絶望との邂逅
背中から叩き付けられるような熱を受けて、身体中に力が漲っていく。
リディアの加護だ。
飛翔転移に乗っていた冒険者はかなり居た筈だが、その全てに力を与えたんだろう。
相変わらず、しれっととんでもない事をしてくれる。
だが彼女の支援もここまでだ。
途中交代があったとはいえ、半日以上も大規模な神聖術だか魔術だかを行使しつづけていて、そのまま参戦は無理が過ぎる。
魔力だって殆ど残っていないだろう。
事実、与えられた加護は決して多くない。
現地へ駆け付ける頃には切れている筈だ。
幸いにももうじき夕暮れ。
墓場のある丘上からでも、デカブツを始めとした将軍級が撤退していくのが見えた。
残るは掃討戦。
夜中の復旧作業を考えるのなら、残った魔物をどれだけ素早く処理出来るかは思っている以上に重要だろう。
市壁に空いた穴三つ、それを明日までには修復してやらないといけない。
「よおグランドシルバー。一先ずこっちと組まないか?」
道半ばを過ぎた辺りで、見覚えのある奴から声を掛けられた。
前にフィリアやエレーナと一緒に迷宮へ潜った際、盗賊仕事をやっていたタンクの戦士だ。飛翔転移に同乗していたのか、気付かなかったな。
彼は引き連れている四名を指差し、簡単に紹介を終えた。
俺の事は、何故か全員が把握していて気持ち悪さを覚えたが。
「ははっ、有名人だぜアンタ!」
「つーかアレだけ目立ってて今更だろ」
「ウチらの姫様をすっかり虜にしちまってよお」
姫様ってのは、フィリアのことらしい。
なるほどエレーナの件は最初から、彼女が外に抱えていたパーティメンバーを使っていたのか。
変な所で準備の良い奴だ。
ただ、おそらくだがコイツらは、裏仕事にも関わってる。
ランクは低いが、それ以上の実力者と受け取った方が良いな。
「指揮は任せるぜ、グランドシルバー?」
「アイアンだがな。いいのか、新参にそんなことまでさせて」
「見させろよ、女王陛下にまで推挙させるアンタの実力を」
女王陛下。
あぁ、バルディ辺りが前にリディアをそう呼んでいたな。
「なら一当てだ。もうじきコボルドの集団と接触する。数は二十前後。側面攻撃になるだろうから、全力攻撃で一気に食い尽くせっ!!」
なんでそんなこと、って顔をされたが、すぐに男は表情を引き締める。
「承知したァ!! テメエらもしっかり準備しろよ!!」
応、と叫ぶ声があり、駆けていく。
そうだ、もう少し。
上空で見た魔物の配置。
町の構造。戦いの位置と流れ。
今まで無かった、真実俯瞰して見るという絵図が頭の中にある。
全体像なんざ掴めないさ。
ただ、突出していて後の厄介になりそうなのを幾らか意識に留め置いているだけ。指示は言い切ったが確実に来るとも限らない。
だが。
「っ今だ!!」
角を曲がった途端に見えた、コボルドの一団。
俺の号へ従い、気力を漲らせていたパーティメンバー達が一斉に襲い掛かる。
決着は瞬く間に訪れた。
※ ※ ※
市街地が戦場になった場合、どうするべきかと考える。
戦争なんざ趣味じゃない。
ただ、こうしてザルカの休日によってクルアンの町が脅かされてみて、考えずにはいられなくなった。
防衛する上で重要なのは、どこを諦めて、どこを諦めないか、だろうか。
侵入された時点で町は破壊される。
全てを守ろうと片っ端から対処すれば、戦力はあっという間に枯渇する。
だから考えるべきは、どこまでを戦場とし、どこに防衛線を敷いて、被害を許容するか。
壁があり、戦力が展開され、延々と火力を叩き込んで平原の敵を殲滅していく平時の戦いはもう出来ない。
被害を許容すると言っても町を吹き飛ばす覚悟をするには余力がある。
おそらく上空から見えた各所の抵抗戦は、そこに加えて様々な事情を勘案した上での防衛策に従っている。
ならもうじき夜を迎える頃合いで、最も避けたい展開は。
「っ、ロンドさん!?」
「トゥエリか!?」
遊撃として漏れ出す敵を潰していた俺達は、魔物と交戦する冒険者達への援護に入った。
勢いに乗って挟撃を掛けられたことで一気に仕留め切れたが、戦っていたのがトゥエリのパーティだったとは。
「そっか……なら、さっき墓場から聞こえた声は……」
「っはは。いい演出だろう?」
言ってやると、彼女は砂埃塗れな頬を拭い、笑みで返してくる。
「おかげで士気があがりました。私も、二人の事を想って、頑張らなきゃって」
もうじき日が暮れる。
ここいらに残ってる魔物は消えるだろうが、屋内に入られるとルーナ神の裁きも届かない。
まだ外で活動している間が掃討には適している。
逃げ込まれる前に殲滅しないと、ニクスのように。
「あ、あの……ロンドさん」
「うん?」
トゥエリの表情には緊張があった。
まあ、パーティを解散した理由からすると当然か。
個人的感情を向ける相手がパーティに居ると、咄嗟の判断を誤る。パーティ内での恋愛は禁止だというのは俺の持論だ。
彼女を責める意図はないが、責められていると感じるのも無理はない。
ただ、やっぱりこの急場で余計な思考が混じってしまうのであれば、別行動を取るべきだ――――
「敵襲! 敵襲!! ヤバいのが残ってやがった!!」
先行させた盗賊が屋根の上で叫んでいる。
ソイツはすぐに壁を伝って降りてくるが、入れ替わりでその屋根へ跳び付いてくるデカい影があった。
俺達が居るのはちょっとした通路の交差点。
いつもなら荷車の往来もある、景気の良い場所だが。
馬鹿みたいにデカい蜘蛛が飛び降りてくる。
身体の上に、人間の女みたいなもう一つの肉体を持つ、最悪の魔物。
アラーニェ。
子蜘蛛の姿は見えないが、続けて二体、同じ魔物が現れた。
「ロンドさん!」
「分かってる」
「信じて下さい……!!」
あぁ、この状況で四の五の言うつもりはない。
「背中を任せるぞ、トゥエリ!!」
「っっっっ、はい!!」
武器は構えている。
思考も冴えている。
覚悟はとうに終えている。
状況を。
「備えはあるか」
「はいっ。ロンドさんは」
「十分過ぎるほどに」
なら。
「俺のパーティは右奥へ回り込め!! 時間稼ぎで良い!」
「私のパーティは左奥を抑えて下さい! 相手はミスリル級を必要とする魔物っ、決して無理をしてはいけません!!」
そして。
「正面の一体は」
「私達だけで十分です」
かつて惨敗を喫した絶望的な相手。
それを前に一歩も怖じることなく、俺達は踏み込んでいった。




