【短編版】シンデレラ〜近衛兵と人喰い靴〜
御伽街にはまるでイギリスにあるビッグベンのような時計塔があった。老朽化が進んでいる古い時計塔。肝試しスポットのひとつ。
『ーーー御伽《御伽》時計塔付近で、また行方不明者がーーー』
「ねぇ、アーバンさん……。これってもしかして」
「ああ。物語が原因の可能性が高いから現在調査中だよ」
TVから流れるニュースを見たましろに、食器を洗いながら答えるアーバン。
「なんでも、行方不明者の中に財閥のお嬢様もいるらしい」
「財閥?」
「西園寺財閥……西園寺琥珀という子が、時計塔の見学中に居なくなったようだ。表には隠しているようだが、もう3日になるって話さ」
「へぇ……」
「調査の途中だが……行くのかい、ましろくん?まだなんの物語かもわからないから、衣装の作りようがないとまた紬くんが嘆くのだが」
ふわふわのシフォンケーキを完食したましろが席を立つのを見て、アーバンが問い掛ける。
「はい。来夢や鵜久森さんにも声をかけて行きます。林檎はテスト期間中だって聞いたし、綺羅々さんは特別な試験勉強が忙しいみたいだから、そっとしておこうかな」
『おや。珍しく行動が速いねましろ。いつもこのくらいだったらいいのに』
ラプスの嫌味を受け流し、ましろは寮の方へ歩み出す。ラプスは無言でましろの跡をついていく。
「榴姫さんから連絡があったんだ」
『なんて?』
「夜闇鴉が風邪で寝込んでるって」
『なら好都合だね。クォンタム社より速く物語が狩れるチャンスだ!』
◆◆◆
「ーーーぶぇくしっ!!」
「大丈夫?林檎食べる?」
丁度見舞いに部屋に来た榴姫が、真っ赤な林檎と折りたたみナイフを取り出した。風邪がうつらないよう、マスクは装着済みである。
「ああ。剥いてあれば食べる」
「りょーかーい」
◆◆◆
「はぁ……。人数が少ないまま成長した物語を狩りに行くのは気がかりだけど、仕方ないか」
「綺羅々ちゃんに回復ポーションクッキーたくさん貰ったから、もしモンスターなんかが出てくる物語相手でも、暫くは大丈夫だと思う」
「だと良いですけど……」
ましろは来夢と鵜久森に声をかけ、電車に乗って御伽時計塔の麓まで来た。時刻は夜8時半を過ぎたところ。時計塔には立ち入り禁止の黄色いテープが張られている。
「目的は行方不明になっている人たちを物語から解放すること。及び粒子の回収だよ」
「珍しく仕切りますわね。それでこそ、リーダーらしいですわ」
「ボクだって、たまには率先してやらないとね」
『丁度テープが張られている場所辺りから、領域展開してるね』
「じゃあ、行こうかーーー」
◇◇◇
「ーーーよっ。新入りか?初めましてだよな?」
「へっ?」
物語の領域展開区域内に入ったら、いつも通り視界が暗転し……、ましろは豪華な装飾の部屋で意識を取り戻した。
服装は御伽話に出てくる兵隊の正装。同じ服を着ている、扉を挟んで向かいに立つ兵士が、ましろに手を振っている。
「俺は近衛昴。しがないコンビニ店員。よろしくな」
「コンビニって……あれ?」
どこかで見たことあると思えば、本人が言う通り、ましろがたまにスイーツを買いに立ち寄っている店舗の中年店員だった。
「んーーー?見たことある顔だな。確か御伽高校の制服着てた学生だよな?」
「はい。いつもあそこの店舗のスイーツの品揃えにはお世話になってます」
「そうそう。スイーツしか買ってかないスイーツ男子だ」
貴族が通うような煌びやかな屋敷の中でするような話ではないものが繰り広げられる。
「そっかー。お前も死んじゃったか」
「はい?」
「どうやら異世界転生ってやつみたいなんだよな」
「異世界……確かに物語の中は異世界みたいなものだけどーーー」
どうやら中年男性ーーー近衛昴は、自分が小説やアニメでよくある異世界転生者だと思い込んでいるらしい。
「俺は帰り道、古い時計塔の前を通りかかってからなーんも覚えてねぇ。お前さんは?」
「え……っと、ボクもです」
「あの時計塔、心霊スポットならぬ異世界スポットか何かかねぇ。全員揃ってあの時計塔の前で亡くなるなんてな」
「他にも居るんですか?その……、ボク達みたいにここに来た人が」
物語に取り込まれた一般人に、いきなり物語について話すのは気が引ける。ましろは近衛昴に話を合わせることにした。
「ああ。いるいる6人くらい。俺と同じく近衛兵やってたり、ここの厨房で働いてるよ」
「へえ……」
「どうせなら勇者とか貴族とか王子に転生してみたかったんだけど、そう簡単に上手くはいかないみたいだな。……ま、この仕事、給料コンビニ店員より良いし、メシもコンビニ飯より美味いし、悪くはないから気に入ってるんだけどよ」
(そういえば、来夢と鵜久森さんはーーー)
ましろが辺り見渡すと、正面の豪華な席に座って自身の服を見渡している鵜久森の姿が目に入る。
「おっ。あっちも新入りだなーーーっていうか、王子が出て来たのは初めてだな」
「え?今まで王子が居なかったんですか?」
「うん、そう。王子が居ない状態で、俺たち3日間舞踏会にずーっと参加させられてるってワケ」
手にした槍を突いて、近衛昴は大きな欠伸をした。
「連れはラッキーだな!王子に転生とは。はーっ、俺もやっぱり王子に転生してみたいぜ!」
「王子と小鹿の物語もだったけど、鵜久森さん、王子って名前だから王子役に捕まりやすいのかなあ。この人も近衛って名前だし……」
『まぁ、一理はあるだろうね。名は役を形成しやすいっていう』
ましろの独り言に、足元に居たラプスが反応した。近衛は槍を突いてははぁと顎を撫でる。
「お前さん、連れとペットまで失っちまったのか。俺より不幸だな……。それにしても喋るペットかーーーいや、異世界だからそういうのもありか。テイマー転生ってやつ?」
いいなー。俺も何か特殊な能力とか欲しかったなぁ、と近衛は愚痴を溢した。
「確かにお前さんのペットが言う通り、名は形を成すのかもしんねぇな。近衛だから職業:近衛兵になる運命だった……。ーーーそういやお前さんの名前はなんだい?」
近衛はがっくりと肩を落とすが、気を取り直して改めてましろに名前を聞いた。
「月影ましろです」
「じゃ、ましろクンって呼ばせてもらうわ。月影ってなんだか言い難いし」
「は、はぁ……。じゃあボクも、近衛さん」
「フツーだがそれでいいよ。俺の方が年上だし。近衛兵としては先輩だし?」
「そうですね」
「ところでお前さんの連れの王子様、妙な女に絡まれてるけど」
「え?」
ふと指差された方向に顔を向けると、黒いドレスを着た女性に鵜久森が言い寄られている姿が目に入った。
◆◆◆
暗転から目が覚めたら、王子だったーーーいや、元から王子だけど。
「あれ?また僕、王子役?」
席を立ち、赤い豪華なマントを翻し、自身の姿を確認する。確認したついでに、扉の前に居る近衛兵姿のましろのことも把握した。
「ましろくーーーえっ、誰?」
ましろに駆け寄ろうとした時、グイッっと強引に手を引かれ、鵜久森は振り向いた。
「王子様ーーー」
肩まで露出している黒い豪華なドレスに身を包んだ女の子に手をしっかりと掴まれている。「王子様」と呼ばれて寒気がした。
「私、コハクといいます。以後お見知り置きを」
◆◆◆
「黒いドレスってすげー目立つよなぁ。もしかしてあれ、悪役令嬢ってヤツか?」
「確かに、見た目の印象はあまり良くないですけど」
ましろは黒いドレスの少女を、一目見て苦手なタイプだと認識した。悪役令嬢のことは詳しくは知らないが、たぶんそうなんだろう。
「俺、3日間舞踏会で近衛兵やってたけどさ、あの女、男数人に声かけて貰えてるのに全然なびかねぇの。王子様一点狙いだったってこと?」
「ははは……大丈夫かなぁ鵜久森さん……」
「あっ。断った!けどやっぱ引き下がんねーわなぁ」
遠目で鵜久森と黒いドレスの少女のやり取りを観察するましろと近衛。
「ーーーおっ、もう交代の時間か。ついて来いよ新入り!」
「え!?待って、どこへ……!?」
見張り役が2人、近衛とましろの代わりに扉の側に立つ。
『王子はお取り込み中みたいだし、彼についていったらどうだい?』
「そんな悠長にしてても良いのかなぁ」
『とりあえず、行方不明者が誰なのかも確認しておかないと』
「うわ。小動物のくせに、一理ある」
『もっと褒めてくれてもいいんだよ?』
◇◇◇
「いっただきまーす」
「はへー……」
ましろが近衛に連れて来られたのは厨房だった。物語に取り込まれたと思わしき中年夫婦が、2人をラーメンでもてなしている。
「まさかここでラーメンが食べられるなんて……」
「この夫婦もコンビニの常連さんで顔見知りなんだぜ。死ぬ前もラーメン屋で、こっちでもラーメン作ったらいつの間にか屋敷に行列が出来てたっていう」
ずず、と麺を啜って近衛は答えた。と、同時に食えよ、とましろに促す。
「まさかお前さん、甘いものしか食えないワケじゃなかろうに」
「……」
(まぁ、味がわからないだけで食べれなくはないけど……)
「な、美味いだろ!」
「ええ、美味しいです」
ましろは味のしないラーメンを食べて感想を言うのに些か罪悪感を感じていた。
「ところでみなさん」
「ん?」
「随分とこちらの生活に馴染んでいるようだけど、もし、あちらの世界に戻れるとすればどうされますか?」
近衛と夫婦はましろの質問に顔を見合わせる。現実世界と異世界。どちらで暮らしたいか。
「そうね……。向こうにも常連さんや子供もいて、どうなってるのか心配がないとは言えないわ」
「俺たちが居なくなってからか……。突然いなくなっちまったからケーサツとか来てTVで騒がれているんじゃないか?」
「やっぱりマズいんかなぁ。俺が居なくなってからのシフトとか、どうなってるんだろうとか、たまに思うけどよ」
ま、それでも気にするこたぁないさ、と近衛は答える。
「なにせ、この異世界から出る術なんてものはないからな。俺はしがない近衛兵。なーんの特殊な能力も持たねぇ。この2人だってそうさ。向こうの心配なんざしても仕方ないっていうか」
「そうですか……」
(物語の中で馴染んで暮らしちゃってるってのは予想外だから、どのタイミングで話すべきかなぁ……)
ましろはからにした器のスープに映る、自分の姿を眺めながら考えた。
「そういやましろクンよ」
「はい」
「異世界転生者があともう1人居るんだけど、会いに行ってみるかい?」
「もう1人いるんですか?」
「ああ。なんでも集団行動するのが苦手だそうで。屋敷で引き篭もってるんだよなぁ」
◇◇◇
暗転から目が覚めると。ボロボロのスカートとエプロンを着ている自分がそこに居た。
「ーーーまさか、これは」
「シンデレラ!今日のドレスを洗ってちょうだい」
ダンスパーティから帰宅した少女から来夢に向かって投げられた豪華な黒いドレス一式。ああ、やっぱりそのようですわと来夢は心の中で頷く。
(シンデレラの物語……。私がシンデレラ役……)
「何をボーっとしてるの?はやくしてちょうだい!次の舞踏会にもそのドレスを着て行くのよ」
黒い清楚なドレスに着替えている姉は、やけに彷彿とした表情を浮かべていた。
「ああ……。やっと愛しい愛しい王子様に出会えた!私の名前も覚えてくださったに違いない!背も高くて何より顔が最っ高に好み!最高ではなくって私!」
「それ、私を目の前にして言うセリフですの??心の中で勝手に呟いてくださいまし」
シンデレラの姉はハッとした表情でシンデレラを二度見する。
「シンデレラ……、貴方、シンデレラなのね。初めて見たわ」
黒い扇子で口元を隠しながら、シンデレラの姉は呟く。
「初めてとは……、まさか、今までシンデレラ役がいなかったんですの?」
「……役、とは?まさか、私はシンデレラの意地悪な姉役?このままじゃ王子様と幸せになれない?嫌よそんなの!代わりなさいよその役!」
「ちょ……!?いきなりとっつかないでくださいまし!!」
物語に取り込まれた人間にして見れば、彼女は自我が強い。来夢は混乱して迫り来る彼女をかわし、辺りを見渡した。
埃っぽい屋根裏。薄汚い鏡。散らかっている床。一刻も早く、この場所から離れたい。
そう思っていた来夢の耳にドアを叩く音が微かに聞こえた。
「落ち着いてくださいまし、お姉様!来客ですわよ!!」
「客ですって?王宮からの使いかしら?」
埃を払い落とし、髪型を整えて階段を下りてゆく設定上の姉を見送り、来夢はホッと息を吐く。
(ーーー本当に、王宮からの使いかしら?私も見てみなければ)
来夢も姉の後に続き、階段を降りていく。
「きゃぁ!王子様ーーー!!」
「や、やあコハク嬢。それに、来夢ちゃん……」
屋敷の玄関には豪華な馬車が止めてあった。中から出て来たのは王子姿の王子ーーー鵜久森。
設定上の姉は王子と勝手に腕を組み、はしゃいでいる。
「鵜久森さん、貴方、王子役になりましたの!?」
「うん……、どうやらそうみたい……」
「ましろさんはどちらに?」
「ましろくんは僕の近衛兵の1人になってる。行方不明の人に会いに行くから席を外してるんだ」
ましろが王子役ではないと知り、来夢の心がざわめき始める。
このままだとシンデレラ役の自分は、鵜久森と結ばれてしまう展開になるーーー
「もー、街中の屋敷を探しまわって、ようやくここに辿り着いたんだ」
「私を探して?」
「いいや、僕が用があるのはそっちの子ーーーシンデレラさ。少し話をさせてくれないか……って!?」
自分が目当てではないと知り、姉は大粒の涙を溢しはじめた。
「やっぱり、私よりシンデレラに一目惚れする展開なのかしら……!おのれシンデレラ!今すぐ役を代わりなさい!」
「泣きながら怒らないでくださいまし!!物語が割り与えられた役はそうそう簡単に変えれなくってよ!!」
「さっきから言ってる物語とは、一体なんのことかしら!?」
「どうする来夢ちゃん。彼女に話す?どうやらこの子が行方不明になっている財閥の娘さんらしいし」
「そうですわね。混乱していい部分もありますから、手短にお話ししましょうか」
◇◇◇
ましろが近衛に案内された場所は、郊外にある深い森の奥にある屋敷だった。
「こんにちはー。おじゃましまーす」
部屋にはパチパチと燃え盛る暖炉。それと何故か、こたつ。大きなこたつがそこにあった。
「ーーー天乃寧々子さん?」
「んー?」
ましろが問い掛けると、こたつから髪の長い少女がぬっと現れた。手には携帯ゲーム。ましろがゲーマーに出会うのは実に3人目である。
「よっ。寧々子ちゃん、元気にしてるか~?」
「んー?近衛のおっさんじゃん。寧々子はこの通り、元気にしてるよー。こたつとゲームさえあれば元気だからー」
「な、なんでこたつとゲーム機がここにあるのかなぁ??」
「んー?誰こいつ??」
「異世界転生新人のましろクン」
天乃はゲーム画面からチラリと目線を外してましろを見る。
「んー。容姿からしてイケメン。異世界転生するタマじゃないよねー、何かの間違い?」
「そーなんだよなぁ。現世イケメンで転生っつーのも珍しいもんだ」
「ま、立って話するのもなんだから、上がんなよ。お茶も出すし」
天乃がそう言うと、こたつの上に2人分のお茶が用意される。
「ねぇ、さっきから最も簡単に使ってるけど、それってーーー」
「魔法だよ。ま・ほ・う。近衛のおっさんから聞いてないの?」
「いや、聞いてはいるけどーーー実際に見るのとはやっぱり違うなって……」
「な!すげーだろ寧々子ちゃんは!俺と違ってこんなチートみたいな魔法の力を授かっちゃってさあ!!」
「チートみたいなっていうか、チートですね」
「ふっふーん。だが性格は引き篭もり体質、故にチートで世界を救うなんて大袈裟なことは出来ないのであった」
ぬくぬくとこたつに入ってあったまりながら言う天乃。
「で、なんか用なん?ましろくん」
「実はかくかくしかじかでーーー」
ましろは物語に関して話すなら今だと思い、自分を異世界転生者だと思い込んでいる2人に、事情を説明した。
「な……、なん……だと……!?」
「転生……じゃ、ない……!?」
「はい。だからみなさん、物語を退治したら元の世界に帰れるんです」
「イヤだー!!帰りたくなーい!!」
「イヤだー!!帰りたくなーい!!大事なことだから2回言いましたー!!」
近衛と天乃はこたつに潜ってガタガタと震えている。
「そんなこと言わずに……」
「だってよー!!ここはのんびり出来るし給料はいいし」
「チート魔法を手にして自由自在に使えて今がある!!これが言わずに居られるかっ!?」
「ご家族が心配してますよ、2人とも」
「……」
「……」
ましろに家族のことを口に出されて、近衛と天乃は推し黙る。
「……帰んなきゃなんねぇのか、リアルに」
「はい」
「はあぁーーー。たった3日の連休、束の間の夢の世界だった……」
それで、とこたつの中から出て、天乃はましろを促す。天乃の頭に魔女帽子がボワンと出現した。
「寧々子は何をすればいいんだぁ?この魔法、大体のものは出せるけど、マジでそれだけだし、0時になったらいっぺんゼロにリセットされるんだけど」
「うーん……。とりあえず、ボクらと一緒にもう一度お城に来てくれますか。王子と話し合って情報交換しないといけないし」
「ーーーわかった!」
「しょーがねーなぁ。束の間の日々にさよならする時間が近づいてるのか……。悲しいねぇ……」
◇◇◇
来夢と鵜久森から物語などについて聞き終えた琥珀が1番最初にした質問は、鵜久森がアーバン・レジェンドで働いているのは間違いないかだった。
「アーバン・レジェンド……。確か友人から聞いたことがあります。まさか、王子様がそこで働かれているなんて……!」
「来夢ちゃん、アーバン・レジェンドの説明って必要だったかな!?」
「……ほほほ。うっかり喋りすぎてしまいましたわね」
「おかげでこの子、物語についての説明が頭に入ってない気がするよぉ」
来夢が鵜久森を屈ませて耳打ちする。
「まぁまぁ鵜久森さん、そんなに焦らずとも。ラプスさんが記憶を粒子丸ごと回収するから良いのではありませんこと?」
「ああ、そっか!この子の物語内での記憶は消せるから問題ないか」
「ちょっと、シンデレラ!王子様と顔が近すぎるわよ!」
「もう!私にはシンデレラじゃなくって、来夢と言う名前があるとお話ししたばかりですのに!」
「ははは。役にハマりすぎちゃってるかもねぇ、この子……」
鵜久森はお手上げといった感じで肩を竦めた。
「ところで、時間になってもちーっとも私にドレスやかぼちゃの馬車をくださる魔法使いが来ないのはなんでですの!?」
「さぁ……?とりあえずその辺の話も踏まえて、僕は城に戻ってましろくんと合流するよ」
「ああ。王子様、また迎えに来てくださることを心待ちにしていますわ」
「あはは……」
鵜久森は苦笑いし、停めていた馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「ーーーなるほど。シンデレラの物語ですか。来夢がシンデレラ役に……」
ましろは童話についてあまり詳しくないが、シンデレラについては大まかに物語の内容を把握していた。シンデレラは魔法使いと出会い、ドレスを授かって、魔法が解ける12時までに舞踏会から帰還する。
「いいのかい?」
「いいって、何がですか?」
「このままだと、僕が来夢ちゃんと舞踏会で踊ることになるよ?」
「鵜久森さん、何か勘違いしてませんか?ボクと来夢はただの幼馴染ですよ?それに、ただダンスするだけじゃないですか」
心配そうに声を出す鵜久森に対し、ましろはやけに冷静な声で対応した。
「でも、だったらましろくんのほうが来夢ちゃんと踊るのに相応しい気がするな」
「う、鵜久森さん……。そんなに来夢と踊るのが嫌なんですか?」
「別に嫌じゃないけど、なんか、もやっとするだけで」
「はあ……」
ここに綺羅々がいれば、更に修羅場になっているに違いない。ましろはやれやれとため息を溢し、話題を逸らす為に天乃寧々子を見た。
「魔法使いが現れなかったのは、引き篭もりだったからで、お城に連れて来たことでひとまず問題が解決したのかな?」
「寧々子はその来夢って言う子に魔法をかけに行けばいいんだな?」
「うん。よろしく頼みます」
「あいよ。承った!」
いつの間にか寧々子は猫耳の付いた魔女帽子を被っていた。制服の上には魔女のマント。一見コスプレのようだが、本当に魔法が使えているのが驚きである。
「ーーーねぇ、ラプス」
『なんだい?』
ましろはしゃがんでこそりと部屋の隅に居たラプスに声を掛けた。
「寧々子さんの記憶を粒子ごと回収する気なんだよね?」
「ああ、そうさ。寧々子はここに来る前に、今回以外の物語狩りに協力することを断った。魔法の力を野放しにしてはおけない」
道中、ラプスの『僕たちと物語を狩らないかい?』という誘いを寧々子は断っていた。
「やだやだ!なんで現実で物語狩りなんてしなきゃなんないのさ?寧々子が手に入れた力なんだから、寧々子が自由に使っていいだろ!」
寧々子は現実では魔法の力を自分の為だけに使いたいと。こっそりと暮らしたい。それが彼女の選択だった。
「近衛さんはどうするの?」
『近衛も物語や僕らのことを言いふらす気はないにせよ、記憶を回収した方が良さげだと僕は思うよ』
「そっか……。少し残念だな。仲間が増えたと思ったのになぁ」
ましろは立ち上がり、遠目で王子と話している近衛と天乃を見る。今まで会話したことも全部忘れてしまうなんて。もし現実で会ったら、どんな顔をすれば良いのだろうか。
◇◇◇
「ちぃーす!遅れてごっめーんシンデレラ!」
「遅いですわよ魔法使い!」
来夢が丁度部屋の掃除をしていた時、魔女っ子姿の寧々子が窓から侵入してきた。
「じゃあ、今から魔法をかけるよー!ていや!」
ボワンという効果音と共に、来夢は白い煙に包まれる。煙が引いた後、現れたのは美しい緑色のドレスに身を包んだ来夢の姿。
「かぼちゃの馬車は外に出してっと……。さぁ乗りなシンデレラ!時間はあと2時間しかない!」
「そういう展開だとはわかってましたが、些か短すぎじゃあありませんこと!?」
「しゃーないじゃん!こっちも好きで時間制限設けてるわけじゃないんだよ!」
来夢がかぼちゃの馬車に乗ると、馬が自動で走り出した。屋敷がどんどん遠ざかってゆく。
「12時になるまでに帰って来るんだあよー。……さて、残されたわずかな時間、家帰ってこたつの中でゲームしよっと」
◇◇◇
来夢は城に到着すると、ドレスの裾を上げ、急いで城の階段を駆け上がった。
「ーーーそっちじゃないよ、来夢!こっちこっち」
部屋を間違えたのか、ましろが奥の通路で手招きしている。
「もうダンスパーティは始まってるんだ」
「鵜久森さん……、王子は?」
「それが……」
「うふふ、王子様と踊れるなんてまるで夢のようですわぁ」
「とほほ……、なんでこんなことに」
舞踏会が催されている部屋の中で、鵜久森と琥珀が踊っていた。どうやら来夢より速く家を出た琥珀が先回りして王子のお相手を名乗り出たらしい。
「じゃぁ、シンデレラはどうすればいいのーーー」
「はあ……」
あまり乗り気ではないましろが、王子の見様見真似で来夢の手を取った。
「仕方ないね。中に行くのもアレだし、中庭に移動しようか。……一曲だけだよ」
「へっ!?」
◇◇◇
青白い月が見下ろす中、ましろと来夢の2人は手を取り合いながら踊っていた。
ぎこちないステップ。ましろはダンス初心者。来夢はダンスは授業で習ったことがある程度。
「ーーーいたっ、踏みましたわよ今!」
「ごめん、ダンスなんて踊ったことがないから!だから嫌だったんだよー!」
色気も男気もない中、2人のギクシャクしたダンスは、最後までぎこちないないままで終わった。
「ーーー12時前ですわ!早く帰らなくては!!」
「待ってよ、来夢!靴、ガラスの靴を落として!」
「言われなくてもわかってますわよ!!」
時計塔の針が12時を指す前に、来夢は階段を駆け下り、その際にガラスの靴をましろの前に落としていく。
「これで、あとは王子が屋敷を訪れるのを待つだけーーー」
◇◇◇
「僕に忠実な従者のお相手が靴を落とし、去って行った。このガラスの靴に合う女性を探している」
翌朝、鵜久森とましろは同じ馬車に乗り、街中の女性を訪ねるフリをして、来夢が住んでいる屋敷へ直で迎えに行った。
「ああ、王子様……わたしを迎えに来ましたのね」
「いや、用があるのは君じゃなくて来夢ちゃんのほう……」
「琥珀さん、来夢はどちらに」
「私ならここに」
先日のドレス姿とは対照的に、ぼろぼろの服を身に纏った来夢が階段を降りてくる。
「来夢ちゃ……、こほん。シンデレラ、この靴を履いてくれまいか」
「……」
「……来夢?」
王子に促されるまま、靴を履こうとした来夢の動きが止まる。同時に、ましろの足元に居たラプスが叫んだ。
『ーーー気を付けて!そのガラスの靴から強力な力を感じる!!』
「ええっ!?」
「っ!?」
仰反る鵜久森、身構えるましろ。来夢は慌ててガラスの靴から距離を取る。
次の瞬間ーーードン、という大きな爆音が鳴り響き、屋敷を突き破る、透き通ったガラスの身体をもつ異形のものたちがガラスの靴を中心として召喚された。
「いてて……、大丈夫かい、コハク嬢?」
「……はい!王子様……!」
咄嗟の判断で鵜久森は琥珀を抱き上げ、異形のものたちから距離を取っていた。来夢はましろが炎のバリアで守っていた為、無事だ。
ガラスの靴がわけのわからない叫び声を上げ、靴の縁に無数の牙を生やす。カタカタと勝手に動き回りはじめた。
『物語が本性を現したみたいだね』
「グリム童話版並に凶悪な展開ではなくって!?」
「グリム童話版?」
「シンデレラの継母や姉がガラスの靴を無理矢理履こうとする為に、足の先や踵を削ぎ落とす展開があるのですわ」
「童話ってファンシーなイメージがあるけど、案外怖いものだよね」
お姫様とか王子様が出てくる煌びやかな物語の表に隠れた裏の性質。ましろはぞくりと肩を震わせる。
「ましろくん!この屋敷は危ない!表に出よう」
鵜久森に促され、ましろは来夢の手を取り屋敷の外へ出る。ガラスの異形のものたちは、街中を闊歩し、人々を襲いはじめた。
「おいどうした!なんなんだこの化け物たちは!?」
馬車の中で待機していた近衛が顔を出す。近衛が馬車の扉を開けて出た瞬間、馬が異形に襲われ悲鳴を上げた。
「うわっとあぶねぇ!?」
「近衛さん!」
馬が逃げ出して馬車から放り出された近衛は受け身を取る。「へへ、案外やるだろう?」と近衛はましろを見上げた。ましろは近衛に手を差し伸べて告げる。
「今、物語が本性を現して……、あのガラスの靴が物語を構成している大元みたいなんです」
「ほー。あの小さいのが化け物たちの親玉ってわけ?だったらアレを割るなりしちまえばいいってことじゃね?」
「近衛さん!近づくと危ないですよ!」
「へへ……、まさかとは思うが、ここで俺の異能が開花ーーーするわけがなかったなぁ!?」
近衛の接近に気付いたガラスの靴は、号令のような奇声を上げてガラスの異形たちに襲わせる。
ましろは慌ててスペルカードを構えた。
「炎!」
ガラスの異形たちが溶け、異形たちに囲まれていた近衛が尻餅をつく。
「ましろくんも異能使えんだなぁ……!異能が使える近衛兵か。おじさん羨ましい……」
「近衛さんは街の人をまとめてこっちに隠れててください。後はボクたちでなんとかしますから」
街角に近衛を誘導させながら、ましろは宙に浮いたガラスの靴を見上げる。
「炎」
ましろが放った炎の球を、ガラスの靴は軽々と避けた。
「うーん。動きを数秒止めないと、仕留めるのは難しいかも」
怪我はしていないが、スペルの増強の為、ましろは綺羅々が作ってくれたポーションクッキーの袋を開けて口にする。
「でぇや!!」
「ほいっと!」
双剣を手にし、異形と戦う鵜久森。戦う王子のあまりのカッコ良さに街角で卒倒する琥珀。無数の小さな星の球体を降らせ、戦っている来夢。
キィンとガラスと剣が摩擦を起こす音が響き渡り、ましろは両耳を塞ぐ。
「うわー。嫌な音だぁ」
「しょうがないだろ!僕はましろくんみたいに術が使えないんだから!」
「術ですか。ーーーそうだ!術と剣技を組み合わせればいいんだ!」
「?」
眉を顰める鵜久森に向けて、ましろはスペルカードを顕にした。
「いきますよー!炎!」
「うわっ!?」
鵜久森の構えていた双剣にましろの炎が上乗せされる。双剣と接触していたガラスの異形が瞬く間に溶けていった。
「鵜久森さん!ボクの代わりに頑張って!」
「君のそう言うところが黒幕っぽいんだってば!」
ましろはガラスの靴を守っている異形たちを炎の柱で囲んで溶かす。無駄口を叩きながらもすかさず鵜久森がガラスの靴へと切り込んでいった。
「はっ!!」
ガラスの靴は鵜久森の刃をギザギザの刃で間一髪防いだが、ましろの乗せた炎が内側からガラスの身体を溶かしはじめ、断末魔を上げる。
「やったね!」
「やるじゃあありませんの。ましろさん」
「そこは僕を褒めるところじゃないかな来夢ちゃん??」
「まぁまぁ。それよりも、物語を回収するよ。ラプス!」
『待ってました!』
溶け落ちるガラスの靴を中心に、空間が歪み変形し始めた。その綻びに向けてラプスは大きく息を吸い込む。
ガラスの破片のようにバラバラになった空間がラプスに吸い込まれていく。
◇◇◇
「ーーー」
ラプスによる物語の粒子回収が完了した。
意識を保ったまま現実に戻ったましろたちの周りに、近衛を始めとする行方不明になった人々が意識を失ったまま倒れている。
ましろのスマホの着信音が鳴り響いた。
『ーーーああ、やっと繋がった。物語の回収に成功したんだね、ましろくん』
「アーバンさん」
『匿名で警察には連絡しておいた。もう時期到着する頃合いだろう。面倒事になる前にそこを離れたまえ』
「わかりました」
短い会話を切り、ましろは来夢と鵜久森に声を掛ける。
3人と1匹は時計塔の麓を離れ、近くの森の中の茂へと移動する。
『♪♪♪』
「ご機嫌だねラプス」
『そりゃあそうさ。こんなに満足のいく食事は何年振りだっていうね』
「行方不明になった人たちの物語内の記憶もちゃんと回収してくれた?」
『ああ。抜かりはないよ』
「よかったあ……」
鵜久森は西園寺琥珀がアーバン・レジェンドまで押し掛けて来ないかが、1番心配していた部分だった。心配が解消され、鵜久森はほっと胸を撫で下ろす。
ましろは樹の茂みから遠くで倒れている近衛と寧々子を見つめる。
『まぁ、今回はメンバーの追加に至らなかったのは残念だったね』
「良いではありませんか。ちゃんとまともな物語狩りが出来たのですもの。報酬のスイーツも豪華なものがーーーましろさん?」
「ーーーうん?帰ろっか」
来夢に問い掛けられ、ましろは振り向いて生半可な返事を返す。来夢と鵜久森は首を傾げて顔を見合わせた。
◇◇◇
本部から送られてきた豪華なスイーツはかぼちゃで出来たものだった。ロールケーキ、プリン、パンプキンパイ、カスタードの黄金タルト。
一流のパティシエの手で作られたそれらをアーバン・レジェンドのみんなで食べながら、ましろはぼんやりと別のことを考えていた。
決して用意されたスイーツが不味いわけではない。ないのだが。
◇◇◇
「らっしゃいませー」
ましろはよく通っている近場のコンビニに足を運んだ。自動ドアを開けると気さくなコンビニ店員が挨拶してくる。
「ーーーん、今日はやけに多くないですか?」
店内に用意された小さな籠いっぱいにスイーツを詰め込んで、レジに来たましろに、コンビニ店員は驚いている。
「はい。いいんです。今日はたくさんコンビニスイーツを食べたい……。そんな気分だから」
◇◇◇
コンビニからの帰りがけに、見知らぬーーーこちらが一方的に見知っている私服の学生とすれ違った。
「あっ」
すれ違い様に、耳に付けていたイヤホンがズレ、ましろと私服の学生は偶然顔を見合わせる。
「……これ、食べます?」
「へ?」
すれ違った人物にいきなりミント味の板チョコを差し出され、私服の学生はキョトンとした。
「……いらないなら」
「別にいらないってわけじゃないけど、お裾分け」
じゃあね、と私服の学生にミント味の板チョコを手渡したましろ。
一部始終をだんまりと見ていたラプスは、ましろに歩調を合わせる。
「ーーー本当に、何も覚えてないんだなぁって思ってさ」
『そりゃあそうだよ。彼らの記憶は僕が物語粒子と一緒に回収したんだから』
自分用の板チョコの銀紙を捲りながら、ましろはラプスに問い掛けた。
「近衛さんと天乃さんが物語内の出来事を思い出す可能性は?」
『ゼロだね。ましろは僕をポンコツだと思っているのかい?』
ましろはチョコにかぶりつき、パキンと折った。口の中でチョコが溶ける。
「そっか。そんなに甘くないか」
『ましろは変なことを聞くね。そんなに彼らを仲間にしたかったのかい?』
「……」
自分たちだけが覚えてて、彼らは何も覚えてない。
奇妙な違和感に慣れず、ましろは肩を竦めた。
「今後もこんなことがあるのかなぁって」
『物語狩りを続けてたら、そりゃああるだろうさ。奇妙な違和感に慣れなよ、ましろ』
「まさか小動物に言われるとはね」
『僕は人の心が全てわからないわけではないさ』
「正解したご褒美にチョコレート1ダースをあげよう」
笑顔で言うましろにラプスはふるふると首を振る。
『いらない。それより、今回みたいにもっと物語を狩っておくれよ』
「夜闇鴉の風邪も治る頃だろうし、今回みたいには上手くいかないだろうね」
『そこをなんとかするのがましろだろう?』
それはどうかなぁ、とましろはチョコレートが溶けるのを味わいながら言う。
「ーーーさあて。今日はみんなにスイーツを振る舞おう!」
『手作りじゃなくて、コンビニスイーツだけどね』
ましろと1匹は足取りを軽く、アーバン・レジェンドに向かって歩き出した。




