取捨選択
まずいことになった。
クルアンの町防衛はとりあえずの所、膠着している。
巨大ワーム、高位のリッチ、あと一匹の正体は不明のままだが、まだどれも倒せていない内に東の砦が一つ落ちたらしい。
あの救援要請は陥落寸前の砦が出した断末魔だったという訳だ。
後一つあるから大丈夫、とはいかない。
元より分散して敵を受け止めることで持たせていたものを、ここからは一極化する上、別方向から抜けてきた魔物群に背後を突かれることになる。
補給は絶望的、完全なる孤立だ。
そしてその砦が落ちれば、魔物は各所の村々を襲いながら西側へ雪崩れ込んでいくことになる。
ザルカの休日における、迷宮から湧き出した魔物はクルアンの町を狙う。
その理由までは俺には分からないが、これは今も適応出来ている条件だ。
だが魔境からの魔物がそうとは限らない。
進路上にあるから大半の個体はこちらを呑み込みに来るかもしれないが、大軍団が分散し始めたらもう対処し切れない。
下手をすれば、ここも北域の様な状況に成り得るって話だ。
近くにある農園、それこそ俺の実家も呑み込まれる。避難済み、とは聞いているが。
「魔境の魔物にはザルカ神の裁きも、ルーナ神の裁きも通用しません」
あれから更に一当てし、魔物の侵攻を弱めることに成功したルークは市壁近くの詰め所で各ギルドの代表者相手に話をしていた。
俺も入り込ませてもらっちゃいるが、意義ある意見を出せるとは思っていない。
是非どうぞと言われたから、状況把握の為に参加はしているが。
「正確には、将軍級のような個体が存在し、そいつが神々の裁きを払い除けているんです。かつてクルアンの町を襲った魔竜もそうであったように、極めて広大な領域を魔物の支配下へ置いてしまえる。俺が打ち取った竜もその一つですね」
クルアンの町周辺は、最後の女王アーテルシアの領域だ。
冬には家を半ばまで埋めてしまうほどの雪を降らせ、魔物の動きを鈍らせる。神々への反逆者とも呼ばれているから、表だって信仰したりする奴は居ないが、そういう意味でもこの地は神でも魔物でもなく、人間の領域と呼べるのかもしれない。
東、魔境と呼ばれる場所は全てが魔物の領域だ。
それを守護、あるいは支配する将軍級みたいなのが居るって話は、俺も聞いたことはあるが。
「要するに、ザルカの休日同様、将軍級を始末すれば魔物群は瓦解するということだな」
貴族も参加する会議の席で、堂々と一番大きな椅子に腰掛けるのはゼルディスだ。
そのクソ度胸は見習うべきか、どうなのか。
なんにせよ、彼は苛立ち混じりに脚を組み替え、吐き捨てる。
「いいだろう。砦の救援には俺とリディアで向かう。お前達は引き続き町の防衛を行え」
途端、貴族連から声が上がった。
「待って下さいっ! それではこの町が崩壊してしまう!」
「ゼルディス様っ! どうか我らをお救い下さい! 他の者では駄目なのです!!」
机を叩き、奴が立ち上がった。
そこを議論するつもりは最初からないらしい。
向かう視線の先に居るのはルークだ。
「今は別の冒険者ギルドが魔物の侵攻を抑えているが、一時的な膠着でしかない。結局必要なのは将軍級を刈り取れる打撃力を持つ者だ。先ほど見せた突破が偶然でないのなら、そこの竜殺しでも少しは働ける筈だろう」
「……そうですね。リッチについては分かりませんが、ワームなら撃破可能でしょう」
それでは意味がないではないか、なんて貴族連から声が飛ぶも、ゼルディスは構わなかった。
「フィリア達は置いて行く。殲滅力としては十分な筈だ。後はお前達でどうにかしろ」
「分かりました」
席を立ったゼルディスに絶望的な声をあげる貴族連。
他ギルドの代表者も、彼の一方的な発言を咎めない。
事実、彼らが戻ったことで状況は好転した。
しくじった者に発言力などはなく、頷くしかない。
ましてや、砦を見捨てれば次に呑み込まれるのは俺達。選択の余地なんてないんだろう。
「飛翔転移を行う。リディアを連れて来い!!」
言ってゼルディスは部屋を出て行く。
残された俺達は重たい表情をどうにか持ち上げた。話が終わった以上、今の話を持ち帰らなくちゃならない。
「あぁそうだ、ゼルディス」
俺の呼び掛けに奴は足を止めた。
まだ記憶に残っていたのかは分からないが、泰然としたその顔へ、下らん言葉を投げてやる。
「フィリアの店の酒は美味いらしい」
それがどうした、という顔だ。
行った事はないらしい。
あそこはあくまで大衆向けに作られてるからな。
「あのリディア=クレイスティアが頬を染めて何杯も欲しがったくらいでな。それはもう魅力的な光景だったって話だ」
「ほう……」
「これを無事切り抜けられたなら、お前の奢りで楽しく飲むってのはどうだ?」
「ふっ、いいだろう。俺もフィリアの店には一度くらい足を運ぶべきだと思っていたところだからな」
本命はリディアだろうけどな。
まあ余計な事は言わない。
「ではな」
「おう。無事の帰還を祈ってるよ」
改めて、奴がこちらを一瞥して去っていった後、その足音も遠ざかった頃にまた言ってやる。
「お前らも見たいだろ、あのリディア=クレイスティアが色気たっぷりに頬を染めて、酒を飲んでる姿をよ」
アイツは普段、舐める程度にしか酒を飲まない。
酔ってる姿なんて殆ど見せた事が無い筈だ。
そして当然、ゼルディスがああして英雄視されるのと同じくらい、リディアにも注目は集まっている。
特に男なら一度くらいエロい妄想をしたことがある筈だ。
「どうする? 酔っぱらったあのお堅い神官様へ、熱いでしょうと言って少しだけ服を緩めさせるってのは」
応じる声があった。
「店での噂は聞いたことがありますが、本当の話だったのか」
「あのリディア様がまさかそのような。だがしかし、そうであるのなら」
「ふ、服を緩めて……だと」
「いやいや、私としては泥酔させてそのまま……」
「ははは、そんな姿など想像も出来ませんがな、ははははっ」
「これは死ねなくなりましたな。生き残った者に独占されるなど許し難い」
ルークの肩をポンと叩く。
あぁと気付いた朴念仁が大声で。
「リディアさんはおっぱいが大きいですからねっ!!」
笑いが弾けた。
一人、年嵩の受付嬢があぁこの馬鹿共はという顔をしているが、エロ話で男が盛り上がるのはどこでだって共通だ。
「やるしかねえさ。なあ」
お堅い雰囲気はどこへやら、口々にリディアの色気について談義する連中には、いつの間にか活力ってのが戻ってきていた。
※ ※ ※
そうして連れてこられたリディアだが、広場を囲う男衆の異様な視線に気付いて身を強張らせた。
「リディアっ、飛翔転移を行う! 砦へ向かうぞ!」
「……それは聞いて来たけど」
視線が気になるらしい。
無表情ながら不信感たっぷりな目を周囲へ滑らせ、ふと俺に気付いて何故か表情が険しくなった。
なんでだ。
なんでバレた。
「さあリディア、手を」
「いえ」
格好良く姫を誘おうとしたゼルディスの手を避けて、リディアは素早く背後に立つ。
奴の鎧、その首後ろを掴んで。
「この方が安定するから」
「………………そうか」
でもそれは。
こう。
「なんというか、リディア……もう少し、なんとかならないのか」
「効率はいいよ」
「……そうだな」
飾らず言うと、それはまるで首根っこを掴まれた小猫みたいな扱いで、なんというか格好悪い。
だがゼルディスは負けなかった。
「良いか! 俺達はこれより東砦の救援へ向かう! 過酷な戦いが待っていることだろうっ!! だが必ず勝利して戻ってくる!! そしてそれはお前達もだっ!! 必ずや勝利して共に喜びを分かち合おう!!」
鎧から噴き出す光が翼の様に広がった。
たしかにそうなるなら、背中に立っているのが一番良さそうだ。陣で飛ぶ時には見れなかった変化。ただ思えば、アイツが飛んでいる時はいつもそれに近い状態だったような気もする。
虹の剣を持ち、翼を広げたアダマンタイト級の冒険者。
そんな彼が、首根っこを掴まれたまま凛々しい顔で俺を見て。
「フィリアの酒は奢ってやる。だからリがっ――――」
演説が終わったから出発して良いと勘違いしたんだろう。
明らかに舌を噛んだだろう声を置いて、二人は瞬く間に飛び上がっていった。
あぁ、帰りに飛んでる時から思ってたが、それの制御ってやっぱりリディアがやっていたんだな。
ふぅと息をつく。
まだまだ戦闘は続いている。
将軍級が三体。
相手としては手に余るほどだが、魔物だって無限に戦える訳じゃない。
俺に出来る事はまだまだ少ない。
状況を変える様な力も、知見も持ち合わせちゃいないしな。
その上で、ルークの力になれるのなら。
「ロンドさん、俺もしかしたら気付いちゃったかもしれません」
「……なんだ?」
「リディアさんのおっぱい、前に見た時よりも大きくなってませんか!?」
「いつまでエロ話引き摺ってんだ馬鹿」
ズレた思考の竜殺しに手刀を食らわせ、一先ず馬鹿のパーティメンバーの元へ向かうことにした。
「絶対大きくなってますってっ!」
「そうだな、良かったな」
知ってるよ。
うん。




