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鼓動する

 路地裏の湿った空気の中を青白い鱗のリザードマンが歩いている。

 慎重に追跡を重ね、ようやく捕捉したソイツへ、まずは。


 指笛を吹いて合図する。


 当然ながら警戒される。

 そこへ、側面の扉を開け放った。

 投じたのは空の壺。縄で保護されたソイツはただ道に転がり、けれどリザードマンは警戒して距離を取る。

 その背後から音も無く飛び出していたバルディが急襲する。

 パイクを突き出した。

 身を低くしたリザードマンが矛先の根元を肘で押し上げ、足首を返し、当身を放つ。

 だがソレはバルディも一度見た動きだ。

 伸びてくる踏み込みの正体も掴めている。

 慣れた奴ほど誤認する、それは。


 ……やっぱり尾を使ってるのか。


 半ばで斬り落とされているからつい意識から外していた。他のリザードマンなら尾での攻撃もある分、注意は払うが、奴は短くなった尾を利用して踏み込む身体を押し出してやがったんだ。


 余程磨き込まれているのか、一見すると踏み込みが加速しただけにしか見えない。

 ただ、それさえ分かっていれば、並の冒険者ならともかくミスリル級の戦士が遅れを取るもんか。


 当身に合わせて地面を蹴り、バルディが身を低くしたリザードマンの背を転がって越えていく。

 置き土産に俺の貸したダマスカス鋼の短剣で肩後ろを刺し貫き、しっかりと抉る。


 そのまま駆け抜けて建物へ飛び込んでいくのと入れ替わって、最初に壺を投げた、開けっ放しの扉から俺が出て行く。

 構えるのは爆裂のこん棒。

 そいつを正面から叩き込めばまた吸収され、利用される。

 だからしっかりと距離を測り、規模と収束を意識して、転がしたままの壺をぶっ叩く。


 爆発の衝撃を受けて陶器の破片が飛ぶ。

 加えて中に込めてあった催涙性の粉末がぶちまけられ、リザードマンを襲った。


 戦果の確認もせず駆け抜けて、俺もバルディの入っていった所へ飛び込んでいく。

 後方で障壁が砕ける音を聞き、けれど構わない。

 駆け込んだ扉の裏からバルディがパイクの矛先をチラ付かせるともう追ってこれないだろ。先の見えない屋内、仕掛けてきた敵が即時の撤退、これだけ揃えば罠しかないと判断する。

 何か魔法で吹き飛ばしてくる可能性もあったが。


 出来た隙を活かして、俺達は一気に距離を取る。

 逃走だ。


 まずは一当て。


    ※   ※   ※


 合流地点でトゥエリから支援を貰いつつ、次の状況へ思考を整理していく。


「奴は」

「捕捉出来ています」

「良し」


 トゥエリのパーティに盗賊が居たのは大きかった。

 他にも隠形が出来る奴と複数で監視をし、決して手出しはすることなく追跡をして貰っている。

 バレそうになったら引き継いで、撤退を優先する。

 既にトゥエリからの報告が上げられ、各所から遊撃部隊が結集しつつある。

 戦力としてはかなり乏しい。

 街中の遊撃部隊は殆どがアイアン以下で、シルバー級が主に指揮を執っている状態だ。あのリザードマンの相手をするのは荷が重すぎる。主力は市壁から離れられないとのことだから、直接の交戦は俺とバルディで行うしかない。

 せめて将軍級のどちらかが落ちればとも思うが。


「よし。もう一当てしてくるわ」

「経路は把握できてるか?」

「今説明して貰った」


 足元の砂地に書かれた地図をもう一度見て、握りを確認するみたいにパイクをくるくると回す。手の甲を滑らせたり、指に引っ掛けたり、乱雑に扱っている様で常に手で触れた状態を維持しているのは流石だな。


「ロンドさん、どうぞ」

「ありがとう」


 水を貰って喉を潤す。

 少し気を抜いているのは、周りをしっかり見ていてくれる仲間が居るからだ。

 緊張しっぱなしでは疲れに負ける。


「……ふぅ」


 そう、疲れだ。

 あのリザードマンは明らかに老齢の戦士。

 魔物の体力を甘く見ることは出来ないが、敵地のど真ん中で度重なる襲撃を受けていれば、奴だって疲れもするし緊張で集中が途切れもする。


 先ほどのバルディがやって見せたように、細かい傷を与え続け、体力を消耗させていく方法は決して悪くない。


 数が居るなら、対抗できる戦士が居るなら、一気に決め切る必要は無い。


 幸いにも奴の戦力的価値は歩兵一人分だ。

 家屋の破壊も精々酔漢が暴れるのと大差がない。

 神殿の事を脇へ置いて考えるなら、あのリザードマンがこちらに与えられる損害の最も大きいものは、人間だ。


 だから徹底して人間を守る。


 倒す事に拘泥せず、撤退を繰り返し、あわよくば他が倒れるのを待って戦力の集中を狙う。


 攻撃を重ねていれば他に被害をまき散らす余裕も出来ない。

 俺はバルディを、グロースと共に戦ってきたあの男を信じる。

 想定外の強さに後れを取ったアイツだが、決して劣っているとは思わない。

 願望ではなく、事実として。


 飲み乾した器を返しながら、俺はトゥエリの首元へ目をやる。


「シルバー昇格、おめでとう」


 言うと今気づいたみたいに顔をあげて、目を丸くして俺を見た。

 ははは、アラーニェの時は言う暇無かったからな。


 彼女のランク章がシルバーのモノに変わっている。

 前はアイアンだった。

 神官の昇格が早いとはいえ、俺が居ない間に十分力を認められる何かがあったんだろう。

 かつての仲間が成長している様は、いつ見たって気分が良い。


「……ありがとうございます」


 トゥエリの視線が俺の首元へ向かっている。


「なんでロンドさんは下がってるんですか……」

 実に不満そうな声だった。

「いろいろあってな。反抗期の大人だから、ついおいたをしちまった」

「もぅ…………アリエルさんが言ってた通り過ぎてむしろ目を疑いました」

「あいつにも悪い事をした……。まだ会えてないが、後でたっぷり叱られよう」


 仕事を分捕って、その始末の尻拭いまでさせて、本当に頭が上がらない。

 心配を掛けたろう。

 分かってないと言われたことを、結局最後の瞬間まで分からなかった。


 いっそ愛想を尽かされてても仕方ないとも思っているが。


「シルバーに上がって、よぉし次はゴールドになって追い付くぞって思ったらコレなんですもん……」

「よう先輩、色々教えて下さいね、このアイアンに」


 膨れられたので背を向ける。

 若者の目標になれないのは大人として悔しい限りだよ。


 よし。


「俺も第四襲撃地点へ向かう。伝えた通り、バルディの様子にだけは注意を払ってくれ。優秀な戦士だが、仲間を失ったばっかりだ。エレーナも、戦闘への参加は最低限でいい」


 本来なら外してやるのが正解だ。

 ただ、衝撃的な事が起きた直後に安全な場所で身を休めさせると、フェアグローフェに見付かり易いと昔から言われている。

 ある程度、戦闘の緊張感を経験し、その中で自分を整えさせるのが一番だ。


 そうでなければ、ニクスを死なせた直後のトゥエリみたいになっちまう。


「分かりました」

「増援の取り纏めも任せますよ、シルバー様」


「もうっ、早く行って、ちゃんと帰って来て下さいねっ、アイアン様!」


 笑ってその場を離れていく。

 笑え。

 暗い顔をしている暇はない。

 この戦いが終わるまでは、今も必死に戦っている二人を死に物狂いで支えてみせろ。


 そうして。


    ※   ※   ※


 戦いは続く。

 一合、二合と攻防を重ね、少しづつ奴の手管にも慣れてきた。

 観察、分析はいつもやっていることだ。


 だがそれは同時に奴も俺達に慣れるってことだよな。


 攻撃の要になっているのがバルディと俺であることはもう分かっているだろう。

 一当てし、撤退を繰り返しながら傷を増やしていくことを目的にしていることも。

 侮れる相手じゃない。

 どれだけ注意してもし足りないほどの相手。


 そして、ソレを上回ってくるから、魔物ってのは本当に厄介だ。


「……………………戦力を集中させて討ち取る。それしかないか」


 あのリザードマンはドルイドとしての能力も持っていた。

 広い通路上で何気無く立ち止まったかと思えば、ここまでで付けた傷を自力で治癒し始めやがった。


 どういう理屈なのかは分からない。

 魔術を吸収してくるのはそういう何か、ドルイドとしての力だったのか、あるいはあの青白い鱗がオリハルコンのような性質を帯びていたのか。

 吸収は任意か、自動なのか。

 少なくとも放出は意図的に行っていた筈だが。


 ただ、事実として傷は癒えていく。

 相当ゆっくりではあるが。


 これじゃあ支援を貰えない前提での長期戦が意味を持たなくなる。


 ドルイドは特に術者への負担が少なく、戦い続けることに向いているからな。


「バルディを呼び戻して来てくれ。悠長に構えてたら完治されちまう」

「はい……っ」


 駆けていく盗賊から目を離し、通路へ向けた。


 リザードマンが。


「っ!!」


 居ない。


 直後、潜んでいた建物の壁が砕かれ、何かが飛び込んでくる。奴だ。甲高い叫び声を受けつつも即座に距離を詰めた。


 背後にまだ盗賊が居る。

 俺が逃げれば追われるのはアイツの方だ。


 爆裂のこん棒を振り上げ、身構えた所へ木の盾で殴り付ける。

 効果は薄い。

 腕で受けられた。

 どころか、盾の縁を掴んでくる。


「っ……!!」


 ぐりん、と掴んだ縁を円を描く様にして回してきた。手首を捩じられ、盾を保持していられなくなって、そのまま手放して距離を取る。

 だが。


 すぐに切り返して、奴が手にする木の盾目掛けて爆裂のこん棒をぶち当てた。


 破片が飛ぶ。

 これまで何度もやってみせた小技だ。

 ただの木片一つ、けれど着実に傷は負わせられる。

 あの鱗は無敵の防御なんかじゃない。

 ダマスカス鋼の短剣であれば切り裂けたし、パイクでもしっかり力を伝えられれば貫ける。むしろ、通常のリザードマンと比べて柔らかいとさえ言える。


 今の。


 そうだ、今の、俺の位置を特定してきたのはドルイドの力だろう。

 神官にも敵感知を補助する神聖術がある。なら、より自然と密接に関わってるとされるドルイドなら、もっと広く感知する手段があるんじゃないか。


 今までソレを使ってこなかった理由までは読み切れないが。


 奴の身体が傾ぐ。

 足元だ。

 無理矢理壁を突き破って来たから、床がかなり歪になってる。

 そこに今の攻撃を受けて姿勢を崩した。


 今までにない迂闊さ。


 疲れ?

 傷か?

 ドルイドの力の行使が負担になった?


 魔術を吸収するなんていう特異な体質だ、何かしら、通常種とは違っていてもおかしくはない。


 俺が詰め寄ろうとすると、リザードマンは崩れ掛けの床を蹴って外へと逃れた。


「ちっ!」


 逃がせない。

 ここでアイツを自由にしたら、他の潜伏している味方を追われちまう。


 頭の中はまだ整理し切れていないが。


 今はそこに拘泥している場合じゃねえよな。

 死んでも仲間を守るのがタンクだろ、なあっ、グロース!!


 飛び降りた。

 二階からだ。

 前にラウラの屋敷でもやったが、別に俺は軽業が使えるってんじゃねえんだ。それでも悠長に階段降りて敵を探してる暇はない。


 固い床を転がり、どうにか起き上がって武器を構えた。


 脚は動く。腕も動く。違和感や痛みがあっても耐えられる。そうして詰め寄って来たリザードマンの蹴りを受けつつまた転がり、


「あぁそうか。当然だよなァ……仲間あれだけ殺されちゃあよ」


 疲れもある、

 痛みもある、

 けどきっと。

「腹を立てるくらいはするだろうよ。だがそりゃあこっちも同じだトカゲ野郎」

 甲高い叫び声を浴びながら、そいつを叩き伏せるつもりでこっちも叫ぶ。


「上等だ!! 俺の心臓を喰えるもんなら喰ってみやがれ……!!」






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