7
俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
リオも口をぽかんと開けたまま、教授を見ている。
嘘だろ、教授。
「封印を? 解いた? 魔王の? どうして?」
俺は、よろよろと生まれたての羊みたいな足取りで、教授に詰め寄った。
「……」
教授は口をきゅっと結んだまま、喋らない。
「おい! なんとか言えよ!」
その沈黙にすら耐えられなかったのか、リオが教授の胸ぐらを掴んだ。
「お前のせいで、メルたちが、村の人たちが危険な目に遭ってんだぞ!? どういうことだ!?」
ものすごい剣幕で、教授に怒鳴りつけるリオ。
それはそうだ。妹を守るために、魔王を倒しにきたっていうのに、その元凶が隣にいたんだから。
「……僕の気持ちなんて、誰にも分からないでしょ」
「あぁ?」
ボソリ、と自分より背の低いリオに胸ぐらを掴まれて、俯いたまま、教授がつぶやいた。
「ひとりぼっちはもう嫌だったんだよ。すごいことしても、努力しても、認めてはくれるけど、友達にはなれない。みんな一定以上の距離を置く。それも耐えて、ようやく教授になったんだ」
全員が、一度静まって、教授の独白に耳を傾けた。
その表情は、前髪に隠れてよく伺えない。
「学生時代、僕にだって友達はいたんだ。彼も、また魔法の上達に熱心だった。でも僕があっという間に彼より魔法が使えるようになると、『お前のずっと本音で喋ってくるところ、大嫌いだった。』と言って、離れて行った。嘘をついたら、友達じゃないと思ってたけど、彼はそれが嫌だったみたい。魔法が上手くなっても、本音でぶつかり合える友達はできなかった。だから」
教授はパッと顔をあげた。
晴々とした大空を見上げたような、清々しい笑顔だった。
「魔王なら、友達になってくれるかなって、思ったんだ。同じ高い能力を持つ同士、嘘をつかずに関われるって」
そんな。
教授は自身のデリカシーのなさを、本音だと思っているのか。
それは友達も離れていくだろう。
常に正論で刺されるほど、嫌なこともそうそうない。
「……そうか」
リオは納得したのか、教授の胸ぐらから手を離して、数歩あとずさった。
「だから、ナルちゃんにもリオにも来てもらったんだ。友達は多いほうがいいでしょ?」
「友達……?」
魔王が眉をひそめた。
「お前、ワシを利用しようというのか? それだけのために、封印を解いたのか? 自身の欲のためだけに……うっ、ひっく」
魔王の両目に、みるみる涙が溜まっていく。
ショックだったのか、封印を解いたことに感謝こそすれ、利用しようとしてくる人間がいたことに。
「嫌ぁ! ウチはまだ消えたくない!!」
突然、えっちなお姉さんがそう叫んで、洞窟の出口へ向かって走り出した。
しかし、えっちなお姉さんが地面を蹴り出すより先に、
「うわあああああああん!!!」
魔王がギャン泣きした。
ゴゴゴゴゴ!
声の振動だけで、洞窟が揺れる。
地震みたいだ……!
踏ん張って、ようやく立っている状態。
全員、耳を塞いでそれに耐えるしかない。
パァン!
「え?」
破裂音が近くでしたと思ったら、ポケットに詰めていた回復薬がなくなっていた。
どこかに落ちているわけでもない。
「うわあああああん!!」
魔王がまた叫ぶ。
パァン!
「!? オレの剣が!?」
今度はリオが腰に携えていた剣が消え失せた。
「……もしかして、魔王が泣くたび、ランダムに何か消されるんですか!?」
俺の推測が正しければ、えっちなお姉さんが逃げ出したのも納得がいく。
「わああああああん!!」
「嫌ぁぁぁ!!」
パァン!
え……?
逃げきれなかったえっちなお姉さんは、跡形もなく消滅した。
死んだ、というより、消えたという感じだった。
これがランダム?
自分の側近まで対象になるってことは、当然俺も──
「あぁ〜! 部下がまたいなくなった〜! どうして、みんなワシを置いていくんじゃ〜!!」
それを見て、また大粒の涙を溢れさせる魔王。
今まで、泣くたびに臣下を消滅させてきたのだろう。
俺は、この世界に転生してきて中で、一番背筋が凍った。
──怖い。
チートを通り越している。
せっかく転生したのに、こんなところでまた死ぬなんてごめんだ。
俺が来た道を戻ろうとすると、
「おい、逃げるな」
リオに二の腕を掴まれた。
「離してください! 正気ですか!? あんなチート能力に敵うはずないでしょう!? リオも早く……!」
リオは何も言わずに、顎で教授を示した。
「……っ」
悲しそうに、笑っていた。
人間とは友達になれず、挙げ句の果てに魔王の封印まで解いて、それがたった今、拒絶された。
どこにも、自分の居場所なんてない、とでも言いたげな、諦めた目。
「どうにか丸く納めろ。友達なんだろ」
お前もだろうがよ。
「あんな連中がろくな会話できるわけない、ノーガードの殴り合いだぞ、上っ面で耳触りがいいお前がいなきゃダメだ」
くそ、人のこと言えないくせに、こいつ……!
「……このままじゃ、本当に教授はひとりになっちまうぞ」
「……!」
俺は寂しそうな教授と泣き止まない魔王を見比べる。
「なんで誰もワシを愛してくれない! 気づいたらみんないなくなる! 誰かワシを愛せよ! ワシを見てくれ! ワシの話を聞いてくれ!」
魔王が泣きながら叫ぶ。
愛情不足の子供そのものだった。
でも、どこか共感してしまう俺がいるのも事実で。
俺だって、話を聞いてほしい。俺のことを、もっと見てほしかった。同期でも、先輩でも、辛いときに相談できる相手が誰もいなかった。
あの頃、俺はずっと一人で、孤独で。苦しさを全部抱え込んで。パワハラも耐えて。
『お前、クズだな!』
上司に何か言われるたびに、心が削れていって。
『使えね〜』
スーツを着る腕が重くなって。
朝も起き上がれなくなって。
だんだん、毎日家で一人、酒を飲むようになって。
誰も俺の話なんて聞いてくれない。
誰も気づいてくれない。
誰も、いない。
……俺も、こいつらと一緒なのか。
ハーレムを作りたいって言って、自分を誤魔化していたけど、そうか。
俺も、誰かに話を聞いてほしかったんだ。
だって、昨日の宿屋は全然寂しくなかったもんな。
「毎日ワシにご飯を作って、身の回りの世話をして、崇拝しろー!!」
望みを口に出す魔王にドン引きした。
こいつとは一緒になりたくない。
「え? 愛だけほしいなんて都合良すぎない?」
沈んでいたはずの教授がまさかの反論。
そういうところだぞ!
友達ができないのは!
しかし、俺にもブッ刺さる。
愛だけ欲しいなんて、確かに都合が良すぎたな……。
ハーレムなんて、高望みしすぎだったと反省。
「うっ、うっ……!」
いや、それどころじゃない。
教授の一言で、また魔王がギャン泣きしそうだ。
このままじゃ、俺たちが消されるのも時間の問題……!
ああもう、現実でも異世界でも、話が通じる人間なんていないんだ。
俺がやるしかない……!
でも、最初のビールを断っただけで始まったパワハラ。
本音はカシオレでも、あの時はビールを頼まなければいけなかった。
あんな失敗はもう懲り懲りだ。
本音なんて言っても無駄──
──「オレはナルが本音を言って、嫌な顔をするやつなんか、いないと思うけどな」
リオの言葉が、脳内に流れていった。
ふと、リオを見る。
リオは俺の視線に気づいて、うん、と頷いた。
「なるほど……」
もう逃げられない。
逃げなくていい。
きっと大丈夫だから。
俺は空気を思いっきり肺に入れて、叫んだ。
「お前ら、空気を読めぇぇぇ!!!」
渾身の大声に、教授と魔王はピタリと止まった。
学生以来だ、こんな腹から声出したの。
「魔王!まずモラハラをやめろ!」
びしり、と魔王を指差す。
「モラハラ……?」
聞きなれない単語に困惑する魔王。
次に教授を指差す。
「教授!正論でも言い方があるだろ!」
「言い方…?」
こちらも戸惑っている。
いや、お前はなんでだよ。
今まで、言い方が間違ってるとか、少しでも指摘されなかったのかよ。
「二人とも、相手の気持ちを考えろって言ってんの!! そこに座ってください!!」
「えぇ……?」
教授と魔王は、困惑しながらも俺の圧に負けて、仲良く並んで正座した。_
「説明します!モラハラとは、相手の尊厳を欠く行為! あなたの死亡率も上がるというデータもでております!」
「ワシが死ぬ……!?」
クリクリとした目をさらにクリクリとして、魔王は真剣に俺の話を聞いていた。
ホワイトボードが欲しい。
もしくは、パワポを事前に作らせてほしい。
次に俺は教授に向き合う。
「教授! 人に嫌われるほとんどの原因が内容ではなく言い方! そのままでは孤独になります!」
「僕は……言い方が悪かったのか……」
初めて知ったみたいなリアクションするな。
驚愕の指摘に反省したのか、教授は眉をへの字にして、魔王に視線をやる。
「僕の言い方で……泣かせちゃったのかな」
魔王はぐすり、と鼻を啜った。
「結論! 二人とも孤独死します!」
人差し指を立てて、説明を締めくくる。
勢いで乗り切ったプレゼンだったので、肩で呼吸を整える。
パチパチパチパチ。
拍手の音がしたと思ったら、リオが後ろで手を叩いていた。
相手に響いた、良いプレゼンだった時、拍手をもらえたあの気持ちが、ちょっとだけ蘇ってきた。
仕事自体は、好きだったんだよなぁ。
「人……」
すっかり泣き止んだ魔王が呟く。
「人は、ワシを愛してくれるのか……?」
きゅ、と小さな拳で服の裾を握って、不安そうに尋ねてきた。
誰だって、新しい環境に飛び込むのは怖い。
俺は、お父さんになったつもりで答える。
「魔王様がまず人を愛したら、それはもう」
「なんと……!」
魔王の顔にあった不安の文字が、一瞬で希望に書き換えられた。
横で正座していた教授はそれを見て、提案する。
「それなら、魔王様。僕が勤めている魔法学園で教鞭を執るのはどうかな? みんな魔王様の魔法に興味津々だと思うよ〜」
「ほう……!」
魔王は教授にも希望を与えるような相槌をうった。
「それならワシにもできそうじゃ! その魔法学園とやらに早速案内しろ!」
教えるのって、それなりに難しいと思うけど、できそうなんだ……。
やっぱり、魔王ってポテンシャルえぐいな。
「じゃあ、帰りましょうか。魔法学園に」
俺が促すと、全員が頷いた。
「教授、洞窟から抜け出す魔法ってあったりしませんか……?」
「いや! ワシはお主らと歩きながらお喋りがしたい!」
楽な方法を取ろうとする大人に、元気いっぱいな子供が水を差す。
そうだよな、階段ダッシュとか好きだよな、このくらいの年齢って。
魔王の鶴の一声で、歩きながら帰路につくことになった。
「やはり、お喋りができないとな。知能指数が足りない魔物では満足できんかったわ」
なるほど。
それで会話ができる知能を持つ、えっちなお姉さんを側近にしていたわけか。
洞窟の外が見えてきたが、もう夜だった。
いつの間に、そんなに時間が経ったんだ。
「そういえば、リオ」
「ん?」
ふと思い出したことがあって、俺はリオに話しかける。
「どうしてリオはずっと俺の本音を信じてたんですか?」
「あぁ……」
リオは初対面の時からずっと、俺の本音を聞きたいと言ってくれていた。
あの短時間で、俺に興味をもったのが、ずっと謎だった。
「お前が、生まれつき魔力ないって言ってたから」
「えぇ……?」
「魔力ないのに妹庇ったって。それに、さっきも俺のことを魔物の攻撃から守ってくれた。魔力ないのに」
こいつ魔力ないって三回も言ったぞ。
「魔力なくて悪かったですねぇ」
「そうじゃなくて」
リオは軽く笑って、
「自分も危険なのに、他人を庇えるやつの本音が悪いわけないってことだ」
「……!」
ちくちく言葉ではなく、俺を最初から評価してくれていたらしい。
自分の気づいていなかった良いところって、指摘されるとちょっと恥ずかしい。
「ね〜。ナルちゃんの本音、悪くなかったよ〜」
いつもののほほんとした調子で、教授が俺に振り返る。
「やっぱり、僕の友達はナルちゃんだね!」
まあ、でも……そうか。
俺がこの人を嫌いになれないのは、こういうところなんだろうな。
「ワシからも礼を言わせてもらうぞ、人間……いや、ナルと言ったか」
魔王も、俺を見上げてニコリと笑う。
「ありがとう、ナル」
美少年が細めた瞳から、ほろり、と静かに涙が落ちた。
「あ……」
自分が泣いたことに遅れてから気づいた魔王は、唇を真一文字に結んで、少し震わせた。
しかし、すぐにまた口を開く。
「はは、目覚めてから泣いてばかりだったわ。久しぶりに笑ったなぁ」
攻撃性のない魔王は、屈託のない子供の笑顔を輝かせていた。
教授と魔王が談笑しながら先を歩いていく。
その後ろ姿を見ながら、先刻の魔王が泣いて、様々なものが消えていった場面を思い出す。
「……」
ブルッと寒気がした。
あの時、本当に俺は消えていてもおかしくなかった。
現に、えっちなお姉さんは消えてしまった。
「……怖かったぁ……」
誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、リオが肩でどついてきた。
読んで頂き、ありがとうございました♡
リアクション、星、感想などお待ちしております〜!