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騒乱の最中へ

 空を飛ぶって事を甘く見ていた。

 こいつはヤバい。

 物事を俯瞰するなんてもんじゃない。

 実際に空の上から状況を見降ろせるっていうのは、俺が考えていたよりも遥かに大きな意味を持つのかもしれない。


 クルアンの町から発せられた救援要請を受けて、急ぎゼルディスの飛翔転移とやらで北域から舞い戻っている俺達は、フィリアの指摘によって初めて今居る場所が良く知る地域であることを気付かされた。


 実際に歩いて踏破した、北への道。

 それが上空から見るとこんな形だったなんて考えたこともない。


 そして、


「見えたっ!!」


 クルアンの町。

 四方を分厚い市壁に囲まれた人類の最前線。

 冒険者の町とも呼ばれる俺達にとっての第二の故郷が、


「……嘘だろ」


 誰かが溢す、絶望的な声。


 それを咎める余裕は誰にも無かった。


 クルアンの町から見て迷宮は北側やや西寄りにある。その間には森や川があり、ザルカの休日が始まればそれらは魔物の領域となって踏み荒らされるのだが。


 迷宮があるだろう森の奥、そこから巨大な何かが這ったような跡が、彼方に見えたクルアンの市壁の向こうまで伸びていた。

 市壁が破られたなんて、ここ二十年か三十年ほどは一度も無かった筈だ。

 かつて俺が考えていたほど容易な戦いでは無かったとしても、そういう実績が確かにあったんだ。


「これ……どうすんだよ……」

「どうって、救援に来たんだろっ」

「だからってこんなのっ! もう、終わってんだろ……?」

「まだ終わっちゃいないって!」

「ちゃんと見てみろよ!! 市壁があんな、魔物も大量に街中へ雪崩れ込んでるんだぞ!!」


 俺と同じく飛翔転移へ乗せて貰っている冒険者達が口々に言い合う。

 絶望する者、希望を語る者、色々居るが、俺はその全てを聞き流して眼下の景色に見入っていた。


 北側の市壁に巨大な穴が三つ。

 魔物は主にそこから侵入している。

 街中への進行度はおよそ三割、ただし突出している群れが居るというだけで、見た目ほどには入り込めていない。主だった通りには防護柵を設置して抵抗を続けている連中の姿も見えた。

 そう、抵抗は続いている。

 町は死んでいない。

 更には崩れた市壁に留まって魔物を迎え撃っている一団も見て取れた。

 魔物の戦線は伸び切っていて、衝突にはそれほど圧力を感じないだろう。

 問題は、ザルカの休日を支えているとされる将軍(ジェネラル)級がどこに居るかだが。


 居た。


 おそらくは三体。

 複数体出ることは珍しくない。

 ただ、同時に出現することは稀だ。

 一体倒せばまた次が、というのが今までのザルカの休日だったが。


 そもそも収穫祭も遥か遠く、春先の季節に起こっていることを考えれば今までの常識を頼りにする方が難しいか。


「将軍級を発見した。三体。一つは見ての通り、迷宮通りを突っ切っているデカブツだ。残る二体だが、一体は西側の神殿方面、もう一体は下町方面を進行中」


 俺の発言に周囲の多くは眉を潜めた。

 将軍級の撃破はザルカの休日を終結させる大きな鍵となる。中々見付からないのが常であり、発見し確定させることが出来れば第二戦功扱いだ。

 今はそんなことどうでもいいが、この上からの景色が続いている間に少しでも皆へ共有しておきたい。


「どうして分かる」


 若い冒険者が聞いて来た。

 選出されているだけあって、ゴールドランクだ。


「簡単だ。他の突出した群れと比べても、通った後に転がってる死体の数が違う。撤退も許されないほどの圧倒的な強さが連中にはあるからな」


 僅かな衝撃を置いて、移動を続けていた陣が止まる。

 ふと視線を上げ、集中しているのか目を閉じたまま佇むリディアを見た。


「神殿側はさっきチラっと魔法が見えた。フィリアなら判断が付かないか?」


 同じく足元の景色を睨み付けていた彼女へ問うが、首を振られるだけだった。

 まあ、俺の憶測って可能性も十分にあるしな。


 それよりもと、クルアンの町全図を頭へ叩き込みながら、今の状況を生み出しているだろう男へ声を掛けた。


「ゼルディス」


「…………うん? あぁ、グランドシルバーか。何だ」


 一応覚えられたらしい。

 明日まで続いているかは分からんが。


 やや反応が鈍いのは、いつもの演説でも考えていたからか。


「着地地点を探しているんだろ? なら南西部にある墓地がいい。あそこなら広さもある」

「論外だ。主戦場から遠すぎる。今滞空しているのは、下と連絡を取り合ってどこで合流すべきかを話し合っているからだぞ」

「それこそ時間の無駄だ」


 俺は西の空を指差した。

 視点が高いから見失いがちだが、すでにクルアンの町周辺は夕刻を迎えつつある。

 東から迫る夜と、赤く染まり掛けた街並み、今ある視点を下へと降ろしてやれば自然と分かることだろう。


「夜が来れば魔物は撤退する。取り残された個体もルーナ神の怒りを受けて焼き尽くされる。おそらく今日、俺達に出来る事は殆どない」


「なら敢えて墓場なんぞに降りる必要はないだろう」


「いいや、ある」


 今日ではなく、明日を見据えるのであれば。


「クルアンの町には昔から、町が窮地へ陥ったなら、先に逝った者達が目覚めて共に戦ってくれるという考えが根付いている。生憎と、寝坊助ばかりで援軍は滞っているのか、もしくはこの程度は自前でやれと尻を蹴飛ばされているのか、伝承は味方してくれてはいない。ところがその墓場へこの陣が降り立ち、一斉に各戦場へと駆け出していけば……前線で戦う者達や、避難している連中にどう見える?」


 士気は上がる。

 間違いなくな。


 どうせもう時間切れなんだ、出来得る限りの事をして明日へ繋げていく必要がある。


 この絶望的とも見える状況、必要なのは戦力以上に、戦う意思だ。


 市壁を越えられた時点で多くの心は折れている。

 だから今の内に叩き直してやらなくちゃならない。

 俺達が来たぞと、例え誤認であろうとも、丸まった背中を伸ばしてやらないとな。


「……いいだろう。リディアっ、着地地点が決まった! 派手に降り立ってみせろっ! 下で戦う者共に、我らの到着を伝えるんだ!!」


「分かった」


 程無くして、滞空とやらをしていた陣が動き出した。

 それぞれが武器を手にする。

 細かい話はもういい。

 必要なのは勢いだ。


 迫る地面、そこに恐怖を感じないでも無かったが。


 弾けた陣の上で立ち上がる。

 足は土を踏んでいた。


 ゼルディスが叫んだ。


「鬨の声をあげよ!! 冒険者達よっ、我らが故郷を救い出せェ……!!」


 雄叫びと共に、俺達は墓場のある丘を降り、 武器を振り上げて、慣れた街並みを駆けていった。

 戦いはもう終わる。

 だが、ここからだ。






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