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YEHI OR イェヒ オール【第三章】  作者: 海風 野花
第三章:異世界転移
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01 小さな天使の誘い


 暗闇の中、地肌に触れる強い風に誘われて葵は瞼を開けた。そこには天の川のように散々ときらめく夜空に色彩豊かな惑星が点々とあった。突如として、重力が全身に伸し掛かり、落下することに気付く。


「うひゃぇぁあああーーーーー!」


 葵は猛烈な風圧に晒されながら情けない悲鳴を上げた。強烈な風切り音で何も聞こえず、急激な体温の低下を感じ、その先の着地地点を想像して震撼し、なけなしのおつむで頭をフル回転させた。脳裏にある啓示コードには異世界に転移する成功確率が“99”とある。不運にもこの状況が残りの“1”に該当し、異世界転移が成功しなかったのだと思い知ったのだった。


「グゾがあぁーーーー!」


 と愚痴を吐きながらも、葵は必死に体勢を変えて姿勢を保った。直下、薄い雲の向こうに都市と思われる建造物が無数に見受けられる。地面までのおおよその飛距離はわからなかったが、残酷にも対空時間は思いのほか長く感じられ、色々と考える時間だけはあった。仮に、建物や地面に接触しても、最悪、身体が複雑に砕け散るか死に至る程度。葵は自身の能力 『マクスウェルの悪魔』があるので生き返ることを知っていたが、それでも精神的に辛いものがあった。死ねば身体は修復できる。だが、背負っているリュックの中の荷物は一度粉々に壊れれば修理することはできない。そのことに気が付いた葵は空気抵抗に耐えながらも胸の前でリュックを持った。建物に激突する瞬間、リュックを両腕で抱き締めて守ることにしたのだ。


 上空八〇〇メートル付近、先ほど見えていた都市の建造物は近未来を彷彿とさせるビルや電波塔であることがわかった。葵は再び訪れるであろう死の瞬間につれ、田園都市ユートピアで繰り広げられた魔王との一戦をフラッシュバックした。何度も何度も殺されたことを思い出す。克服した恐怖はたかだか思い込みに過ぎず、意思とは裏腹に、そして、落下による風圧とは別で身体が身震いを起こしていた。


 上空五〇〇メートル付近、幾つかのスカイツリーのような電波塔の中腹を過ぎていた。ビルの屋上がはっきりと見えるところまでやって来たとき、葵は死の恐怖に慄き、耐え切れずリュックを両腕で抱き締めた。なんの前触れもなく、突然、不可解な突風が上昇気流のように吹き上がり、葵はその異様な現象を目の当たりにした。優しくも奇怪な風に乗って、身体がビルの合間をゆっくりと縫って避けて行くのだ。


 上空二〇〇メートル付近、廃墟と化したビルの中が伺え、人の気配はまったくなく、代わりに見たことのない小動物や植物が生息していた。鳥類はスズメやカラスではなく、その多くが二つの頭に手足が四本ずつ生え、深い青緑の羽が四枚と二本の尻尾は長く、それらは鳥類だけでなくおおまかにしてすれ違う動物の特徴としてあった。まるでつがいのオスとメスが一つの身体にあるような姿は、葵は以前読んだ哲学者プラトンの著書に登場する切なき怪物のように思えたのだった。

 植物もまた同様に地球のものとは異なり、その一つひとつに控えめながらも個性があり、異界のものであるとひと目でわかった。


 地上より約五メートル、葵の身体が上空で静止し、先ほどまでの不可思議な風が消え、また地面へ落下した。緊張した両腕は向かい風でリュックから解け、葵は背中から地面へ着地した。


「あいだっ!」


 葵の目はらんらんとして動揺し、次第に呼吸が穏やかに安定し、そのあと深く安堵した。


(死ぬかと思った……)

 

 葵はそうして大の字のまま夜空を見上げた。都市一帯が明らかに廃墟と化していた。無人の交差点、ビルのガラスは割れ、乗り捨てられたタイヤのない車、ひび割れたアスファルトの隙間に雑草が生い茂っている。また突風が吹いて、上空へ舞い上がった。遠い雲と雲のあいだに何かが飛んでいた。短い首に二つの大きな羽根、四本足に長い尻尾は西洋のドラゴンのようであった。あらためて、葵は異世界に転移できたことを再認識したのだった。


「パンパカパーーン!」


 と声がして、葵は慌てて上体を起こした。目の前に手の平サイズの妖精のような存在が浮かんでいた。妖精は嬉しそうに言った。


「はじめまして! 葵くん!」


 妖精の周りでパンッパンッと小さなクラッカーが弾けた。紙切れがハラハラと舞い、ラッパがどこからともなくパフッパフッと吹かれた。


「お前、───」


 葵はそう言って唖然とした。妖精はそんな彼に自己紹介を始める。


「私は天使のモレ! 葵くんの道案内を任されました!」


 天使とはほど遠いその姿に、葵は頭からつま先までまじまじと見つめた。薄汚れたワンピース、髪色は黒く、白い羽根や頭の上に黄金の輪っかもない。どちらかと言えば、東洋人に近い顔の骨格をしていた。


(てん……し?……天使! 敵だ‼︎)


 葵は呆気に取られていたが、瞬時にその場で中腰になり、逆手持ちでサバイバルナイフを抜いて構えた。頭の中で能力 『Thatザッ bladeブレイドゥ cleavesクリィーヴス everythingエヴリシング.』と呟いて天使もどきを睨んだ。彼の敵意剥き出しの眼光にモレはせわしく叫ぶ。


「ちょちょちょちょ! ちょっと待って!」


 モレは両手を前にして、頭の上に汗のスタンプを浮かばせた。


「刃物はしまってください!」


(なんなんだ、こいつ……敵じゃないのか?)


 モレに向けられたサバイバルナイフが震えていることに気付き、葵はもう一方の手で手首を押さえた。敵を前にして、なぜ手が震えているのか、早々に葵は魔王との一戦を思い出すに至る。モレは彼の震えた手を見て心配するように言った。


「葵くん、大丈夫ですか?」


 そのひと言に我を取り戻し、葵はモレに焦点を合わせた。落下している途中で起きた不可思議な風の流れについて訊いた。


「さっきのはお前の仕業か?」


「はい!」


 モレは目をキラキラと輝かせた。その目尻には星のような輝きがある。


「私は葵くんの敵ではないですから、それを納めてください」


 葵はモレになだめられたが一向にして武器を下ろす気配は見せず、逆に疑り深くさらに問いただした。


「お前の味方は近くにいるのか?」


「お前じゃありません! モレです!」


 モレはパタパタと両手を上下させた。


(めんどくせえな……)


 と葵はそう思いながら言い換える。


「……モレ、味方は近くにいるのか?」


「いいえ、ここにいるのは私だけです!」


「さっき道案内と言っていたが、何が目的なんだ?」


「目的……ですか?」


 モレは両腕を組んだ。


「……うーんお兄さんのもとへ葵くんを届けたいのです!」


「なんだって⁉︎」


 葵は眉間にシワを寄せて小さな天使を睨んだ。


「クソッ!……調子が狂うな」


(仮に騙されていたとしても、今は利用するしかない……)


「わかった……」


 葵は無理に自身を納得させ、さやにサバイバルナイフを収めた。


「完全に信用したわけじゃない。不穏な動きをしてみろ。モレ、……お前をすぐにでもやるぞ」


 モレははいと言って何度も頷いた。


「兄の場所はどこなんだ?」


「あちらの方角です!」


 モレが大通りの先に人差し指をさした。その方角の夜空がかすかに明るく点滅していた。葵はそれを見ながら言った。


「あそこまで、どのくらいで着く?」


 モレは少し悩んだあと答えた。


「歩いて二日はかかるかなと思います!」


(連絡が途絶えてから五日は経つ。歩いて二日……時間がない。急がないと)


「本当に兄のもとへ連れて行ってくれるのか?」


 葵は真剣な表情を浮かべた。


「ええ、お任せください!」


 モレはえっへんと胸の前に拳を構えた。


「ほら! 早く着いて来てください!」


 葵は周囲の様子に警戒しつつも、小さな天使のモレにいざなわれて歩いて行った。

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