにした。

 例のごとく、水パイプでハシーシュ(大麻)を吸っているガザルに、

「ガザルさん、ちょっといいですか?」

「なんだい?」

「薬屋って、そこのバザールにありますか?」

「あたしは薬の世話になることはないから、どこにあるとは言えないけれど、さすがにイスファハーンの大バザールなんだから、薬屋くらいあるんじゃないかい。ナシール、あんたどこか悪いのかい?」

「いえ。そんなことはありません」

「それならいいが、体は大事にするんだよ。それで、何でそんなこと聞くんだい?」

「正直に話します」

「うん?」

「実は、かたきがいまして、敵を討つために毒薬を探しています」

「それは物騒だね。訳ありと思っていたが、本物の訳ありだ。お前さんが、ここに流れてきたのもその敵がらみってことだね?」

「はい」

「分かった。伝手をたぐってそういった『薬屋』を探してやるよ。期待せずに待っていておくれ」

「ありがとうございます」

「おそらく、結構な値段だと思うよ。秘密にする代金も入るから。金の目途はあるのかい?」

「何とかします」

「そうだね。その時はあんたはここから出ていくときだろうけれど、その時までしっかり働くんだよ」

「もちろんです」


 シャリアールは言ってみるものだと改めて思った。毒薬が手に入ったら、たった一人分ということはないだろうから、シリーンに分けてもいい。代金については、さすがに今の手持ちの100ディナールもあれば間に合うだろうとも思っている。



 それから数日後。人夫頭のクタイバから告げられたキャラバンの責任者の名がカシュマールの御用商人ミーサークだった。クタイバにそれとなく聞いたところ、ミーサークのキャラバンはサルヴ・エ・ゼリンで2泊するようだった。


 その日は何もできなかったが、翌朝。

 まだ当日の仕事がないシャリアールは、ガザルに断って部屋を出て、中庭に下りていった。その時のシャリアールは傷跡のある右側の顔しか見えないよう左手で左頬を隠すようにしていた。

 そうやって、ミーサークが中庭に現れるのを待っていたら、しばらくしてミーサークが数人の人夫を連れて現れた。そして、彼らはサライを出てバザールの方に歩いていった。彼らはみな手ぶらだったので商品を仕入れるのだろう。


 とにかく、ミーサークはイスファハーンでの常宿としてサルヴ・エ・ゼリンを使っていることが分かった。



 翌朝。ミーサークのキャラバンは荷物を載せてサルヴ・エ・ゼリンから出ていった。それをシャリアールは2階の通路から眺めていた。


 そうしていたら、シリーンが桶を持って中庭に出てきた。何か、ミーサークがらみの情報が手に入ったかもしれないと、シャリアールは下に下りて水を汲んだ帰り道のシリーンに話しかけた。

 

「シリーン、何かいい噂話でもあったかい?」

「それがねえ、昨日カシュマールからの商人が来てたのよ。それでその商人だけど、カスレ・サルヴ(大公館)の御用商人だったの」

「ほう」

「それで、今の大公からずいぶんかわいがられているって言ってたわ。それで、わたしにも心づけをずいぶんはずんでくれたわ」

「なるほど」

「あなたが知っているかどうか知らないけれど、前のカシュマール大公って実の息子に殺されて、今はその男の兄が大公なのよ」

「その話は聞いたことがある」

「その男なんだけど、すぐに捕まって処刑されようってところで逃げ出して、今は行方不明なの。実はその男がわたしの仇なんだけどね。まあ、これはあなたには関係ないわね」

 自分がシリーンの仇だと聞いて、シャリアールは驚いたが、顔色を変えないように平静を装った。

「ナシール、どうかした?」

「いや、なんでもない」。どうやら顔色に出ていたらしい。

「そう。そろそろ行くね。続きは明日の朝にでも」

「そうだな」


 そのあと、シャリアールはガザルの部屋に戻って、その日の最初の入金があるまで、シリーンが自分を仇だと思っている理由を考えた。


――確かにわたしのためにハサンが死んだことは事実だが、それでわたしのことを恨むのだろうか? しかし彼女がわたしのことを仇と思っているのは事実だし、恨んでいる。何かの齟齬があるはずだ。おそらく、シリーンはハサンの決意など聞かぬ間にカシュマールから離れたのではないだろうか? ただ、今のままでは、そのことについてシリーンに告げることなどできない。


 シャリアールにとって、こういうことを相談できる相手は、ハサンだけだった。

 そのハサンが死んだことで、自分がハサンの妹のシリーンに仇だと思われている。

 ハサンの妹だけにシリーンの助けにはなってやりたいが、それでは自分はどうなる?


――先にわたしが敵を討ち滅ぼせば。そして、シリーンにハサンが自分を助けた時のことを話せばシリーンとて納得してくれるのではないか?


――それに、わたしが敵によって滅ぼされてしまえば、シリーンは自分の仇が滅ぼされたと考えて自由になれる。それは彼女にとって悪いことじゃない。


「ナシール、どうかしたのかい? 顔色が良くないようだが?」

「なんでもないです」

「それならいいけど。そうそう、例の件だが、知り合いの薬師にそれとなく聞いたところ、そういった薬屋はこのイスファハーンにそれなりにあるそうだ。そして、この大バザールの中にもあるそうだ。ただ、自分は知らないといっていた。知っているんだろうが、言わなかったんだろう。とばっちりを受けたくないものな」

「ありがとうございます。バザールの中にあるなら、時間があるとき何とか自分で見つけてみます」

「ああ。だけど、無理はするんじゃないよ」

「はい。心します」



 その日の仕事を終え、そして次の日の朝。

 約束というわけではなかったが、シャリアールはシリーンと話すことができた。

「昨日の話の続きだけど、どこまで昨日話したっけ?」

「カシュマールの御用商人に心づけを貰ったってところ」

「そうそう。その商人なんだけど、今の大公になって、ほかの商人たちを押しのけてカシュマールで随一の商人になったって自慢してたわ」

「今の大公と特別なつながりがあるのかな?」

「なんでも、今の大公の弟が前の大公を毒殺した証拠を、今の大公に渡したとか言ってたわ。そのおかげで弟を捕まえられたんだって」

『そういうことになっていたわけか』とシャリアールは妙に納得した。ただ、これだけでは何の証拠にもならない。何か尻尾を掴みたいが、ミーサークを何とかして捕まえて、白状させるくらいしか方法がない。しかし今のシャリアールにはミーサークを捕らえる当てはない。

「なるほど。今の大公が、大公になることを手伝ったってことだな」

「そうみたいね。それじゃあ、そろそろ行くね」

「ありがとう」


 そうこうしていたら、ミーサークのキャラバンは荷物を載せ終えたのか、馬に乗ったミーサークを先頭にサルヴ・エ・ゼリンからゆっくりと出ていった。


 ガザルの部屋に戻ったシャリアールは自分のギャッベに胡坐をかいて座り、また考えをめぐらした。

――父が毒殺された以上、誰かが毒を父に盛ったわけだが、おそらくあの薬師が盛ったのだろう。しかし、薬師といえども、そういった毒薬を簡単に手に入れることができるのだろうか?

 人を殺すための毒薬となると、それなりの場所、つまり、今自分がガザルに探してもらっているような薬屋から仕入れるのではないだろうか?

 そう考えると、その薬屋を探すのも手かもしれない。父の死にざまについてははっきり聞いていなかったことが悔やまれる。ある程度のことが分かれば、薬屋に『思い出させる』ことができるのに。

 待てよ、おそらく薬を仕入れたのはミーサークだろうから、ミーサークの名前、ないし特徴を伝えれば薬屋も思い出すかもしれない。ミーサークとは限らないか? 

 いや、薬の仕入れに人を使ってしまうと、身内からことが露見してしまうことがあり得る。おそらく本人が購入したはず。そうであってもらいたい。


 ここまで考えて、シャリアールはラウフ(筆記板)を自分の膝の上に置き、その日の仕事に備えた。




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