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戦士

 グロース。


 戦いの中、ずっとその名が胸中にあったのに、どうしてか名前を呼ぶことが出来なかった。

 確かに心臓を喰われた筈。

 ヤミガラスの鎧なんていう変わった術を使うが、あくまで小技の一つと本人も語っていた。

 だから、アレが幻だったなんてことはない。


 歩いていくアイツの鎧はボロボロだった。

 歪み、砕け、明らかに内部を破損させている箇所まである。

 足元に散った黒い霧が、地面に触れて血に変わる。


 なのに動いている。


 お前は……。


    ※   ※   ※


 身体を引き摺る様にして歩くグロースが奴の元へ辿り着いた時、既に白亜の石畳は血で染まっていた。

 攻めかかった神殿騎士は悉く一合のみで仕留められ、心臓を献上していくだけ。


 あれだけ傷を負わせて尚も健在。


 青白い鱗は殆どが落ちたが、単純な実力が並の連中とは隔絶している。

 ふらふらと、よろめく場面も確かにあるのに、誰もアイツを仕留め切れない。


 グロースが黒剣で床を叩く。


 強い響きが広がった。


 退け、とミスリル級の戦士が号を放ったんだ。


 リザードマンを取り囲みながらも手を打てないでいた連中はそれだけで下がっていく。神殿騎士ってのは大半が神官としての修行をしながらも、大成出来ずに戦士の技を磨いている連中だ。

 総じてアイアンか、シルバー程度の奴が多いと聞く。

 弱くはないが、決して強くはない。

 蔑むつもりは全く無いがな。


 対峙したリザードマンと、グロース。


 そのずっと向こうの建物をぶち破って、巨大ワームが姿を現した。

 無数に駆け込んでくるのはルーク達冒険者だ。

 最後に見た時はまだ原型を保っていた将軍級が、今じゃあ剥き出しの肌を切り刻まれ、のたうつ様に暴れていやがる。


 そんな混乱を一顧だにせず、二人は同時に駆けた。


 リザードマンが神殿騎士から奪った剣でグロースの黒剣を払おうとする。だが、ソイツは深い鉄の響きを伴い静止した。


 なんだ、そりゃ。


 ゆったりと構えているようにしか見えないのに、グロースの黒剣がどれだけ押されても動かない。弾かれもしない。しかも、引けば吸い付くみたいに追いかけて行って、そこへ意識が集中した途端、一息でリザードマンの懐を切り裂いた。


 だが。

 あぁちくしょうっ。


 きっと岩槍の時だ。グロースの剣がボロボロだ。刃こぼれなんてもんじゃない。あんなの、こん棒でも使った方がまだマシだろう。

 だから傷こそ負わせたが、仕留めるには至らなかった。


 退いたリザードマンが足元をふら付かせる。好機と飛び付いた神殿騎士の突き出した槍を、奴はあっさり掴んで心臓を抉る。

 そのまま奪った槍を構えた途端、グロースが攻めかかった。


 矛先を打ち払い、下がりながら間合いを保ってくるリザードマンへ一気に詰める。

 同時に奴も槍を手放し、踏み込んだ。


 掴み取られた黒剣と、知った事かと振り抜かれたグロースの右拳。

 落ちた相棒をひょいと蹴り上げ、漆黒の戦士は剣の柄を握り直して斬り付ける。


 悲鳴のような擦過音が広場に広がった。


 足元に蔓。

 グロースの足首をそいつが捻り上げようとする。

 彼は構わなかった。

 隙と見て寄せてきたリザードマンを正面から斬り付け、吹っ飛ばす。


 転がった先で神殿騎士の落とした槍を掴み、次々と投擲するも、その全てをグロースは静かに逸らして防いでみせた。

 その間に乗じて突っ込んだリザードマンが再び叩き付けられた黒剣を掴む。

 腹部に一発。

 グロースの身体が僅かに浮くも、足首に絡んだ蔓が飛んでいくことも許さない。


 乱打。


 一発ごとに鎧の破片を飛ばしながら、異常な力を発揮し始めたリザードマンが体表を赤く染め上げての猛攻を続ける。何らかの強化を施しているんだろう。鱗が剥がれたってことは、今まで抑えられていた力が増していることを意味しているんだから。


 ずっと向こうで巨大ワームが雄叫びをあげた。


 姿勢を崩したグロースへ更に踏み込み、今度こそと紫電を迸らせて心臓を狙う。

 頭突き一発でソレを押しやり、霧となった足が蔦から逃れた。


 白亜の石畳が割れる。

 ほんの僅か、グロースの身が沈んだだけ。

 なのに、その場の空気全てが水にでも置き換わったみたいに重さを増した気がした。


 姿勢を正したリザードマンが攻めかかる。


 本能だろう。

 コレを仕留めなければ。

 でなければ自分が死ぬ。


 本来放置していれば勝手に倒れ伏しただろうグロースを前に、その圧倒的な存在感に意識を奪われたリザードマンがのめり込む。


 倒れ込んだ巨大ワームが地面を揺らしても、最早小動(こゆるぎ)もせずに敵を迎え撃った一人の男が、剣閃を奔らせる。


 それはまさしく黒い閃光だった。


 斬れる筈もないボロボロの刃で相手の攻撃を受け止めると、そのまま拳も骨も切り裂いて腕を飛ばした。

 黒剣はそのまま、一度は仕損じた胸部を裂きながら肩口から跳ね上げられる。


 胴の半ばから真っ二つに割れたリザードマンがしがみ付くようにしてグロースへ倒れ込み、


『――――ガ、ァ……』


 何故、と問うた気がした。


 同時に、支えを失ったグロースが崩れる。

 奴との戦闘、それだけを胸にここまでやって来た戦士が、膝を付こうとして、耐えた。身体を押し上げ、ふら付く脚を無理矢理立たせ、固定する。


 音は無い。

 声は無い。

 もう、彼は。


 戦場が静まり返っていた。


 あれだけ暴れていた巨大ワームも倒れ伏している。


 ただ、夥しい死体の上で、それを倒した筈の男が何も言わず天を仰ぎ、


「――――――――」


 最期に、俺を見た。

 見たまま、今度こそ本当に、死んでいった。


    ※   ※   ※


 戦いは終わった。

 市壁の外は知らないが、内部へ侵入した将軍級の二体は今、ここで仕留められた。


 だが誰も声を上げない。


 鬨の声は無い。


 リザードマンを仕留めたグロースは死に、巨大ワームも仕留められたが、あまりにも被害がデカ過ぎる。


 見れば、あぁ……ボロボロになったルークの背で、双子の一人、リドゥンが事切れている。

 他にも大勢、あの巨体に引っ掛かったり、押し潰されていった者が居るんだろう。身体の各所に拭い切れないほどの血の跡が見えた。

 どんな戦闘があったのか、もう想像しか出来ないが。


 あれだけ賑やかだった連中ですら閉口して膝を付いてやがる。


 神殿騎士達も同様。

 あまりにも死に過ぎた。

 俺達が今日まで守って来た日常が壊れてしまった。

 そいつを確かめる様に見て、誰かのため息が漏れるのを聞いた。


 押し寄せているのはきっと、敗北感だ。


 グロース。

 お前は、俺に。


「エレーナ。トゥエリを頼む。致命傷は避けられたが、傷が深くて気を失ってる」

「ぁ……………………うん……」


 気を張れ。

 意識を保て。


 毎度のように身体を張って、張りましたよって気絶していていい訳あるか。


 こいつらの顔を見ろ。

 死を見過ぎた奴は、その衝撃を前にフェアグローフェに囚われる。


 戦いは続く。


 明日も。明後日も。まだまだ!!


「全員……武器を掲げろ」


 歩いて行く。

 最後に、どうしても腕を振り上げることの出来なかった、その代わりに俺を見た戦士の元へ。


「この戦い、俺達の勝利だ」


 何人かが声に気付いてこちらを見る。

 だが、すぐに俯いてしまった。

 足元に居る戦友を、その死を前に力を失っていた。


「今お前達には何が見えている」


 死体の山、破壊された街並み、強大過ぎた敵の骸。


「武器を掲げろ。俺達の勝利だ……っ」


 仲間の死はいつだって自分を責め立てる。もう立ち上がれないほどの衝撃を受け、二度と武器を握れなくなる奴だって居るだろう。


「お前達は何を見ているッ」


 声を広げろ。

 遠くへ。

 俯いて自分の中へ落ちていく奴らの意識を引っ叩け。

 引き摺り上げろ。


「武器を掲げろっ、俺達の勝利だ……っ」


 今にも倒れそうな身体を引き摺って、息を吸うだけで軋みをあげる自分を叩き伏せるような想いで。


「今そこに居るのはッ、この町を、お前達を護ろうと必死に戦った者達だろう!!」


 死は取り戻せない。

 死者は語らない。


 本当の所なんて誰にも分からないさっ。


 それでもな!!


「武器を掲げろッ……、っ、俺達の、勝利だ……っ」


 終わらせちゃいけない。

 折れさせちゃいけない。


 そんなことの為にコイツらは命を張ったんじゃないだからッ!!


 叶わなかった者の為にこそっ、腕を振り上げろ!!


「どうした戦士達!! 化け物共を倒し、人々を守る為に武器を取ったんだろう!? ならこんな所で俯いている暇があるのか!! 今ここで倒れ伏した仲間の屍に縋ってッ、すみませんもう悲しくて戦えませんと……ッ、命を張って戦い抜いた者達に言えるのか!? 顔をあげろ!!!!」


 掲げるは友から受け継いだ武器。

 かつて助けることの出来なかった、大切な仲間の遺したモノ。


 それを受け取ったことを誇りこそすれ、罪に思う事なんてあるもんかッ。


 お前達も!!


 同じ筈だ!!!!


「武器を掲げろ!!!!」


 のろのろと、顔をあげた誰かがその手に握り込む。

 かつて共に腕を磨いた、背中を預けて戦った、日々を過ごして笑い合った、彼ら、彼女らと生きた時間を胸に。


 武器を握って、天へ翳した。


 その想いは、決して伏して見るべきものではないと。


 熱を込めて。

 生き残ったのなら。


 明日へと叫べ。


「この戦い、俺達の勝利だ……!!」


 一瞬の静寂、

 そして、



『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』



 鬨の声が鳴り響く。

 勝利を謳え。

 歓喜と共に。

 熱狂の中を奔り抜けろ。


 戦いはまだ続く。

 こんな所で折れている暇はない。


 お前は、コレを託したかったんだろう、グロース?


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 燃え盛るような声が轟く中、仕留めた巨大ワームの前で座り込んでいたルークが、疲れ切った顔で笑いながら言った。


「全く。やっぱり貴方には敵わないなぁ…………ははは」


 渦巻く勝利の雄叫びは、いつの間にかクルアンの町全体へと浸透し、次々と戦士達は声をあげていった。


 ここは冒険者の町。

 けれど、そこで生きる全ての者達の町でもある。

 生きる事は戦いの連続さ。


 今日この日。

 今日までを戦い抜いて来た全ての者が。


 この地はまだ死んでいないのだと、産声の様に声をあげていた。







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