砲声と共に
いつか見た様な景色も、気構えや視点が変われば違って見える。
俺は今、クルアンの町の外縁部に立って戦況を眺めていた。
迷宮から湧き出してきた無数の魔物達。
殆どは雑魚と呼ばれてしまうような魔物だが、コボルドもゴブリンも俺にとっちゃあ十分な脅威だ。気を抜けば、易い敵だと侮れば、あっさりと命を刈り取られる。
森から出てきた魔物の群れに心は穏やかだった。
距離はまだまだある。
クルアンの町北方は、常にこのザルカの休日に向けて準備されている平原だ。
綺麗に真っ平らとはいかないから、丘なんかの登った先に逆茂木なんぞを配備し、少しでも足を止めてやろうと涙ぐましい努力を重ねている。
それを真っ向から笑い飛ばすような一発が市壁より放たれた。
光弾は轟音を発しながら平原上空を切り裂き、顔を見せ始めた魔物の先頭集団へと襲い掛かる。
カッ! と強烈な光が発せられ、直後、山を思わせる様な規模の爆発が巻き起こり、僅かな空白の後、途轍もない爆音と衝撃がこっちにまで押し寄せてきた。
「…………コイツぁとんでもないな」
暴風に身体を煽られながら、どうにか前方の様子を確認し続ける。
昨夜、ゼルディスからフィリアが呼び出されていたのを見た。
彼女はその後、他冒険者ギルドに居るという同期のオリハルコン級魔術師に協力を取り付け、市壁の上でこの大魔術を展開しているが。
「破壊の規模だけならゼルディスさんのあの剣を上回ってますよね。どうやってるんだろう」
「後でフィリアに聞いてやるよ」
鎧を着込み、しっかり戦闘準備をしたルークが俺の隣でうんうん頷いていたが、こっちの言葉を聞いて顔をばっと上げる。
「フィリアさんにまで話を通せるんですかっ!?」
「いや驚き過ぎだろ。アイツ、遠征前はよくギルドで金勘定やってたぞ。見なかった……んだろうな、お前らクルアンに留まらないし」
後ろで同じく物見遊山をしているルークパーティの面々が、それぞれ愉しげにフィリアの砲撃に感想を溢す。
こいつらは全員、ルークがゴールドランクだった時代に同じくゴールドの連中を集めて一緒に駆けあがって来た仲間だ。
向上心が強く、意欲があり、ルークを信頼している。
良いパーティさ。
ただ、
「あんまり俺なんぞにお追従垂れてるんじゃねえよ。パーティメンバーの前だろ、リーダー?」
アイアン相手にべったりなんて、それこそ外聞が悪い。
だってのに、後ろから双子の片割れが肩を揺らして言う。
「今更だよ。ルークは口を開けばロンドさんなら、ロンドさんはーって、アンタの事を褒め称えるんだから」
彼女はプリエラ。
小人族で、神官だ。
「ちょいとうんざりしてるけどな。でもまあ、先日だってアラーニェだっけ? 迷宮深層の魔物を単独でめった刺しにしたって聞いたぞ。凄いじゃん」
もう一人の小人族はリドゥン。
プリエラとは双子の兄になる。
吟遊詩人だ。
特殊な技能だから、楽器奏でて歌ってる奴が全員当てはまる訳じゃない。
他にも愉快そうな面々が揃っている。
その全員が、これだけ窮状が続く中で堂々と笑っている。
流石、魔境を遊び場にしてきた連中でもあるな。
「単独ってのは間違いだ。十人ばかしで上手く立ち回っただけで、群れだったら危なかった。それにアラーニェは深層付近には生息しているが、深層の魔物って訳じゃない」
ただ、ザルカの休日にそこまでの魔物が出てくることは珍しい。
時期外れの発生、三体もの将軍級、それに東方の魔境から押し寄せる魔物達。
魔境からの侵攻はそっちの砦でどうにか抑えてくれている筈だが、延々と攻撃が続けばどうなるか……。
更に二発目が市壁から放たれるのを見て、俺達は衝撃に備えた。
「っ、っこいつは……魔物の掃除っていうより、神話に聞く大戦争じみてるな」
「あぁ良い感想だ。今度詩にしよう」
と吟遊詩人のリドゥンが言う。
「っは! それよか、俺達もそろそろ前へ出なくていいのかねえ?」
今回、いつもなら平原へ広く展開して魔物の群れを迎撃しているのを、ゼルディスからの指示で壁付近待機を続けている。
フィリアのあの砲撃を見れば理由は分かるが、日没までずっとアレを続けられるかは怪しい。どこかで前へ出て、休ませる必要があるだろうに。
それに、と疑問もある。
ゼルディスがどういう意図でここまでの攻撃をさせているかだ。
これまでザルカの休日でフィリアがあんなことをしているのは見たことが無い。俺が別にかかりきりで見なかったのかもしれないが、オリハルコン二人での大魔術なんて威力はいいが効率がどうかは分からない。
それこそ魔物の主力は低層の魔物なんだから、前にも見た光球なんかで節約しながら潰していった方がいいんじゃないか。
「ひゅうっ、すげえぜコイツァ……!!」
三発目がまた派手に破壊を振り撒いたのを見て、リドゥンが大喜びで手を叩いた。
他の連中も同様だ。
そうして背後、未だ修復作業の続く市壁を見上げた。
いつものザルカの休日なら、そこに居るのは町の守備隊ばかりの筈だ。
だが今、今日まで町を守って戦ってきた者達が共に並んで、この途轍もない大火力に歓声をあげている。
なるほど、士気高揚って所か。
フィリアと、もう一人の魔術師の継戦能力を犠牲にしてでも、今日までに縮み上がった味方の意識を前へ向けさせた。
そこまで考えているかは分からないが、結果としてそうなっている。
「良し!! 総員っ、続けェ……!!」
やがて声が最高潮に達したのを見計らってか、例の鎧で飛び上がったゼルディスが剣を掲げて前線へ跳ぶ。
我先にと追いかけて走り出す冒険者達を見てつい笑う。
悪くない雰囲気だ。
この戦いが容易くないと分かった上でも、何とかなる気がしてくる。
たった一つのパーティ、それが戻って来ただけで。
「俺達はどうしましょう、ロンドさん」
「お前リーダーだろ。俺に決めさせる気か」
「参考にしたいんですよ。いいでしょう?」
全く。
だが、自分の中にある考えを纏める上でも、話し相手が居ると楽になる。
「ゼルディスは士気高揚を優先して行動してる。そいつは悪くないが、未だに将軍級の姿が見えない。お前達はその出現に備えておくべきかもな」
前回はコボルドの将軍級にゼルディスも吹っ飛ばされた。
あの場で決着が付いたから良かったものの、長引いていたなら奴だって、俺達だってまずかった。
さて今回は特にギルドからの要請も受けていない。
そもそも俺はアイアンだ。
この戦場、居るだけで邪魔扱いされても文句は言えない。
荷運びをする気分じゃなかったから、早朝に押し掛けてきたルークへ付き合っているだけ。このままパーティ行動に加わってもいいが、全員の特性も把握していない状態じゃあ足手纏い。
「そうですね。ゼルディスさんも見てろと言っていましたし、俺達はのんびり眺めていますか。よし、全員待機!」
ルークが言うと、すぐに全員が身体を休め始めた。
戦況の確認もほどほどに、寝始める奴まで居る。完全に意識を落としている訳じゃなさそうだが。
っはは、外から見るとこんな気分になるもんかねぇ。
「お前も昼寝するのか?」
「俺は一応勉強中ですので。身体は休めますけど、起きてますよ」
「なら付き合おう」
「おっ、それならロンドさんの解説が聞きたいですっ! 俺達は迷宮にはそれほど詳しくないので」
「俺だってお前と中層駆け回ったのが上限だぞ」
「いいからいいからっ」
はいはい、と返して身を落ち着ける。
こういう状況が続くのなら、リディアも少しは楽が出来るか?
飛翔転移とやら、相当に消耗するみたいだったが。
しばらく二人で雑談していると、急に地面が揺れ始めた。
なんだと思う暇もない。
「全員起きろ!! 戦闘準――――」
大地が割れる。
盛り上がった地面の中央、そこから飛び上がるような勢いで顔を出したのは、先日も見たデカブツだ。
形状は蛇。だが滑らかな鱗をしている蛇に対し、ソイツは何もかもが刺々しかった。呼吸でもするみたいに開いたり閉じたりする鱗。一部は剣のように鋭く尖っていて、身を震わせたかと思えば地中で付いた土を落とし、鏡面じみた刃を陽の光へ晒す。
ワームと呼ばれる種類なのは分かる。
元はドラゴンと同一視されたこともある魔物で、手足も無く、翼も持たないが、非常に狂暴で困難な化け物だ。
そのワームが雄叫びをあげる。
フィリアの砲撃に勝るとも劣らない衝撃を伴って、クルアンの町を震わせた。
更にワームの掘った穴を通って来たのか、無数の魔物群が先行した冒険者達の背後へ展開していく。出遅れていた奴らは容赦無く襲われた。
同時に。
「将軍級がもう一体!!」
リドゥンが叫ぶ。
「ルーク! リッチだ!!」
プリエラが身構えて全員へ加護を送る。
ワームの後に現れた魔物に、報告のあったリッチが紛れ込んでいた。
髑髏の顔に、ボロボロの神官服。手にしているのは身の丈以上の杖。足はなく、なんらかの魔術で浮遊している。
そいつが杖を振るった。
途端にプリエラの張り巡らせた障壁が砕け、けれど市壁側から放たれた闇払いによってすべてが浄化されていく。
リディアか。
だが前方、ゼルディスとそれに付いて行った冒険者達が分断されてしまった。しかも一部は魔物群に呑み込まれて孤立している。
これじゃあフィリアの砲撃だって使えない。
見捨てる、しかないか?
いや、と。
無謀だ。
止せ。
思考は完全に拒否反応を起こしていたが、そいつを踏み越えて更に重ねていく。
そうだ。ゼルディスに鼓舞されてついて行った冒険者達は相当数に及ぶ。ザルカの休日がいつ終わるかも分からない今、あの数を失った上で戦い抜けるかと言えば、当然ない。
士気の上でもそうだ。
ゼルディスは空を飛べるから、アイツだけは無事に帰還出来るかも知れないが。
情に流されていないか。冷静さは保てているか。勝算を見い出せないまま必要だからで飛び出して、全滅することだけは避けなければいけない。
リッチ。
そして巨大なワーム。
混戦状態になった以上、平時の敵を一掃していく戦い方は通用しない。
そんな状況で戦い抜ける奴らが。
そう、居る。
極めて危険度は高いが、やれる奴らならここに居る。
「ルーク! 救援に出たいっ、行けるか!」
応じる声は即座のもので。
「はい! 壁に張り付いているより遥かに得意ですよっ!!」
展開される魔物の群れ、将軍級の巨大なワーム、そして同じく将軍級のリッチ。
それを前にしても怖気る者は居なかった。
つい笑みが浮かぶ。
「言い出した以上俺も着いて行くが、基本はお前らに任せるぞっ。魔境を駆け抜けてきた実力、見せて貰う……!!」
「いいでしょうっ!! リドゥンっ!!」
「応さ!!」
笛が吹き鳴らされる。
胸を弾ませる小気味良い演奏と共に、神官の加護とは異なる力強さが身に宿る。
吟遊詩人の与える強化はそう強力なものではないと聞く。代わりに、持続時間が長く、術者にも負担が少ない。確か、演奏によっては治癒能力を高めたり、結界のように機能するものもあるんだとか。
無茶を続けるパーティには最適な補助要員だ。
双子のもう片割れは神官でもあるしな。
「行くぞ!!」
ルークの掛け声と共に、俺達は敵集団への吶喊を開始した。
頭上、フィリアの放った砲弾が巨大ワームを通り越し、奥の敵集団を吹き飛ばす。かなり出力を抑えたものだったが、景気付けには十分過ぎる。
小人の双子が、爆音に負けじと声を上げ、そいつが連なっていった。
さあ戦いだ。
笑って行けっ!!




