視界の端にいる女
中学の時に住んでた家の話。
うちの家は、同じ町内で二回は引っ越ししてる。一回目は普通に親の仕事の都合で、二回目は家が原因で。
まぁ薄暗い。たぶん陽当たりの問題で、夕方なんかほとんど影が家を照らしてた。ちょうど受験の時期だったから一人部屋をもらえて嬉しかったな。うちは三人兄弟だったから。
ちょうど中学三年間はほとんど暮らしてたんだけど、まぁ不運は続いたよね。
親戚の不幸から家族の怪我病気とかいろいろ。
そういえば家庭内で口喧嘩も多かったし、俺も荒れてたな。
それで少し話は変わるんだけど、初めて見えたのは、この家に来てからだったんだよね。幽霊かどうかわからないんだけどね、でも確かに見えた。何度も何度も。
あの時に、見える友達がいれば確かめられたんだけどね。
うちが住んでいたのはアパートの三階で階段のすぐそば。アパートも裏手には草むらが広がって、蝉とか鈴虫、カエルとか市街なのに生き物の鳴き声がよく響いてた。ちょっと高台にあって、季節によっては夕陽がかなり下まで落ちるのが見えたよ。今思えば悪くない場所だったな。また住みたくはないけど。
小学生から塾に通ってたんだけど、中学に上がって時間が変わって帰るのがいつも遅かったんだよね。車の通りは多いとは言え街灯が少ないし、古い建物も多くてさ。割と想像するよね。
あの角を曲がれば何かが出てこないか。いつも電気がついていないあの一軒家では人が死んでるんじゃないか。漆黒の窓の向こうから何かが覗いているんじゃないか。
殺人事件があった通りもあって、怖かったな。
それを上回るのはあの家の階段。
だだっ広い階段を抜けて、民家だけの道を抜けた先にうちが家がある。夜九時ぐらいなのにあんま人とすれ違わないくらい閑散としててさ。野生の声と風の音だけ。家の前につけば、一階の電球がいつも点滅してた。電気の燻るような音が建てながら。別に古いアパートじゃないんだけどね。俺が住んでた時はずっとそのままだった。
すでに重くるしい空気があって、ビクビクしながら階段を登ってく。やけに足音は響くんだよね。心臓もバクバクなって、緊張を体現していた。早く、速く家の中に行こうって少し駆け足で登る。でもその時間が長く感じた。
構造の問題でさ、三階まで登るまでに六回方向転換しないといけない。壁で覆われているわけじゃないから登り切るごとに景色が変わる。その度にいつも視界の端に黒い女の影が見える。
俺は一度も振り返って確認できなかった。
そもそも、いたとして、そこは空中。ありえない。だから幻覚だって否定してた。
それは、夜に家に一人で帰る時だけ見えた。夜中に家を出た時は見えないんだよね。
あとは怖かった体験が一つ。
俺の部屋の窓を開けたら廊下が見えるんだよね。でも防犯用で鉄格子があったから、面白くもないからいつも窓を絞めてた。
一回だけだったんだけどね、徹夜して勉強してた時に、窓をノックされた。聞き間違いの可能性もあるけどね。だって足音が聞こえなかったから。
結局、親がここに住むのは辞めようって話をして引っ越した。母親は今でも、あの家は良くないって言ってる。
この話を、去年くらいに友達に話したら嫌なことに気づかされたんだよね。
もし、全部が見間違いでも聞き間違いでもなかったら、
俺が見たそれは家に入りたかったんじゃないかって。
俺が帰る時にいつも着いてきて、俺の部屋の窓にノックをした。
なんで気づかなかったんだろうね。気づきたくなかったんだと俺は思うし、今でも気づきたくなかったって思ってる。