7 ハワード洋裁店
シャロンがオルフェウスを支えながら店に入ると、木の匂いが漂ってきた。
建物は古いようだが、よく手入れされた店内。
マネキンには男女関係なく既成服が着せられていることから、どうやらここは高級レディメイド店のようだ。
暖かな雰囲気に、知らずのうちに詰めていた息が漏れる。
「それで。買い取りとご購入、でしたかな?」
「そうなの。わたくしのこの服と、お兄……この方の服一式。できれば宝飾品も買い取って欲しいけれど、無理なら宝飾店に持っていくわ。それと、この服を売る代わりに平民が着ているような服を1、2着用意して欲しいの。」
「もちろん、こんな夜更けに頼んでしまった分は夜間料金か何かで差し引いてくれ。」
「ふむ、それならまずは服の調達からでしょうな。……ペーター、ペーター!」
ハワードが奥の部屋に声をかけると、ボーイか店員らしき少年が眠い目を擦りながらやってきた。
「ふわぁ…。どうしましたか、店長……」
「お客様の前で失礼だぞ、ペーター。お前は3番街のミセス・オリマーの店へ行って、通常サイズと前後ワンサイズずつの女性服と男性服を買ってきなさい。」
「は、はい店長。失礼いたしましたお客様!」
「良いのよ、むしろ起こしてしまって申し訳ないわ。」
ふわりと笑ってペーターに声をかけるシャロン。
彼女の顔を見たペーターは、顔を真っ赤に沸騰させる。
シャロンは兄の顔を美しい、カッコいいと散々言っているが、彼女自身も美しい顔立ちをしていた。
ただ、兄以外の全ての人間に対して『愛想はいいが、貼り付けた笑み』を徹底しているせいで、少々冷たく見えるだけなのだ。
「い、いい行ってきます!」
ペーターは顔の赤さを誤魔化すように店を飛び出していった。
「ほっほ、あの様子だとすぐに戻ってくるでしょうな。では、ワシはお二人の衣服の鑑定に移りましょうかの。宝飾品は鑑定することはできるが、換金してやれるまで手持ちの金がないものでな。朝になったらこの店の5つ隣にある宝飾品店を紹介して差し上げましょう。」
「まぁ、何から何までありがとうミスター・ハワード。」
それからしばらく、ハワードはシャロンとオルフェウスの服を静かに見分していたが、やがてポツリと言った。
「これなら、お二方で合わせて金貨20枚、といったところでしょうな。」
「わたくし達がこれから着る予定の服は、一着いくらくらいなの?」
「銀貨2枚もあれば買えますな。」
(えっと、確か金貨1枚=銀貨100枚=銅貨10000枚だったわね。平民1人が1ヶ月生活するのに銀貨50枚必要だから、平民が普通に買う服よりは高め、と言うことかしら。)
改めて、金貨の大きさを知るシャロン。
今はオルフェウスが持ってくれているスーツケースを、思わずチラリと見てしまった。
「お二方はお顔立ちや髪の艶などから、隠しきれない高貴さが漂っておられるのですよ。ですから、下手に平民の服を着るよりは、裕福な貿易商人夫婦くらいでおるのがちょうど良いでしょうな。」
だから相場より高い服を頼んだ、と。
なかなか商売上手な老人だがそれよりも。
「ふ、ふふふふ、夫婦ですって!?」
(え、わたくしお兄様と夫婦に見えるということ!?それはもう、世界がわたくし達の仲を認めているということじゃない!)
先程までの冷徹な雰囲気はどこへやら、シャロンは顔が紅潮し頬は緩み、体をくねらせてしまいそうなのをギリギリでこらえる。
「おや、違いましたかな?随分と仲睦まじい様子じゃったから、駆け落ちして来たのかと思っていたんじゃが。」
(だから検問所の兵士もアッサリ通してくれたのね……!?)
どうやら愛の逃避行中と思われたらしい。
シャロンの気持ち的には大正解だ。
(でも、お兄様は「ああ違うよ。私達は兄妹なんだ。」って言いそう……)
シャロンがそう1人で結論づけた、その時。
「はは、バレてしまったか。そうなんだ、私の目が見えないせいで彼女の両親に結婚を酷く反対されてしまってね。捜索の目が及ばないところまで逃げようと考えていたんだ……ねぇ、シャロン?」
いきなり腰を引き寄せられ、腕の中に抱き込まれる。
チョコレートを溶かしたような甘ったるい声がシャロンの耳朶を震わせ、極め付けに頭頂部に1つ軽いキスを落とされる。
「ひゃ、ひゃいそうですぅ……!!」
(おおおお兄様どういうことですかっ!?)
シャロン大混乱である。
「嬉しい」「恥ずかしい」「積極的なお兄様カッコいい」「お兄様大好き結婚して」「やっぱり相思相愛!?」
いろんな言葉が脳内を駆け巡り、シャロンはショート寸前だった。
「ほっほ、お熱いのぉ。当てられてしもうたわい。……おお、ペーターではないか。帰って来ていたのに気づかなくてすまんの。」
「ぁ、いえ、大丈夫です店長。言われた通り、服を買って来ました。」
走って帰って来たのか、息を切らせしんどそうに俯いているペーターが気に掛かったが、それよりもわたくしは、お兄様に抱きしめられっぱなしのこの状況を全力で覚えておきたい。
気を抜けばヨダレが垂れてしまいそう。
「お二人さん、イチャつくのは後でもよかろう。ほれ、サイズが合うか試着してきなさい。」
「ハッ!あ、ありがとうミスター・ハワード。ペーターも、走らせてしまって申し訳ないわね。」
「い、いいえ、そんなこと……」
シャロンは何故かガックリと肩を落としているペーターに疑問を抱きながらも、試着室に向かったのだった。
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