拳を掲げ、背を預け合い。
市壁へ向けて突進してきた巨大ワームを、迎撃も僅かに引き入れた。
「今だ!!」
既に出来ていた市壁の穴、その一つを敢えて崩したままにしておくことで、将軍級の狙いを絞らせた。どれだけ強大になろうと獣は獣。草むらに隙間を開けてやると兎がそこを通り道とするように、毎度分厚い石の壁を砕いて入るなんて奴も嫌だったろうからな。
家屋の上から幾つもの網が掛けられる。
そいつは自然とあの剣山みたいな鱗に引っ掛かって、僅かながら動きにくさを与えることだろう。
投げた当人はさっさと逃げ出す。
予め縄の先を結わえておいたからな。
そうして身体に引っ掛けられる気持ち悪さに巨大ワームが身を震わせ、動きを緩めたのを見計らって。
魔術師十数名による岩槍の乱打が始まった。
貫けず、砕かれ、けれど身を浮かして衝撃を内部へ伝える攻撃。
一度はこいつを仕留められるかと思えた手法だが、平原ではこれだけの数の魔術師が結集する場所へ誘い込むのも、脚を止めさせるのも困難だ。
だから敢えて街中へ引き入れての猛攻。
おかげで平原での魔物の迎撃はまた厳しくなったが、将軍級をいつまでも放置はしていられない。
一匹ずつ、刈り取っていかないと。
一帯の家屋は滅茶苦茶だ。
だが最初に壁が破られた際、既に諦めざるを得ないほどの損壊を受けている。
申し訳無いが、こうでもしないと巨大ワームを拘束できそうになかったからな。
壁の上からはフィリア達の砲撃が再開されている。
後は、コレで仕留め切れるかだが。
「っ、くそ! 硬ぇ……!!」
ルークパーティの魔術師が愚痴を叫ぶ。
他の魔術師も表情は似たようなものだ。
これだけ派手に攻撃を加えても、未だ中身をぶちまけさせることが出来ていない。周囲はとっくに魔境みたいな荒れ果てぶり。あまりの乱打に一軒家なら丸のみ出来そうなほどの巨大ワームが身体を浮かせているが、どこまで有効打になっているのがイマイチ読み切れない。
と、何かの金属音がして目を向ける。
折れた鱗の先が飛んできていた。
そいつを木の盾で受け止めて魔術師を保護しながら、声を張る。
「効いてるぞ!! このまま攻撃を続けろ!!」
市壁の方で声が上がった。
おそらくはリッチのものと思われる魔法が叩き付けられ、それを何らかの魔術が迎撃し、相殺しているのが見えた。
とはいえ全く被害が出ない訳じゃないだろう。
リディアが居なくなった影響は間違いなく大きい。
フィリアも決して弱い訳じゃないが、魔物群の殲滅と同時に将軍級の相手は無理がある。
それでも一つ一つ、だ。
再びの暴風。
巻き上がる悲鳴。
そして――――ぞわりと寒気を覚えた。
空を仰ぐ。
まっさらな青空に、幾つもの黒点が見える。
そいつは徐々に大きくなり、こちらへ向かって落下してきていた。
「敵襲!! 上空だ!! 風に乗って市壁を飛び越えてきやがった!!」
まずい。
今は巨大ワーム退治に味方が広く展開している。
目の前に将軍級が居るってのに、乱戦状態なんかになったらどれだけの被害が出るか。
「将軍級は俺が抑えます!!」
ルークが手にしていた大槍の石突きで床を叩く。
異様なほど、その響きはクルアンの町へ広がった。
「他の皆は一時散開して部隊の再編を!! 大丈夫っ、周辺の包囲に後詰めの遊撃部隊が多数展開しています! 彼らと合流しッ、囲い込んで潰せば問題無い!!」
小人族の双子が駆け込んで来た。
魔術師も居る。
吶喊時のメンバー全員とはいかないが、ルークの助けは確かにある。
そうしてクルアンの町へ降り立ったのはリザードマン。
武装がかなりしっかりしている。
声を掛け合い、仲間同士で固まろうとする賢さもあるが。
ルークの指示によって既に冒険者達は撤退を始めている。
その背を本能的に追い掛ける姿も見られたが、話しの通りにこの場を包囲している部隊と合流出来れば十分に殲滅も可能。
ただ、岩槍の攻撃が減じた事で巨大ワームの拘束が解かれた。
鱗の刃の大半をへし折られ、傷だらけになりながらも未だ心折れてはいないらしく、身を伸ばして、空へと雄叫びをあげる。
完全にお怒りか。
「デカブツは専門外だ。俺はリザードマンの相手をしに行く」
「分かりました、ロンドさん。ご武運を」
「お前も――――っ」
側面から吶喊してくる個体が数匹。
気付いて魔術師が迎撃を放つが、先頭に立っていた小柄なリザードマンがあっさりと掻き消してしまう。
「アイツは……!!」
さっきの寒気はリザードマンの群れじゃない。
コイツだ。
青白い鱗、半ばで切れた尾と、左手の一本が欠けた個体。
かつて迷宮で、エレーナと共に逃げ回った果てで対峙した、あの時の老兵じみたリザードマン。全身に残る傷跡は、奴がそれだけの戦いを潜り抜けてきた証と言える。
ネームド級としてギルドに報告し、懸賞金も掛けられていた奴だが、まさか。
あの時は身に付けていなかった装身具が幾らかある。
何か、魔法の効果を帯びているのか。
考察している時間はなかった。
接近してくる。
おそらくルークがこの場の要だと読み切って、そいつを潰す為に。
手が足りない。
真っ先にその言葉が浮かんだ。
アレは、おそらく魔術師では相手をするのが困難だ。
迷宮と、今と、二度も魔術を無効化してきた。
だがこの場に居る戦士は俺とルークだけ。ルークはデカブツの抑えに回らなくちゃならない。
なら支援を貰って俺だけで?
論外だ。
後ろに率いているリザードマン、そいつらの得物にも覚えがある。
数も多い、例えリディアの支援を貰ったって単独で相手取れるとは思わない。稼げたとしても十数秒。それだけを頼りに突っ込んで無駄死にだけは出来ない。何か策を、せめて誰か、援護の出来る奴が居れば。
そうだ。
居れば、
「………………っ、よし。少し時間を稼げ! ルークは巨大ワームへ!」
「わかった!」
魔術師が応じて岩壁が張り巡らされた。
数段構えの、膝下までしかない高さのもの。
超えるのは容易いが確実に速度は減じる。なるほどな。
リザードマン達もそれに気づいたのか、単純に鬱陶しかったのか、力任せに叩き壊そうとするのが居た。
更に壁を増やし、けれど、その壁が消失する。
あの青白いリザードマンだ。
本当に魔術を無効化しているらしい。
なんだ、あの鱗が原因なのか?
だが、
「ちっ、なんなんだアイツは!!」
「十分だ。お前らもルークの援護に向かえ!」
「いやっ、一人は流石に!?」
「問題無い!!」
パイクを手に駆け出す。
息を吸って、思いっきり、
「っっっだああああああああああああああ!!!」
叫び、注目を集める。
構えを取った青白いのに大型のリザードマンが何かを言って、大斧を振り上げる。
どうやら、トカゲ頭にも記憶力ってのがあったらしい。
手招きしてやると大喜びで走って来た。そいつを迎撃する構えで位置を調整し、数歩を前へ。
迫る敵の後ろで馬鹿の仲間が何かを叫んでる。
尻尾を打ち鳴らし、側面を指差して。
構えを解いて、笑ってやった。
「少しは成長しろ、トカゲ野郎」
駆け込んでくる影がある。
神官服を大胆に着崩して、黒の肌着に革の防具を身に付けた、大きな杖を手にした少女。
「ぶっ飛ばせ!!」
「っっだあああありゃあああああああああ!!!!」
殴り神官エレーナが、加護全開で誰よりも早く駆け付けて、巨体のリザードマンをぶっ飛ばした。
「っははー!! いつかのお礼だ馬ぁー鹿!!」
その向こうで敵集団へ斬り込んでいく二人が見えた。
バルディとグロース。
援軍としちゃこの上ない戦力だ。
「ルーク! そっちの将軍級は任せるぞ!!」
「はい!! ロンドさんはそっちの将軍級を!!」
あぁなるほど、あそこの顔色悪いのがやっぱりそうだよな。
魔術の通用しないリザードマン。
歴戦の魔物。
相手にとって不足はない。
拳を振り上げる。
見ずとも分かる。
ルークも同じく、大喜びで拳を掲げているさ。
戦況がまた変わる。
ザルカの休日、クルアンの町での攻防戦、その第二局が始まった。




