表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者の物語には伏線があった

「くくく、ついに勇者が動き出したか……」


 丸机と背もたれのない椅子だけが中心に置かれている部屋に、盤上の駒を動かしながら話す二つの人影があった。

 顔は見えないが、辛うじて男女であることが分かる。


「”奴”はまだ気づいていないようだがな……」

「ああ、勇者が覚醒すればいずれ……」


 薄暗い空間には、二人の笑い声が意味ありげに響いていた。



 ------



「先代の無念を晴らすのだ」


 国王の声に、メロは跪きながら聖剣を受け取った。

 彼の優れた視力が、揺れた国王のローブ、その内側に入れられていた刺繡(ししゅう)を捉えた。

 盾を貫く剣、見たことのない模様だ。王国の紋章などにはない禍々(まがまが)しさがある。


「必ずや、世に平和をもたらしてみせます……」


 メロは頭を下げ、玉座の間から出ようとする。

 聖剣の譲渡という一大イベントなのに、この場には限られた人物しかいない。

 拍手や歓声などは(もっ)ての外で、意図的に抑えられた光が気味悪さを演出していた。


「これで王国は……」「あの方もお喜びに……」「計画は、順調なようだな……」


 心を無にして悠然と歩くメロだが、彼の聴力は周りの音を拾ってしまう。


 大臣含め、王国のお偉いさん方の声が聞こえると、メロは自然と早足になり、廊下へと急いだ。


「メロ様、大丈夫ですか?」


 急いで出てきたメロを怪訝(けげん)に思ったのか、外で待っていた少女が声をかけた。

 しかし、メロは彼女を信用していない。なぜならば、あの国王の娘だからだ。


「問題ない」


 メロは廊下の窓を開け、外を眺めた。

 そして、(かたわら)に立つ姫に疑問を投げかける。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「なんでしょう?」

「なぜ俺を気にかける? 聖剣を使えるのだって、あんたのおかげだ」

「それは、あの時の約束だから……」


 姫は顔を赤くし、(うつむ)いた。


「そうか、じゃあな」


 メロは大きく頷き、窓から飛び立つ。


「待って、十年前の……」


 後ろから声が聞こえたが、無視だ。


 メロは青い空をひたすらに飛ぶ。

 建物、木々、地面が見えなくなり、ついには雲の上へと辿(たど)り着く。

 ここには何も無い、考えるべきことは何も無い……


「知らねーよ! 覚えてねーよ! てか、あの方って誰だよ!?」


 メロは叫んだ。

 もう嫌だ、逃げたい、投げ出したい。


 メロは田舎で農家の息子として生まれた一般人だ。

 両親の顔にはなぜか大きな傷があったが、絶対に一般人だ。

 子供の時に物置部屋で錆びた両手剣を見つけてしまったことがあるが、一般人なのだ。


「え、この国って闇の組織とかに支配されてるの? てか、よく見たらこの聖剣、魔の力が(こも)ってるじゃん!?」


 メロは聖剣を視てしまった。

 そして、激しく後悔した。


「いや、早すぎだな……」


 メロは地面に自由落下しながら、将来起き得るであろうシナリオを考える。

 どうせ、聖剣を作ったのは魔王とかで、それは本来、真の敵を……


「そんなの、しらねぇよぉ……」


 水滴が昇る。

 現実が近づいてくる。


 メロは普通に生きたいだけだ。

 なのに、世界は事を複雑にしたがる。

 確かに普通の男の子として最強には憧れたが、今の状況は彼の望んだものではないと断言できる。


 疲労とストレスは負のループとなり、叩くような頭痛がメロを襲う。

 聖剣譲渡の儀式の後、すぐに逃げたのには理由があった。

 その後本来ならば、姫以外の仲間との顔合わせや装備の確認など、催しが盛りだくさんだったわけだが、どうせ新たな情報が増えるだけで、メロは全力で拒否したかったのだ。


 さっさと魔王を倒して、あとは田舎で隠居しよう。

 未来を抱き、魔界との境にある村を目指す。

 仕事は単純だ、魔王を倒せばいい。

 目的を簡略化し、人間界をスキップする。


「よし、到着」


 メロの足が地面に降り立つ。

 ここは村のはずれ、誰も居ないはずの荒れ地。

 流石に魔界では、浮遊魔法が使えない。ここで最低限の支度を終え、後は徒歩で魔王城へと向かう予定だ。


「予定通り、ですか……」


 背後から声が聞こえた。

 メロが振り返ると、眼鏡をかけた男が時計を見ながら立っていた。


「誰ですか?」

「これが君を導くだろう……」


 男が付けていた腕時計を外し、それをメロに渡した。


「いや、いらな……」


 男が、消えた。

 彼は最初からいなかったかのように、姿を消していた。


 メロは首を振り、周囲を確認する。

 誰も居ない。


「いらね」


 腕時計を草むらに投げ捨て、村へと進む。

 さっきの男の正体など、この際どうでもいい。

 腕時計に刻まれていた刻印が、国王のマント裏……どうでもいい!


 メロは首を振りながら建物を目指す。


 誰も居なくなった空き地で、隠れていた一人の少女が腕時計を拾ったことに、彼は気づいていない。




 それからメロは、全速力で魔王城へと向かった。


 村からは、結局逃げた。

 村長からの頼み事で、近くの洞窟内に咲くと呼ばれる花を摘みに行き、報酬として意味の分からない魔法を覚えさせられた。

 メロは自分でもお人好しだと分かっていたが、一つ簡単な依頼をこなすだけで、情報が渋滞を起こす。

 例えば、摘んだ花はある少女のためで、だが気配を感じ取れない彼女は目の前にいるのに居ない不思議な状態で、もう滅茶苦茶で……などなどだ。


 そしてトドメとなったのは、村長が何気なく話した”世界樹の物語”だ。

 これ以上はごめんだと思考を止め、メロは駆けだした。


 メロは止まらなかった、止まれなかった。

 少しでもイベントを起こすと、回収されない情報が積み重なる。


 四天王、六魔将軍、七剣聖、その他諸々……立ちふさがる魔族は、一瞬で倒す。

 敵を倒すたびに、『……の中でも最弱』と意味深な言葉を吐かれるが、全てを無視して進む。

 途中で濁った空気の魔界に立つ、神聖なオーラを発する巨木を見つけたが、見つけなかった、そう、見つけなかったのだ。

 久しぶりに回収された、とメロは感激したが、鋼の意思で見なかったことにした。




 走りに走り、気がつけば魔王城。

 メロは門番に飛び蹴りを放ち、そのまま門ごと城内に侵入する。


「くそが! なんでなんだよ!?」


 メロは目の前に居る魔王、その正体を見て地団太(じだんだ)を踏んだ。


「なんで姫が魔王なんだよ! そんな情報なかったよな!?」


 メロが誰に疑問を投げかけているのかは、この際関係ない。

 ただ自分の苦悩を、葛藤を、そして困惑を言葉にして、少しでも放出したかった。

 そうでもしないと、彼はいっぱいいっぱいだったのだ。


「よく来た。我の力に……」

「ちょっと待って、今整理してるから。なんで俺より早く魔王城に……今日の朝、王城であったはずだよな? 初めて姫に会った時そもそも……あー、あれかー」


 メロは左手のひらに右拳を落とし、一人納得した。

 彼の記憶の中に、姫との思い出が流れた。騎士団時代の彼の、淡く酸っぱい記憶だ。


 かつて、ただの騎士と一国の姫がイイ感じの雰囲気になった。

 その時、姫が騎士の唇を奪ったのだ。


「あの時の言葉、今やっと理解したよ」


 メロは血の涙を流しながら、聖剣を握る。

 姫、いや、魔王が言った『少し苦いですね』というセリフは、メロの持つ聖の力に対しての拒否反応だったのだろう。

 緊張してるのかな、と嬉しくなっていた自分をぶん殴りたい。それ以来肉体的な接触が皆無になったことも、悲しい事実の裏付けになっている。


「くそがー!」


 メロは渾身の一撃を振り、斬撃を発生させた。


「いや、ちょ、ま……」


 魔王は彼の変わりように驚き、攻撃に反応できずに切られてしまった。


 魔王城が衝撃によって崩れる。

 瓦礫が空から降り注ぐが、メロは雨に打たれるがごとく顔面で受け止めた。

 こんなに綺麗に建物がバラバラになるものか、そう思いながら……


 崩壊が止まり、土煙が晴れる。

 メロは何故か瓦礫の”上”で横たわっている魔王の元に向かう。


「ありがとう……私の、いや、僕の一番の友達……」


 と光の粒子となって消えかける魔王は言った。


 メロは死んだ目でその光景を見ていた。


「セリ、お前だったのか……」


 彼の発した言葉に感情はない。

 ただ、”幼き頃の友が姫で、そしてその姫が魔王だった”という事実を虚無の心で受け入れていた。


 メロは魔法を使う。

 使った覚えはなかったのだが、口が勝手に呪文を唱えていた。

 彼の唱えた魔法は、セリという名の旧友、その体から一輪の花を咲かせた。


 数時間前、人間界の村で教えてもらった魔法だ。


 純白の花は消えかかっていた旧友の魂を吸い取るがごとく、花弁を輝かせる。


 その花はどんどんと大きくなり、地面を揺らし、瓦礫に根を張った。

 そして立派な幹を天へと伸ばし、小さな枝で分岐した先に葉を生やした。


 魔王城跡地がすべて影に覆われた頃、メロは途中から薄々気付き我慢していた言葉を口に出す。


「世界樹じゃねーか……」


 急ピッチで情報の回収が進められていた。

 メロは何も理解できていなかった。

 そもそも、なぜ姫が魔王をやっていたのかすら分かっていない。

 すべてが置いてけぼりという事実だけが、彼の思考を奪う。


 メロは走った。

 王と約束したとか、友を救うためとか、そんなのはどうでもいい。

 ただ自分のために、全ての情報を最速で回収するために走った。

 『この際だ、全部やってやるよ』と自分を鼓舞した。

 やけくそだった。


 メロには、友との友情や姫との愛情があった。

 だから、二つまで滅茶苦茶にされて、少し怒っていたのかもしれない。


 そして、彼にも初々(ういうい)しい承認欲求というものがあった。

 それならば、その心に従って、時の運命に従って進んでみてはどうだろうか?


 メロは自分自身に正直になることにした。

 今まであった、ちょっとした反骨精神を認めよう。

 これからは深く考えず、思う存分に力を振るおう、そう決意した。


 それからメロは、何もかもがあやしかった王国を掃除した。

 人生のノイズを消すことができて、スッキリした。

 国王その他には退場してもらい、あとくされなく前へ進める。圧政から解放されて、国民も喜んでいることだろう。

 黒幕云々以前に、王国は最初から腐りきっていたという話なのだが、そんな裏話はよそに、メロは自分の上司を思いっきり殴れたことを純粋に楽しんだ。


 メロは一つの国を救い──実際は滅ぼしたのだが──救世主としての勇姿を人々に見せつけた。

 自分が主人公になったような気がして、少し気持ち良くなった。


 その最中、闇の力に溺れた少女と仲間になった。

 彼女はメロのために力を尽くしてくれた。『花のお礼です』と言っていた。

 見知った腕時計を付けていて、実は秘密結社のボスだったりしたのだが、今更だ。


 そして、その少女が腕時計の力を使い、世界樹となった旧友を元に戻した。

 メロは、友との約束『普通の二人でいよう』を思い出し、全てが繋がる──


 ……


「懐かしい思い出だ」


 メロは玉座に座り、天井を見上げた。


 ここは新魔王城。

 それは、人間が付けた名前であり、彼はただの自宅だと思っている。


「まさか、俺が魔王だったなんて……なんか、倒してきた奴らに申し訳ないな……」


 駆け足になった回想を振り返り、メロはしみじみと頷く。


 メロは勇者ではない。

 そもそも、今まで誰一人として彼を勇者と呼んだ者はいなかったのだ。

 一人の騎士として魔王討伐の任務を遂行しただけで、その任務すらも、”今代の魔王である姫”が彼の記憶を呼び起こすために仕組んだシナリオだった。

 つまり、国王を操っていたのは姫(旧友(魔王))で、全ては先代の魔王(俺)を復活させるための自作自演だったというわけだ。


 メロは疲れていた。 

 謎多き両親が実は世界を滅亡から救った英雄で、かつて存在した魔王を自分たちの子供に封印した、という衝撃の事実を知っても、彼は虚無のままだった。

 情報の多さは、それだけ処理を求められる。

 いったんは向き合う覚悟を決めた彼だったが、一周回ってどうでも良くなった。

 ただ情報を受け入れる器として、いつの間にか考えることは放棄されていた。

 

「メロ様に倒されて、彼らも本望だったでしょう」

「邪神様、最強ですからね!」


 俺の両隣に立つ二人の少女が、彼の呟きに反応する。

 美しい純白の髪をたなびかせている少女は、今代の魔王。

 漆黒の髪を短く整えた少女は、秘密結社のボスだ。

 

 二人は協力関係にあり、メロは今まで蚊帳の外だった。

 しかし、魔王時代の記憶を全て取り戻したわけではない彼は、言ってみれば一人の男子だ。

 二人の美少女が近くに居て、悪い気はしていなかった。


「……それで、なんで兄貴が魔王なんだよ! そんな情報なかったよな!?」


 目の前に立つ少女が、メロに対して叫ぶ。

 完全に無視されていたが、そういえば、この場にはもう一人居た。

 彼女はメロの妹、そして”本物の勇者”だ。


「よく思いだしてみろ」


 メロは服をめくり、脇腹に浮き出た刻印を見せる。


「実家の地下室、そこに置いてあった剣にも、同じものが刻まれていただろ?」

「……くそがっ!」


 少女は納得し、同時に”本物の聖剣”を引き抜いた。

 彼女はもう、やけくそだった。


 メロは微笑み、死んだ目で『がんばれ、妹よ』と言う。


 人生には、回収されなくてもいい情報がたくさんある。

 そして、どんでん返しなどは常だ。

 それが面白いという人もいるかもしれないが、メロは勘弁してほしかった。


 やっとのことで始まった物語。

 勇者の戦いは、これからだ──



 ------



 薄暗い部屋で、盤上の駒を動かす黒い影が二つ。


「勇者があの方を倒したようだな」

「ああ、これで”奴”も動くだろう」


 空間には、意味深なセリフと『くくく』という笑い声が響いている。


 奴というのが誰なのか。

 この会話は伏線なのか。

 答えは闇の中……”私”にも分からない。

どんでん返しってなんだよ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ