恐ろしい魔女
魔女はずーっと、暗い暗い森の奥におりました。
魔女はずーっと、静寂に包まれた森の中におりました。
魔女はずーっと、寂しく建っている狭く、暗い家の中におりました。
魔女はずーっと、家から出たことがありません。
魔女はずーっと、酷く寒いベットに丸まっておりました。
魔女はずーっと、独りでした。
魔女はずーっと泣いておりました。
魔女はずーっと、寂しい思いをしておりました。
魔女はずーっと、太陽を恐れておりました。
魔女はずーっと、恐れておりました。
魔女はずーっと、悲しんでおりました。
魔女はずーっと、怯えていました。
魔女はずーっと、「寒い」と言っておりました。
魔女の心は、とうの昔に凍りついておりました。
魔女は、魔女は生まれた時からずーっと、独りで生きておりました。
魔女は、ずーっと、大好きな絵本を抱いて眠っておりました。
その本は、まるで太陽のように眩しく、まるで陽だまりのように暖かく、まるで月のように優しく、魔女を癒してくれました。
その本だけが、魔女の傍に居て、魔女を支えてくれていたのです。
その本だけが、魔女の全てであり、生きる希望だったのです。
今日もまた、魔女は絵本を開きます。
絵本はもう、ボロボロでした。
至る所が薄汚れ、テープで固定されているページもありました。
色褪せたイラストの所々は、少し湿っておりました。
色が剥がれ、掠れたイラストと文字は、長い年月が経っていることを示しております。
魔女は、そんなボロボロの絵本を、まるで宝石のように大事にしておりました。
ボロボロの絵本は、魔女にとっての宝物でした。
魔女の唯一の肉親であった、母親が最期に娘に贈ったプレゼントでした。
魔女の母は言いました。
「人を恨まないように」
「人を愛すように」
「いつかきっと、報われる日が来ます」
「いつかきっと、貴方を愛してくれる殿方が現れます」
「愛しています、私の可愛い可愛い子」
「愛しています、私のアグリー」
「貴方を置いていってしまう私を、どうか許して」
アグリーの母は、ベットの上で冷たくなってしまいました。
どれだけ長い年月が経っても、母のベットの上には、白くなった物がおります。
アグリーは毎日冷たく、ひんやりとした物に触れ、話しかけます。
「今日は天気が良いですよ、絶好の散歩日和です」
「今日は小鳥さんが遊びに来てくださいました」
「今日は、雨が降っております」
「綺麗な花が咲いています」
「今日は雪が、降っております。少し、寒いですね」
今日は、今日は、今日は、今日は。
返事は、とうとうありませんでした。
それでも魔女は、独り。
ベットの上で大好きな本を抱きながら横になっております。
いつか、いつか報われる日が来ると願って。
いつか、母親が帰ってくる日を夢見て。
いつか、この絵本の中のような素敵な王子様と出会える日を願って。
今日もまた、酷く寒い部屋で息をしています。
されど、それは絵本なのにね。