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長閑な森の静寂を、引き裂くような悲鳴が聞こえた。
「教授、聞こえました?」
「え? 何が? それより、この野草、持って帰ろう〜? 意外と美味しいんだよ?」
教授は、細長い図体を上手に丸めて、引っこ抜いた野草を見せてくる。
集中したら、ノイキャン機能が発動するタイプか……。
「俺、探しに行ってきます!」
「えっ!? ナルちゃん〜!? 何を探しに行くの〜!? 僕の助手としての仕事は〜!?」
成人男性のお守りが、助手としての仕事なら、優先順位はだいぶ低い。
ガサガサと、草の根をかき分けて行く。
──いた!
草花がひらけた場所で、十代半ばくらいの少女が、尻もちをついていた。
空みたいな青色のロングヘアーを、おさげに結んでおり、年齢は俺の世界でいう中学生くらいだろうか。
その小柄な体は、ガタガタと震えていた。
叫んでいたのは、あの子か!
「……えっ?」
思わず、声が漏れてしまった。
少女の視線の先には、黒い虎が一匹。
と、虎……!?
俺がいた世界の虎と、ほぼ同じような見た目だった。
しかし、虎の額には、節分の鬼みたいなツノが一本生えている。
──魔物だ。
「やめろぉぉぉ!」
俺は後先も考えず、虎の前に立ちはだかった。
「えっ……!? どなたですの……!?」
突然の俺の登場に、驚く青髪の少女。
「もしかして、お兄様のお友達の方です!?」
急に助けに来るなんて、さすがに知人の誰かだと思ったらしい。
「あっ、人違いですね……」
「そうですか……。お兄様にお友達ができたのだと、てっきり、勘違いしてしまいましたわ……」
地位の高そうな身なりには見えないが、上品な喋り方だ。
この子の兄貴には、友達がいないのか?
「いえ、それどころではありませんわ!」
しょんぼりしたかと思えば、現実に戻る。
社会人でも、なかなかできない切り替えの早さだ。
「この状況をどうにかしてくださるんですのね!?」
ぐっ……!
一縷の希望を見出した少女の青い瞳が、キラキラと輝く。
転生したっていうのに魔力ない、魔法使えない、チートない、のないない三拍子な俺が盾になったとて……!
魔物にとっては、所詮、餌が増えたにすぎない。
「……ご期待に添えず、申し訳ありません!!」
「そんな……! わたくしたち、仲良くメインディッシュに早変わりってわけですの!?」
絶望する子供の顔は、思ったより心にくる。
こんな時……教授だったら……!
脳内で、丸眼鏡がトレードマークの高身長男性が、はしゃぎ始める。
『あのツノは高く売れるね〜!』
『皮は毛皮になるし、骨は武器に加工できる!』
『お肉はあまり流通してないけど、調理方法を工夫すれば柔らかくて──』
あぁダメだ、豆知識をペラペラ喋ってきて、脳のリソースが無駄に割かれる。
「ガウゥ……!」
魔物が唸る。
鋭く、太い牙が、太陽光に反射して光った。
よく見たら、返り血が口周りや体に付着している。すでに、獲物を食らった後なのかもしれない。
血の量からして、食らったのは小動物系だろう。
全然足りないみたいだ。
サーッと、自分から血の気が引いていくのを感じる。
怖い怖い怖い──!!
だって、見た目虎だもん!
サバンナとかの映像で見た野生の虎だもん!
同様の恐怖を感じたのか、少女が叫ぶ。
「よだれがダラダラですわ! わたくしたちのことが、美味しいお肉に見えているに違いありませんわ! もうおしまいですわー!」
まったく同意見だ。
距離は十メートルほどだろうか。あの魔物なら、ひとっ飛びで詰められる、心許ない距離だ。
そしてまさに今、魔物は俺と少女に飛びつこうという姿勢に入った。
「ガァウ──!!」
魔物が大きな爪を振りかぶって、後ろ足で地面を蹴る!
あ、死んだわ。
「──っっ!!」
俺は激痛を覚悟して、反射的に目を瞑った。
「もぉ〜! 置いていかないでよね〜! 美味しい野草、分けてあげないよ〜!」
魔物が飛びかかってくる寸前、教授の情けない声が聞こえた気がした。
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