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分岐点④

 ザルカの休日は終わった。

 リザードマンを倒した後、過剰な加護や回復で俺やバルディが熱を出している間に、フィリアが最後の将軍級を仕留めて終わらせてくれたらしい。


 さて次は東の大侵攻だと身構えた傍から飛んでくる光があり、ゼルディスとリディアが帰還して状況の平定を伝えた。


 なんと、たった二人で戦況を覆してきたんだそうだ。


 アダマンタイトってのの凄まじさを改めて思い知らされた。

 たった一匹をあれだけの人数で追い回して苦戦を強いられていたってのにな。


 それから、まあ……ゼルディスは休むのも程々に北域へと飛んでいった。


 グロースが死んだから。

 その家族がまだ、北域で彼の帰りを待っていたからだ。


    ※   ※   ※


 「…………パパ?」


 予め聞かされ、覚悟していたんだろうカトリーヌは、受け取った骨壺に涙を流しながらも声をあげることはしなかった。

 追悼の言葉を終えたゼルディスは静かに立ち去り、後に残ったのは今回の戦いで犠牲となった冒険者の家族や仲間達。


 そんな中でもカトリーヌは顔を上げ、娘のリアラを抱いて、夫を抱いて、ギルドの前から納骨堂へ向かう。

 先頭を行くのはリディアだ。

 杖を掲げ、仄かに光を受けながら葬列を率いて行く。


 リディア、落ち付いているな。

 昨日散々泣いたが、その痕跡すら神聖術ってのは消せるらしい。

 今までどれだけ、そうやって誤魔化してきたんだか。


 妻子の前で泣く訳にはいかないっていうのは分かるけどよ。


「ねえ、パパは? ねえっ」

「パパは一緒に居るの。大丈夫よ」

「ねえっ!!」


 個人で墓を建てることも出来ただろうが、カトリーヌは夫を冒険者として埋葬してやることにしたらしい。


 そこにどんな葛藤があって、夫婦の会話があったのかは知らない。


「パパぁ……!! パパッ!! ねええ!!」


「……お持ちしますか?」

「いいえ。私が連れて行きますから。ほらリアラ、パパはここに居るのよ」

「っ、やだああ!! っ、っ、……ぁぁぁああ!!」


 戦いは終わった。

 だけど、傷跡は残り続ける。


 大勢の人間が死んだ。

 ルーク達の居なかった初日には、巻き込まれた一般人も少なくなかったという。

 クルアンの町は破壊され、今や半壊に近い状態と言っていい。

 命を張って戦った冒険者を責める声は少ないが、ここ何十年誰も感じることのなかった魔物の脅威に、改めてこの地を離れる者も出ていると聞く。


 二人はどうするんだろうか。


 冒険者であり続けることを選び、そして死んでいった夫を前に。


 俺達は、冒険者はいつか死ぬ。

 命を張って戦いへ挑む以上、それは当然の帰結だ。

 だがその言い訳が通用するのは冒険者同士の話で、普通に生きている者からすれば関係無い。


 かつて俺は、俺を心配し続けることに耐えられなくなったアリエルから離れ、冒険者で居続けることを選んだ。

 いつかああなる。

 決してグロースを蔑むような言葉にしたくはないが、それでも普通に生きるよりも遥かに死に近い位置で生き続けるのが冒険者だ。


 グロースは、カトリーヌは、何を思って今日まで生きてきたんだろう。

 結婚して、娘まで作って、それでも冒険者で居続けた。


 俺には選べなかった道だ。


 だから、正しいとも、かといって間違っていたとも言えずに、悔しさを抱えて佇んでいた。

 見送りに来ていた連中も解散していく。

 誰が死のうと、胸を裂かれるような痛みを覚えていようと、日々は続く。

 働かなきゃ、生きてはいけない。


 だからどうにかギルドへ入り、仕事が無いかといつもの場所で依頼板を眺めていたんだが、集中出来ずに何度も受付を伺った。


 アリエルの姿が無い。


 非番か。

 あるいは交渉事か。


 ザルカの休日は受付嬢にとっても忙しい時期だ。

 外部との折衝なども任される彼女であれば尚更、終わったからといって全てを投げられる立ち位置じゃない。


 会ってどうする。

 ただ自分のもやもやを押し付けるだけだ。


 けど、北域の件での詫びをまだ出来ていない。帰ってきてから、ギルドへ顔を出したのは初めてだからだ。


 しばらく酒も飲まずに呆っと過ごして、なんとはなしに立ち上がる。


「ぁ、…………」

「…………おう」


 振り返った先に、アリエルが居た。


    ※   ※   ※


 最初、つい身構えちまった。

 いつもの調子でキツい言葉を叩き付けられ、拳の一つくらい飛んでくるのかと。


 だけど抱えきれないほどの書類を抱いたアリエルは、向き合った俺を前に表情を無にしたまま、涙を流した。


 目の下に隈が出来ている。

 そいつを化粧で誤魔化して、ずっと働いていたんだろう。


 自分でも頬を伝う感触に気付いて慌てだすが、両手が塞がっていて拭う事も出来ない。


「あ、ぁっ……っ、ち、違うからっ。そんなんじゃなくてっ、このっっ、何馬鹿やってんのよアンタ……って、言おうと、っ、してたのに……っ」


「あぁ。俺なんかより、お前の方がよっぽど俺を分かってたよ」


「っっっ、今っ、そんなこと言うなァ……。馬鹿っ、馬鹿っ。ホント……っ、ごめんなさいねー…………危険大好きな冒険者様に湿気た顔見せちゃって……馬鹿みたい」


「アリエル」


「あーはいはい。仕事が欲しいなら受付にお願いします。私は色々と抱えてる案件があるから、じゃあねバイバイ」


 取り付く島も無く、アリエルは背を向けて行ってしまった。

 後ろにいた若い受付嬢も気まずそうにしながらソレに続く。


 ため息を吐く。


 なにやってんだか。


 一度は腰を下ろしたが、仕事をする気分でもないなと立ち上がって振り返る。

 あまり長居していたつもりもなかったが、出入り口にカトリーヌ達の送り迎えを終えたリディアが立っていて、あぁと気が抜ける。


 別に飲みに誘うだとか、何かを考えていたつもりもなかったが。


 一歩を踏み出した時、受付の奥から派手な物音が聞こえた。

 悲鳴があがる。


「なんだっ!?」


 駆け付けて、息を呑んだ。


「先輩がっ、急に倒れちゃって!」


 若い受付嬢。

 その奥に、飾りの花瓶や書類をぶちまけて倒れるアリエルが居た。






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