2 嫌いな実家と大好きなお兄様
スノーリナベル伯爵家。
歴史が長く、権威もある中堅貴族。
まごうことなきシャロンの実家だが、シャロンはこの家が大嫌いだった。
シャロンには実の兄であるオルフェウスと、義理の弟妹であるメーニャ、ランドルフがいる。
(こんなややこしいことになっているのも、全て不倫したお父様のせいですわ……!)
シャロンの父であるスノーリナベル伯爵は、妻であるシャロンの実母・マリーがシャロンを妊娠している間に、平民の女性と不倫していた。
そのことを知ったのは、シャロンが8歳の時。
(あの父親は、お母様が病気でお亡くなりになった1週間後にメーニャたちを連れてきて、家に住まわせ始めた……)
父と母は政略結婚だったためか、父伯爵に母への愛情は全くなかったようだ。
だから、たまたま知り合って本気で好きになった平民と愛を交わし……シャロンと同い年の義妹・メーニャが産まれたというわけだ。
家に義母達を連れてきてからは、父は再婚こそしなかったものの、義母が実質的な後妻として家のことを取り仕切っていた。
そして彼女達はシャロンと兄・オルフェウスが気に入らず、ジワジワと2人の居場所を無くしてきたのだった。
◆◆◆
今朝も、大嫌いな時間が始まった。
味方が誰1人いない朝食の時間だ。
シャロンは自分が夜には罪人になっているとは思いもせず、憂鬱な時間をどうにかやり過ごそうとしていた。
「お義姉様!私、その宝石が欲しいわ!」
シャロンが朝食室の扉を開けると、1番始めに飛んできた言葉。
毎日繰り返されるおねだりに、シャロンは辟易していた。
「おはようございます、皆様。……メーニャ、このブローチはわたくしの宝石……。」
シャロンが困ったような笑みを浮かべてやんわりと断ろうとすると、メーニャの大きな瞳から涙が泉のように湧き出た。
「うわーん!お父様お母様、お義姉様が意地悪してくるー!」
ピンク色のフワフワとした髪の毛に、ルビーのような大きな瞳。
義妹・メーニャは、庇護欲をそそる見た目をしている。
だから、可愛らしく泣けば、全てが解決してしまうのだ。
使用人達が、シャロンをみて『なんて度量の狭い姉なのだろう』とヒソヒソ言い合っているのが分かる。
シャロンは針の筵の中にいる気分だった。
「シャロン。」
低く重たいお父様の声。それに、無言ではあるもののお義母様からの鋭い眼光。
こうなってしまえば、わたくしに逆らうことは出来ない。
「……メーニャ、大事にしてね。わたくしのお気に入りのブローチだから。」
結局、わたくしは渡さなければならなくなる。
時間を無駄にしない為にも、こうして自分の身を削った方が良いのだ。
「わーい、ありがとうお義姉様!」
欲しかったものが手に入ると、先程までの涙なんて嘘だったみたいにコロリと表情が変わるメーニャ。
(わたくしの物を奪うのが好きなだけでしょうに。)
実際、メーニャに欲しいと言われて渡したものが身につけられていたことは一度もない。
「全く、姉様に早く渡せば済む話なのに。シャロン姉上はバカだなあ。」
メーニャの隣に座って朝食を食べていた義弟・ランドルフが口を挟んでくる。
彼は、お父様がお義母様とメーニャを連れてきた次の年に産まれた、スノーリナベル家の次男。
こんな風に、チクチクと嫌味を言ってくる男の子だ。
「……ごめんなさい。」
わたくしは疲れ果てて、ランドルフの嫌味にもそう返すことしか出来なかった。
しばらく、カチャカチャと食器が擦れる音だけが響いていた。
「シャロン。」
お父様がまた口を開いた。
「今日は第二王子殿下主催の夜会の日だ。粗相などもってのほかだぞ。」
「はい、お父様。」
沈黙。
……?珍しい。
いつもならここでメーニャが、「私も王子様に会いたい!夜会に行きたい!」とダダをこねるところなのに。
何だか嫌な予感がしつつも、わたくしは朝食を食べ終えたのだった。
嫌な予感が的中していたとも知らずに。
憂鬱な朝食の後。
シャロンは、パンや冷製スープなどが載ったワゴンを押しながら廊下を歩いていた。
(お兄様、起きておられるかしら……)
この家での唯一のシャロンの味方。
シャロンが愛してやまないのが、実の兄であるオルフェウスだった。
シャロンは有り体に言うと『ブラコン』というやつだった。
実際はもっと深くて、ドロドロしていて、ブラコンなんかでは収まらない愛だったが。
(お兄様は、わたくしがいないと生きていけない……!)
廊下を歩くシャロンの顔には、誰もみたことがないほど仄暗い笑みが浮かんでいた。
しばらく廊下を歩き、本館の中で最も遠い部屋にやってくる。
そこでシャロンは足を止め、たどり着いた扉をノックした。
コンコン。
「お兄様、シャロンですわ。」
「……お入り。」
甘く低い声。
オルフェウスの声は、溶けたチョコレートのようだ。
シャロンが扉を開け、ワゴンを押しながら部屋に入ると、ぶわっと埃臭さが鼻をつく。
「コホッ……。お兄様、おはようございます。」
真っ暗な室内。
カーテンが閉じられ、明かりも付いていないこの部屋には、シャロンの兄・オルフェウスが半ば幽閉されて暮らしている。
シャロンが手探りで何とかテーブルの上にあったランプを点けると、ベッドに腰掛けている兄の姿が見えた。
オルフェウスは、シャロンと同じ銀髪を背中の半ばまで伸ばし、軽く1つに結わえている。
今は閉じられてしまった長いまつ毛に縁取られた瞳も、昔は綺麗な紫色だったとシャロンは覚えている。
(なんというか、儚い未亡人のような見た目をしているのよね……。今日もカッコいいわ。)
兄は甘く低い声も相まって、そこはかとなく退廃的な色香を持つ男なのだった。
「すまないね、シャロン。今日も持ってきてくれて。」
僅かに横に首を傾けて、オルフェウスは困ったように眉を下げる。
「謝ることはありませんわ、お兄様。わたくし、お兄様のためならなんだってできるのですから。」
シャロンは使用人のように机に朝食を並べながら、首を横に振る。
シャロンの3つ年上の実兄・オルフェウスは、9歳の時に病気で目が見えなくなってしまった。
そんな彼を、メーニャやランドルフ、義母・アマンダは疎ましく思い、いないものとして扱っている。
(なんならお兄様を亡きものにして、ランドルフを次期当主に据えようとしている気がするのだわ。本当に許せない。お兄様に危害を加えようとするなんて!)
現在の次期当主は、長男であるオルフェウスだ。
しかし、彼は目が見えないことから父もオルフェウスをよく思っておらず、ランドルフを次期当主にしたがっている雰囲気がある。
だから、オルフェウスが3人に虐められていても誰も咎めない。
使用人達が止めるなんてもってのほかだ。
オルフェウスは、食事に何か入れられていた事も1度や2度ではない。
だが、彼は銀製のスプーンの変色などが目視で確認できないから、いつも毒に引っかかってしまっていた。
だからこうしてシャロンが兄の身の回りの世話をすることで、オルフェウスの安全を守っているのだった。
閲覧いただきありがとうございます。
もしよろしければ、評価やリアクション等頂けると大変励みになります。




