5 二人旅
護送用の馬車に乗ったシャロンとオルフェウスは、改めて現在の状況を話し合った。
「ふむ。つまり、シャロンは濡れ衣を着せられて国外追放の刑に処され、私は存在がランドルフの邪魔だから君と一緒に追い出されている、というわけか。」
月明かりで照らされたお兄様の俯いた白皙の顔に、長いまつ毛が影を落とす。
(お兄様、カッコいい……)
疲れも相まってボーッとしていたシャロンは、兄の声に相槌を打つのが一瞬遅れてしまった。
「シャロン?すまない、君が一番辛いだろうに、たくさん話させてしまったね。フィリップ殿下との婚約破棄は残念だけれど……」
「残念!?全くですわ、お兄様!フィリップ殿下と離れられて本当に良かったです。あんな小物に一生を棒に振るところだったのですから。むしろ、破棄してくれて感謝しているくらいですわ。」
「ふふ、そうなのかい?……でも、伯爵令嬢で無くなるどころか罪人になってしまって、私のような何もできないお荷物を付けられて、ああ、本当に私は役立たずだな。」
ああダメ、お兄様が卑屈モードに入っておられる!
お兄様は存在してくださるだけでわたくしを救っているのだと、何回言っても聞き入れてくださらないのだ。
「お兄様、お兄様はわたくしの心の支えです。唯一の家族で、最も愛する人なのです!貴方を貶めるのは、たとえお兄様自身であっても許しませんわ!」
わたくしの言葉を聞いたお兄様は、ハッとしたようにこちらに顔を向けてへにゃりと笑う。
外見こそ妖艶で耽美な雰囲気をしているが、実際のお兄様は可愛らしい方なのだ。
妹の言うことを素直に間に受けている、可愛い人。
「そう、だね。ごめん……いや、気づかせてくれてありがとうシャロン。」
「いえいえ、事実ですもの。お兄様はわたくしの癒しですわ。」
「癒しはシャロンの方だと思うけどなぁ。」
ポリポリと頬を人差し指でかくお兄様。やっぱり可愛い。
「それで、だ。」
お兄様が再び真剣な雰囲気になった。
「あの父上の雰囲気からして、私もシャロンと共にスノーリナベル伯爵家の籍から抜かれたと考えるべきだろう。そうなれば、私たちはただの無力な人間だ。どうやって生活するかが当面の課題になってくる。」
「それなのですが、お兄様。わたくしお父様に『手切れ金』と称してスーツケース一杯分の金貨をいただきましたの。」
「!?そ、れは、また……。父上は本当に領主の仕事をしているのだろうか?小さな子どもでも、金貨一枚で平民1人の2ヶ月分の給料になると分かるのに。いや、ここは良い方向に考えようか。資金は当面の間困らないくらいにはある、と。」
(やはり、お兄様も驚かれますわよね。わたくしも、実はお父様はわたくしを気にかけていたのでは?と一瞬勘繰ってしまいましたし……。)
「とりあえず、今日はもう遅いから宿屋に泊まろう。……いや、この服を換金して新しい服を買う方が先かな。」
「確かに……。平民でこんな格好をしている人は見たことがありませんものね。」
お兄様は一応次期当主だったので、古いけれど良い仕立ての服を着ているし、わたくしに至っては夜会用のドレスのままだ。
「お兄様、確か隣国の国境はグランバートン辺境伯様の城下だったはずですわ。貴族街もあるはずですし、そちらのテーラーで買い取ってもらえれば……。」
「そうだね。夜間料金と合わせて平民の服を取り寄せてもらって、差額が出れば良いのだけど。」
「そうですわね。……そういえば、わたくしが罪人だと広まっているのかしら。」
シャロンがポツリと呟くと、オルフェウスは眉間にシワを寄せて考え込む。
「どうだろう。貴族達の噂話は回るのが早いけれど、流石に数日はかかると思うよ。今は夜だし。それに、今までの君のフィリップ殿下の婚約者としての誠実な行動を思えば、君が急に罪人とされたことに疑問や否定的な感情を持つものが多い、と私は信じたいけどね。」
シャロンが頑張ってきていたのを、私は知っているから。
不意打ちでオルフェウスに頭ーーというよりは額だったけれどーーを撫でられたシャロンは、思わず泣きそうになってしまった。
(まだ、ダメよシャロン。泣くのは、色々終わって一息ついてから。……ああでも、お兄様の大きな手のひらは暖かい。そういうところが大好き。)
シャロンは何も言わずに撫でられていた。
あまりにも暖かい空気で、2人はここが護送途中の馬車の中だと忘れてしまいそうだった。
「ほら、早く出るんだ!」
3時間後。
護送用の馬車が止まり、衛兵が荒々しくドアを開ける。
「国境に着いたの?」
「そうだ。ほら、早く降りろ。俺たちはこれからまた3時間かけて帰らにゃならんからな……。」
「ああ、お疲れ様。……お兄様、階段を降りましょう。」
シャロンが当たり前のようにオルフェウスに手を差し出す。
「ありがとう、シャロン。」
月夜にキラキラと輝く銀髪は、シャロンと同じ色のはずなのに何故かオルフェウスの方が儚く見える。
「兄貴の方が姫さんに見えるな……。」
「そうでしょう!?お兄様は素晴らしい方なのよ。外見だけじゃなくて性格も、全部!」
「こらこらシャロン、シャロン。」
衛兵に詰め寄って兄の素晴らしさ5時間コースを語ろうとしたシャロンをやんわりと止めながら、オルフェウスが衛兵達の声がする方へ体を向ける。
「この先の検問所を抜ければ、私たちは国外追放をされた扱いになるのかな。」
「そうだ。検問所を抜ける時は俺たちが証人になる。今回はなぁ、国外追放と言ってはいるが正式な令状も無いままだから、実質『俺たちの目の届く範囲にいなければいい』。」
「まぁ、お優しいこと。」
シャロンが口元に手を当てて大袈裟に驚いてみせると、衛兵は気まずそうに目を逸らした。
「上の言うことに文句は言えないが、お嬢さんの噂はよく聞いてたんだ。フィリップ殿下の尻拭いをしてたってな。今回のは、その、不運だったな。」
「わたくしのことを噂でしか知らない方もこのように理性的なのに、あのボンクラ王子は……。あら失礼。」
「コホン。では、ここまで護送ありがとう。わたくし達はこのロノヴァン王国には頼まれたって二度と入りませんわ、とフィリップ殿下にお伝えになって。」
そうして、シャロンとオルフェウスの2人は検問所を抜けた。
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