臨界点
木の盾は喪失。
パイクも短剣も貸し出し中。
手にしている爆裂のこん棒は敵の魔術を吸収するらしい特製を考えれば安易に振れない。
敵は無手。
迷宮で見た時は何かの枝を手にしていたが、意味があったのか無かったのか。いや、ドルイドとしての装備だったのかもな。
青白い鱗に無数の傷跡を残しながら、今し方そのドルイドとしての力を見せてきた老齢のリザードマンが、半ばで切れた尾を揺らしている。
それが犬っころみたいにはしゃいでる結果ならいいんだが、どうにも仲間を散々に殺されてお怒りらしい。
まあいいさ。
魔物と俺達は敵同士、そういうこともあるだろうよ。
今回は連中が攻めてきたが、俺だって普段から迷宮で魔物は狩る。
怒りを見たからといって今更だ。
問題なのは、怒り心頭のリザードマンが大暴れするのを、しばらく俺一人で抑えなくちゃならないってことで。
息を止める。
駆けた。
接近戦じゃ相手に分がある。
なら守りに入れば持たないだろう。
相手は様々な手練手管でこっちを翻弄してくる。
いつもの様な方法じゃ駄目だ。
攻めて、攻め続けて、状況をこちらが作り出して行かないと。
こん棒を下段に構え、勢いを付けて――――その先端を床に噛ませて支えとし、思いっきり下半身を放り投げての飛び蹴りを放った。
しっかり、突き刺さったままの木片を踏んで。
吹っ飛ぶ。
強いとはいっても奴は小柄だ、体重勝負では俺が勝る。
冒険者同士の喧嘩でもそうだがな、武器を持たずに戦おうとした場合、どうしたってデカくて重い奴の方が有利になる。
腕力以上に、自重を攻撃に乗せられるってのは強いんだ。
だから防御されようが関係ない。
足元が平らっていうのも大きいんだろうな。
リザードマンの足は前指と後指で構成されている。そいつででこぼこした地面を掴んで重心を安定させるから、地面に自分を引き寄せる筋力は発達してても、地面を踏んで押し出しながら耐える筋力はそこまでじゃない、のかもしれない。
転がる野郎を追いかけて、今度は両手でこん棒を振り上げる。
まだ起き上がり切れていないリザードマンが腕で防ごうとしてくるが。
俺はこん棒を手放して腕だけを振り下ろした。
手の中には短剣。
二人から貰った、この手に刻まれた力。
だが反応してきた。
腹を割りたかったが、脚を捻じ込まれ、脛の一部を切り裂くだけに留まる。そのまま蹴り出されて後退しつつ、身構えるが。
手元にこん棒が放り込まれた。
視界の端に映る光の鎖。トゥエリか。柄を握り込んで、更にリザードマンの向こうから陶器の壺が投げ込まれてきているのを見た。
建物から建物へ駆けて行きつつソレをしたのはエレーナだ。
だから俺は威嚇してくる野郎へ向けて、遠慮なく壺を爆裂のこん棒でぶっ叩いてやった。
破片が飛ぶ。
更に来る。
叩き付けて、叩き付けて、次々と飛ばしていく。
致命傷にはならないが、傷は無数に出来ていった。
衝撃だって相当なもんだろう。
首元、腹、そして目。硬い鱗に覆われていない弱点を庇って膝を付いた姿を見つつ、床を滑って来た木の盾を足先で受け、跳ねた所で持ち手を保持する。
ありがたい。
戦場は街中にある。上手く倉庫や武器屋なんかを漁れれば、この手の安物なら店先にだって飾ってあるだろう。
支払いはまあ、ギルドか町議会にでもツケておいてくれ。
更に一発大きいのをくれてやって、弾切れしたのか間が空いた途端。
詰めてくる。
姿勢を低く、真っ直ぐに俺目掛けて。
木の盾を構えた。
前後に揺れる。
交戦の寸前、そこで一気に下がる。
構えを取った。
また来る。
更に、と思った所で奴の拳が腹に突き刺さった。
口の中に血の味を感じながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。
たった一発で!
しっかり盾で防いだつもりだったのに、どういう手管かすり抜けてきやがった。
バルディの野郎、こんなのよくスグに対応出来たな……っ。
追撃してくるリザードマンを光の鎖が牽制するが、トゥエリは出せて二本が限界、速度や拘束力もそう高くない。
あくまで牽制。
だが稼がれた時間の中で回復は貰えた。
まだ、不完全だが。
今度こそ。
次は、襲い来る奴の踏み込みへ合わせて、前へ。
が、読まれていた。
結局こん棒での直接攻撃がないとバレていたんだろう。警戒すべきは木の盾、それを破壊して破片を飛ばしてくるくらいか。だから、その大きな的をしっかりと抑え込めば攻撃は成立しなくなる。
ただし、体重差はある。
俺の放った盾での打撃は受け止められたが、そのまま受ける力に合わせて身体ごと押し込んでいく。互いに力が抜けた所で短剣を握り、と思った所で突き出した手首を掴まれた。
奴の左手、最初からあった欠損、肉が剥き出しになって乾き切った指が見えた。
頭上に影が落ちる。
音は無かった。
だが誰かは分かる。
気付いた奴はあっさり俺から手を離し、距離を取った。
間に落ちてきたバルディが遊ぶみたいにパイクを回す。
「少し休んでな。話は聞いた」
「……あぁ、っ、っっ」
頼む、と言おうとして猛烈な痛みに声が出なくなった。
飛び出してきたトゥエリが背中を支えてくれる。遠隔でも回復は出来るが、効果は落ちるからな。直接やってくれるのはありがたいが、リザードマンに見られたのは上手くない。
冒険者を立ち上がらせる神官は、奴にとって最優先の処理対象だ。
回復を受けながらも盾を構え、いざとなれば壁になるつもりで気を張った。
「ごほっ、っ、ご、が、っっ……!!」
くそ。
血が次々飛び出してきやがる。
腹に貰った一発で内臓をやられたのか。
とっくに感覚なんて無くなってるが、まだ俺は戦える状態なのか。
ぶつかり合うバルディとリザードマンを観察しつつ、身体の調子を確かめる。血が絡んで呼吸が辛い。唾液と絡めて吐き捨てた。強く咳をして、喉の奥に留まってる分を押し出してくる。
また、血が飛び出してきた。
「無理しないで下さい……っ」
トゥエリの切実な訴えを聞きつつも、構えを取るのは止めない。
戦いは続いてる。
もう犠牲はうんざりだ。
この命を張ってでも仲間は守る。
前方、猛攻を仕掛けていたバルディへ、リザードマンが敢えて受けた攻撃の勢いを利用し、仰け反らせた上半身を振り回す。地面に手を付き、ぶん回した脚で蹴りを放ってきた。
さっき俺がやって見せた攻撃の応用か。
まともに喰らったバルディが吹っ飛ばされる。
そして、来る。
追撃も放り投げ、一直線にこちらへ駆けてくる。
「っ、くそ! ごほっ、く、ぅっ!!」
手が痺れる。
耳元まで感覚が。
せめてトゥエリを逃がして。
「っっ、だああああああああ!!」
そこへ大声をあげてエレーナが飛び込んで来た。
リザードマンはあっさり反応して彼女を蹴り飛ばし、トゥエリに目標を定めた。だが、今自分の蹴り飛ばした相手が神官の恰好をしていたことに気付いたのか、ついそちらへ目をやってしまう。
突っ込んでくる神官なんざ滅多に居ないだろうからな。
一度は見ていた筈だが、反射へ落とし込むには時間が足りない。
その間を得て、バルディが追い付いた。
背後からの強襲にまたもリザードマンが潜り込んでの一打を浴びせようとするが、その足元へ滑り込んで支えの尾を蹴り飛ばしたバルディが俺達を庇い立つ。
そのまま改めての攻撃。
掴みに来た手を切り裂き、奴の懐へ忍び込ませた短剣で腹を狙う。
避けられ、距離が出来た。
更なる追撃で二人はじわりじわりと離れていった。
「エレーナ、自力でやれる?」
「っ、だ、い……じょうぶ!!」
かなり重いのを貰ったみたいでふら付いていたが、まだちゃんと生きていてくれた。そいつにほっと出来ないくらいの窮地はまだ続いているが。
「………………アイツの倒し方が分かって来た」
声の通る様になった喉を鳴らして、もう一度大きく息を吸う。
バルディのおかげで間が出来た。
考える時間が得られた。
まだまだ頭の奥は痺れちゃいるが、ここからでも見える神殿を見上げ、地図を思い描く。
時間はある。
「フィリアへの伝令を頼む。これから奴を神殿前の広場へ誘い込むから、そこへ最高の一発を頼むってよ」
後は、俺達が生き残れるかだ。
※ ※ ※
いなされたバルディと入れ替わって、盾を構えつつ前へ出る。
明らかに警戒したのが分かった。
そいつに乗じて間を開けると、二人揃って路地を飛び出す。一気に視界が開けた。白亜の石畳に、継ぎ目の見当たらない白の壁。神殿を囲うソイツを見ながら広場の中央へ駆けていく。
壁の上で大騒ぎする神殿騎士が見えた。
連絡はしておいた筈だが、まあ緊急時なんでな、そう目くじら立てるなよ。
後は余計なことをしないでくれれば、なんて思っていたら盗賊が壁を登っていくのが見えた。
強襲してくるリザードマンにまた俺が前へ出た。
明らかに減速する。
あぁ、いい加減見えて来たよ。
バルディは強い。が、真っ当に強過ぎる。魔物相手の大技なら山ほどあるみたいだが、俺みたいな小技は持ち合わせが少ない。
そいつを思い付きでどうにかしているのは凄い所なんだけどな。小柄で技量に長けた相手ってのは迷宮深層でも殆ど見ないんだろう。
更に得物を取り上げられ、択は大きく狭まっている。
これは相性の問題だ。
一方で俺はバルディより力量で劣るが、コボルドやゴブリン相手に散々小技を駆使してやってきた。
そういうのが、バルディのような冒険者との戦いに慣れたこのリザードマンにとっちゃやりにくいんだろう。
加えてラウラとリリィから貰った短剣だ。
正体までは見抜かれちゃいないだろうが、突如現れる武器に混乱もあるだろう。
殴り神官のエレーナに驚いていたのも同じこと。
単純な強弱じゃなく、相手を惑わす手数の多さ。
それだけなら、俺はこのリザードマンの上を行く。
だが戦いが長期化すると徐々に相手だって慣れてくる。小技はあくまで、トドメの一発へ繋げる為のもの。バレちまえば効果は激減する。
両手でこん棒を持ち、叩き付ける。
掴まれた。吸収するかどうか以前に、打撃出来なければ爆発が発生しない。そいつを見抜かれたんだろう。
だが、今のは掴まれたんじゃなく、掴ませたんだ。
離した右手をこん棒の先端へ滑らせる。
手放してくる。
また短剣で切られると思ったんだろう。
だからこん棒の先端部へ右手を添えて、押し付けながら身体ごと圧す。そう、この自重と筋力での単純な圧し合いなら俺が勝るっ。
後ろから飛び出したバルディがパイクで脇腹を突いた。
肉ごと抉って切り裂く。
「おおおおおおおおおおっ!!」
強引に押し切る。
そのまま振り回して、更にバルディが追撃を。
思った所で、ふっと手の中から感触が消える。
押す力に逆らわず、倒れ伏したリザードマンが転倒の勢いのまま下半身を上へ放り投げ、追撃に身を返していたバルディを蹴り飛ばした。
同時に、奴の足が俺の首を掴んで来る。
「っ、ぐ、あ!?」
リザードマンの足は前指と後ろ指に別れていて、そいつで地面を掴むことが出来る。だから、同じように人間の首も…………。
「ぁ、ぁあっ……っ、ぐ…………、この、ぉ……」
まずい、身体があっという間に痺れてきた。
ふらふらと右手を挙げて、短剣を握るが、ソイツを振るう前に俺は地面へ叩き付けられた。
背中から衝撃が突き抜け、更にリザードマンの体重が乗る。
伸びてきた光の鎖も爆発によって払い除けられ、駆け寄って来たエレーナはあっさりと吹き飛ばされる。バルディはトゥエリからの回復を貰っているが、まだ、動けない。
意識が遠退いて来た。
首の骨が何か拙い音を立てている。
呼吸なんて……。
化け物が雄叫びをあげた。
そうして周囲の誰もが動かないことを察すると、右手を構える。
あぁ、俺の心臓も喰うつもりか。
もう身体は動かない。
手は尽くした。
ここまで、散々やられっぱなしで、どうにか戦い続けてきた。
十分だ。
これで十分。
だから、後心配なのは、フィリアの腕前って部分でさ。
ここは広場の、ほぼ中央。
ちょっとギリギリかもだけど、視線は通ったろ。
そこへ、彼方にも思える市壁の上から、間の建物の一部をぶち抜いて、強烈な熱を伴った光の柱が突き立てられた。
全くの無防備だったリザードマンが呻きをあげる。
光は俺の少し上を通り過ぎて行ってくれた。当たってたら俺なんざ即蒸発してたかもな。今でもすげぇ熱いけど。
その転がったままな俺の身体を、フィリアの魔術で身体を焼かれたリザードマンが足から離したのを狙ってトゥエリが鎖で引き抜いてくれる。
手荒い救助だがありがたい。
駆け込んでいた彼女に勢い良く抱きしめられ、回復を掛けられる。
いや、いいんだけどさ、他の奴もしっかり回復してくれてるし。
なんとか身を起こした俺は、流石に魔力切れを起こしつつあるトゥエリに支えられながらリザードマンを見た。
攻撃は続いてる。
光の熱は確実に奴を焼いていた。
うめき声がそれを証明している。
「アレは……」
「上限があるってことさ」
通る様になった喉でトゥエリに応じる。
奴は魔術を吸収する。だが、ドルイドの力も、吸収した力も扱える。その上で、欠損した肉体はそのままだ。
この矛盾を通すには幾つかの推論も混ざるが。
「鉄にだって耐えられる力の上限がある。だから、ドルイドの力で自分を癒す時、奴は相当な無茶をしていたんだ。百の力で一を回復させるようなものをな」
だから欠損を補うほどの力は行使出来ずにきた。
更に敢えて使ってこなかった理由にもなる。流石にそんなの、消耗が激し過ぎるからな。
直後の戦闘でも精細を欠いていた。
「加えて欠損部分。やっぱり魔術の吸収は鱗が原因なんだと思う。だから、剥き出しの肉の部分、鱗から離れた部分なんかは普通に魔術が通るんだろう。勝手に鱗から吸収されるのは変わらないが」
まあつまり、臨界点を越えた魔術には、奴も吸収しきれず傷を貰うって話だ。
百分の一、それだけだろうと、オリハルコン級魔術師二人の放つ攻撃はリザードマン一匹の命を刈り取るには十分な筈だ。加えてたっぷり傷は付けてきた。
フィリアからの返答は、一発だけなら、との事だ。
あっちもまだリッチとの戦闘が続いてるらしい。
魔物の大群だって居る。
この一発を貰う為に前線には結構な負担を掛けているって話だからな。
だが、効果は十分。
ふらふらと、身体を焼かれながらうめき声を発する青白い鱗のリザードマン。
散々に苦戦させられたが、ここで終わりだ。
崩れ落ちて、蹲る。
俺達もまだ、動けはしないが。
フィリアからの援護がゆっくりと細くなっていき、最後に強い風を残して消えていった。
全員が息を落とす。
俺も限界だ。
トゥエリは魔力切れ、バルディも満身創痍、エレーナは一発貰って気絶した。
辺りに漂う焦げ臭さは奴のものだろう。
崩れ落ちたまま蹲っていて…………それが、身を起こす。
「………………………………嘘だろ」
フィリアの大魔術、それを減衰出来るとはいえ直撃しておきながら、あれだけの傷を負わせてきた相手が、まだ立ち上がる。
鱗の殆どが炭化して、ボロボロと剥がれ落ちていく中、蹲る事で傷を最小限に留めたリザードマンが一歩を踏み出す。
手をこちらに翳した。
細い光の熱線があっさりと木の盾を、俺の肩を、その向こうにいたトゥエリを貫く。
それだけじゃない。
更に威力を増した熱線を神殿へ撃ち放ち、分厚い壁ごと神殿騎士達を吹き飛ばしていく。
ここまできて。
ここまでやって。
まだ、届かないのか……!!
「…………くそったれが」
地面を叩く力もないまま、その破壊ぶりを見送った。
失策だ。
倒すどころか、相手に力を与えちまった。
せめて、刺し違えてでも。
思い、ふら付きながらも立ち上がろうとした俺の肩を、大きな手が抑えた。
「……………………」
彼は何も言わなかった。
何かを言える筈もないのに、どうしてという疑問すら置き去りに、歩いて行く。
漆黒の戦士が、剣を振り上げて。
最後の戦いへとやってきた。




