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遡ること数時間前──。
魔法学園の研究室に、一通の郵便が届いた。
「ぎゃっ! あーでも……あーそうかぁー……」
郵便を受け取った研究室の主である教授は、困ったように頭をポリポリ掻いた。
「どうしよう……? 魔王討伐パーティに参加するよう、国から指定されちゃった……」
「なるほど〜」
と、俺は呑気にコーヒーを啜った。
──さすがに国も万策尽きた感じか。
かつて勇者が封印した魔王が目覚め、はや数年。
魔王の影響で魔物達の活動も活発になって、被害も多いもんな。
……ま、魔法学園は教授の結界のおかげで安全地帯になってるけど。
「ねぇ〜? どうしよう〜? ナルちゃん?」
細長い腕が顔周りに絡みつく。
むさ苦しい。
「抱きついて来ないでください。あと、俺はナルちゃんじゃないです」
「なんで? なるほどってよく言うからナルちゃん。気に入らない?」
この世界では、営業職の口癖みたいなあだ名で親しまれてしまっている。
転生前、ブラック企業の営業だった古傷が痛むぜ。
「教授ほどの魔法使いは、国に召集されるに決まってるじゃないですか。腹決めて行ってきてください」
「え〜、僕なんかすごくないよ〜。魔法使えても、友達できないしさ〜。魔法なんて意味ない〜」
これだから天才はよぉ……。
魔法が使えるこの世界でも、魔法は学ばないと使えるようにならない。
いつからでも学べるようにか、魔法学園は何歳でも入学でき、老若男女問わず学生が在籍している。
そんな学園で教鞭を振るっている教授の頭の中には、魔法に関する夥しい数の知識が、異常発生したクラゲのように漂っているに違いない。
「陰ながら、成功をお祈りしております」
ニコリ、と営業で鍛え上げた拒絶の笑顔を向ける。
しかし、教授は受け取らない。
「そんな冷たいこと言わないで?」
目をぱちぱちとわざとらしく瞬かせている。
──天才とは、往々にして変人なものだ。
教授の授業は人気だが、研究室には誰も寄りつかない。変人には触らぬが吉。
それはそう。
これでは、職場と自宅を行き来するだけだった前世と、あまり変わらないではないか。
前世では職場の人、今世では教授としか、会話を交わさない。
転生したら、美少女ハーレムが形成されると聞いていたのに、なんて血涙を流した日もあった。
しかし俺は、思い直したのだ。
もう高望みはしない、と。
もう別に恋人じゃなくていい!
友達でもいい!
とにかくビジネス以外の人間と接点が欲しい!
……でも、できたら、ハーレムがいい!
「……」
ぷくぅ、と頬を膨らませる教授。
……成人男性のそういう顔に需要はないのだけれど。
何か言いたそうだが、俺は教授のお母さんではないので、問いただしたりはしない。
沈黙に耐えきれない教授はすぐに口を開いた。
「……一緒に来て?」
なんでだよ。
最強の男が、無能を連れていくな。
「……なるほど」
とりあえず、俺は考えるふりをするが、
「……なんでですか?」
と、心の声がそのまま出た。
当たり前の疑問に教授は答える。
「寂しいから!!」
はぁ〜〜〜〜〜〜。
俺は手で眼を覆って、天を仰いだ。
「……そんな、恥ずかしげもなく……」
なんで、大の大人が寂しいなんて高らかと言えるんだ……。
……俺なんて。
ブラック社会人時代の記憶が脳裏を掠める──母親とのメッセージ画面。
メッセージ入力欄に、辛い、と打ち込んで未送信のまま。
「え? 一緒に行ってくれる? ありがとう、ナルちゃん! 君は僕の唯一の友達だよ〜! 大感動! 愛!」
都合のいい聞き間違いをして、強引に話を通そうとしてくる教授。
俺は精一杯の営業スマイルを作り出し、応戦する。
「あ〜〜〜っと、いや、本当に魅力的なご提案なんですけど、今回は一度持ち帰って、上司と相談させて頂きますね」
「君の上司は僕なんだよ!」
チッ。
「なんで嫌なの〜? 仕事の一環だと思ってさぁ〜、いいじゃん!」
セクハラとパワハラのハイブリッドみたいなことを言ってくる始末。
俺は教授に向かい合う。
「理由としては、大きく分けて三点ございます。一、私に魔力がなく、魔法も使えない足手纏いであること。二、仕事の休みがないので、そもそも暇がないこと。三、非常に危険な任務であること。以上、ご理解いただけますと幸いです」
座りながらお辞儀をしても、教授は全然ご理解いただけない様子だった。
「君に魔力がないのも危険なのも、僕が命懸けで守るから大丈夫だって〜!」
「そうおっしゃられましても……なにぶん、こちらとしては休みがないもので……」
愛想笑いを顔面に貼り付ける。
そう、何を隠そう魔法学園、教員職に休みがない。教職ってやつは、どの世界でも激務らしい。
「じゃあ、バカンスあげるから!」
「え?」
バカンス?
「南の島で食事付き宿! どう? 海が綺麗だよ〜〜?」
南の島?
俺の耳がぴくりと動く。
社会人の「死にたい」とは、「南の島でバカンスしたい」の意味である。
その提案は、大変魅力的だった──!
「今回だけですからね……!」
「やったー! ナルちゃんは一番の友達だよ!」
「抱きついて来ないでくださいってば!」
長細い腕を振り解きながら、俺は嬉しそうな教授を見つめる。
……一番の友達って。
「……それ、本気で言ってます?」
「なんで? 嘘つくほうが大変じゃん? さー、そうと決まったら準備をしなく……ちゃ……」
キョトン顔の教授は、散らかった研究室と向かい合うが──あまりの汚さを再確認し、言葉を失っていた。
足の踏み場がないくらい散乱した魔法の資料や、生徒たちのレポート。
飲みっぱなしで洗ってないマグカップ。
恐ろしいのが、ゴミの山ではなく、これから一つずつ確認作業が必要なものばかりだということだ。
この中から、旅の準備をするのは、骨が折れる作業だと面倒臭さが押し寄せてくる。
「やっぱり、片付けがあるから無理って言えないかな?」
「観念しましょう、教授」
俺は教授の肩をポンと叩いた。
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