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「みんな、命に別条はなさそうで、よかったね。僕のヒーリング魔法で、ほぼ無傷まで持ってこれたから、あとは目を覚ますのを待つだけだよ」
勇者たちの世話をしていたら、あっという間に夜になり、俺たちも宿に泊まることにした。
ここは宿屋の一階の飲み屋。
オレンジ色の間接照明がところどころに設置してあり、薄暗い店内で酔っぱらった人間たちがガヤガヤと喋り散らかしている。
日本でいう、チェーン居酒屋みたいな雰囲気だった。
この世界でも、飲酒には年齢制限があるらしく、成人済みの俺と教授は適当にメニューの一番上にあった酒を、未成年のリオは、リンゴジュースを頼んだ。
カウンターテーブルに、横三列。俺を教授とリオが挟む形。
「それにしても、火の魔物……一体、どんなやつなんだろうか……」
リオが呟く。リンゴジュースのグラスを持つ手がわずかに震えている。
やはり、まだ年相応に怖いんだな……。
別に、俺も怖くないわけではないが、正直、教授より強いやつがいるとは思えない。
「リオ、心配いらないですよ。教授がなんとかしてくれますから、それに……」
「それに?」
続きを促すリオに、俺は至極真面目に、でもにこやかに答える。
「チームの責任は、上司の責任です」
スマイル全開で全責任を教授に押し付けると、
「嘘、ナルちゃん」
教授は信じられないものを見るような目で俺を凝視した。
「ふはっ」
え?
リオが笑った。
微笑むとかじゃなくて、面白くて吹き出した、みたいな笑い方。
驚く俺をよそに、教授はゴクゴクと、酒を仰いでいる。
リオは一通り笑いきると、息を整えて、
「ははは……仲がいいんだな。ありがとう、ナル、なんだかほっとした」
とお礼を言った。
「そんな……。でも緊張がほぐれたならよかったです」
リオが笑うので、俺も笑い返す。
野良猫が懐いたみたいで、かわいいなと思った。
「ね〜〜〜え〜〜〜! そんな二人だけの世界に入んないで、僕も入れてよ〜〜〜!」
厄介な声音が横から飛んできた。
「教授……もう出来上がったんですか?」
見ると、グラスがもう空だ。
テーブルに突っ伏して、駄々を捏ねている成人男性。
いい大人が一杯でベロベロになるなよ……。
「すみません、お水お願いします」
「はーい!」
グラスを運び回っているお姉さんに声をかけてから、教授の背中を撫でる。
「ど〜〜せ、僕は友達がいませんよ〜〜!」
「しーっ! お店であまり大きな声は出さないでください」
「うむむ……」
存外大人しく、教授は口をつぐんだ。
「……僕だってさ、好きで友達失ってるわけじゃないんだよね」
俯きがちに、ポツポツと語り出す。
俺とリオは目配せをしてから、教授の話に耳を傾けることにした。
「なんか、魔法に一生懸命になってたら、いつの間にか、みんないなくなっちゃった。お前にはついていけないって」
天才すぎて、周りが劣等感に苦しんだんだろうな……。
「それだけじゃない。ちゃんと指摘することの何が悪いの。みんなは人を指差して笑ってるだけなのに、僕がそこ変だよって指摘したら、一気に悪者扱いしてさ。意味わかんない」
鼻毛が出ている人を指摘し辛いあれだろうか。
「ずーっとひとりぼっちだった、僕は。喋るのが好きだから、一人はつまんない。ナルちゃんだけなんだ。僕の話を聞いてくれて、それでも僕から離れていかないのは……」
「教授……」
教授がそんな熱い想いを秘めていたなんて……。
うっかり感動しちゃったじゃないか。
俺は、教授が上司だから逃げ出せないだけなのに……。
多分、同僚だったら絶対に距離を置いていたと思うけど、そういうことを言われたら流石に揺らいでしまう。
「教授は悪くありませんよ。みんなが教授の良さに気づいていないだけです」
教授の背中をさすりながら、優しく語りかける。
「……」
「教授?」
「ぐう」
「……ぐう?」
「寝たな」
リオが教授の顔を覗き込みながら言う。
そんな……。
今、感動的な瞬間だったのに……。
肩透かしを食らった俺は、グビリと酒を飲んだ。
そんな様子を静かに見守っていたリオが尋ねてくる。
「ナルは、どうして教授と一緒にいるんだ?」
「どうしてって……」
「あまり、お前の本音は聞かない。本音ばかり言う教授とは、ソリが合わないんじゃないか? いくら助手とはいえ、仕事を辞めることもできただろう」
確かに、言われてみればそうだ。
「なんでだろう……」
この世界に退職代行があるのかはわからないが、あったとしても、使おうとは思わない。
そこまでして、教授から逃げたいと、考えたことがない。
それって……うーん。
「あまり言いたくありませんが……」
「ん?」
「……結局、俺はこの人が好きなのかもしれません」
「意外だな」
ちょっと笑って、リオもリンゴジュースを口にした。
「……友達いない、って言えるところが、憎めないんですよね。本音が言えて、羨ましいです」
「でも、今のは、ナルの本音だろ?」
「え?」
思わぬ返答に、少し面食らってしまった。
……確かに、教授のことを羨ましいと感じているのは、間違いなく本音だ。
本音は、あまり言わないように気をつけていたのに、少し酔っているのかもしれない。
「そんな悪いことじゃないんじゃないのか?」
リオは俺に優しく笑いかける。
こいつ……本当に顔が整ってるんだよな……。
動画サイトで流れてきた、自分より年下の男性アイドルを抱負とさせる微笑みだった。
「オレも教授も、ナルの本音が聞きたいって思ってるぞ」
「え……?」
ガタン!
急にリオがテーブルに勢いよく突っ伏した。
「り、リオ……!? まさか、攻撃……」
「ぐー」
リオの口から大きな寝息が聞こえてきた。
「ね、寝てる……?」
すやすやだ。
驚かせやがって……。
「時間になったら寝るって、子供だなぁ」
全力で生きている感じがすごい。
両隣で眠る教授とリオの寝顔を見る。どちらも幼い。
教授の年齢を正確には知らないけれど、おそらく二十代前半だろうから、俺よりも年下のはずだ。
「生意気な小僧どもめ……」
俺は、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
店員のお姉さんから、さっき頼んだ水を受け取って、教授のそばに置いた。
「教授、お水ですよ。飲んでください」
「んむ〜?」
教授は目をこすりながら、くぴりと水を飲んだ。
「先にリオを運びますから、教授は待っててくださいね」
「はぁ〜い」
本当は、いい大人なんだから、自分の足で部屋まで戻って欲しいところだが……。
酔っぱらった同期を介抱した記憶を懐かしみながら、俺はリオの片腕を背負った。
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