1 突然の婚約破棄
新連載はじめました。
どうぞよろしくお願い致します。
「シャロン・スノーリナベル、この悪女が。貴様にはロノヴァン王国第二王子フィリップ・ロノヴァンの名において、婚約破棄と国外追放を命じる!」
先程まで和やかに行われていたはずの夜会は、フィリップの大きな声を聞いてシンと静まり返った。
人々は、王族や功臣だけがのぼることを許されている段の上に立つ男と、彼の目線の先のホールで立ち尽くす女を見て、気まずそうに目をそらす。
女を、見るのも嫌だというように眉間に深く皺を寄せ、彼女に向かって指をさしながら声高に宣言したのは、ロノヴァン王国の第二王子であるフィリップ・ロノヴァン。
彼は社交界で悪名高い『問題児』だった。
元々放蕩な気質で、酒を飲めば誰彼構わず触りにいく。彼に逆らえずに手をつけられたご令嬢は星の数。
大声で人の悪口を茶化しながら言ったり、贈り物を「嫌いだから」と跳ね除けたり。
オマケに派手好きで、今日もそうだが第二王子主催の夜会はいつも、目がチカチカするほど色とりどりの花や照明、豪華な演出など絶対に必要ない部分にお金をかける『浪費家』だった。
そんな最悪な男につけられていたお目付け役───もとい、元・婚約者が、シンと静まり返ったホールで1人立ち尽くしている、シャロン・スノーリナベル伯爵令嬢だった。
五年前にフィリップと婚約を結ぶように、という王命を受けたシャロン。
夜の月のようにほんのりと光り輝く銀髪に、陶器のように白くなめらかな肌。
彼女の透き通った湖のような青の瞳はいつも通り、長いまつ毛が濃い影を落とし憂いの表情を湛えている。
そもそも王命だから従っただけで、シャロン自身はこの婚約が嫌でたまらなかった。
何が悲しくて、こんな『問題児』と婚約、そしてゆくゆくは結婚しなければならないのか。
そう思っていたのだが。
「……。」
(何か、してしまったかしら。よく分からないけれど、それよりも早く帰ってお兄様にお会いしたいのだわ。)
無言でフィリップを見上げるシャロンを見て、フィリップは嘲るように鼻を鳴らした。
「ボケっとこちらを見つめるなど、……まさか貴様は自分が犯した悪事がバレないとでも思っていたのか?だとしたら、度し難い阿呆だな!アッハッハ!」
シャロンはその言葉を聞いて、やっと小さく首を傾げた。
そして、細い肩を緊張で僅かに震わせながらフィリップに話しかける。
「……あの、お言葉ですが、殿下。わたくし悪とされる行動はとっておりませ……」
「黙れ悪女!白々しいぞ!」
フィリップは鬼の形相でシャロンを一喝すると、近くに控えていた女性の腰を引き寄せる。
その女性を見た時シャロンの瞳が大きく見開かれる。
「殿下、なぜメーニャ……わたくしの義妹が……」
「罪人に直答の許可を出した覚えはないが?……貴様が我が婚約者にあるまじき悪事を働いたと、彼女、メーニャが勇気を持って告発してくれたのだ!」
フィリップはそこまで言うと、引き寄せた女性───シャロンの義妹であるメーニャに優しく微笑んだ。
というより、引き寄せた時に当たったメーニャの豊満な体に鼻の下を伸ばしていた。
「お義姉様!私、お義姉様を許そうと思っていたんです。でも私、耐えられなくて……」
そう言ってさめざめと泣き始めるメーニャ。
フワフワとしたピンクの髪に儚げな顔立ちの彼女が泣くと、庇護欲がそそられる。
「ええと、メーニャ。どういうこと……?」
困惑した表情のシャロン。それはそうだ。彼女は何もしていないのだから。
「お義姉様酷いっ!私をたくさん虐めてきたのに…!私が妾の子どもだからって私のものを盗って、服で見えないところを殴って……!ぐすっ、それに私、もう何日もご飯をもらえなくて、餓死するところだったわ!運よく殿下が来てくれなかったら、今頃は……ううっ」
メーニャが泣きながら訴える。
シャロンは初めて聞いた自分の悪行に、口が開きそうになるのを必死で堪えている。
(は?それは貴方達がわたくしとお兄様にやったことでは?それに、その体型で餓死は無理がある気がしますわね。)
フィリップはさめざめと泣くメーニャを慰めるように抱きしめ、儚げな顔立ちとは対照的に出るところは出た体を堪能していた。
「そうだ、シャロン!貴様は義妹が元・平民だからと家で陰湿に虐め、あまつさえ彼女を餓死させて殺そうとした!これは立派な殺人未遂罪だ!」
「ああ、可哀想なメーニャ。こんなに泣き、震えて……。俺が元凶を断罪してやるからな。」
「フィリップ様……!メーニャ、フィリップ様のこと大好き!」
「俺も愛しているぞメーニャ。お前が元気になって本当に良かった……」
フィリップはメーニャを抱きしめ、寒気がするような三文芝居を繰り広げている。
メーニャも涙を流すのを忘れて、ただ二人でイチャついているだけになっている。
(……どう、しましょう。)
そんな中、シャロンは困っていた。
フィリップとの婚約破棄はとても嬉しい。
義妹は野心家だから、王子妃の座が欲しくて手玉に取りやすそうなフィリップを籠絡したのだろう。
それ自体は構わない。だが。
(1人で国外追放は、困りますね。罪人のレッテルを貼られるのも。わたくしにツテはありませんし、何よりお兄様をあんな家に置いていけない……)
ウンウンと考えているシャロンを見て何を勘違いしたのか、少し落ち着いたフィリップがシャロンを憐れむように見つめる。
「俺は、このメーニャを妃にするつもりだ。彼女ほど健気で壮絶な環境を乗り越えても純真な、俺の妃に相応しい女性はいまい!」
「シャロン、貴様は間違えたのだ。義妹の美しさに嫉妬したのだろう?俺を取られるのかもしれない、と。だからいじめていたのだろうが……そうするよりも貴様がお前に近づいてくれていれば……」
「殿下、婚約破棄の件。動機は理解いたしました。わたくし、シャロン・スノーリナベルはメーニャが言ったような虐めをしてはいない、と反論させて頂きます。が、それよりも。国外追放とは、いささか刑罰にしては重くありませんか……?」
フィリップの気持ち悪い妄想を断ち切るように、シャロンは言葉を重ねる。
「うるさいっ!侍医の診断書が証拠だ!ここに、体についたアザは他人に殴られなければつかない場所にまで及んでいる、とある!」
言葉を遮られて不機嫌になったフィリップが小さな紙をかざす。
すると、今までヒソヒソと貴族たちが喋っていた声が大きくなった。
「まさか、本当にスノーリナベルの長女は妹を……?」
「確かにあの家のことを考えれば、ねぇ?」
噂好きの貴族達には、スノーリナベル家の「実情」は筒抜けなのだ。
(なるほど、侍医も買収されているのですか……。)
シャロンはうるさい外野を無視して、1人で考えを巡らせる。
だが17歳の少女、しかも味方が誰もいないこの状況は彼女には不利でしかなかった。
頭が空回りして、うまくフィリップに返答できない。
「貴様がこの国にいれば、メーニャが恐ろしくて夜も眠れないというのだ。それに、俺の決定は覆せない、よって今ここで貴様が何を言おうとムダだ!」
1度息を整えたフィリップは、メーニャの腰を引き寄せ直すと大きな声で宣言した。
「言い逃れは不可能!この罪人を国外追放に処す。……衛兵!この女を早く連れて行け!ここは罪人がいていい場所ではないからな!」
フィリップが指示すると、鎧に身を包んだ衛兵たちがシャロンの両腕を掴み引っ張る。
「あ、ちょっ!まだ何も言ってな……!」
ホールから出される直前。
シャロンが最後に見たのは、歪んだ笑みを浮かべるフィリップとメーニャの姿だった。
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