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「自己紹介がまだだったな」


 先に行った勇者パーティに追いつくべく、俺たちはようやく進み始めた。


「オレはリオだ」

「リオ、よろしくね〜。僕は、魔法学園で教授を勤めているんだ。だから、僕のことは教授って呼んでよ〜、こっちは助手のナルちゃん!」

「そうか。よろしくな、教授、ナル」


 リオは、表情筋が乏しいのか、と思うくらい無表情でこちらを見た。

 それがよろしくする顔か?


「ところで……お前たちは、どうして魔王討伐しようと思ったんだ? 魔王に挑むにしては、二人っていうのは、いささか心許ないと思うが」

「よく聞いてくれたね! 僕は国に命令されて、魔王討伐パーティに派遣されたんだ!」

「魔王討伐パーティ? ナルと二人でか? 二人はよっぽど強いんだな」


 うっ……!

 

 訝しむリオに耐えきれなくなり、俺は真実を告げる。

「大変申し上げにくいのですが……俺は、魔法が使えないんです、生まれつき魔力がゼロで……」


「え? じゃあ、他のメンバーがいるってことか?」

「ハグれたんです、他の仲間と。教授が野草に夢中で」

「なんだって?」


 素っ頓狂な声をあげるリオ。信じられない、と顔面に書いてある。

 表情筋が乏しいどころか、正直なやつのようだ。


「オレは……妹が世界一大切なんだ」

 ポツポツとリオが語り始める。


「それは、まぁ……なんとなく、見ていれば察するところはあるけど……」

「オレたちは物心ついた時には、もう両親はいなかった。二人で一生懸命生きてきたんだ」

「なるほど……お辛かったでしょう……」

 俺の言葉に、リオはキュ、と口を結んだ。


 シスコンになる理由もわかる。ずっとニコイチだったんだな。

「なんて妹思いのお兄ちゃんなんだ〜! ずっと一緒に? 妹を守ってきたということでしょ〜?」

 再び、兄妹愛に打ちひしがれた教授が、だぱだぱと涙を流す。


「そうだが……俺は、一度だけ逃げたことがある」

「逃げた、とは?」

 俺が尋ねると、リオは苦いものを食べた後のような顔をして頷いた。


「俺がメルと一緒にいる時……今日みたいに魔物と遭遇したんだ。しかし、当時の俺はまだ何の力もない子供だった」


 今も子供だけどな。


「だから、大人を呼んでくる、と言い残して、俺だけ逃げたんだ……妹は、魔物を気を引くために、俺について来なかった」


「え!?」

「嘘でしょ〜!?」

 妹思いの兄から、妹を見捨てたエピソードが出てくるなんて。


「そ、それで、妹さんは……!?」

 恐る恐る尋ねると、


「魔物に説教してた」


 すん、と真顔になったリオ。

 急に冷静になるじゃん。


「……は?」


「自分の置かれている立場に腹が立ったらしく、言葉の通じない魔物に説教をかまして、魔物はその勢いに圧倒されていた。だから、俺が大人を連れて来るまで間に合った」

 あとは連れてきた大人が退治してくれた、とリオは付け足した。


 なんか、リオより強いんじゃね、メルちゃん……。


 俺と一緒にいた時は、そんなことしていなかったけど……魔物にブチギレているところは想像に容易い。

 なんなんですの!? って言って、魔物すらドン引きさせる力はありそうだ。


「俺はメルを置いて行ったことを深く後悔した……恐怖で、魔物に説教するくらい豹変してしまったと……」


「今のエピソードでその解釈かなぁ? お兄ちゃんいなくてもやっていける強い女っぽいよね〜妹ちゃん」

 教授がオブラートゼロで言う。

「教授、静かにしてください。彼は、まだ妹は自分が守るべきか弱い存在だと信じて疑ってないんですよ」


「おい、何か言ったか?」

 純粋な瞳で、きょとんと俺たちを見つめるリオ。

 都合のいい時にだけ難聴になるなんて、根っからのハーレム主人公気質だ。


「いいえ、何にも。続けてください」

 俺は、リオに話の続きを促す。


「だから、オレはもう、逃げたくない。同じパーティになった以上、お前たちの強さも必要だ。そんな適当では困る」

 キッと、俺たちを睨みつけるリオ。


 俺と教授は顔を見合わせる。

 教授は洋画の役者みたいに、大袈裟に肩をすくめてみせた。

 やれやれ、俺に説明しろということか。


「リオ、魔法学園の爆破予告事件はご存知ですか?」

「あぁ。噂程度には聞いたことがある。ずっと国に指名手配されていた集団が、その事件でようやく捕まったやつだろ」

「あれを、捕まえたのがこの教授です。爆破予告の手紙に逆探知の魔法で集団のアジトを割り出し、たった一人で突入、拘束、警察への引き渡しを者の五分で完遂したため、事件自体は大きな話題になってないんですよ」

「……なんだと?」


 リオが切れ長の目をまん丸にして教授に振り向く。

 思ったより目がでかいんだな。

「……疑って悪かった」

 頭を下げるリオ。

 こいつ、硬派だけじゃなくて、礼儀正しいぞ。

 教授は「いいよいいよ〜」と手を振って、ニコニコしている。


「じゃあさ〜、リオはもっと強くなりたいってことだよね?」


 さも、いい考えがあるかのような口振りで、教授がリオに話を振った。

「もちろん、もっとオレに力があれば……」


「魔法学園に入って、魔法を学べば? 剣術だけだといずれ限界が来るよ〜?」


 おいおい……。

「ちょっと、教授……! 剣術と魔法の両立なんて、無理ですよ……!」

 難しいことを、さらっと言いのける。


 それは、教授が天才だから言えることであって、初対面の他人にそう易々と勧めるものではないのだ。


「魔法学園? それは誰でも入れるのか?」

 難題を前に、リオは乗り気だ。


「うん! 国にちゃんと申請すれば、学費とか色々援助してくれるはずだよ〜!」

「なるほど……。魔王との決着が着いたら、それもアリだな」


 未来ある若者は、二つの道を同時に極めることの難易度よりも、自身の可能性に賭けている。

 十年前の俺は、勉強から逃げてばかりだったというのに……。

 異世界転生先の十代のほうが、人生への意欲が高い気がする。


「うんうん! そうしなよ! 僕、友達がナルちゃんしかいないから、寂しいんだよね〜!」

「え? 魔法学園の教授をしているんだろ? よっぽど人望がないのか?」


 おいおい、お前もデリカシーないのかよ。


「いやいや、そんなことないですよ、教授〜! 授業は、めちゃめちゃ人気じゃないですか〜」

 授業”は”な。


 慌ててフォローを入れたが、教授はリオに言い返す。

「え〜? なんでそういうこと言うの? リオこそ、友達いないんじゃない?」


 プロレスを始めるな。


 俺がヒヤヒヤしているにも関わらず、リオも淡々と返す。

「教授こそ、人が寄ってこないのは、そういうところじゃないか?」

 空気が静電気を帯びた気がする。


「あ、あのあの、お二人とも良いところが必ずありますので、そう、なんというかですね、ピリピリなさらずに……」


 全員友達いないんだから、仲良くやってくれ!!

 必死に間を取り持っている俺にすら、矛先が向いた。


「お前は、上辺ばっかりだな」


 グサッ!!


 リオの一言が、俺の心の臓を貫く。

「い、いや、そうは仰いますが、本音と建前というものがありまして……」

 上部だけ。

 それだけ言えたら、どんなに良かっただろう。

 もう、あの頃のような失敗はしたくないんだ。

 転生前の嫌な記憶が蘇る──


 新社会人になって初めての飲み会。何でも頼んでいいという先輩の言葉を鵜呑みにして、カシオレを頼んだあの日。


『はぁ!? カシオレ!? 女かよ!? 最初はビールに決まってんだろ!!』


 先輩ではなく、もっと年上、四十代のオラオラ系上司がそう言い放った。

 あの瞬間から、上司による、俺へのパワハラとセクハラが始まった。


『まだ終わってねぇの!? カスかよ』

『女みてえだから、どうせ、まだ童貞なんだろ?』

『お前がいなくなったら、みんな喜ぶんだから』


 周りは全員みて見ぬふり。加えて、残業は月百時間。そうやって俺は呆気なく壊れていった。


「どうした?」

 黙りこくってしまった俺を、リオが見つめる。


「あ、いや、なんでも……」

 取り繕おうとしても、うまく言葉が出てこない。

 どうしよう、また、変な空気に……。


「ナルちゃんは、これでいいんだよ」


 教授が、少し大きめの声で言った。

「教授……?」

 思わず、教授を見る。

 彼は目を細めて、微笑んでいた。


「ナルちゃんの、こういうところに、僕は助けられてるんだから」


「……っ」


 俺は教授に背中を向ける。

 何だよ。

 教授のくせに。

 たまには良いこと言うじゃないか。


「そうなんだな」

 リオが何かに納得したように頷いた。


「オレはナルが本音を言って、嫌な顔をするやつなんか、いないと思うけどな」


「……」 


 歳をとると、涙腺が脆くなっていけない。

 さっき出会ったばかりなのに、俺のどこを見て、リオはそう思ったんだろうか。

 泣きそうになるのを堪えながら、俺は最後尾を歩く。


「あれ、あの洞窟じゃない? 魔王がいるところ!」


 突然、教授が前の方角を指差した。

 ゴシゴシと乱暴に涙を拭って見ると、確かに禍々しい気配を放った洞窟がある。


「えーと、地図があるからちょっと待ってね」

 教授が歩きながら、ポケットをガサゴソと探し始める。

 洞窟の入り口の全貌が現れてきた──その手前に、人間が転がっていた。


「人が倒れてる!!」


 叫んで、俺は走り出した。

「なに!?」

「え〜!? 待ってよ〜!?」

 後から、リオと教授もついてくる。

 倒れているのは、男、男、女。


「大丈夫ですか!?」

「うぅ……」

 まだ息はあるようだ。

 外傷は酷そうだが、ひとまず胸を撫で下ろした。


「って、あれ? さっきの人たちじゃない? ナルちゃん」


 教授に促され、顔を確認する。

 先刻、野草に夢中の教授を置いて行った、勇者パーティの面々だった。


「どうしたんですか!? 洞窟で何があったんですか!?」

「中に……火を使う、魔物がいる……。気をつけろ……」

 勇者の彼はそう言って、気を失ってしまった。


「とりあえず、近くの町の宿まで運びましょう。教授、そういう魔法ありますか?」

「あるよ〜。エスケープ!」

「うわっ!?」


 急すぎる。

 準備させてくれ。


 教授が呪文らしき単語を唱えるやいなや、一瞬のうちに、全員が森から一番近い街の宿屋の前へ移動していた。


「とにかく、三人を寝かせましょう!」


 教授とリオも顔を見合わせて頷く。

 俺たちは、勇者パーティ三人をそれぞれ背負って、宿屋に事情を話すべくドアを開けた。


読んで頂き、ありがとうございました♡

リアクション、星、感想などお待ちしております〜!

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