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 俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 リオも口をぽかんと開けたまま、教授を見ている。

 

 嘘だろ、教授。

「封印を? 解いた? 魔王の? どうして?」

 俺は、よろよろと生まれたての羊みたいな足取りで、教授に詰め寄った。


「……」

 教授は口をきゅっと結んだまま、喋らない。

「おい! なんとか言えよ!」

 その沈黙にすら耐えられなかったのか、リオが教授の胸ぐらを掴んだ。


「お前のせいで、メルたちが、村の人たちが危険な目に遭ってんだぞ!? どういうことだ!?」


 ものすごい剣幕で、教授に怒鳴りつけるリオ。

 それはそうだ。妹を守るために、魔王を倒しにきたっていうのに、その元凶が隣にいたんだから。


「……僕の気持ちなんて、誰にも分からないでしょ」

「あぁ?」

 ボソリ、と自分より背の低いリオに胸ぐらを掴まれて、俯いたまま、教授がつぶやいた。


「ひとりぼっちはもう嫌だったんだよ。すごいことしても、努力しても、認めてはくれるけど、友達にはなれない。みんな一定以上の距離を置く。それも耐えて、ようやく教授になったんだ」


 全員が、一度静まって、教授の独白に耳を傾けた。

 その表情は、前髪に隠れてよく伺えない。


「学生時代、僕にだって友達はいたんだ。彼も、また魔法の上達に熱心だった。でも僕があっという間に彼より魔法が使えるようになると、『お前のずっと本音で喋ってくるところ、大嫌いだった。』と言って、離れて行った。嘘をついたら、友達じゃないと思ってたけど、彼はそれが嫌だったみたい。魔法が上手くなっても、本音でぶつかり合える友達はできなかった。だから」


 教授はパッと顔をあげた。

 晴々とした大空を見上げたような、清々しい笑顔だった。


「魔王なら、友達になってくれるかなって、思ったんだ。同じ高い能力を持つ同士、嘘をつかずに関われるって」

 

 そんな。

 教授は自身のデリカシーのなさを、本音だと思っているのか。

 それは友達も離れていくだろう。

 常に正論で刺されるほど、嫌なこともそうそうない。


「……そうか」

 リオは納得したのか、教授の胸ぐらから手を離して、数歩あとずさった。


「だから、ナルちゃんにもリオにも来てもらったんだ。友達は多いほうがいいでしょ?」


「友達……?」

 魔王が眉をひそめた。


「お前、ワシを利用しようというのか? それだけのために、封印を解いたのか? 自身の欲のためだけに……うっ、ひっく」


 魔王の両目に、みるみる涙が溜まっていく。


 ショックだったのか、封印を解いたことに感謝こそすれ、利用しようとしてくる人間がいたことに。


「嫌ぁ! ウチはまだ消えたくない!!」

 突然、えっちなお姉さんがそう叫んで、洞窟の出口へ向かって走り出した。

 しかし、えっちなお姉さんが地面を蹴り出すより先に、


「うわあああああああん!!!」


 魔王がギャン泣きした。


 ゴゴゴゴゴ!

 声の振動だけで、洞窟が揺れる。

 地震みたいだ……!

 踏ん張って、ようやく立っている状態。

 全員、耳を塞いでそれに耐えるしかない。


 パァン!


「え?」


 破裂音が近くでしたと思ったら、ポケットに詰めていた回復薬がなくなっていた。

 どこかに落ちているわけでもない。


「うわあああああん!!」

 

 魔王がまた叫ぶ。

 

 パァン!


「!? オレの剣が!?」

 今度はリオが腰に携えていた剣が消え失せた。


「……もしかして、魔王が泣くたび、ランダムに何か消されるんですか!?」


 俺の推測が正しければ、えっちなお姉さんが逃げ出したのも納得がいく。

「わああああああん!!」

「嫌ぁぁぁ!!」


 パァン!


 え……?

 逃げきれなかったえっちなお姉さんは、跡形もなく消滅した。


 死んだ、というより、消えたという感じだった。

 これがランダム?

 自分の側近まで対象になるってことは、当然俺も──


「あぁ〜! 部下がまたいなくなった〜! どうして、みんなワシを置いていくんじゃ〜!!」


 それを見て、また大粒の涙を溢れさせる魔王。

 今まで、泣くたびに臣下を消滅させてきたのだろう。


 俺は、この世界に転生してきて中で、一番背筋が凍った。

 

 ──怖い。

 

 チートを通り越している。

 せっかく転生したのに、こんなところでまた死ぬなんてごめんだ。

 

 俺が来た道を戻ろうとすると、

「おい、逃げるな」

 リオに二の腕を掴まれた。


「離してください! 正気ですか!? あんなチート能力に敵うはずないでしょう!? リオも早く……!」


 リオは何も言わずに、顎で教授を示した。


「……っ」


 悲しそうに、笑っていた。

 

 人間とは友達になれず、挙げ句の果てに魔王の封印まで解いて、それがたった今、拒絶された。


 どこにも、自分の居場所なんてない、とでも言いたげな、諦めた目。


「どうにか丸く納めろ。友達なんだろ」

 お前もだろうがよ。


「あんな連中がろくな会話できるわけない、ノーガードの殴り合いだぞ、上っ面で耳触りがいいお前がいなきゃダメだ」


 くそ、人のこと言えないくせに、こいつ……!


「……このままじゃ、本当に教授はひとりになっちまうぞ」

「……!」

 俺は寂しそうな教授と泣き止まない魔王を見比べる。


「なんで誰もワシを愛してくれない! 気づいたらみんないなくなる! 誰かワシを愛せよ! ワシを見てくれ! ワシの話を聞いてくれ!」


 魔王が泣きながら叫ぶ。

 愛情不足の子供そのものだった。


 でも、どこか共感してしまう俺がいるのも事実で。


 俺だって、話を聞いてほしい。俺のことを、もっと見てほしかった。同期でも、先輩でも、辛いときに相談できる相手が誰もいなかった。


 あの頃、俺はずっと一人で、孤独で。苦しさを全部抱え込んで。パワハラも耐えて。

『お前、クズだな!』

 上司に何か言われるたびに、心が削れていって。


『使えね〜』

 スーツを着る腕が重くなって。


 朝も起き上がれなくなって。


 だんだん、毎日家で一人、酒を飲むようになって。


 誰も俺の話なんて聞いてくれない。

 誰も気づいてくれない。

 誰も、いない。


 ……俺も、こいつらと一緒なのか。


 ハーレムを作りたいって言って、自分を誤魔化していたけど、そうか。


 俺も、誰かに話を聞いてほしかったんだ。

 だって、昨日の宿屋は全然寂しくなかったもんな。


「毎日ワシにご飯を作って、身の回りの世話をして、崇拝しろー!!」

 望みを口に出す魔王にドン引きした。


 こいつとは一緒になりたくない。


「え? 愛だけほしいなんて都合良すぎない?」

 沈んでいたはずの教授がまさかの反論。


 そういうところだぞ!

 友達ができないのは!

 

 しかし、俺にもブッ刺さる。

 愛だけ欲しいなんて、確かに都合が良すぎたな……。

 

 ハーレムなんて、高望みしすぎだったと反省。


「うっ、うっ……!」


 いや、それどころじゃない。

 教授の一言で、また魔王がギャン泣きしそうだ。

 

 このままじゃ、俺たちが消されるのも時間の問題……!


 ああもう、現実でも異世界でも、話が通じる人間なんていないんだ。


 俺がやるしかない……!


 でも、最初のビールを断っただけで始まったパワハラ。

 本音はカシオレでも、あの時はビールを頼まなければいけなかった。

 あんな失敗はもう懲り懲りだ。


 本音なんて言っても無駄──


 ──「オレはナルが本音を言って、嫌な顔をするやつなんか、いないと思うけどな」


 リオの言葉が、脳内に流れていった。

 

 ふと、リオを見る。

 リオは俺の視線に気づいて、うん、と頷いた。


「なるほど……」


 もう逃げられない。


 逃げなくていい。


 きっと大丈夫だから。


 俺は空気を思いっきり肺に入れて、叫んだ。


「お前ら、空気を読めぇぇぇ!!!」


 渾身の大声に、教授と魔王はピタリと止まった。


 学生以来だ、こんな腹から声出したの。


「魔王!まずモラハラをやめろ!」

 びしり、と魔王を指差す。


「モラハラ……?」

 聞きなれない単語に困惑する魔王。


 次に教授を指差す。

「教授!正論でも言い方があるだろ!」


「言い方…?」

 こちらも戸惑っている。

 いや、お前はなんでだよ。

 今まで、言い方が間違ってるとか、少しでも指摘されなかったのかよ。


「二人とも、相手の気持ちを考えろって言ってんの!! そこに座ってください!!」


「えぇ……?」

 教授と魔王は、困惑しながらも俺の圧に負けて、仲良く並んで正座した。_


「説明します!モラハラとは、相手の尊厳を欠く行為! あなたの死亡率も上がるというデータもでております!」

「ワシが死ぬ……!?」

 クリクリとした目をさらにクリクリとして、魔王は真剣に俺の話を聞いていた。


 ホワイトボードが欲しい。

 もしくは、パワポを事前に作らせてほしい。


 次に俺は教授に向き合う。

「教授! 人に嫌われるほとんどの原因が内容ではなく言い方! そのままでは孤独になります!」

「僕は……言い方が悪かったのか……」

 初めて知ったみたいなリアクションするな。

 驚愕の指摘に反省したのか、教授は眉をへの字にして、魔王に視線をやる。

「僕の言い方で……泣かせちゃったのかな」

 魔王はぐすり、と鼻を啜った。


「結論! 二人とも孤独死します!」

 人差し指を立てて、説明を締めくくる。

 勢いで乗り切ったプレゼンだったので、肩で呼吸を整える。

 

 パチパチパチパチ。

 拍手の音がしたと思ったら、リオが後ろで手を叩いていた。

 相手に響いた、良いプレゼンだった時、拍手をもらえたあの気持ちが、ちょっとだけ蘇ってきた。

 仕事自体は、好きだったんだよなぁ。


「人……」

 すっかり泣き止んだ魔王が呟く。


「人は、ワシを愛してくれるのか……?」

 きゅ、と小さな拳で服の裾を握って、不安そうに尋ねてきた。

 誰だって、新しい環境に飛び込むのは怖い。

 俺は、お父さんになったつもりで答える。


「魔王様がまず人を愛したら、それはもう」

「なんと……!」

 魔王の顔にあった不安の文字が、一瞬で希望に書き換えられた。


 横で正座していた教授はそれを見て、提案する。

「それなら、魔王様。僕が勤めている魔法学園で教鞭を執るのはどうかな? みんな魔王様の魔法に興味津々だと思うよ〜」

「ほう……!」

 魔王は教授にも希望を与えるような相槌をうった。


「それならワシにもできそうじゃ! その魔法学園とやらに早速案内しろ!」

 教えるのって、それなりに難しいと思うけど、できそうなんだ……。

 やっぱり、魔王ってポテンシャルえぐいな。


「じゃあ、帰りましょうか。魔法学園に」

 俺が促すと、全員が頷いた。

「教授、洞窟から抜け出す魔法ってあったりしませんか……?」

「いや! ワシはお主らと歩きながらお喋りがしたい!」

 楽な方法を取ろうとする大人に、元気いっぱいな子供が水を差す。

 そうだよな、階段ダッシュとか好きだよな、このくらいの年齢って。


 魔王の鶴の一声で、歩きながら帰路につくことになった。

「やはり、お喋りができないとな。知能指数が足りない魔物では満足できんかったわ」


 なるほど。

 それで会話ができる知能を持つ、えっちなお姉さんを側近にしていたわけか。


 洞窟の外が見えてきたが、もう夜だった。

 いつの間に、そんなに時間が経ったんだ。


「そういえば、リオ」

「ん?」


 ふと思い出したことがあって、俺はリオに話しかける。

「どうしてリオはずっと俺の本音を信じてたんですか?」

「あぁ……」

 

リオは初対面の時からずっと、俺の本音を聞きたいと言ってくれていた。

 あの短時間で、俺に興味をもったのが、ずっと謎だった。


「お前が、生まれつき魔力ないって言ってたから」

「えぇ……?」

「魔力ないのに妹庇ったって。それに、さっきも俺のことを魔物の攻撃から守ってくれた。魔力ないのに」

 こいつ魔力ないって三回も言ったぞ。

「魔力なくて悪かったですねぇ」

「そうじゃなくて」


 リオは軽く笑って、

「自分も危険なのに、他人を庇えるやつの本音が悪いわけないってことだ」

「……!」


 ちくちく言葉ではなく、俺を最初から評価してくれていたらしい。

 自分の気づいていなかった良いところって、指摘されるとちょっと恥ずかしい。

「ね〜。ナルちゃんの本音、悪くなかったよ〜」

 いつもののほほんとした調子で、教授が俺に振り返る。


「やっぱり、僕の友達はナルちゃんだね!」


 まあ、でも……そうか。


 俺がこの人を嫌いになれないのは、こういうところなんだろうな。

「ワシからも礼を言わせてもらうぞ、人間……いや、ナルと言ったか」

 魔王も、俺を見上げてニコリと笑う。

「ありがとう、ナル」


 美少年が細めた瞳から、ほろり、と静かに涙が落ちた。

「あ……」

 自分が泣いたことに遅れてから気づいた魔王は、唇を真一文字に結んで、少し震わせた。

 しかし、すぐにまた口を開く。

「はは、目覚めてから泣いてばかりだったわ。久しぶりに笑ったなぁ」

 攻撃性のない魔王は、屈託のない子供の笑顔を輝かせていた。


 教授と魔王が談笑しながら先を歩いていく。


 その後ろ姿を見ながら、先刻の魔王が泣いて、様々なものが消えていった場面を思い出す。

「……」

 ブルッと寒気がした。


 あの時、本当に俺は消えていてもおかしくなかった。

 現に、えっちなお姉さんは消えてしまった。


「……怖かったぁ……」


 誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、リオが肩でどついてきた。


読んで頂き、ありがとうございました♡

リアクション、星、感想などお待ちしております〜!

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